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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治元年12月
475/506

年末の句会

 冬の箱館に本州からの訪問客があった。

 訪問客と言うのんびりしたものではなく、彼らが来た時は取り調べがあり、刀も取り上げられた。

 そして、数人の番兵もつけられてしまった。

 その訪問客は、桑名藩の酒井孫八郎と言う人と、その人の付き添いで生駒伝之丞と言う人だけだった。

 そう、たった二人で本州から箱館までやってきたのだ。

「これから、その酒井と言う奴に会ってくる」

「これからですか?」

 外を見ると雪は降っている。

「仕事に雪は関係ねぇよ。お前はここにいろ。俺だけ行ってくる」

 いや、何言ってんだ。

「私も行きます」

 土方さんを一人で行かせたら、その後、何を話しているのかとか、何が起きているかとかすごく気になるじゃないかっ!

「桑名藩の人と言う事は、藩主の定敬公を追いかけてきたのですかね」

 仙台からここに来るとき、榎本さんが藩主に同行する家来たちの人数を制限したため、藩主に同行できなくてもできない人たちが出た。

 土方さんはその人たちを新選組にいれて、ここまで連れてきていた。

 土方さんが会う人たちも、きっとそういう人なのだろう。

 そう思っていた。

「確かに、定敬公を追いかけて来たと言えばそうだよなぁ」

 土方さんは言いにくそうにそう言った。

 訳ありなのか?

「大津屋へ行くから、そこに行きながら話してやる」

 やっぱり訳ありらしい。

 

 大津屋へ行きながら話してくれた土方さん。

 その内容は、今回、箱館に来た桑名藩の人たちは、新選組に入っている桑名藩の人たちと違い、定敬公を桑名藩へ帰ってきてもらうために来たと言う事だった。

 桑名藩は、政府軍に恭順をし、開城もしていた。

 その時、定敬公は慶喜公と行動を共にしていたので、江戸に一緒に逃亡していた。

 その後、桑名藩は政府軍の占領下におかれる。

 桑名藩の存続を心配したのは、箱館に来た酒井孫八郎さん。

 藩主がいないと話にならないと言う事で、政府軍の許可をとって藩主である定敬公を政府軍に降伏させるためにここまで来たらしい。

「色々と複雑なのですね」

 藩主と共にここまで来た人たちもいれば、藩主を連れ戻しに来た人もいる。

「とにかく、会って話を聞かねぇとな」

 雪の中、土方さんと一緒に大津屋まで歩いた。


「私の要件はただ一つ。我が殿に会わせてもらいたい」

 大津屋につき、酒井さんに会った。

 その最初の一言がそれだった。

 そうだよね、そのために本州からここまで来たんだもんね。

 たいしたものだ。

「本当にそれだけのために来たようだな」

「間者とかするつもりはありません」

 それは、見てすぐわかる。

「でも、なんで定敬公に会うためだけにここまで来たんだ? 危険な思いもしただろう?」

 土方さんがねぎらうようにそう言った。

「お家の為です。このままだと桑名藩は無くなってしまいます。藩が無くなれば、たくさんの人間が路上に迷います。そうならないために、私がここにいるのです。殿と話をさせてください」

 酒井さんはそう言うと頭を下げた。

「わかった。定敬公は箱館神明宮にいるから、明日あたり訪ねてみるといい」

 箱館神明宮、現代で言うと山上大神宮だ。

「ありがとうございます」

 酒井さんは頭を下げた。

 部屋から出ると、土方さんは酒井さんたちについている番兵に、

「あいつらに刀を返してやれ」

 と言った。

「いいのですか?」

 思わず聞いてしまった。

「あれは、刀を持っていても何もしねぇだろう。本当に定敬公を説得するだけのために来たようだな」

 説得、うまくいくといいなぁと、思わず思ってしまった。

 で、この説得はどうなるかと言うと、定敬公の元に毎日のように通う酒井さん。

 何回か榎本さんと土方さんとも会い、今後の事も話し合う。

 しかし、実際に説得が受け入れられるのは、来年の四月あたりになり、そのころに箱館を出ることになる。


 大津屋を出て、五稜郭へ帰るのかと思ったら、土方さんは別な方向へ歩き始めた。

「どこへ行くのですか?」

 私が聞くと、

「実は、呼ばれてな」

 と、嬉しそうに言った。

 ど、どこに呼ばれたんだ?

「どこにですか?」

 恐る恐る聞いても、土方さんは楽しそうに、

「楽しみにしておけ」

 と言われてしまった。


 着いたところには、たくさんの人がいてその中で知っている人は、箱館奉行並と言う役職についている中島三郎助さんと、会計奉行の川村録四郎さんだけだった。

 この場を仕切っているであろう人は、箱館に住んでいる中島さんの友達で、よく中島さんの所に遊びに来ている人だった。

「お待ちしていましたよ」

 その中島さんの友達がそう言った。

「遅くなってすまない」

 そう言って土方さんが座ったので、土方さんのやや後ろでひかえるような感じで座ると、

「遠慮することはない。俺の隣に座れ」

 と、土方さんに笑顔で言われた。

 えっ、いいのか?

 周りを見ても、みんななごやかな感じだったので、遠慮なく隣に座らせてもらった。

「では、これから年忘れの句会を開催します」

 えっ?なんだって?

 思わず土方さんの顔を見ると、

「お前も作るんだぞ」

 と、ニヤリと笑っていた。

「む、無理ですよっ!」

「でも、俺の横に座っているだろう」

「それなら、下がりますので……」

 そおっと中腰になり、周りに気がつかれないように座布団をずらして土方さんの少し後ろに座った。

「遠慮することないぞ」

 遠慮してませんよっ!

「そんなことより、土方さんこそ発句ができるのですか?」

 そっちの方が心配だ。

「うるせぇっ! やっぱりお前、こっちに来るか?」

「いや、わ、私は後ろで……」

「遠慮するな」

「遠慮してませんっ! 後ろで土方さんを応援してます」

 いい俳句を作ってください。

 

 この句会を催しているのは弧山堂無外こざんどうむがいという人で、中島さんとは俳句仲間という関係らしい。

 この人は、蝦夷に俳句仲間がいて、その人たちをたよって俳諧を広めるために、数年前に蝦夷に来たらしい。

 

 土方さんがこの時の句は、

   わがよわい 氷る辺土に 年送る

 

 寂しい俳句だなぁと思ったのは私だけなのかな?

 土方さんは蝦夷ではなく、できれば多摩のあの家で年を越したかったのかな?

 そりゃそうだよね、故郷だもの。

 できることなら帰りたいよね。

 この会が終わるまで、私は一人でそんなことを考えていた。


 すっかり日が暮れた帰り道。

 雪はちらちらと降っていた。

「あぶねぇから、つかまっとけ」

 そう言って土方さんは私に手を出してきたので、その手につかまった。

 だって、雪が凍っていて暗いし、滑りそうなんだもん。

「俺の句はどうだった? 久しぶりに発句をしたなぁ」

 そう言えばそうかもしれない。

 もしかして、蝦夷にきて初めてだったかも?

「私だけかもしれませんが、寂しく思いました」

「そうか。またなんでそんなことを?」

 私の手を引いて歩く土方さんは、少しだけ後ろを振り返って私のことを横目で見た。

「あ、あのですね。うまく言えるかわかりませんが、私も土方さんと一緒に年を越すので、一人じゃないですよ」

 それに、沖田さんや原田さんもいる。

 京にいた時と比べるとメンバーがかなり変わったけれど、新選組もいる。

「何が言いたいんだ?」

「土方さんは、一人で年を越すわけじゃないので、寂しくないですよ」

 土方さんはぷっと吹きだした。

 な、何か変なことを言ったか?

「俺は寂しくなんかねぇよ。お前がいるからな。ただ最近、多摩のことをよく思い出してな。あの時はこういう年越しをしたなぁとか、懐かしく思うんだ」

 そうなんだ。

 それだけならいいのだけれど。

「俺は、ここで死ぬとか、そんなこと思っていないですよね?」

 土方さんが死ぬ準備をしているような感じがしたので、思わずそう言っていた。

 歴史では蝦夷で来年の五月で亡くなる。

 それを、阻止したいと私は思っている。

 この歴史だけは変えたいと思っている。

 でも、ここら辺のことを歴史で見ると、土方さんは死に場所を探し求めて蝦夷に来たという感じがする。

 少し歴史も変わって、私が知っている歴史と今とでは状況も違うのかもしれないけれど、もしかしたら、今も、土方さんは死に場所を求めているのでは?と、不安になる。

 私の言葉を聞いて、土方さんは立ち止まって私のほうを振り向いた。

「なんでそんなことを思うんだ? やっぱり、俺は蝦夷で死ぬのか?」

 ここはうなずいたほうがいいのか?黙っていたほうがいいのか?

 でも、私が何もしなくても土方さんはわかったらしい。

 私の目から涙があふれていたから。

「そうか。でも、お前がその歴史を変えようとしているのだろう? それなら俺は簡単には死ねねぇよ」

 土方さんは、私の涙を指でぬぐいながら言った。

「それに、お前との約束もあるだろう? この戦に決着がついたら、一緒になるって。それならなおさら死ねねぇよ」

 そうだよね、約束したんだもん。

 戦の終わった後のことを。

 だから、土方さんは死ぬつもりなんてないよね。

 それでも涙が止まらなかった。

「お前、ここで泣くと涙が凍って顔が痛くなるぞ」

 そ、そうなのか?

 そう言われてみると、寒くて顔がピーンと痛いところに涙が出たから、少し痛いかも?

 これは、涙が凍り始めているのか?

 そう思ってあせっていると、土方さんは私を抱き寄せて、私は土方さんの胸の中にいた。

「ここなら凍らねぇから、泣くときはここで泣け」

 土方さんは、私が泣いているときは、いつも胸をかしてくれた。

 そんな土方さんが大好きだ。

「すみません」

「謝らなくてもいい」

 そう言いながら、優しく私の頭をなでつつ、優しく私を胸に押し付ける。

「ただ、鼻はかむなよ。こんなところでかまれて凍っても嫌だからな」

「か、かみませんよっ!」

 でも、もう少しだけ、土方さんの胸をかりておこう。

  

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