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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治元年11月
468/506

松前の雪だるま

 開陽が座礁してから十日ぐらいたっただろうか……。

「開陽が、沈没した」

 土方さんがぽつりとそう言った。

 江差にいる人たちから、連絡があったのだろう。

「そうですか」

 開陽は本当にいい船だったから、悲しかった。

 でも座礁してしまい、もうどうにもできなかった。

 あきらめるしかなかった。

 そう言えば……。

「土方さんが叩いた松はどうなったのでしょうか?」

「はあ? 松だと?」

 土方さんは、開陽が座礁した時に松の木を叩いたのだけれど、それが土方さんが叩いたから曲がってしまうという伝説を残している。

「曲がりましたかね?」

「曲がるわけねぇだろう。前も言っただろう。俺が叩いて曲がるのなら、ここら辺の木はみんな曲がっているぞ」

 そうなんだけど……。

「なんなら、江差まで行ってどうなったか見て来い」

 えっ?

 外を見ると、雪が静かに降っている。

 この雪の中、江差に行けというのか?

「それは、ちょっと遠慮したいです」

「でも、松の木がどうなったか知りてぇんだろ?」

「いや、そこまでしてまで知りたくないです」

 ちょっと気になる程度なので。

「そうか。それならいいが。お前が江差に行くと言ったらどうしようかと思ったぞ」

 にやりと笑って土方さんが言った。

 いや、その笑顔はどうしようかと思った笑顔ではなく、江差へ行くのを喜んで見送ってやるぞという笑顔だ。

「こんな雪の中、いけないですよ」

 あはは。

 という私と土方さんの乾いた笑い声が部屋にひびいたのだった。


 それから数日後。

 とっても寒い朝だったけど、雪が降っていなくて晴れていた。

 朝から晴れているってずいぶん久しぶりじゃないか?

 外を見ると、雪が朝日を反射して、キラキラと光っていた。

蒼良そら、朝早く悪いが、起きているか?」

 部屋の外から原田さんの声が聞こえてきた。

 何だろう?

「起きてますよ」

 そう言って顔を出すと、原田さんが外へ行くかっこうをして立っていた。

「何かあったのですか?」

 こんな朝早くから、何か外に出なければいけないことがおきたのか?

「いや、そんな深刻なことじゃない。雪だるまを作ろうかと思って、蒼良を誘いに来た」

 えっ、雪だるま?

「いつも、世話になっているところがあるだろう」

 あっ、あそこのおばあさんの家。

 前にたまたま行ったら、子供たちを相手に怪談話をしていた。

 それが縁で、あの日から巡察に出た日は必ず顔を出している。

 最初の出会いが怪談話だったので、不気味なおばあさんと言う印象が強かったのだけれど、実際のおばあさんは世話好きでとってもいい人だった。

 行くと、囲炉裏にあたらしてくれて、暖かい食べ物を食べさせてくれる。

 でも、おばあさんの家と雪だるまの関係がいまいちよくわからない。

「雪だるまを作って、そこに来る子供たちを驚かせたいだろ?」

 この時代、雪だるまは子供が作るものではなく、朝起きた子供たちを驚かせるために大人が作るものだった。

 だから、雪だるまも現代のように雪玉を積み上げた簡単なものではなく、雪でだるまを作る本格的なものなのだ。

 原田さんはそれを作って、子供たちを驚かせて喜んでもらいたいらしい。

 いつも子供たちと一緒に楽しんでいる方だから、たまには楽しませる方になりたいなぁ。

「面白そうですね。早速行きましょうっ!」

 子供たちが起きて活動を始める前に雪だるまを作らなければならない。

 そうなると、ゆっくりしていられない。

 急いで作りに行かないとっ!


 急いで行ったのだけれど、すでに現場は大人たちが雪でだるまを作っていた。

「久しぶりに天気がいいからみんなはりきっているんだ」

 雪だるまを作っていた人たちが口々にそう言っていた。

「よし、俺たちも作るぞ」

 原田さんが腕をまくって雪を集め始めた。

「一番大きなものを作りましょうっ!」

 そんな私の声を聞いた人たちは、

「お前たちに負けないぞっ!」

 と言い始めた。

 ここから、雪だるまつくり合戦のようなものが始まった。

 まずは、雪を集め始める。

 大きなものを作るのなら、たくさん集めないとっ!

 原田さんと無言で雪を集めていた。

 最初は寒かったけれど、雪を集めているうちに体が温まってきた。

 雪を集めた高さは、私の身長を超えた。

 でも、周りの人たちを見ると、みんな同じぐらい大きかった。

「こんな感じでいいだろう。形を整えよう」

 原田さんがそう言ったので、私はうなずいた。

「ところで、どうやって形を整えて作るのですか?」

 雪玉を積んだだけの雪だるまなら簡単だけど、雪でだるまを作るとなると、どうやって作るのだろう?

 しかも、とっても大きなものだ。

「えっ、蒼良、知らないのか?」

 えっ、もしかして……。

「原田さんも知らないとか……」

「雪は降っても作ったことがないからな」

 そ、そうなのか?

 どうしよう?

「と、とにかく、横の人のを見て、まねして作りましょうっ!」

 もうそうするしかないだろう。

「そ、そうだな」

 チラッと横を見ると、隣の人は黙々と雪だるまを作っている。

「最初は、形を整えるのだな?」

「そうみたいですね」

 私と原田さんは雪を固めて形を整え始めた。

 そして再びチラッと見ると、今度は炭で顔を書きはじめた。

 私たちも、炭で顔を書きはじめた。

 そして、何とか出来上がった。

 初めて作ったのでかなり不格好な雪だるまだった。

「うわあ、あんたら、人の家の前にこんなでかいものを……」

 出来上がったとき、おばあさんが出て来た。

「雪だるまを作ったのですよ。驚きましたか?」

「え、雪だるま……」

 おばあさんは、まじまじと雪だるまを見た。

 雪だるまに見えないかなぁ……。

「よく見れば、雪だるまに見えなくもない」

 そうだよね、見えるよね?

「確かに、周りと比べると、これは雪だるまじゃなくて雪の塊だよな」

 原田さんが作った雪だるまを見てそう言った。

 確かにそうなんだけど……。

「一生懸命作ったんだろう? こんな朝早くから。その気持ちだけでも充分だよ」

 おばあさんは笑顔でそう言ってくれた。

 それから子供たちが出てきて、たくさんの雪だるまを見て驚いてくれた。

 ここまでは作戦成功。

 だけど、子供は正直で、

「これ、何?」

「雪のお山?」

 など、雪だるまと言う子はほとんどいなかった。

「私たちの雪だるまが一番大きかったけど、一番雪だるまっぽくなかったですね」

「初めて作ったし、初めからうまくいくわけないからな」

 原田さんの言う通りだ。

「そこで、もう少し上手になるためにもう一つ雪だるまを作ろうっ!」

 と、原田さんがはりきって言った。

 えっ、もう一つ?どこに作るんだ?


 松山城の庭に雪を積み始めた。

 こんなところに雪だるまを作って誰を驚かせるんだろう?

 そんなことを思いながら、原田さんと雪だるまを作った。

「雪だるまを作っているときは、体が温まるな」

「そうですね。今度から寒くなったら作りますか?」

「そうだな、何回か作っていたら、雪だるまも上手に作れるようになるだろう」

 一瞬、雪だるまつくりがうまくなるとどうなるんだろう?と思ったけれど、あまり気にしないようにした。

 この瞬間が楽しければいいか。


 雪だるまは、さっきより上手に作れた。

 回数をこなせばかなりうまくなるかもしれない。

 そして、この日は一日終わった。

 大きなものを作ったので、一日かかってしまったのだった。

 そして次の日。

「だ、誰だっ! 庭に雪山作った奴はっ!」

 土方さんの声が響き渡った。

 えっ、雪山?そんなものを作った人がいるのか?

 土方さんの方へ行くと、外に大きな雪山が出来ていた。

「本当だ。暇な人もいるのですね」

「昨日、雪が降っていなかったから、昨日作ったのだろう。誰が作った?」

 昨日、私たちも雪だるまを作ったけど、雪山を作った人がいたんだぁ。

 思わず顔が笑ってしまった。

「笑いごとじゃねぇぞ。あんなでかいもの、はっきり言って邪魔だからな」

 そう言えば、私たちが作った雪だるまはどこへ行ったのだろう?

 確か、雪山があるあたりに作ったと思ったのだけど……。

 雪山はあるけど、雪だるまは綺麗に無くなっている。

 もしかして、雪山を作った人は、私たちの雪だるまを壊して作ったのか?

「何かを探しているのか?」

 キョロキョロと見回している私を見て、土方さんはそう言った。

「雪だるまを作ったのですが、どこへ行っちゃったかなぁと思って。まさか、雪だるまが夜中に歩き出したとか……」

「それはねぇだろう」

 そうだよね。

「おい、その雪だるまはどこに作った?」

 土方さんが真面目な顔をして聞いてきた。

「あの雪山があるあたりに作ったのですが」

「もしかして、あの雪山が雪だるまじゃねぇのか?」

「まさか、それはないですよ。あんなに大きくなかったですし」

 もう少し小さかったぞ。

「お前、よく考えてみろ。昨日の夜からまた雪が降っているからな」

 そうだ。

 昼間は晴れていたけれど、夜になるとまた雪が降り始めた。

 かなりの勢いでふっていたと思う。

 と言う事は、もしかして……。

「あの雪山は、雪だるまの上に雪が降り積もったものと言うのですか?」

「それ以外考えられるか?」

「ええっ! かなり大きな雪山になってますよっ!」

 私たちの作ったものは、もう少し小さい物だったと思ったのだけど……。

「いいか、昨日の夜から雪が降って今も雪が降っているんだぞ。それなりに積もって大きくなるだろうが」

 そ、そうなのか?

「じゃあ、この雪山の正体は……」

「お前が作った雪だるまだな」

 いや、私一人で作ったようになっているけど、原田さんも一緒でしたからねっ!

 それにしても……。

「一晩でこんなになっちゃうんだ」

 一晩で雪山になるとは思わなかった……。

「まさか、街中には作ってねぇよな?」

 あっ……。

「もしかして、作ったのか?」

「えっ、あっ……」

「作ったんだな?」

「私たちだけではなく、他の人たちも作ってましたよ」

 私がそう言うと、土方さんは頭を抱えていた。

 そ、そんなに悪いことをしたか?ただ、雪だるまを作っただけだぞ。

「と言う事は、街中は、雪山だらけだと言う事だな」

 あっ……。

 おばあさんの家の前も雪山だらけなのかな……。

 悪いことをしちゃったかな……。

「そんな顔をするな。晴れれば無くなるだろう。雪が降り積もれば、周りの雪と一緒になってわからなくなる」

 そう言うものなのか?

「ただ、残念なのが、お前が作った雪だるまが見れなかったと言う事だな」

 ポンッと土方さんの手が私の頭にのった。

「今度から、完成したら俺に見せろ」

「あまりうまく作れなかったのですが……」

「かまわねぇよ。そこに気持ちがこもっていれば、誰だって嬉しいだろう」

 土方さんは優しい笑顔でそう言った。

 そうだったら嬉しいな。

 そう思いながら、雪山を見ていたのだった。

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