江差へ
松前の城下町を土方さんと歩いていた。
この戦でほとんどの建物が焼けてしまっていた。
「戦の跡って嫌ですね」
燃えた後しか残っていない。
「戦の跡が好きって奴はいねぇよ」
「それはそうでしょう」
逆に好きって人はいるのか?
「戦の一番の被害者は、普通に生活をしていた人たちかもしれないですね」
普通に生活していたのに、ある日突然よその人たちが来て攻撃して破壊していくんだから。
「そうだよな」
土方さんは、燃え残った民家を見ながら返事をした。
「おい、あそこの燃え残った民家の中に人の気配がしたぞ」
えっ!
思わず腰にある刀に手をかけてしまった。
「落ち着け。まだ敵と決まったわけじゃねぇ」
土方さんは、刀に手をかけた私の手を止めるようにさわった。
それだけで、なぜかドキッとしてしまった。
そして土方さんは民家の中に入って行った。
私も土方さんの後について行った。
民家の中には、数人の女性が兵たちに囲まれていた。
「何事だっ!」
土方さんがそう言いながら兵たちをかき分けて女性たちがいる方へ行った。
私も後をついて行った。
「民家に松前藩主の親族と思われる女たちを見かけたもので」
一人の兵が前に出て報告してきた。
藩主の親族……。
そう思いながら女性たちを見ると、一般の人たちと比べるとあか抜けていると言うか、綺麗というか……、そう言う人たちだった。
明らかに身分の高い人たちだ。
「で、お前らはこの人たちをどうするつもりだ?」
土方さんはそう言って兵たちをにらんだ。
「松前藩主の親族なら敵なので……」
と言った兵の言葉を止めるように
「女は戦に関係ねぇっ!」
と、土方さんは兵をにらんでそう言った。
かっこいいっ!
「藩主の関係者なら、江戸に送ったほうがいいだろう。手配をするように」
土方さんはそう言うと、女性たちの方へ歩み寄って、
「無事に江戸に送ります」
と、優しく言った。
その行動はとってもかっこいいのだけれど、同時に心がチクッと痛かった。
もしかして、綺麗な人たちだから助けたのか?
私だって、あれぐらい着飾れば綺麗に……、なれないだろうなぁ。
もう品が私と全然違うんだもん。
「ありがとうございます」
女性の中から鈴のなるような綺麗な声がした。
あの土方さんを見る目は、惚れた目かな?
私なんかより、あの女性の方が全然お似合いだよね。
美男美女って感じで。
「おい、行くぞ」
突然、土方さんに言われてびっくりした。
「えっ?」
「何ぼさっと突っ立ってんだ。行くぞ」
「あ、はい」
あわてて土方さんの後をついて外に出た。
「何考えこんでた?」
外に出るとすぐに土方さんに言われた。
「えっ、あっ」
突然話をふられたので動揺してしまい、思わずさっきの民家の中を見てしまった。
「ああ、さっきの女たちか?」
「えっ、いや……」
なんでばれたんだ?
「綺麗だったな。あんな綺麗な女を見たのは、京にいた時以来だな」
そ、そうなのか?
確かに、京にも美人さんはたくさんいたけどさぁ。
「島原とかに行けばたくさんいましたよね」
ちょっとムッとしつつそう言った。
「妬いているのか?」
少し嬉しそうに土方さんが聞いてきたから、さらにムッとした。
「妬いてませんよっ!」
妬いてたまるかってんだっ!
「安心しろ。お前が一番だ」
そう言って、土方さんは私の頭に手をポンッと置いた。
えっ?
「もう一回言ってください」
「何回も言えるか、ばかやろう」
私の頭に置いた手がげんこつに変わった。
いっ、痛いのですがっ!
でも、嬉しくて顔が笑ってしまった。
松前城へ帰ってくると、榎本さんが待っていた。
「松前を攻撃しても、松前藩は降伏してこないのはなんでだと思っていたのだが、その理由が分かった」
榎本さんは私たちにそう言ってきた。
戦が終わっても、戦のことを考えていたんだぁ。
「で、その理由は?」
土方さんが聞くと、
「この松前城以外にもう一つ城があることが分かった。松前藩の連中はここから逃げて、そっちで我々を迎え撃つ準備をしているらしい」
と、榎本さんが言った。
「それなら、そのもう一つの城へ行って、完全に松前藩を討たないと蝦夷を平定できないな」
「そう言う事になる」
また戦になりそうだ。
ちなみに、松前藩の人たちが逃げて行った城は館城と言って、現代の厚沢部町と言うところにある。
松前から江刺方面へ行き、そこから少し山の中に入ったところにある。
実は松前藩は、松前城は海に近くて軍艦から大砲で攻撃されるとおしまいだと言う事と、漁業や松前でとれたものを他の藩に出し、その藩でとれたものをもらうという物々交換的なものからの転換を図るため、館城近辺を開墾すると言う目的で、山の方に館城と言う城を作っていた。
その城は先月にできたばかりの城らしい。
「準備ができ次第、出発する」
土方さんは榎本さんにそう言った。
「俺も、準備ができ次第、海から援護射撃をする」
榎本さんがそう言った時、嫌な予感がした。
「船を出すのですか?」
私が榎本さんに聞くと、
「開陽を出す」
と、榎本さんは得意気に言った。
そ、それはだめだ。
確か、開陽は江差で座礁するんじゃなかったか?
「だめですっ!」
思わずそう言ってしまった。
「だめですって、お前、言い方があるだろう」
土方さんにそう言われてしまった。
「開陽はいい船だぞ。開陽があれば、この戦の勝利も間違いなしだ」
いい船だから、無くしたくないのだ。
「せめて、開陽以外の船ではだめなのですか?」
「開陽じゃあ足りないと言うのか?」
いや、足りないじゃない。
いい船だから座礁させたくないのだ。
それを伝えたいのに、うまく伝わらない。
「開陽を無くしたくないのです」
精一杯の気持ちを込めてそう言った。
すると、榎本さんは声を出して笑い出した。
な、なんか変なことを言ったか?
「開陽が沈没するとでも言うのか? 面白いことを言う」
沈没と言うか、座礁だから似たようなものなのだけれど。
「開陽はいい船だ。沈没するわけないだろう。面白いなぁ。土方君、やっぱり蒼良君を海軍に入れたいのだが」
そ、そう言う話になるのか?
「それは前も断ったはずだ」
「そうだよな。それは残念だ。とにかく、開陽を出すから安心してくれ」
榎本さんがそう言うと、土方さんはチラッと私の顔を見てから、
「なんで開陽を出すんだ? 別に船を出さなくても松前は平定できる」
と、言ってくれた。
土方さんが、私と榎本さんのやり取りを見て何かを察したのだろう。
助け舟を出してくれた。
「そうなんだが、実は……」
榎本さんは言いにくいと言うような顔をして話し始めた。
「蝦夷に上陸してから今まで、陸軍ばかり戦功を持って行くから、海軍から不満が出ているんだ。彼らの不満を解消させるためにも、開陽を出して海側から援助したい」
そう言う理由があったのか。
でも、ここで開陽が無くすことは、これからの先の戦が不利になってしまう。
海軍や陸軍云々という小さいことじゃなく、全体の事を考えてほしい。
しかし、私たちの言い分をほとんど聞かない榎本さんは、
「じゃあ、そう言う事だから」
と、さわやかな笑顔で去って行った。
それを見送った私たち。
「開陽に何が起こるんだ?」
私が未来から来たことを知っている土方さんは、榎本さんが去った後でそう聞いてきた。
「開陽は、今回の戦で座礁してしまいます」
「なんだとっ! 戦に敗けるのか?」
「戦には勝ちます」
むしろ、開陽の出る出番がないぐらいに快勝する。
「戦には勝つが、開陽は座礁するのだな」
土方さんにそう聞かれ、私はうなずいた。
「でも榎本さんは開陽を出す気満々だ。あれはもう止められねぇな」
こんなことはもう何回もあった。
歴史を変えると言う事はとっても難しいことなのだ。
「お前は、今まで何回も、こんな思いをしてきたのだな」
こんな思い?
「未来を知っているから、いい方に向かうように色々手をつくすが、まったくいい方向に向かわねぇ。こんな悔しい思いをお前は何回もしてきたのだな」
土方さんは私の顔を優しい顔で見つめながらそう言った。
「今回もお前の力になれそうにない。すまない」
土方さんは頭を下げた。
土方さんは何も悪くない。
「頭をあげてください。土方さんのせいじゃないですよ。歴史の流れがそういうふうにできているから、仕方ないのですよ。歴史を変えると言う事は、勢いがいい川の流れを変えるのと同じぐらい難しいのですから」
「そうか、それは確かに難しいな。お前も無理をするなよ」
土方さんがそう言って優しく私の頭をなでてくれた。
「開陽がここから出る前に戦を片付ければ、開陽を失わなくてすむかもしれねぇな」
土方さんは、そこまで考えてくれたのか?
それがとっても嬉しかった。
「戦に勝つことは分かっているんだ。それぐらいやってやるさ」
土方さんの考えがうまくいくかわからないけれど、土方さんのその思いだけでもう嬉しかった。
数日後、私たちは松前を出て、海沿いの道を江差に向けて進軍を始めた。
再び、雪の中の進軍だ。
「まさか、こんなにすぐに戦に出ることになるとは思わなかったな」
雪の中の進軍中に土方さんがそう言ってきた。
「新しく城を作っていたなんて、知りませんでしたね」
この時代、一国一城の時代だったから、松前城を落としたらもう松前は攻略したと思っていた。
会津も一国に二城あったけど、松前もそうだったとは。
しかも、出来たのが先月って本当に最近の話だし。
「五稜郭から援軍も向かっているらしいから、開陽が出る前に片づけねぇとな」
そうだ。
開陽を座礁させないためには、もうこの方法しかない。
うまくいくかわからないけど、やるしかないのだ。
海の方を見て、そう思った。
蝦夷の冬の海は相変わらず荒れていた。