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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治元年11月
466/506

開陽救出大作戦

 館城を攻撃した兵たちのほとんどが江差に来ていた。

 そこで目にしたものを見て驚いただろう。

 だって、あの開陽が座礁しているのだから。

 

 榎本さんは、開陽をあきらめきれないらしく、箱館に連絡し、回天と神速を江差によこすように指示を出した。

 回天と神速を使って開陽を引き上げると言う考えらしい。

 しかし歴史では、神速も座礁してしまい、二次遭難という悲劇が待っている。

 だから私は反対したのだけれど、榎本さんは開陽をあきらめたくないらしく、聞いてもらえなかった。

 私の反応を見て、土方さんも協力してくれたのだけれど、だめだった。

 それもそうだろう。

 榎本さんと開陽の関係はものすごく深いものだった。


 榎本さんは文久二年〈1862年〉にオランダに留学する。

 その時に、開陽の建造や進水に立ち会う。

 完成した後、榎本さんはオランダから日本へ開陽に乗って帰ってきた。

 鳥羽伏見の戦いの後、榎本さんが大坂に来た時に乗っていたのも開陽だ。

 この時は、榎本さんが大坂城に行くと、大坂城にいた慶喜公が榎本さんを置いて、開陽に乗って江戸に帰ってしまったのだけど。

 開陽が出来る時から榎本さんは開陽と一緒にいるのだ。

 座礁して、あきらめろと言っても、あきらめきれないだろう。

 これ以上被害を大きくしないためには、あきらめてもらうしかない。

 でも、出来れば開陽を救いたい。


「もう、回天と神速は出ちまっただろうな」

 歴史通りなら、もう出航してしまっている。

「出る前なら、なんとかできたかもしれねぇが、榎本さんの事だから、開陽が座礁してすぐに箱館に連絡を送ったんだろうな」

 そうだと思う。

 今の榎本さんには、開陽を助けることしか頭にない。

「どうすりゃいいんだ? このままだと、開陽だけでなく神速も失うことになるぞ」

 どうすればいいのだろう……。

 あっ!いいことを思いついた。

「どうした?」

「船に向かって大砲を撃ってはどうでしょう? 江差に近づかないように」

「お前、そんなことして船にあたっちまったらどうするんだ?」

 あっ!

「神速はただでさえ沈没することになっているんだから、間違えて大砲にあたっちまうことだってありえるだろうが」

 土方さんの言う通り、十分ありえる。

 それじゃあどうすればいいのだろう?

 方法が思いつかないまま、時間だけが過ぎていった。


 そんなことをしている間に、回天と神速が江差に着いた。

 早くないか?

「一番の戦力になる開陽が危ないと聞いて、急いできたんだろう」

 江差沖に着いた回天と神速を見て土方さんが言った。

 開陽は、この時代の最新鋭の軍艦だ。

 開陽を作ったオランダでも、開陽に勝るほどの軍艦はないと言われていた。

 開陽が座礁していなかったら、これから起こる政府軍との戦も違ったものになっていたかもしれない。

 そう思うと、開陽の危機を聞いて急いでくるのは当然のことなのかもしれない。

 でも、あまり急いでほしくなかったなぁ。

 もう少し、考える時間がほしかった。

「榎本さん、回天と神速を使って何をするんだ?」

 土方さんが榎本さんに聞いた。

「回天と神速で開陽を沖へ引っ張る」

 榎本さんはそう言ったけど、海はまだタバ風と呼ばれるこの地方独特の風が吹き、海も荒れていた。

「海が穏やかになってからじゃだめなのですか?」

 この状態だと、確実に神速も座礁する。

 せめて穏やかになってからと思って言ったのだけれど、

「いつ穏やかになるんだ? そんなものを待っていたら、開陽の中は浸水し、沈没してしまう」

 この時代、いつ海が穏やかになると教えてくれる親切な人はいない。

「しかし、これ以上、船を失うことはできない。だから確実な方法をとったほうがいい」

 土方さんもそう言ってくれたけど、榎本さんは聞いてくれなかった。

 回天と神速は、開陽を助けるために、あれている海の中を動く。

 そして、神速も座礁してしまった。

「箱館に他の船を江差に送ってくれるよう、連絡してくれ」

 神速が座礁しても、榎本さんはまだ開陽をあきらめていなかった。

「榎本さんっ!」

 土方さんが榎本さんを止めるように名前を呼んだのだけれど、榎本さんは聞かなかった。

「船は何でもいい。とにかく出来る限り早く江差によこしてほしい。そう連絡してくれ」

「榎本さんっ! また船を座礁させるのか?」

「土方君は、開陽をあきらめろと言うのか?」

 榎本さんにそう言われた土方さんは、横にあった松の木をこぶしで叩いた。

「俺だって、開陽の良さを知っている。あきらめたくねぇよっ! でも、開陽一隻のために、幕府から運んできた船を何隻だめにするつもりだっ!」

 言い終ると、土方さんはもう一回、松の木を叩いた。

 榎本さんはしばらく呆然としていたけれど、やっと自分を取り戻してくれたらしく、

「さっきの箱館への連絡、取り消してくれ」

 と、近くにいた人に言った。

「すまなかった。俺にとって開陽は自分の子供のような存在だったから、つい……。すまなかった」

 榎本さんはそう言って頭を下げると、座礁している開陽を見た。

「もう、あきらめるしかないんだな」

 ぽつりと榎本さんが言った。

「悔しいが、あきらめるしかねぇだろう」

 土方さんは本当に悔しいみたいで、また松の木を叩いた。

「開陽は、優秀ないい船だった。それなのに、ここでだめにしてしまって……」

 榎本さんはそう言いながら泣いていた。

「くそっ、止めることが出来たら……」

 土方さんも悔しそうにして目から涙をこぼしていた。

 開陽が座礁すると知っていて、止められなかったのが悔しいのだろう。

 私だって悔しい。

 もう何回こんな思いをしたらいいんだろう?

 気がつけば、二人を見て私も泣いていた。


 みんなで泣いて落ち着いたら、榎本さんは開陽の近くへ行くと言って、行ってしまった。

 残されたのは私と土方さんだけだった。

 そして、土方さんの隣には松の木。

 そう言えば、こんな伝説があったよね。

 開陽が座礁したのを見た土方さんは、松の木を叩いたら、その松の木にこぶができて曲がって言ったと言うもの。

 もしかして、この松か?

 思わず松の木をさわってしまった。

 今は、別に何ともなっていないけど……。

「なに松の木をさわってんだ? 何かあるのか?」

 土方さんに言われたので、現代で伝えらている嘆きの松の話をした。

「俺が叩いて松の木が曲がっただと? 偶然だろう」

 あっさりとそう言われてしまった。

「でも、現代ではぐにゃっと曲がっているのですよ」

「俺にそんな力があるわけねぇだろう。現に今は曲がってねぇし」

「たぶん、これから曲がると思うのですが……」

「それなら、俺がそこら辺の木を叩いて歩いたら、その木は全部曲がると言う事だな」

 いや、それは違うと思うのだけれど……。

「きっとお前の時代には、ここら辺の木はみんな曲がって、嘆きの木と呼ばれるんだろう?」

 それはないと思う。

 でも……。

「松が曲がったのは土方さんのせいじゃないとしても、松が曲がるぐらい、土方さんと榎本さんは悔しい思いをしたと言う事じゃないでしょうか?」

 それが現代に伝わっているのかな?

「なるほどな。お前にしてはうまいことを言うな」

 土方さんはそう言って、私の頭をわしゃわしゃとなでてきた。

 私は、そんなうまいことを言ったのかな?


 開陽を座礁させたタバ風と呼ばれるものは、三日間ぐらい吹き荒れ、ようやく落ち着いた。

 風と海が落ち着くと、開陽の中にいた人たちが陸地へと避難し始めた。

 それと同時に、開陽の中に積んであった積荷を出来る限り陸地へ降ろす作業も始まった。

 開陽の中にはたくさんの武器が積んであったのだ。

 積荷をおろす作業のついでに榎本さんに誘われ、開陽の中を見ることになった。

 浸水していた船底を見て、

「何とか修理できないもんかな」

 と、つぶやいていた榎本さんを見て、本当に浸水している中をもぐって修理しそうだったから、驚いて止めようとしたら、

「無理だよな」

 と、ふっと寂しそうに笑って言った。

 土方さんは、開陽に搭載されていた大砲を見て、

「こんないい大砲を海に沈めるのはもったいないな」

 と言っていた。

「そうだろう? 俺がこっちの大砲を搭載してくれって頼んだんだ」

 榎本さんはちょっと自慢げにそう言ったけど、言った後は寂しく笑っていた。

 

 それから開陽を後にした。

 開陽を見た後は、こんないい船を失うことになるなんてと言う思いが大きくなったけど、開陽が沈んでいくのを止めることはできなかった。

「ところで、蒼良君は開陽が座礁することを知っていたのか?」

 突然、榎本さんに質問され、驚いた。

「俺が江差に開陽を出すと言ったら、反対したじゃないか。開陽が無くなるようなことも言っていたし」

 ど、どう答えればいいんだ?

 思わず土方さんを見てしまった。

「こ、こいつは前から勘がいいんだ」

 そう言うごまかし方があった。

「そ、そうなんですよっ!」

「なるほどっ! ますます蒼良君をほしくなった」

 えっ?

「蒼良君、海軍に来ないか?」

 榎本さんは私の両肩に手を置いてそう言った。

「海軍には、君のような勘のいい人間が必要だ。どうだ? 土方君より優遇するよ」

 そ、そうなのか?

「おい、一瞬その気になっただろう?」

 土方さんににらまれてしまった。

 いっ、一瞬だけですよ。

 優遇という言葉に少しつられたのですよっ!

「榎本さん、前から言っているが、こいつはやらねぇ。何があっても俺のそばに置いておく」

 土方さんはそう言うと、私の腕をグイッと引っ張って行った。

「俺はお前をどこにもやるつもりはねぇ。ここまで連れてきたんだからな。わかったか?」

 私の腕をひっぱって歩きながら、土方さんはそう言った。

 もう、どこにも行きませんよ。

 土方さんのそばにいるって決めたのだから。

 

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