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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治元年10月
461/506

箱館へ

 進軍を開始して一日目は特に何事もなかった。

「俺たちが進軍していることは、敵の耳にも入っているだろう。明日あたりぶつかりそうだな」

 一日目の宿で土方さんは地図を見ながらそう言った。

「明日は、どこまで行くつもりだ?」

 原田さんも地図を見ながら言った。

「ここら辺まで行ければいいと思っている」

 土方さんがさした場所は、ここから海沿いに南に進んだ場所だった。

「そんなに進軍するのですか?」

 距離にすると、だいたい20キロぐらいあるのか?

 普通の道なら歩けちゃうのだろうけど、雪交じりの雨と風の中、海沿いの悪路と言ってもいい道なのに、そんなに歩けるものなのか?

「するしかねぇだろう。大鳥さんだって、雪の積もっている山道を進軍しているんだ」

 確かにそうなんだろうけど。

「大鳥さんが箱館についたのに、俺たちがいなくて何もできなかったと言うのは嫌だし、その逆も嫌だな。だから、これぐらいは進軍しないとな」

 私に言い聞かせるように原田さんが言った。

「左之の言う通りだ。俺たちはここで敗けたらもう居場所がなくなる。自分たちの居場所を作るためにも、ここで力を抜くことは出来ねぇ。あの時、ああだったらという後悔ももうしたくねぇしな」

 ここまで、何回も後悔して敗戦を重ねた。

 そういう後悔はもうたくさんだ。

「ここまで進軍するのは大変かもしれねぇが、ついてきてほしい。頼んだぞ」

 土方さんのその言葉に、原田さんと顔を見合わせてしまった。

「なんだ?」

 そんな私たちを見て、土方さんが言った。

「いや、京にいた時の土方さんはそんなことを言わなかったのにな」

「そうですよ。鬼副長と呼ばれてましたもんね」

 みんなに、ついてきてほしいなんて言わなかったもんなぁ。

「おかしいか?」

 土方さんに聞かれると、原田さんと一緒に首を振った。

「いや、今の方がいいんじゃないか? 江戸にいた時の土方さんみたいで」

 江戸にいた時の土方さんを少ししか知らないからぴんとこなかった。

「お前はどうだ?」

 今度は私の方を見て土方さんは言った。

「いいと思いますよ。いつまでも鬼副長でいると、隊士が減りますからね。今、隊士が減ったら募集も大変ですからね」

 蝦夷で隊士募集して隊士が増えるとは思えないし。

「ここまで来たやつらは、きっと最後まで残るさ」

 そう言った土方さんだけど、今回の進軍で新選組のほとんどは大鳥さんの方へ行った。

 私たちと一緒に来た新選組の人たちは、島田さんとその他数人だけだった。

「京からここまで来たんだからな。奴らもそう簡単に隊を抜けねぇさ」

「そうだよな。京から蝦夷まで来ちゃったな。我ながらよく来たと思うよ。蒼良そらのおかげだな」

 原田さんは私の方を見て微笑んだ。

 歴史通りだったら、原田さんは上野戦争で怪我をして亡くなっていた。

 ここにいる原田さんは、上野戦争に参加しなかった。

 だから、私たちと一緒にいる。

「私、何もしてませんよ」

 原田さんが選んだから、こうなっているだけだ。

 私がどんなに動いても歴史を変えられなかったことの方が多い。

「蒼良が途中で倒れても、俺が箱館まで連れて行ってやるからな」

 原田さんはそう言うと、私の頭をぐしゃっとなでた。

「お前ばかりがいい顔するんじゃねぇよ」

 土方さんはムッとした顔で原田さんに言っていた。

「お前もな、明日ちゃんとついて来いよ」

 最後に私にもそう言ってきた。

「かじりついてでもついて行きますっ!」

 気合入れてそう言ったら、

「別に、かじりつかんでもいい」

 と言われてしまった。


 二日目の進軍は、土方さんの言ったとおりの場所まで進軍した。

 そこまで海沿いの道を進んでいったのだけれど、ここから山の中に入った。

 川汲峠かっくみとうげで敵に遭遇した。

 土方さんが昨日言っていた通りになっていた。

 ここまで敗け続けていたので、敵と聞くとみんなビクッとした。

「大丈夫だ。兵の数も全然違う。この戦は勝てるぞっ! いけっ!」

 土方さんは大きな声でそう言って、兵たちに気合を入れた。

 それでも、また敗けるかもという思いが強い人たちもいた。

「ここで敗けたら、もう俺たちの居場所はねぇ。自分たちの場所を作るためにも勝つぞっ!」

 そう言って、土方さんが先頭になって進み出た。

「土方さんっ!」

 土方さんが先頭にならなくてもっ!

 私も慌てて後を追いかけた。

「えっ、蒼良、そんな急に行くなよっ!」

 私の後を原田さんが追いかけてくる。

 その様子を見て他の人たちもついてきてくれた。

 そのおかげか、土方さんの言う通り相手の戦力が低かったせいか、ここの戦は勝つことが出来た。

「よし、今日はここに宿陣する。温泉があるらしいから、ゆっくり体を休ませろ」

 土方さんがみんなにそう言った。

 えっ、温泉っ!

「お前もここまでよく頑張ってきたな。今日はゆっくり温泉に入れ」

「いいのですか?」

 いつもなら、一応女なのだからとか色々言われるけど……。

「いいぞ。女湯もあるだろうから、堂々と入れ」

 ほ、本当にいいのか?

「ありがとうございます」

「入るときは、俺に声をかけて行けよ。女湯にはいる奴はいねぇだろうが、なにがあるかわからねぇからな。俺が見張っておく」

 本当に、そこまでやってもらえるのか?

「いいのですか?」

「俺の気が変わらねぇうちに行って来い」

 それでは遠慮なく行ってきますっ!


 早い時間から温泉なんて、久しぶりだ。

 いつもなら、夜遅くにみんなから隠れるようにして入っていた。

 あたりが暗いのは変わりないけど、夕食前に入っているのが信じられない。

 昼間の寒さで冷えた体がゆっくりほぐれていく。

 気持ちいいなぁ。

「おい、入っているか?」

 脱衣所に続く戸の外から土方さんの声が聞こえてきた。

 土方さんが、女湯の脱衣所にいると言う事は、何かあったのか?

「どうかしましたか?」

「お前には申しわけねぇが、すぐに出て来い」

 えっ?今入ったばかりなのに……。

「実は、男湯がいっぱいで、今日は男しかいねぇから女湯は空いているだろうという話しになって、女湯も開けて俺たちも入れろと言いだした」

 そ、そうなのか?

「掃除中だから、終わってから入れると言って何とかごまかしているところだ。だから、早く出て来い。入り足りねぇんなら、みんなが入った後に入れ」

 結局そうなるのか。

「わかりました」

「俺が外に出たら、すぐにここに来て着替えろ。急げよ」

 急げって、そんなに大変なことになっているのか?

 土方さんが脱衣所から出た気配がしたから、私は温泉から出て着替え始めた。

 着替えていると、外が騒がしくなった。

「まだ掃除は終わらないのか?」

「こうなったら、無理やり入るか」

「そうだな。俺たちが出た後に掃除してもらえばいい」

 という物騒な話し声も聞こえてきた。

 今入ってこられたら困るっ!

 私は、着替えの手を速めた。

「ちょっと待て。もうすぐで終わるから」

 原田さんの声が聞こえてきた。

 どうやら、無理やり入ろうとしている人たちを原田さんが止めていると言う状況らしい。

 急げ、私っ!

 なんとか着替え終わるのと同時に、

「着替えたか?」

 という土方さんの声も聞こえてきた。

「大丈夫です」

 私がそう言うと、戸が開け放たれ、他の人たちが雪崩のごとく入ってきた。

 それに紛れて、私は外に出た。

「たまにはゆっくり温泉に入れてやろうと思ったのだが……。すまなかったな」

 土方さんが申し訳なさそうにそう言った。

「その気持ちだけでもう充分です。ありがとうございます」

 ちょっとあわただしかったけど、でも、土方さんが温泉に入れてくれたと言う事だけでも嬉しかったから、これで大丈夫だ。

「土方さん、本当に変わったなぁ」

 原田さんが土方さんの顔をまじまじと見てそう言った。

「前はそんなこと言わなかったよな」

 原田さんの言う通りだ。

 だから私もうなずいた。

「何かあったのですか?」

 思わず私も土方さんに聞いてしまった。

「変わったらいけねぇか?」

「いや、いい方に変わっているから、いけないと言う事はない」

 原田さんがそう言うと、

「それなら、いいだろうが」

 と、土方さんが言った。

 確かに、性格が悪くなっていたら問題があるけど、よくなっているからいいのか?

「部屋に戻るぞ」

 土方さんのその言葉で、私たちは部屋に戻った。

 

 三日目。

 川汲峠から、湯の川という場所まで進軍した。

 この日は雪はやんでいた。

 進軍の途中で、山の木々の間から箱館がチラッと見えた。

 雪で真っ白な町は、たまに雲の切れ間から少しだけさす陽の光に反射して、キラキラと輝いているように見えた。

 そして海には、幕府の艦船があった。

「榎本さんたちはもう着いたのか」

 艦船を見て土方さんが言った。

「箱館に艦船で行ったら、他の人たちを脅すような行為になるから避けるみたいなことを言ってませんでしたか?」

 だから、私たちは鷲ノ木と言うところで降りて歩いてここまで着たのだ。

「穏便に事を運ぶつもりだったが、相手が先に攻撃を仕掛けてきたからな。お前だって、鷲ノ木からここまで戦をしてきたんだから、もう穏便にいかねぇって分かっているだろう」

 確かにそうなんだけどね。

 ちなみに湯の川は、現代で言うと函館市になる。

 五稜郭まで目と鼻の先だった。

 湯の川にも温泉があった。

 前日のことがあったので、土方さんも先に入れとは言わなかった。

 私も、みんなが入るのを待ち、夜遅くに入った。

 温泉に入れるだけでも、ありがたいと思おう。

 

 そして四日目。

 五稜郭へと進軍した。

 この五稜郭で大鳥さんたちと再会することになっている。

 五稜郭へ出発するとき、ちょっとした騒動があった。

 それは、味方同士で斬り合いをしてしまいそうになったと言う事だ。

 気がついた時には、私たちと一緒に来た陸軍隊の隊長の春日さんという人と、近藤さんが処刑されるまで一緒にいた野村さんが、刀を抜いて向き合っていた。

 土方さんが急いで二人の間に入った。

「味方同士で何やってんだっ!」

 土方さんが話しを聞くと、いつも軍の後方にいた野村さんを、春日さんは気にくわなかったらしい。

 そして、五稜郭へ行くと言う時になって、野村さんの軍が前に出てきたからそれをとがめたら、野村さんが刀を抜いて怒ったから、春日さんも刀を抜いて今のような状態になったらしい。

 土方さんが間に入って何とか事を収めた。


 大鳥さんたちと合流し、一緒に五稜郭に入った。

 五稜郭の中にはもう誰もいなかった。

 箱館府知事という人がいたのだけれど、その人は青森へ逃げた後だった。

 五稜郭を占領し、この日から幕府軍の本営になったのだった。

 

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