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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治元年10月
459/506

蝦夷へ

 宮古で物資調達が終わると、いよいよ蝦夷へ向けて出発した。

「船に乗りたくねぇな」

 ブツブツ言いながら船に乗り込む土方さん。

 石巻から宮古まで、船酔いで苦しんでいたから、気持ちはわかるのだけれど……。

「船に乗らないとつかないので、後二日間ぐらい我慢してください」

 と、私は土方さんにお願いした。

「わかってる」

 そう言いながらも、土方さんの表情は固まっていた。

 ずうっと酔っているわけじゃない。

 着けば治るものだから、大変そうだけど、我慢してもらうしかないのかな。

 

 こんな時に限って、海はしけていて、船は揺れに揺れた。

 下から浮かび上がるようにフワッと揺れたかと思うと、今度は下にフワッと下がる。

 この揺れにみんなやられるらしい。

 らしいと言うのも、私は全然平気だった。

 私以外の人たちは、みんな船酔いがひどくて動けなくなっていた。

 土方さんにいたっては、眠り込んでいる。

 これだけみんなが船酔いをすると、私だけが船酔いしないのが不思議だ。

 なんで船酔いしないのだろう?

 でも、気持ち悪くならないから、これはこれでいいのか?

「沖田は薬を飲んでいるか?」

 お師匠様が私に聞いてきた。

 そう言えば、私以外に船酔いしない人がここにもいたわ。

「おい、沖田に薬を……」

「お師匠様は、なんで船酔いしないのですか?」

 やっぱり、血筋ってやつなのか?

 うちの家系は酒にも船にも酔わない家系なのか?

「おお、船酔いか。だからみんな倒れとるのか」

 今まで気がつかなかったのかいっ!

「お師匠様は、平気なのですか?」

「見りゃわかるじゃろう」

 平気みたいだ。

「これは、きたえ方が足りんから酔うんじゃ」

「きたえるって、どうきたえるのですか?」

 私がそう聞くと、お師匠様は黙り込んでしまった。

「変な質問をするな。とにかく、沖田に薬を飲んでいるか確かめるんじゃ。もしかしたら、船酔いで飲んどらんかもしれんぞ」

 特にきたえていない私も酔わないんだから、やっぱりきたえるとかって嘘だったらしい。

「わかりました。沖田さんに薬ですね」

 私は、沖田さんがいるところへ向かった。


 沖田さんの所へ行く途中も船は揺れ、船酔いはしないのだけれど、壁にあっちこっちぶつけながら行った。

「沖田さんいますか?」

 船室のドアを開けると、みんな横になっていた。

 部屋の奥に沖田さんがいた。

「大丈夫ですか?」

 近づいて声をかけると、

「あ、蒼良そら

 と、青白い顔を向けてきた。

「沖田さん、薬飲んでますか?」

「飲めるわけないじゃん」

 やっぱり。

「もう気持ち悪くて、水も飲めないよ」

 そ、そうなのか?それは困るんだけど……。

「せっかく治りかけているので、頑張って薬飲みましょう」

「水も飲めないって言ったんだけど、聞こえなかった?」

 沖田さんに怖い顔でにらまれてしまった。

 ちゃんと聞こえてましたよ。

 でも……。

「薬、飲まないと……」

 私も、気持ち悪いと言っている人に、無理やり薬を飲ませたくないのだけれど、病気を治すのに薬は必要だし。

「わかっているよ」

 そう言う沖田さんは、本当に気持ち悪そうにしている。

「どうすれば、薬が飲めそうですか?」

 出来るだけ、沖田さんが飲みやすいようにしてあげたい。

「そうだなぁ……」

 沖田さんは、そう言いながらかったるそうに起き上がった。

「蒼良が口移しで飲ませてくれるなら、飲めそうだなぁ」

 く、口移し?

「私の口から飲むと言う事ですか?」

「それ以外ないじゃん」

 そ、そうなのか?

 どうしよう?沖田さんが薬を飲んでくれるのなら、やるしかないのか?

 よしっ!

「口移しなら飲むのですね」

「えっ、飲ませてくれるの?」

「薬、どこにありますか?」

「ここにあるよ」

 沖田さんが、ふところの薬入れから薬を出してきた。

 よし、やるしかないっ!

 沖田さんの手から薬をとり、口の中にいれようとした時、

「なにが口移しだ、ばかやろうっ!」

 という土方さんの声が聞こえ、私と沖田さんは頭を叩かれた。

 な、なんでだっ?

「突然、土方さん、ひどいや」

 沖田さんがたたかれた頭を押さえてそう言った。

「口移しでなら飲むって言うなら、俺が、飲ませてやるっ!」

 土方さんは、私の手から薬をとった。

「えっ、それは嫌だ」

「なんでだ? こいつがよくて俺がだめだって言う理由があるのか? 俺が親切に飲ませてやるって言っているのに」

「親切でも何でもないよ」

「いいか、俺の口移しがいいか、自分で飲むか、どっちかにしろ」

「そりゃ、決まっているでしょう」

 そう言うと、沖田さんは土方さんの手から薬を取って飲んだ。

「あともう少しで蒼良から薬がもらえたのになぁ」

 沖田さんは残念そうにそう言った。

「お前も、簡単に口移しで飲ませようとするなっ!」

 土方さんは、今度は私に怒ってきた。

「はい、すみません。沖田さんが薬を飲んでくれるのならと思ったので……」

「だからってなぁ……。くそっ! 全部、総司が悪い」

「えっ、僕なの?」

「お前以外いねぇだろうがっ!」

 再び土方さんの怒りが沖田さんへ。

「僕、気持ち悪くなってきたから、寝るよ。せっかく飲んだ薬を吐き出したくないからね」

 そ、それは大変だ。

「土方さん、沖田さんも薬を飲んでくれたことだし、もう出ましょう」

 私は、土方さんを部屋の外へ引っ張り出した。

「沖田さん、次の薬の時間に様子を見に来ますね」

 私が部屋を出る時にそう声をかけると、

「わかったよ」

 と、沖田さんは横になりながら言ってくれた。


 また船内をあっちこっちぶつけながら土方さんと歩いていた。

 あれ?

「土方さん、船酔いしていないっ!」

 思わず、土方さんを指さして言ってしまった。

 いつもなら、青白い顔をして桶をかかえて横になっているのに、今は、普通に一緒に歩いている。

「今頃気がついたのか?」

 少し得意げに土方さんが言った。

「どうしてですか?」

「榎本さんが言っていたが、慣れたのかもしれんぞ」

 そ、そうなのか?

 土方さんが船に慣れるより、蝦夷につく方が先だと思ったのだけど。

「蝦夷に着く前に慣れてよかったですね」

 慣れるほど船に乗ったかな?なんて思いながら私が言うと、

「嘘に決まってんだろうが」

 えっ?

「お前は何でも信じるんだから」

 ええっ?

「それなら、なんで酔っていないのですか? もしかしてこっそりと源さんのお……」

 おまじないと言おうとしたら、

「あれは絶対にやらねぇよ」

 と言われてしまった。

 じゃあなんで酔っていないんだ?

「実は、天野先生から薬をもらった」

 そう言って土方さんが見せたのは、現代の酔い止め薬だった。

 なんだ、お師匠様はまた現代に戻っていたのか。

「飲んだ時は起きてらんねぇぐらい眠くて、横になっていたらいつのまにか寝てて、気がついた時は船は揺れているが、俺は何ともねぇと言う状態になった。お前の時代の薬はすごいな」

 すごいと言われて、少し得意げになった私。

「で、これ残ったんだがもう必要ねぇし、どうするかな」

 土方さんは余った薬を見せてきた。

「海に投げ捨てるか?」

「いや、ち、ちょっと待ってください」

 確か、もう一回ぐらい船に乗らなかったか?

 歴史を一生懸命思い出す私。

 そうだ、数カ月後、宮古湾で海戦がある。

「まだ捨てないほうがいいと思います」

「そうか。また船に乗ることがあるってことだな」

 そう言うと、土方さんは酔い止め薬をしまった。

「そうだ、お前に見せてぇものがあったんだ」

 見せたいもの?なんだろう?

「いいから、ついてこい」

 そう言って、土方さんは私の腕をひいて歩き出した。


 着いたところは甲板だった。

 外は寒かった。

 そして……。

「えっ、雪?」

 そう、雪が舞っていた。

「積もるほどじゃねぇが、お前の好きな雪が降っていたから、呼びに行ったんだ。そしたら、総司の奴が……」

 そう言うと、土方さんの表情が変わった。

「お前も、総司に言われたからって、簡単に口移しとか二度とやるなっ! お前はよくても俺は嫌だ」

「私も口移しは嫌ですよ」

 あの時は、それなら薬を飲むと言ったから……。

「嫌なら余計にやるなっ!」

 なんか、話が変わっているような……。

「わかったか?」

「わかりました」

 しばらく、風に舞っている雪を見ていた。

「寒くねぇか?」

 雪が降っているのだから寒いのだけれど、寒さを感じなかった。

「大丈夫です」

 そうか、まだ十月だけれど、現代になおすともう十一月の終わりから十二月の初めあたりになる。

 北へ向かっているから、いつの間にか雨が雪になっていたのだろう。

 改めて、北へ、蝦夷へ向かっていると言う事を実感した。

「北へ、向かっているのですね」

 雪を見ながらそう言うと、

「そうだな」

 と、土方さんも雪を見ながら返事をした。

 甲板には私たちしかいなかった。

 ほとんどの人たちは寒くて外に出ないか、船酔いで出れないか、どちらかなのだろう。

「土方さん、雪を見せてくれてありがとうございます」

「別に、たいしたことじゃねぇだろう。ただ、榎本さんの話だと、蝦夷は冬はほとんどが雪に埋もれるらしいぞ」

 それは、私の予想通りだ。

「お前も飽きるぐらい雪で遊べるぞ。よかったな」

 それっていいことなのか?

「飽きるぐらいだと、嫌になりますよね」

「お前もわがままだな」

 えっ、そうなるのか?

「そろそろ中に入るか?」

 土方さんが私に声をかけてきた。

「そうですね。蝦夷に着く前に風邪をひいてしまったら大変ですもんね」

 私たちは船内に入った。


 船は、ひたすら北に進んでいた。


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