箱館への道
松前を出発した。
出る時に、松前に残る人たちが見送ってくれた。
出発直前まで、松前に残る人たちに指示を出していた土方さん。
「それじゃあ、後は頼んだぞ」
そう言って土方さんが背中を向けると、松前から去る人たちは土方さんを囲むように歩き始めた。
松前に行く時と比べると、帰りは敵を倒しながらという事はないので、楽と言えば楽なのだけど、降り続く雪の中、風の強い海沿いの道を行くのは変わりなかった。
「土方さん、船で箱館まで行ったら、速いんじゃないですか?」
ふと、海を見ていたら、その考えが浮かんだので、土方さんに聞いてみた。
「海が荒れているだろうが。開陽も座礁しちまったし、これ以上船を減らすわけにはいかねぇだろう」
確かにそうだよね。
でも、土方さんの場合、別な理由がありそうだ。
「気持ち悪くなるから乗りたくないとか……」
「ばかやろう。こんな時に自分の事ばかり考えてられねぇだろう。船が必要なら、そんなこと気にしねぇで出している」
本当かなぁ……。
「なんだその顔は」
「えっ、変な顔してましたか?」
「俺の言うこと信じてねぇだろう」
「そ、そんなことないですよ」
な、なんでわかったんだ?
「お前の顔見りゃすぐわかる」
そ、そうなのか?
思わず自分の顔をさわってしまった。
その様子を見た土方さんは笑っていた。
もしかして、嘘なのか?
そんなことを思っていると、雪に足をとられてすべって転びそうになった。
「あぶねぇだろう」
土方さんが支えてくれた。
「すみません」
謝って離れようとしたら、土方さんが私の手を離さなかった。
「あの、土方さん?」
「またすべったら大変だろう。俺が手をひいてやる」
なんか、恥ずかしいなぁ。
手をつないだまま、少し前を歩く土方さんを見た。
洋服を着こなした背中は、すらっとしていてかっこいい。
思わず見とれてしまった。
「土方さんと小姓、あれは間違いなくできているな」
「土方さんは男色だったのか?」
そんな声がちらほらと聞こえてくる。
見とれていたのがばれたか?
それにしても、私は小姓になりたくてもなれないから。
小姓は若い男の子がなるもので、私は男ではないし、もうこの時代では若いとは言われない。
でも、小姓と言われると言う事は、見かけは若いと言う事なのか?
「言いたい奴には言わしておけ」
土方さんはそう言って、私の方見たけれど、私の顔を見て、
「なんだ、お前」
と言われてしまった。
「だって、小姓と言われたと言う事は若く見られたと言う事じゃないですかっ! 私も、まだまだいけますね」
「お前、そんなこと言われてそこで喜んでいたのか」
い、いけなかったか?
「安心しろ。お前はまだまだいけるよ」
あきれたように土方さんは言った。
そんなことを言われたから手を離されるかなぁと思ったけど、この日の宿に着くまで手は離れなかった。
「土方さん」
宿に入り、荷物を整理し終わってから私は土方さんに話しかけた。
「あ、ここら辺の宿がここしかなかったからな。俺たちの思い出の地をこういう形で使ってしまって悪かったな」
そう、今回の宿は知内温泉だ。
「いや、それは全然かまわないですよ」
また温泉に入れることが出来て嬉しいぐらいだ。
そんなことより……。
「今回、ずうっと私の手をひいてましたが、他の人たちから変なふうに思われたと思いますよ」
下手すりゃ私が女だとばれてしまう。
「他の奴がどう思おうが関係ねぇだろう」
そ、そうなのか?
いつもなら、私が女だとばれないように気を使ってくれるのだけれど、今回はなんか違う。
私が女だとばれてもいいというような感じだ。
「いいのですか?」
「なにがだ?」
「私が女だとばれても……」
「かまわねぇ」
えっ?
聞き間違えたか?
そう思っていたら、もう一回、
「お前が女だとばれても、かまわねぇよ」
と、土方さんは言った。
「ど、どうしてですか?」
私が聞くと、土方さんは真剣な顔をして私を見た。
「もう、隠す必要ねぇだろう」
そ、そうなのか?
「京にいた時は、お前が女だとばれた時、なにするかわからねぇ奴ばかりいたが、ここまで来る奴らは、そんな奴らじゃねぇだろう」
確かに。
ここにいる人たちは、色々な犠牲を出して蝦夷まで来ている。
でも……。
「念のために隠しておいた方が……」
「俺が我慢できねぇよ。いつまで隠して付き合わねぇといけねぇんだ?」
「今まで隠していたのだから、今さら表に出してもどうかと思うのですが……」
「先が、どれだけあるのかわからねぇだろう。俺の先はもう長くねぇだろう」
なっ!
「なんでそんなことを言うのですか?」
なんでそんなことを知っているんだ?
「わかるんだよ。雪がとけたら、敵がやってくる。これ以上逃げる場所はねぇからな。武士なら、ここで命をかけて戦わねぇとな」
そう言う事か。
私が土方さんが死ぬことを阻止したい。
でも、完全に阻止できるかはわからない。
ここは、土方さんの言う通りにした方がいいのか?
「わかりました。土方さんに従います」
私がそう言ったら、土方さんは満足そうな笑顔になった。
「よし、まずは女湯に入れ」
と、土方さんに言われたので、
「女湯に入りますよ、当たり前じゃないですかっ!」
男湯に入ったら犯罪だろう、と思いながら言った。
「みんなが温泉から出て寝るころにこっそり入ります」
「いや、今入れ」
えっ、今?
今入ったら、絶対に男湯も女湯も関係なく入っていると思いますよ。
なんせ貸し切りなのだから、女湯はいらないと思っている人たちなんだからね。
「俺が、何とかして入れてやるっ!」
「いや、無理しなくてもいいですよ」
「これは、お前が女だと公表するいい機会だ」
そ、そうなのか?
と言う事で、温泉の脱衣所の前へ。
案の定、女湯の中に男の人たちが何人かいた。
「お前ら、出ろっ!」
女湯を開けて土方さんがそう言った。
「なんでだ?」
「いったい何があった?」
そんな声がいくつか聞こえてきた。
「蒼良が入る」
土方さんがそう言うと、一瞬シーンとなった。
「なんだ、そんなことですか」
「蒼良さんなら、入ってくればいいじゃないですか」
そ、そうなるよね。
一応、男として通ってるんだから。
「そう言うわけにはいかねぇんだよっ! あいつは女なのだから」
再びシーンとした沈黙が。
沈黙の後はなぜか笑い声が響き渡った。
な、何なんだ?
「土方さん、冗談が下手だなぁ。蒼良さんが女なわけないじゃないですか」
そ、そうなのか?
「戦の時も鉄砲かついで一緒に走っていましたよ」
確かに、みんなと一緒に走りましたよ。
「蒼良さんが女なら、俺たちも女だな」
あははっ!という、大きな笑い声が響き渡り、無言で土方さんが出てきた。
「お前、女だと信じてもらえなかったぞ」
「そうらしいですね」
聞こえてきた声でわかりましたよ。
男装がうまくいっていてよかったとホッとしたような、女と認められない私って……というショックと複雑な思いなのだけど。
「お前はそれでいいのか?」
「ちょっと複雑ですね」
「こうなったら……」
もしかして……。
「全裸で女湯に入れとかって言いませんよね?」
恐る恐る聞いたら、
「ばかやろうっ! そんなこと俺が許さんっ!」
と、土方さんは怒ってしまった。
よかった。
もしそんなことを言ったらどうしようと思ったけど、土方さんは言わないよね。
「お前がもう少し女らしかったら、俺の言葉も信用してもらえただろうに」
そんなこと言われても、男装しているのだから、女らしくって無理だろう。
「なんで戦で鉄砲かついで走ってんだよ」
「戦ですから、鉄砲かついで走りますよ」
「確かにそうだけどなぁ……。わかった、俺が少し焦りすぎたかもしれん。こういうことは、徐々に周りから認めてもらうようにするべきだな」
そうかもしれない。
少しずつ認めてもらえばいいと思う。
でも……。
「私は土方さんが認めてくれれば、それでいいと思いますよ」
私がそう言うと、土方さんは驚いた顔をしていた。
そして、
「お前、たまにはかわいいことを言うな」
と、嬉しそうに言った。
たまにはって……。
「どうせ、たまにしか言いませんよ」
「あ、初めてお前からかわいい言葉を聞いたかもしれねぇぞ」
たまにより悪くなっているじゃないかっ!
次の日、再び箱館に向けて進軍を始めた。
土方さんは、ずうっと私の手をひいてくれた。
それを見て色々言う人がいたけれど、気にしなかった。
「土方さんにどんな心境の変化はあったんだ?」
私たちのそんな状況を見て、原田さんがそう言ってきた。
「私を女だと周りに認めさせたいらしいです」
私がそう言うと、原田さんは、
「蒼良は誰がどう見ても女だろう? 俺はそう思うが」
と言ってくれた。
よかったぁ。
ずうっと男装をしていたから、私の中にあった女がどこかへ行ったかと心配だったから、原田さんの一言を聞いてホッとした。
「でも、またなんで急に?」
そうなるよね、そう思うよね。
「土方さんは、私たちの関係を隠すのはもう嫌みたいです」
「なんだ、そんなことか。隠さなくてもいい方法があるぞ。あ、でももう隠すどころではないか」
それはどういう方法だ?でも、隠すどころではないって……。
「男色として認めてもらえば、隠さなくてもいいだろう」
得意気に原田さんが言った。
そ、それもどうなのかと思うのですが……。
「左之っ! 何が男色だっ!」
「でも、周りの奴もそう思っていると思うぞ。なぁ」
原田さんは周りの人に同意を求めたけど、さりげなく視線をそらされていた。
「くそっ、なにが男色だ。俺は男色じゃねぇぞっ! そもそも、お前が鉄砲かついで走っているのが悪い」
えっ、私が悪いのか?
「だから、お前に鉄砲を教えるのは嫌だったんだっ!」
ええっ、そうなるのか?
「戦だったから仕方ないよなぁ、蒼良」
原田さんのその言葉にコクコクとうなずく私。
「くそっ!」
と、怒りつつも、土方さんは私の手を離すことはなかった。