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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
明治元年10月
458/506

土方さんの船酔い

 私たちは、太江丸という幕府の艦船に乗った。

 私は、船の甲板から下を見降ろした。

「何か、忘れているような気がするのですよね」

 私のつぶやきが土方さんに聞こえたようで、

「そりゃ大変だ。早くとりに行って来い」

 と言われてしまった。

「なにを忘れているのかが分からないのですよね。でも、何かを忘れているのです」

「なんだそりゃ。忘れている物はわからねぇなら、取りに行きようがねぇな」

 重大なものを忘れているんだよね、きっと。

「そういえばさぁ、蒼良そらは、天野先生に蝦夷へ行くことを文か何かで報告したの?」

 沖田さんのその一言で私の忘れ物がわかった。

「そうだ、お師匠様だ」

 そう、お師匠様を忘れていた。

 会津でまだやることがあると言って、会津に残っていたのだけれど、まだ会津なのか?

 いや、お師匠様の事だから、私たちが蝦夷に行くことは知っているはずだ。

「もしかして、自分の師匠を忘れてたのか?」

 土方さんにあきれた顔で言われてしまった。

「はい。あまりに音信がなかったので、すっかり忘れてました」

 うんともすんとも言ってこなかったからね。

「お前なぁ……」

「天野先生も、蒼良に忘れられるなんて、かわいそうに」

 沖田さんまでそんなことを言わなくても。

「音信がないのが悪いのですよ」

「もしかして、やっぱり、蝦夷に行くことは知らないの?」

 沖田さんに聞かれた。

「いや、それは知っていると思いますよ」

「ま、天野先生の事だから、ここにあるどこかの艦船に乗り込んでいるかもしれねぇぞ」

 土方さんがそう言って他の艦船を見回した。

 確かに、どこかの艦船に乗ってそうだよね。

 大丈夫かな?

「そうじゃ。ここに乗っておる」

 突然、私の後ろからそう言う声がした。

 その声は、もしかして……。

 振り返ると、お師匠様が立っていた。

「蒼良もひどいのう。わしのことを忘れるなんて」

 ど、どこから聞いていたんだ?

「一応、心配していたのですよ」

「一応か」

 一応という言葉はいらなかったか?

「天野先生、どこから入ってきたんだ?」

 土方さんが突然現れたお師匠様にそう聞いた。

「どこからって、みんなと同じところから入ってきたぞ」

 そ、そうなのか?全然気がつかなかった。

「よく入ってこれたね。ここには新選組か伝習隊しか入れないと思ったけど」

 沖田さんがみんなが思っているであろうことを言った。

「わしは、新選組にも伝習隊にも顔がきくからな」

 そうだ、この人は顔が広い。

 新選組はとにかく、伝習隊の人たちにも顔が知られているのだろう。

「お師匠様、無事に船に乗れてよかったです。もし、お師匠様が蝦夷に行き遅れたらと心配していたのですよ」

「一応じゃろう?」

 さっきの一応と言う言葉が気になっているらしい。

「ところで、会津はどうなりましたか?」

 話をそらせるため、会津の話を出した。

「ああ、敗けたよ」

 それは知っている。

「斎藤は?」

 土方さんがそう聞くと、

「あいつは無事じゃ。今頃、謹慎しとると思うぞ。だが心配することはない。斎藤は、これからは会津人として生きるじゃろう」

 という、お師匠様の言葉を聞いた土方さんはホッとした表情をした。

「そいつはよかった」

「わしも一応、一緒に来ないかと誘ったんじゃが、断られた」

 そうだったんだぁ。

「お師匠様はそれでよかったのですか?」

 新選組の人たちを現代に連れて帰りたいと言っていた。

 だから、斎藤さんに断られたと言う事は、斎藤さんはもう現代に来ることはないと言う事になる。

「嫌がる人間を無理やり連れてくることはできんじゃろう。それに、わしは斎藤も大好きじゃった。その斎藤が自分の人生を選んだのなら、その人生を応援したいんじゃ。ま、もう会う事はないと思うがな」

 もう会えない。

 そう思うと悲しいけど、斎藤さんは、斎藤さんなりの人生を見つけて歩み始めている。

 これはいいことだ。

「そうですね。これでよかったのですよ」

 うん、よかったんだよ、少し寂しいけど。

 そんな感じでしんみりしていると、

「ウッ」

 という声が聞こえてきた。

 声のした方を見てみると、土方さんが青白い顔をして、口元をおさえていた。

「えっ、もしかして、もう船酔いをしたのですか?」

 まだ船は停泊中だ。

 それなのに、もう船酔いなのか?

「いくらなんでも船酔いは早すぎるでしょう」

 沖田さんも、信じられないと言う感じでそう言った。

「う、うるせぇっ! 気持ち悪いもんは、気持ち悪いんだっ! 後は頼んだぞ」

 土方さんは、よろよろと船内へ入って行った。

 今日はここで一泊し、明日、出航になる。

 それなのに、今から船酔いで倒れている土方さん。

 だ、大丈夫なのか?


 予定通り、船中で一泊してから、石巻を出た。

 その時には、もう土方さんは桶をかかえて横になっていた。

「今からこれでどうするんだ? 大丈夫か? 土方さん」

 原田さんが土方さんを見て心配そうにそう言った。

「やっぱり、あのおまじないをしたほうがいいですかね」

 もう、おまじないしかないだろう。

 賊と言う字の点がない文字を船のどこに書こうか迷っていると、

「お前、あのおまじないをしたらどうなるか覚えているだろうな?」

 青白い顔で横になっていた土方さんが、気合で起き上がってそう言った。

 確か、海に投げ捨てるとか言っていたなぁ。

 っていうか、気持ち悪いのに、おまじないの言葉を聞いて気合で起き上がるって、そんなに嫌なのか?

「でも、苦しそうな土方さんを見ていられませんよ」

 なんとかしてあげたいのだけど……。

「俺は、大丈夫だ……。ウッ」

 そう言って、土方さんは桶に顔を突っ込む。

 大丈夫じゃないだろう……。

「嫌がっているから、まじないは無理だろう」

 原田さんもあきらめたようにそう言った。

「土方は相変わらずか?」

 そんなときに、お師匠様が器をもって入ってきた。

「お師匠様、何を持ってきたのですか?」

「生姜のしぼり汁じゃ。生姜は、体を温めるし、胃腸にいいらしいから、吐き気がおさまるじゃろう。ほれ、飲んでみろ」

 お師匠様は土方さんに器を持つように勧めた。

 土方さんは、器をもって中身を一気に飲みほした。

「少し、横になる」

 そう言って、土方さんは再び横になった。

「なんか、お師匠様はお医者さまみたいですね」

 会津で良順先生の手伝いをしていたせいなのか?

「わしは、何でもできるのじゃ」

 わっはっはっ!と笑って去って行ったけど、お師匠様が去った後は冷たい沈黙が……。

「天野先生、大丈夫か?」

 原田さんがお師匠様を心配してそう言った。

「だめかもしれないですね」

 現代に戻ったら、脳外科に連れて行ったほうがいいかもしれない。


 私たちの乗った艦船は、宮古湾に停泊した。

 ここで、物資を補給するため、二日ほど停泊する。

 船が港に着いた途端、土方さんは真っ先に降りていった。

 どこにそんな元気が残っているんだ?というぐらい、ダッシュで降りていった。

 もう本当に船酔いがつらくて、早く船から降りたかったんだろう。

「船から降りたが、まだ地面が揺れているように感じる……」

 船から降りた土方さんは、地面に座り込んでしまった。

「だ、大丈夫ですかっ!」

 私は、急いでかけよった。

「もう船は乗りたくねぇな。でも、まだ蝦夷につかねぇし。陸路で蝦夷に行きてぇな」

 それは無理だ。

 本州と蝦夷の間には海がある。

 どうしたって船に乗らなければならない。

「土方君も船酔いがきつそうだな」

 そんな私たちの様子を見たのか、榎本さんが私たちの方へ来た。

 榎本さんは海軍の人だから、船に慣れているのだろう。

 そんな榎本さんを見た土方さんは、

「どうすれば、船酔いしねぇんだ?」

 と、聞いた。

「そりゃ、船に乗り慣れるまでは船酔いはするさ。俺も何回酔って苦しい思いをしたか」

 そ、そうなのか?

「今は、大丈夫なのですか?」

 思わず私も聞いてしまった。

「船に慣れたからね。全然大丈夫だ」

「土方さん、土方さんも船に慣れればいいのですよ」

「そんなもんに慣れるかっ!」

 確かに、慣れる前に蝦夷につきそうだもんなぁ。

「あともう一つ、酔わない方法がある」

 そう言った榎本さんを、食いつくように見た私と土方さん。

「それはなんだ? 教えてくれっ!」

「お願いします、教えてくださいっ!」

「落ち着いて。教えるから」

 とにかく落ち着こう。

「もう一つの方法。それは気持ちの問題だね」

 えっ?

「俺は酔わないと思っていたら、酔わないもんだ。酔っている暇もないと思っていれば、もっと酔わなくなるだろう」

 榎本さんのその言葉に、思わず黙り込んでしまった私たち。

 もっと、具体的な方法があるのかと思っていた。

「土方さん、蝦夷まで我慢してください」

「そうするしかなさそうだな」

 土方さんが、がっかりしたようにそう言った。

「そう言えば、君はやっぱり今回も酔わないのか?」

 榎本さんは私に聞いてきた。

「はい。私は大丈夫です」

「やっぱり君は海軍に向いている。どうだ、俺の所へ来ないか?」

 確か、大坂から江戸に行くときの船でも誘われた。

 断らないとなぁと思っていると、

「こいつはやらねぇよっ!」

 と、土方さんが私の体に腕を回して抱き寄せてきた。

「大事にされているんだね。海軍に向いていると思うんだが、残念だなぁ」

 そう言いながら榎本さんは去って行った。

 榎本さんが去って行くのを見送ると、土方さんの体の力がスッと抜けて倒れこんだので、あわてて支えた。

「大丈夫ですか?」

「お前を海軍になんてやらねぇからな」

「行きませんよ」

 土方さんのそばにいるって言ったじゃないか。

「行かせねぇよ」

 そう言うと、倒れこんでしまった。

「土方さん?」

 もしかして、死んだとか……。

 歴史ではここで死ぬ人じゃないけど、船酔いがひどすぎて、歴史が変わったとか……。

「土方さんっ! 死なないでくださいっ!」

「死んどらんわいっ!」

 その時にお師匠様がやって来て、土方さんを見た。

「寝ているだけじゃ」

 えっ?

「船酔いで横にはなっていたが、眠れなかったようじゃな。陸に着いて安心したんじゃろう」

 そうなのか?

「死んでないですよね?」

「息しとるじゃろうが。勝手に殺すんじゃない」

 はい、すみません。


 土方さんを宿で寝かせた。

 土方さんは、安心したように眠っていた。

 土方さんの船酔い、何とかならないものだろうか……。

 

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