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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治元年12月
472/506

箱館政権誕生

 松前を出てから海沿いを歩いてやっと箱館の町が見えてきた。

「箱館が見えたぞっ!」

 土方さんがそう言うと、喜びの声が上がってきた。

 みんな、ここを目指して歩いてきたんだもんね。

 箱館の町を歩いているときは別に普通だったのだけれど、五稜郭に入ったら、みんなが出迎えてくれた。

「よくやった。君たちのおかげで蝦夷は平定できた。今日は祝賀会を催すことになっているから、君たちも参加するように」

 榎本さんがにこやかにそう言った。

 祝賀会かぁ、すごいなぁ。

 そう思っていると、大砲の音が聞こえてきた。

「て、敵ですかっ?」

 まだ敵は来ないはずなんだけど、もしかしたら海からやってきたのかもしれない。

 私の言葉を聞いた榎本さんは、あははと笑い、

「祝砲だよ」

 と言った。

 榎本さんは、この時すでにイギリスとフランスの艦長から事実上の政権として認めるという覚書を受け取っていた。

 書かれていたのはそれだけではなく、この国内問題に関しては中立の立場をとるとか、交戦団体の特権を認めないとかと言う事も書かれていた。

 交戦団体とは、簡単に言うと、国内の政治に反対して反乱した人たちが、その国の一部の支配を確立し、国内や外国から承認を受けた団体の事。

 ちなみに、現代は交戦団体承認は行われていない。

 でも、政権としては認めるって、なんか矛盾しているような?

 しかし、何はともあれ、政権が外国に認められたというのが嬉しかったのか、祝賀会は、各国の艦長や地元の有力者なども招待したらしい。

 祝砲も101発あがった。

 これはもう国としてやっているという感じだ。

「今は、こんなことしている時じゃねぇと思うんだがな」

 ぼそっと土方さんが言った。

 そうなんだよね。

 でも、今の榎本さんには何を言っても聞かなそうだ。

 土方さんもそう思ったようで、それ以上は言わなかった。


 それから、榎本さんは入札をやると言い出した。

 入札?何を入札するんだろう?

「士官以上の人間は、紙に総裁にしたい人間の名前を書くらしいぞ」

 土方さんが紙をひらひらさせながらそう言った。

「それじゃあ、私は入札に参加できませんね」

 私が言うと、横にいた原田さんも、

「あ、俺もだ」

 と言った。

「なんだ。この中で参加できるのは土方さんだけか」

 原田さんががっかりしたようにそう言った。

「で、紙に名前書いてどうするんだ?」

「箱に入れるらしい。それで、一番名前が多かった人間が総裁になれるらしいぞ」

 それって……。

「選挙ですね」

 入札なんて言うから、何を入札するんだろうとか色々考えてしまった。

「えっ、選挙?」

 その言葉を初めて聞いた土方さんと原田さんは声をそろえてそう聞いてきた。

「私の時代では選挙と呼ばれています」

「へぇ、お前の時代にもあるのか。お前はやったことあるのか?」

「私は、選挙権がなかったのでやっていませんが、学校……あ、寺小屋でやったことがあります」

「変わった寺小屋だなぁ」

 土方さんにそう言われてしまった。

 この時代から見たら、学校は変わったものに見えるんだろうなぁ。

「なんで寺小屋でそんなことをやったんだ?」

 今度は原田さんが聞いてきた。

「寺小屋の長を決めるときにやりました。長になりたい人が立候補をして……」

 その時に気がついた。

「今回のせ……入札には、総裁になりたいという人はいるのですか?」

 普通は、立候補をして、そこから総裁になってほしい人の名前を書くのだけれど、今回は誰が立候補しているのだろう?

「そんなこと知らねぇよ」

 えっ、そうなのか?

「なりたいという人はいなかったのですか?」

「なりたいも、なりたくないも、士官以上の人間で、今回の入札で書かれた名前の数が多ければ、そいつが総裁だろう」

 今回の入札はどうもそう言うものらしい。

「でも、選挙運動とか無ければ、誰の名前を書いていいかわからないじゃないですか」

「選挙運動ってなんだ?」

「自分が総裁になったら、こういうことをしますって。だから私の名前を書いてくださいと、言うようなことをします」

「それって、嘘も言えるよな?」

 原田さんが鋭いことを言ってきた。

「そうですね。この人が言っていることは本当の事なのか? それとも嘘をついているのか? それも見ながら投票、名前を書かないと難しいですね」

「なるほどなぁ。それも大変だな。で、土方さんは誰の名前を書いたんだ?」

 原田さんが土方さんの紙をのぞき込んだけれど、そこにはまだ名前は書かれてなかった。

「自分の名前も書けるのですよ」

 多分だけれど。

「蒼良、土方さんが総裁になったら大変だぞ。京にいた時の新選組のようになるぞ。禁則を作ったりしてな」

 原田さんが言っているのは、新選組の局中法度の事だろう。

「破った人は切腹って言うあれですか?」

「そうそう。そんなことをここでしたら、みんな切腹だ」

 原田さんは楽しそうにそう言った。

 内容的に楽しいものじゃないのだけれど。

「うるせぇ。俺は総裁になりてぇなんて思わねぇよ」

 土方さんはそう言うと、さらさらと紙に名前を書いて箱に入れた。

 誰の名前を書いたのかまでは見えなかった。

「どうしても総裁になりたい場合は、方法があるのか?」

 原田さんが私に聞いてきた。

「あまりいい方法ではないのですが、票を買うって言うことがありますよ」

 この時代には、まだ選挙法違反とか無いからやってできないことはないだろう。

「票を買う?」

 土方さんと原田さんに聞き返された。

「お金を払って、その入札の紙を買うのですよ。たくさんの人から買って、その紙に自分の名前を書いて箱に入れたらなれますよ」

「ずいぶんと汚ねぇやり方だな」

 だから、あまりいい方法ではないと言ったじゃないか。

「土方さん、やるか?」

 原田さんが聞いたら、

「やらねぇよっ!」

 と、土方さんは怖い顔で言った。


 そもそも、なんで入札が行われたかというと、今、この箱館には幕府の兵がたくさんいる。

 兵もたくさんいるけれど、上に立っていた人たちもたくさんいる。

 上に立っている人たちがたくさんいると言う事は、それぞれに上の人たちについている下の人たちがたくさんいる。

 そうなると何が起こるかというと、派閥がたくさんできてそのうちに派閥争いが起こる。

 まとまらないといけないのに、仲間割れなんて起こしていたら、勝てる戦も勝てなくなってしまう。

 これは早く総裁を決めたほうがいい。

 みんなが納得する形で。

 そこで、異国の政治制度を真似してやってみた、と言う事らしい。

 ちなみに、この入札は日本で初めての選挙になる。


 入札は、この日のうちに開票になった。

 票の数が一番多かったのは榎本さんだった。

 ここで、榎本さんが総裁になることが決まった。

 そして驚くことに、土方さんは六番目に票が多かった。

 元藩主という人たちもいるのに、その人たちをおさえて六番ってすごいっ!

「土方さん、すごいですね」

「俺より、お前の方が喜んでるじゃねぇか」

 だって、嬉しいじゃないか。

 土方さんをちゃんと見て、認めている人がたくさんいるって言う事だ。

 私がすごいっ!と言っている横で、土方さんも、まんざらでもないという顔をしていた。


 それから祝賀会が行われることになった。

 五稜郭から外を見ると、北国の早い夕方の薄暗い風景の中に、ほのかに光る暖かい明かりがちらほらと城下に見えた。

「城下に明かりがあって綺麗ですよっ!」

 私が興奮してそう言ったら、

「ちょうちん行列だ」

 と、土方さんが言った。

「ちょうちん行列ですか?」

「知らんのか? 祝い事があると、ちょうちんに火を灯して歩くんだ」

「ああ、それでちょうちん行列なのですね。こうやって上から見ると綺麗ですね」

「榎本さんも、本格的に祝賀会をやろうとしているんだな。ちょうちん行列まで出ているからな」

 そうなんだ。

 ちょうちん行列を遠目で見ながら祝賀会会場へ。

「誰だ」

 祝賀会会場へ着くと同時に、後ろから目隠しをされた。

 な、なにっ?

 冷静になれ、自分。

 こんなことをする人は一人しかいない。

「沖田さんですか?」

 そう言いながら、私の目の上にあった手をどかしながら後ろを見ると……。

「はずれ。わしじゃ」

 というお師匠様がいた。

 えっ?声は沖田さんだったぞ。

「作戦成功じゃ」

 お師匠様はブイサインを出した。

「天野先生の言う通りにしてよかったです」

 お師匠様の横でニッコリと笑う沖田さん。

 えっ?

「天野先生が蒼良そらの目隠しをして、その横で僕が声を出せばわからないでしょ?」

 そ、そうなのか?

「総司、変なことをしてんじゃねぇよ」

「変なことって、土方さんもひどいよね。僕を船の上に置いて行って、箱館で会えると思って来たら、松前に行った後だったし。二度も僕を置いて行くとは」

「仕方ねぇだろう。敵がいたんだからよ」

 そ、そうですよ。

「でも、蒼良ぐらい待っていてくれてもよかったんじゃないの?」

「えっ、私?」

「だって、蒼良は僕の補佐でしょう?」

 補佐って、いつの話だっ!

「それは京にいた時の話だろうが。こいつはいつまでもお前の補佐じゃねぇよ」

 土方さんは沖田さんから奪い取るように、私を引き寄せた。

「でも、蒼良に補佐の仕事を言いつけたのは土方さんだし、蒼良の補佐はまだ解除されてないからね」

 そ、そう言えばそうだよね?

 そう思っていたら、今度は沖田さんが、土方さんから奪い取るように私を引き寄せた。

「そんなもの、とっくに解除してらぁっ!」

 土方さんが私をひっぱると、沖田さんも私をひっぱる。

 あのですね……、二人でそうやって引っ張ると、私も真ん中で半分になってしまうような感じがするのですが……。

「二人とも、落ち着け。蒼良が二つに割れるだろう」

 この引っ張り合いを止めてくれたのは原田さんだった。

 ありがとうございますっ!

 そんな私たちに赤い液体の入ったグラスが配られた。

「これ、まるで血みたいだね」

 グラスをグルグル回して、中の液体を混ぜながら沖田さんが言った。

「ワインですね」

 さすが榎本さん。

 異国から取り寄せたのだろう。

「わいん?」

 沖田さんは変な顔をしていたけれど、土方さんは、

「鴻池さんのところで見たことあるぞ」

 と言っていた。

「それでは、乾杯っ!」

 そんな声が聞こえてきたから、乾杯して飲もうとしたら、

「お前はやめたほうがいい」

 というお師匠様の声が聞こえてきた。

 そう言うお師匠様はワインじゃなく日本酒を飲んでいた。

 なんでだろう?

「祝い事だからいいだろう? 蒼良君はよく飲むから飲んだほうがいい」

 そう言って榎本さんが私にワインをすすめてきた。

 いつの間に榎本さんはここに来ていたんだろう。

 そう思いながら、グラスの中身を飲みほした。

「苦いなっ!」

 顔をしかめて原田さんがそう言ったところまで覚えている。

 そこから先の記憶がない。

 気がついた時は、朝で、私はちゃんと布団の中にいた。

「目が覚めたか、ばかやろうっ!」

 なんで朝一で土方さんにばかやろうと言われないといけないんだ?

 そう思いながら起き上がろうとしたら、頭が痛かった。

「天野先生に聞いたら、酒は強いが、酒以外の飲物はだめらしいな」

 そ、そうなのか?

「それなのに、なんだ? あの赤いやつ、わいんだ、わいんっ! それを一気飲みしやがって」

 だから、お師匠様はやめたほうがいいと言ったのか。

 前にも同じようなことを言われたような?

「それから大変だったんだぞ」

「何かあったのですか?」

「お前、覚えてないのか?」

 私、何かやったのか?

「酔っ払って、大変だったんだぞ。暑いと言って服を脱ごうとするし」

 そ、そんなことをしたのか?私。

「別な人がやったように聞こえます」

「お前がやったんだからな」

 はい。

 記憶がないのですが、反省してます。

「しばらく酒は禁止だっ!」

 ええっ!

「ワインを飲まなければ大丈夫なのですから、お酒は大丈夫ですよ」

「いや、だめだ」

「ええっ! そんなぁっ!」

 ワインを飲まなければいいじゃないかっ! お酒は関係ないじゃないかっ!

 抗議をしようとしたら、ズキッと頭が痛くなり、思わず頭を抱えてしまった。

「これを機に反省しろ」

 土方さんはそう言って部屋から出て行った。

 反省しろと言われても、記憶がないから何を反省したらいいかわからないし……。

 でも、反省しろと言われているから、とりあえず反省しようか。

 いつまで反省すればいいかわからないけれど、しおらしく反省すればきっとお酒も飲めるようになるだろう。

 と言う事で、私はしおらしく反省を始めたのだった。

 って言うか、何を反省すればいいんだ?

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