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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治元年12月
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松前を去る日

「そろそろ箱館に帰れそうだぞ」

 ある日、土方さんが嬉しそうにそう言った。

 私は複雑な顔をしていたらしい。

「どうした、その顔は」

 思わずそばにいた原田さんと目が合ってしまった。

「なんだ、お前らは」

「松前に知人が出来たから、箱館に帰る前に挨拶しとかないといけないなと思ったんだ。で、いつ箱館に帰るんだ?」

 原田さんが状況を説明してくれた。

「今すぐに帰るというわけじゃねぇ。ただ、めどがついたというだけだ。知人が出来たのなら、早いうちに挨拶しといたほうがいいと思うぞ」

 急に出立と言う事もあり得るのだろう。

「そうか。最近よく巡察に行くなぁと思っていたらそう言う事なのか」

「おばあさんがいて、その人の話が面白いのですよ。温かい料理も美味しいし。土方さんも一緒に来ますか?」

「そんな暇ねぇよ」

 なんだ、せっかく誘ったのに、忙しいというのなら仕方ない。

「それじゃあ近いうちに挨拶に行ってきます」

「左之も一緒か?」

「はい。原田さんと一緒に知り合ったので」

「そうか。左之も一緒か」

 土方さんは納得できないような顔をしていた。

「やっぱり、土方さんも行きますか?」

「だから、忙しいと言っただろう。箱館に帰るまでにやることがまだあるからな。めどはついたが、やることはたくさんある」

 そうなんだぁ。

「お手伝いしましょうか?」

「お前にできるわけねぇだろう」

 そんなこと、わからないじゃないかっ!

 意外とできちゃうかもしれないぞっ!

「その顔は、やる気だな。よし、それじゃあ、お前に仕事を与えてやる」

 よし、やってやるっ!

「まず、雪どけと同時に敵がやってくるだろうから、砲台を設置しなければならねぇ。砲台をどこに設置すればいいか、砲台を設置する人間がいるから、指示を与えろ」

 えっ?

「後は、敗走した松前藩兵は先月降伏したが、それ以外にも隠れてねぇか、隠れていたとしたら、どこに隠れていそうか、捜査の指示を出せ」

 えっ?

「それとだな、俺たちが去った後、松前をどうやって守るか……」

「む、無理ですっ!」

 そんな、重要なこと私が出来るわけないじゃないかっ!

「手伝うと言っただろう」

 確かに言いましたが……。

「そんな責任重大な仕事はできませんよ。私がやって間違いがあったら大変じゃないですか」

「安心しろ。お前の首が飛ぶだけだ」

 そ、それは安心できないじゃなかっ!

 この時代の首が飛ぶって、切腹とかだからね。

 本当に首が飛ぶんだからねっ!

「絶対に無理ですっ!」

 真剣に言うと、土方さんは笑い出した。

 笑いごとじゃないんだってばっ!

「これは、おそらく俺にしか出来ねぇ仕事なんだよ。安心しろ。お前にはやらせねぇよ。ただ、手伝うと言ってくれた時は、うれしかった。気持ちだけ受け取っておく。ありがとな」

 そう言って、私の頭をなでた土方さん。

「そ、そろそろ行くか?」

 原田さんの遠慮がちな声が聞こえてきた。

 そうだ、原田さんがいたのだった。

「左之、気をきかせろ」

「仕事が残っているなら、いちゃつくのは終わってからにしてくれ」

 そう言ってにやりと原田さんが笑った。

蒼良そらはちゃんと俺が守るから、土方さんは安心して仕事してくれ」

 原田さんがそう言うと、私たちは部屋を出た。

 部屋から、

「くそっ!」

 という土方さんの悔しそうな声が聞こえてきた。


 雪の降る松前の町を、おばあさんの家目指して原田さんと歩いていた。

 巡察に出ると必ず寄っていたので、道のりは見慣れたものになっていた。

 この景色とももうすぐお別れなんだ。

 そんなことを思いながら歩いていると、おばあさんの家に着いた。

「こんにちわ」

 そう言って原田さんが戸を開けると、

「そこに、白い女が立っていたんじゃっ!」

 と言って、怖い話をするときの不気味な顔をして子供たちに話を聞かせていた。

 ま、また怪談話をしていたのか?

「ひいっ!」

 怪談話と言うだけで怖いと思う私は、悲鳴をあげていた。

「ちょうどいいところに来た。今、一番いいところなんだ」

 そ、そうだったのか?

 一番嫌なときに来てしまったようだ……。

「トントンと肩を叩かれ……」

 本当に私の肩を叩いている人がいるのだけれど……。

「恐る恐る振り向くと……」

 恐る恐る振り向くと……。

「そこには奴がおったんじゃっ!」

「ひいいいいいっ!」

「やっぱり、このお侍さんは面白いね」

「これ、お侍さんをからかうんじゃない」

 私の肩を叩いていたのは、子供たちの一人で、私の反応が面白いからからかってたたいたらしい。

「このお侍さんは、本当に怖がりだから、あまり怖がらせないように」

 原田さんが優しく子供たちに言った。

「僕の思っているお侍さんとえらい違いだ」

「どう違うの?」

 気になったから聞いてみた。

「こんなに怖がりじゃないよ」

 それはそうだよね。

「お侍さんだって人間だ。怖がりもいれば泣き虫もいるだろうよ」

 おばあさんがそう言った。

 確かに、私が見てきた人たちは、色々な人がいた。

「わざわざ、こちらの話を聞きに来る風変わりなお侍さんもいることだし」

 おばあさんはそう言いながら私たちの方を見た。

 ふ、風変りなのか?

「そんな顔をしなくてもいい。私は嬉しいんだから」

 おばあさんは嬉しそうにそうって、話の続きを始めた。


 おばあさんの話が終わり子供たちが帰ったと、あまりの怖さに涙目になっていた。

「あんたは本当に侍らしくないね」

 そうかなぁ……。

「ところで、今日は何か用があるんじゃないのか?」

 おばあさんのその言葉に原田さんと顔を見合わせた。

「近いうちに松前から去ることになったから、挨拶しに来た」

「色々とお世話になりました。おばあさんのお話も楽しかったです」

「こちらも楽しかったよ。人一倍怖がってくれるからね」

 そ、それは言わないでっ!

「箱館に帰るのかい?」

 おばあさんに聞かれ、原田さんのうなずいた。

「そうか。あんたたちもこれからが大変だろう。私らは変わらないけどね」

 おばあさんは、松前を誰が支配しても変わらないだろう。

「ただ、戦は嫌だな。あれだけはごめんだ」

 この後、もう一つ大きな戦がひかえている。

 だから、何も言えなかった。

「最後なのに、暗くなってしまってすまないね。そうだ、あんたに言いたいことがあったんだ」

 私の方を見ておばあさんは言った。

 えっ、私に言いたいこと?

「あんた、女なのに侍になっているのは、それなりの理由があっての事なんだろう?」

 ば、ばれていた?

「その理由まで聞こうとは思っていない。ただ、あんたは女なのだから、好きな男が出来たら、侍をやめて、その男を追いかけたほうがいい。じゃないと、女の幸せまで逃すことになる」

「ばあさん、蒼良はもうその男を追いかけているよ」

 原田さんがさらりとそう言った。

「なんとっ! 男の方もあんたが女だと知っているのかい?」

 一番最初に知った人だ。

 コクコクとうなずいた。

「なんとまぁ、奥手だと思っていたら……。驚いたねぇ」

 そ、そんなに驚くことなのか?

「それなら、言う事は何もない。幸せになりなさい」

 優しい顔でおばあさんがそう言ってくれた。

 思わずうるっとしてしまった。

「そうだ。ここの冬は寒いだろう? 暖かい着るものを用意してあげるよ。持って行きなさい」

「そんなことまでしてもらって、申し訳ないです」

 ここで話を聞いて温かいものを食べることだけでも、もう充分なのに。

「遠慮せんでいい。持って行きなさい」

 そう言って、おばあさんは私たちに用意するためにか、家から外に出て行ってしまった。


 しばらくしておばあさんが持ってきたものは、熊の毛皮で作った上着だった。

「これが暖かいんだ」

 そう言って上着をくれたのだけれど、その上着を見て、原田さんと固まってしまった。

 そもそも、なんで熊の毛皮だとわかったかというと、ご親切に熊の頭までついていたのだ。

「あの……。熊の頭をとることはできませんか?」

 それさえなければもう言う事なしなんだけど。

「何言ってんだいっ! これが一番大事なんじゃないかっ!」

 おばあさんは熊の頭をブンブン振ってそう言った。

 一番大事でもないと思うのは私だけか?

「せっかくだから、いただこう」

 原田さんがそう言って上着をもらった。

「ありがとうございます」

 私も上着をもらった。

「また松前に来ることがあるだろう? その時はここに来なさい。いつでも待っているよ」

 最後におばあさんの優しい言葉でさらにうるっときてしまったのだった。


 おばあさんからもらった上着は、かなり獣臭いけど、暖かかった。

「暖かいのは分かるが、この頭の部分は何とかならねぇのか? 一瞬これを見ると驚いて刀を出しそうになる」

 そ、そうなのか?それは少し怖いのだけれど……。

「この頭の部分が重要らしいです」

「そうか? 俺から見ると、単なる飾りにしか見えないが」

 それは私も同じだ。

「こうやってお前にかぶせると……」

 土方さんは熊の口の部分を私の頭にかぶせた。

「お前が熊にくわれそうになっている様にしか見えねぇな」

 土方さんは楽しそうにそう言った。

 もしかして、遊ばれたとか……。

「ばかにしてますけど、本当に暖かいのですよ。着てみますか?」

 私は上着を脱いで土方さんに出した。

「どれどれ」

 そう言いながら上着を着た土方さん。

 そして土方さんの動きが一瞬止まり、

「暖かいな」

 と言った。

「ほら、暖かいでしょう?」

 返してもらおうと思い、手を出したらさりげなく払われてしまった。

 そ、それ、私のなのですがっ!

「あの……」

「お前に熊の頭つきの上着は似合わねぇ。代わりに俺が着てやる」

 そ、そうくるのか?

「土方さんこそ、似合いませんよ。熊の頭をつけて田舎臭いですよ」

 山の中にいる猟師という感じだ。

「この際、暖かければ田舎臭くてもいい」

 そ、そうなのか?

「お前こそ、田舎臭いのは似合わないだろう? 安心しろ。俺が代わりに着てやる」

 だから、それは私のですからっ!代わりに着てもらわなくても私が着ますからっ!

「あのですね……」

「お前、女が熊の頭のついた服を着るのもどうかと思うが……」

 た、確かにそうかも。

「俺が代わりの上着を手に入れてやるから、これは俺によこせ。お前は女なんだから、女らしい格好をしろ」

「わ、わかりました」

 私がそう言うと、満足そうな顔をして土方さんは部屋を出て行った。

 女らしい格好をしろって……、私、男装しているから女らしい格好出来ないじゃないかっ!

 もしかして、やっぱり、だまされたと言うやつかっ?

 やっぱり返してもらおうっ!

 あわてて土方さんを追いかけたけど、土方さんは仕事に戻っていた。

 真剣な顔をして仕事をしている土方さんを見ると、返してくれと言えなくなってしまった。

 お仕事、頑張ってください。



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