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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治元年11月
467/506

冬の怪談話

 開陽が沈む前に私たちは松前に帰ってきた。

 松前が落ち着くまでは箱館に帰れそうになく、しばらくの間松前にいることになった。

 松前でやることと言ったら、私たちが箱館に帰った後、誰が松前を守るか、松前を守るためには何をしたらいいか、と言う事を考えて指示を出すと言う事だ。

 これは土方さんの仕事になる。

 というわけで、土方さんは松前で忙しそうに動いていた。

 そして私は特に何もやることがないので、戦の疲れを癒していた。

「おいっ! いつまで布団の中にいるつもりだっ!」

 戦の疲れを布団の中で癒していると、土方さんの声が聞こえてきた。

「疲れを癒しているのですから、休ませてください」

「お前はいつも休んでいるだろうがっ!」

 えっ、そうだったか?松前に来る前までは必死で働いていたと思ったけど。

 そう思っていると、私の上にかかっていた暖かい布団が無くなった。

 どうやら土方さんが布団をはぎ取ったらしい。

「さ、寒いじゃないですかっ!」

 ただでさえ、松前は寒いのにっ!

「俺が必死で働いているのに、お前は何してんだ?」

「だから、疲れを癒して……」

「なんだって?」

 私の言葉をさえぎって、怖い顔で土方さんは聞いてきた。

 もう、これ以上何も言えない。

 何か言った日には、とっても怖いことが起こりそうだ。

「な、何でもありません」

「とにかく、起きて来いっ! わかったなっ!」

 土方さんはそう言って部屋を出て行った。

 私は洋服に着替えた。

 この洋服も、重いばかりであまり暖かくないんだよね。

 現代なら、軽くて薄くて暖かい洋服がたくさんあるのに。

 まあ、着物よりかは暖かいと思って着ればいいか。

 着替え終わったら、土方さんがいる部屋へ行った。

 土方さんの部屋は火鉢があった。

 土方さんも寒いみたいで、火鉢にあたりながら仕事をしていた。

「やっぱり、火鉢は暖かいですよね」

 私も火鉢に近づいた。

「お前、俺もあたっているんだから、火鉢をかかえこむな」

 あら、私ったら、気がついたら火鉢をかかえこんでたわ。

「すみません。寒かったもので」

「確かに寒い。だが、雪が降っているぞ」

「降っていますね」

「お前、雪は好きだっただろう? 京にいた時も、雪が降ると人が変わったかのように外に出ていただろう」

 確かに、京にいた時は雪が好きだった。

 でもね……。

「毎日見ているので飽きました」

 そう、飽きるのだ。

 よく考えてみたら、蝦夷に来てから雪まみれだったじゃないかっ!

 鷲ノ木から箱館までの道のりも雪だったし、箱館から松前も雪だった。

 江差も雪だったし、戻ってきても雪だ。

 雪にまみれてここまで来たのだから、いい加減雪から解放されたい。

「はあ? 飽きただと?」

「はい」

「お前、雪で何か作るとか言っていたよな?」

 そ、そんなことを言っていたか?

「ここなら雪だるまもたくさんできるぞ」

「いや、もういいです」

 もう雪はたくさんだっ!

「遠慮することはない」

 いや、遠慮はしていない。

「雪より今は火鉢にあたっていたいです」

「お前、年寄りみてぇなことを言うよな」

「もう、火鉢にあたれるなら、年寄りでもなんでも結構です」

 この時代、私の年齢はもう年寄り扱いなのかもしれないし。

「そんなに火鉢にあたりてぇか?」

「そりゃもう、こんなに寒い日は火鉢が一番です」

 私がそう言うと、土方さんは火のはいった炭の上に灰をかけた。

 これは火鉢の火を消す行為だ。

「ああ、なんてことをっ!」

 思わず口に出てしまった。

「いいか? 寒いからってこもっていたら、なにも出来ねぇだろうがっ! 仕事しろっ!」

「仕事って、何があるのですか?」

 私がする仕事ってあるのか?

 土方さんはうーんとうなりながら考え込んでしまった。

 ほら、ないじゃないかっ!

「とりあえず、松前の町を巡察して来い」

 えっ?

「今、なんとおっしゃいましたか?」

「二度も言わせるなっ! 松前の町を巡察して来いと言ったんだ。戦の後で治安も悪くなっているだろう」

 そ、そうなのか?

「巡察って寒いじゃないですかっ!」

「どこにいても寒いのは同じだ」

 いや違う。

 京にいた時の寒さとここの寒さは全然違いますからねっ!

「お前が巡察終えて来るまで、俺も火鉢に火を入れねぇで待っているからな」

 と言う事は、私が外に出るまでこの部屋も暖かくならないわけで……。

「ずうっと帰ってこなかったらどうするのですか?」

「安心しろ。ずうっと火鉢に火を入れねぇで待っている」

 これって、安心していいのか?

「俺だってな、だんだん寒くなる部屋にいたら、凍え死ぬかもしれねぇぞ。いいのか?」

 そ、それはよくないだろうっ!

「急いで行ってきますっ!」

 土方さんが死なないうちに帰って来ますからねっ!


 もしかして、乗せられたか?と気がついた時は、すでに玄関にいた。

 よし、勇気を振り絞ってっ!と思って玄関の戸を開けると、雪が音をたてて入り込んできた。

 だめだっ!あわてて戸を閉める私。

 このままじゃ土方さんが凍え死ぬかもしれない。

 でも、その前に私が凍え死ぬかもしれない。

 こんな雪の中で巡察なんて、出来るわけないじゃないかっ!

蒼良そら、何してんだ?」

 原田さんが通りかかった。

「土方さんに巡察に行けと言われたのですが、雪が降っていて寒いし、どうしようか考えていたのです」

 この際、巡察に出ないで、ある程度時間がたったら、

「巡察は大変でした」

 と言いながら頭に雪乗せて土方さんの所に行こうか。

「俺も付き合うよ」

 原田さんがそう言うと、私の横に立った。

「こんな雪の中、巡察したら絶対に凍え死にますよ」

「あはは。蒼良も大げさだな。何人か巡察に行ってちゃんとみんな帰ってきているから大丈夫だよ」

 そ、そうなのか?

「ほら、行くぞ」

 原田さんはそう言うと、ためらいもなく玄関の戸を開けて、外に出て行った。

 私も、原田さんの後を追うように出て行った。


 松前の町は雪が降り積もっていて、今も積もっている雪を増やすような雪が降っている。

 こんな日に外を出て歩いている人はほとんどいなかった。

「治安、よさそうですよ」

 巡察に出る必要があったのか?

「そりゃ、人が出てないからな」

 原田さんもあたりを見回しながらそう言った。

 よし、巡察に出た。

 治安良好。

 帰ろうか。

「おい、今、子供たちがあそこの家に入って行くのが見えたが、何かやっているのかな?」

 原田さんが一軒の家を指さして言った。

「友達がいて、家で遊ぶために入って行ったんじゃないですか?」

 私も家を見ながら話していると、その間も数人入って行った。

 何をしているんだろう?

「気になるなぁ。見に行ってみるか」

 原田さんが雪をかき分けて歩き始めた。

 私もあわてて後をついて行った。


「ごめんください」

 家の前で戸を叩きながら声をかけると、

「なんか用かい?」

 と言いながら、薄暗い家の中からしわしわのおばあさんが出てきた。

 まるで家の中にいる妖怪のような感じがし、思わず、

「ひいっ!」

 と、悲鳴をあげてしまった。

「この家の中に子供たちが入って行くのが見えて、何をしているのか気になって声をかけたのだが」

 原田さんはおばあさんを見ても何も思わなかったみたいで、平然とそう言った。

「子供たち?」

 えっ、確かにこの家に入ったんだけど、おばあさんは知らないのか?もしかして、こっそり食べちゃったとか?

「ああ、近所の子を集めて話をしていたんだ」

 ほ、本当にそうなのか?

 私の思いが顔に出ていたのだろう。

 おばあさんと目が合い、おばあさんは私を見ながら、

「信じられないなら、中に入って見るといい」

 と言って、中に入って行った。

「行ってみよう」

 えっ、行くのか?私は絶対にかかわりたくないのだけれどっ!

 でも、原田さんが入って行ったので、私も中に入った。

 家の中は薄暗かった。

 風が入ってこないように、窓が小さいか少ないかしてあるのだろう。

 薄暗くて良く見えなかったのだ。

 でも、囲炉裏の火ははっきり見えて、囲炉裏を囲むように子供たちが座っていた。

 囲炉裏だぁ、暖かいっ!

「あんたらも、ここで体を温めるといい」

 はいっ!遠慮なくっ!

 私は囲炉裏のそばに座った。

 原田さんはそんな私を見て苦笑いしつつ横に座った。

「さて、話の続きだ」

 おばあさんがそう言うと、子供たちの生唾を飲む音が聞こえてきた。

 な、なんの話をしていたんだ?

「ちょっとした怪談話をしていたんだよ」

 えっ、そうだったのか?

 怪談話、苦手だなぁ。

 でも、囲炉裏のそばから離れたくないしなぁ。

「冬に怪談か。普通夏にやるものじゃないのか?」

 そうだよね、原田さんっ!

「冬の怪談も、なかなか面白い」

 にやっと笑ったおばあさんの顔が、囲炉裏の火の明るさに変に反射して怖かった。

 ど、どうしよう?

 そう思っている間にも、怪談話は始まった。

「その時に、冷たい風が男の耳元に吹き付けて……」

 おばあさんがそう言うと、本当に耳元に冷たい風が来たような感じがして、思わず、

「ひっ!」

 と、小さい悲鳴をあげてしまった。

「蒼良、まだ話は始まってないからな」

 小さい声で原田さんに言われてしまった。

「戸をドンドンドンと、派手に打ち鳴らし……」

 おばあさんがそう言うと、本当に戸がドンドンドンと鳴った。

「ひいっ!」

 私が悲鳴を上げると、

「風の音だよ」

 と言って、おばあさんはにやっと笑った。

 だから、笑顔が怖いんだって。

 子供たちは怖くないのかなぁ。

 そう思いつつ、子供たちを見ると、みんな真剣な顔で話を聞いている。

 どうやら怖くないようだ。

「そして戸がガラッと音をたてて開き、そこには白い女が立っていたっ!」

 おばあさんがそう言うと、本当に戸が開いたので、

「ぎゃあああっ!」

 と、一番大きい悲鳴をあげてしまった。

 ゆ、雪女か何か来たのかっ!

「そんなに驚くことないだろう。ほら、とってきたぞ。今日は大ごちそうだ」

 現れたのは鹿をかついでいた男の人で、他人も何人かいた。

 狩りをしてエゾシカがとれたらしい。

「雪女かと思った……」

 思わずへなへなと体の力が抜けてしまった。

「蒼良?」

 原田さんが倒れていく私の体を支えてくれた。

「私の怪談話にそこまで驚いてくれたのは、あんたが初めてだ。これからシカを料理するから食べていくといい」

 子供たちもみんな一緒に食べるらしく、わーいと喜んでいた。

「今日の話は面白かったよ。このお侍さんの悲鳴が一番面白かった」

 無邪気な笑顔で子供たちはそう言っていた。

 喜んでくれているのか?なんか複雑な気分になってしまった。


「冬は子供達も遊ぶものが少なくなるから、こうやって集めて話を聞かせているんだ」

 おばあさんが作ってくれたごちそうを食べていると、おばあさんはそう言ってきた。

 おばあさんの表情は優しかった。

 さっきの怖い顔のおばあさんと同じ人だとは思えない。

 江戸の子供たちは外で遊べるけど、ここの子供たちはこんな雪の中遊べないよね。

 すっかりごちそうになり、心も体も温まってきた。

「暗くなってきたから、そろそろお帰り」

 おばあさんは子供達に声をかけながら戸を開けた。

 思っていたより暗くなっていた。

 すっかり長居をしてしまった。

 蝦夷の冬も早く来るけど、夜も早くやってくる。

「俺たちもそろそろ行かないとな」

 原田さんもそう言って立ち上がった。

「ごちそうさまでした」

 挨拶をすると、

「また来るといい。あんたの反応が一番面白かった。あそこまで反応してくれると、こちらも話がいがある」

 なんか、嬉しいような恥ずかしいような……。


 松前城へ戻ると、すっかり冷えた土方さんがいた。

「お前、巡察にどれだけかかっているんだ? 本当に凍え死ぬかと思ったぞ」

 土方さんは急いで火鉢に火を入れた。

 そうだ、土方さんが火を消して待っていたのをすっかり忘れていた。

「すみません。色々ありまして」

「何かあったのか?」

「いや、事件とかそう言うものじゃなく……」

 私は、土方さんに今まであったことを話した。

「そうか、お前は俺がこうして待っていることも忘れて、そのばあさんの話を面白楽しく、そして温かく聞いていたのだな」

「はい、すみません」

「なに、謝ることはない。いいことじゃねぇか」

 という土方さんがなぜか怒っているように見える。

「怒ってます?」

「怒ってねぇよ」

 これは、絶対に怒っている。

「今度、土方さんも連れて行ってあげますよ」

「俺は、巡察に行けねぇよっ! やることたくさんあるのに」

「それなら、私が話をしてあげますね。美味しいものもいただいたので、今度作り方を教わってここで作りますっ!」

 土方さんだって、ここに閉じこもって仕事しているんだもん。

 息抜きが必要だろう。

「ま、お前が布団にもぐりこまないようになっただけよかったと思う事にする」

 そ、そうなのか?

「朝からずうっと布団から出てこねぇから、心配してたんだ」

 それで、巡察だったのか?

 ずいぶんと荒治療だったよなぁ。

「明日から、ちゃんと朝起きて巡察に行け。わかったな」

 えっ、そうなるのか?

 土方さんのその言葉にうなずくことはできなかった。

「返事は?」

 返事をしないとだめなのか……?

「できれば……」

 行きたくないのですが……。

「なんだって?」

 うっ、怖い。

「わ、わかりました」

 巡察は置いといて、朝はちゃんと布団から出るようにしよう。

「よし」

 土方さんはそう言うと、私の頭を優しくなでてくれた。

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