ごきかぶり
どうして今まで気がつかなかったのだろう?
もう夏になって何日も過ぎている。でも、なんで今気がついたのだろう…。
「なんだ、ため息ついて。」
書物をしていた土方さんが言った。
「ため息付きたくもなりますよ。」
はあ。気がつきたくなかったこんなこと。
「おい、気になるだろう。何があった?」
「何もありませんよ。」
「じゃぁ、なんでため息なんてつく?」
「気がつきたくなかったなぁって。」
「何がだ?」
明かりが灯っている行灯を指さした。
「行灯がどうかしたのか?」
行灯は悪くない。むしろ、電気のない時代、暗いところを明るくしてくれる便利なものだ。
「行灯じゃなくて…。」
「なんだ、はっきり言いやがれっ!」
「じゃぁ、言いますけど。行灯の周りにいる虫が気になるのですっ!」
そうなのだ。虫は明るいところによってくる。
行灯は明るい。ということはよってくる。その量が多いこと。
行灯に羽が当たるとバダバタと音がする大きい蛾から、なんだかわけがわからない小さい虫まで。
ああ、殺虫剤が欲しい。
「なんだ、そんなことか。見なけりゃいいだろう。」
「見なくても、気になりますよ。」
「なら、蚊帳の中にでも入っとけ。」
「えっ、かや?」
「もしかして、知らんのか?」
「はい。」
「俺は、たまにお前がどういう生活を送っていたのか、知りたくなる時がある。みんなが知らないようなものを知っていて、知っていることを知らん。」
お話しても、信じてくれないと思いますよ。未来から来てああいう便利な生活していたなんて。
「で、かやって、なんですか?」
「布団のところに作ってあるだろう。」
そういえば、夏になってから、網のテントのようなものを部屋に作り、その中に布団敷いて寝ているのだけど、この、網テントが蚊帳というものなのか?
じいっと見ていると、
「本当に知らなかったんだな。そんなか入ってたら虫が来ない。」
確かに、そういう道具だったんだ。
そう思いながら、蚊帳をめくって中に入った。
中に虫が入らない、便利な道具だ。
蚊帳の中でご機嫌でいると、今度は違うやつが目に付いた。
蚊帳の外に止まっているやつに…。
「ぎゃあああああっ!」
やつを見た私は悲鳴を上げた。
「なっ、なんだっ!」
土方さんは驚いてこっちを向いた。
蚊帳の中からやつを指さした。
「ゴ、ゴキブリっ!」
「はあ?」
えっ、江戸時代にゴキブリはいないのか?っていうか、蚊帳の外に止まっているのがゴキブリだろう。
「だ、だから…」
私がそう言うと、やつは土方さんに向かって飛んだ。
そう、やつは人に向かって飛ぶのだ。
「ぎゃああああああっ!飛んだあああああああああっ!」
「お前に向かって飛んできたわけじゃないだろうがっ!そんない叫ぶな。ごきかぶりごときで。」
ごきかぶり?江戸時代ではごきかぶりというのか?
どうも、御器噛りと言って、食器までなめることから付いた名前らしい。
「で、そのごきかぶりはどこに?」
「ああ、この中だ。」
土方さんは右の拳を上げた。そして、その拳にギューって力を込めた。
「な、何しているのですか?」
「つぶした。こいつはちゃんとつぶしとかないと、生き返るからな。」
「ひいいいいいいい。つぶしたのですか?しかも、素手で。」
「そうだ。お前、ごきかぶりごときになんでそんなに恐ろしがるんだ?」
「嫌じゃないですか。油っぽくて、ゴソゴソしてて。ああ、想像しただけで鳥肌が。」
「でも、悲鳴上げるものではないだろうが。」
土方さんは拳を開こうとした。
「ぎゃあああああああっ!」
「なっ、なんだっ!」
「お願いだから、ここで開かないでください。私の見えないところで、内密に処理をお願いします。」
「こんなもののどこがそんなに…。」
そう言いながらも、土方さんはそのまま部屋を出て、内密に処理をしてくれたのだった。
ちなみに次の日。
「昨日はずいぶん賑やかだったなぁ。」
と、永倉さんに言われてしまった。
何回も悲鳴を上げたから、言われても仕方ないか。
「そういえば、蒼良、隊の中に北のほうから来た奴がいてさ。そいつが面白いものを飼い始めたぞ。見てみるか?」
永倉さんに言われた。
面白い物ってなんだろう?猫とか犬とかって普通だし…。
「見たいです。なんですか?」
「実は、そいつから借りてきたんだけどさ。これだよ。」
永倉さん、竹で編んだ籠を出してきた。
その中にいたものは…
「ぎゃあああああああっ!」
「うおっ!な、なんだっ!」
永倉さん、私の悲鳴に驚いて竹の籠を落とした。そして竹の籠がパカッと開き、中からやつが飛び出してきたのだ。
「ひいいいいいいいっ!」
もう、悲鳴にもならない。
「あ~あ、逃がしちまった。」
「なっ!なんであんなものをっ!」
私の記憶が間違ってなければ、鈴虫を飼うみたいに、餌のきゅうりまで入っていたけど。
「な、面白いだろう。」
「全然面白くないですっ!」
「どうしようかなぁ。逃げられたから、そこらへんにいるのをまた捕まえて入れとくか。」
それはペットではないって、飼うのを辞めさせないのか?っていうか、なんでそんなものを飼っているんだ?
話によると、北の方にはやつは生体していないらしい。だから、北から来たその隊士がやつを見て、信じられないことに、
「黒々して、ツヤツヤして、かわいいやつだ。」
と思ったみたいで、飼い始めたらしい。っていうか、誰か止めてあげようよ。
「蒼良、捕まえるの手伝ってくれ。」
「絶対に嫌です。」
なんで嫌いなものをわざわざ捕まえないといけないんだ。
という訳で、この時代にもやつがいたことが明らかになったのだった。
なんてしぶといやつなんだ。




