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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年 明治元年9月
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軍事演習

 幕府軍が松島に転陣したので、私たちも松島に行くことになった。

「松島と言えば、やっぱりおくのほそ道ですよね」

 この時代の俳人、松尾芭蕉が松島に行く道中を俳句でまとめた紀行文だ。

「お前、何が言いてぇんだ?」

 松島への転陣の道中で土方さんがにらんできた。

「土方さんもここまで来たのだから、ここまでの道中のことを俳句にまとめて句集を作ってみるのはどうですか?」

 前から作ってみたら?と言っているのだけど、土方さん、なぜか嫌がるんだよね。

 今のところ、豊玉発句集以外の句集を出してはいない。

「句集の名前は何にするんだ?」

 おっ、名前を考えろって来たか?と言う事は、句集を作るのか?

「そうですね……。戦の細道とか……」

 ここまで、戦しかしていないような気がするしなぁ。

「ほお、戦の細道」

 土方さんは気が乗らないような言い方をした。

 この題名は却下だな。

 他にいいものがないかな?

「敗戦の北道とか……」

 なんか、悲しげなところがよくないか?

 戦は、宇都宮で一回勝ったけど、すぐに城は奪われちゃったしなぁ。

「ばかやろう。何が敗戦の北道だ。恥さらしだろうがっ!」

 うっ、そうかもしれない。

 戦に勝っていないのを認めちゃっているんだもんね。

「お前に名前を頼んだのが悪かった。よく考えたら、お前は変な名前しか出してこなかったよな」

 そ、そうだったか?

「それに、句集は作るつもりはねぇっ! これ以上句集や俳句の話はするなっ! いいなっ!」

 怒られてしまった。


 幕府軍は松島への転陣だったけど、私たちは、松島から少し北へ行ったところにある里ヶ浜、現代で言うと東松山市近辺へ転陣した。

 そこで軍事演習をすることになった。

 その軍事演習を指揮したのは、フランス陸軍の士官で、ジュール・ブリュネと言う人だった。

 この人は、フランスから軍事顧問団として来日し、大鳥さんの伝習隊を一年以上訓練した人だ。

 新政府からは、退去を命令されたのだけれど、ブリュネさんと他のフランス軍の人たちは残留を決意し、榎本艦隊に合流した。

「ボ、ボンジュール」

 フランス人と聞いたので、フランス語で唯一知っている挨拶をしたら、ブリュネさんは喜んでフランス語をぺらぺらと話し始めた。

「おい、なんて言ってんだ?」

 土方さんが私に聞いてきたけど。

「そ、そんなことわかりませんよ」

「は? お前、さっき挨拶してただろうが」

「あれが唯一知っている言葉ですよ」

「なんだとっ! お前が中途半端に言葉を使うから、相手はお前がわかると思って話しているんだろうが。どうするんだ?」

 どうするんだと言われても……。

 ブリュネさんは何かを察したようで、首をかしげていた。

 な、なにか言わないとっ!

「土方さん、どうしましょう?」

「俺にどうにかできるわけねぇだろう」

「新選組の副長をやっていたのだから、何とかなりますよ」

「そんなこと関係ねぇだろうがっ!」

 土方さんと責任を押し付け合っていると、

「あ、やっぱり私が必要ですね。挨拶が出来たから、この人は話せると思って驚いていたのですが」

 そう言って、通訳の人が間に入ってくれた。

「いいか、今後は知っているからと言って、中途半端に話すな。わかったな」

 わ、わかりました。

 

 そんな中、軍事演習が始まった。

 鳥羽伏見までは刀を振り回していたのに、今は、鉄砲を持って走り回っている。

 隊の人たちが……。

 私は、土方さんと一緒にその様子を見ていた。

 私も参加しようと思い、鉄砲を持ったのだけど、

「お前は参加しなくてもいい」

 と、土方さんに言われた。

「なんでですか?」

「お前は、俺の隣で見ていればいい」

「でも、私も演習に参加しないと、なんかあった時に困りますよ」

「大丈夫だから、俺と一緒にいろ」

 本当に大丈夫なのか?

 そう思いながら、演習を見ていた。

 なんで、私は参加できないんだろう?

 宿に戻った時に、もう一回聞いてみた。

「どうして、私は演習に参加できないのですか?」

 土方さんに聞くと、土方さんは困ったような顔をした。

「お前は、女だろう。鉄砲は女が持つには重いだろう?」

 そ、そうなのか?

「でも、今日、少し持ってみましたが、そんなに重くはないですよ」

 これをもって走れと言われれば、走れるぐらいの重さだった。

「いいから、お前は俺と一緒に見ていろ」

 なんか、納得できないなぁ。

 文句を言おうと思っていたら、

「そう言えば、お前にも洋服が来たぞ」

 と、土方さんが嬉しそうに言って洋服を出してきた。

 おおっ、私にも洋服が来たのね。

 ここまでずうっと和装で通してきた私。

 新選組も着々と洋装化が進み、和装も数えるばかりになってきた。

 というか、幕府軍全体が洋装化している中で、私の和装は目立ってきてしまった。

 目立つことは、それだけ注目もあびることで、そうなると私が女だとばれやすくなるかもしれないわけで……。

 それを心配した土方さんが、私に洋服を頼んでくれた。

「さっそく着てみろ」

 と言われたので、別な部屋で着替えた。

 現代で言う学ランのような服だ。

 寒ければ、その上に上着を羽織る。

 うん、いいかも。

 土方さんに見せると、

「ピッタリだな」

 と言いながら、脇に刀をさしてくれた。

「ありがとうございます」

 これで、蝦夷に行っても寒い思いをしなくてすみそうだぞ。

 そう言えば、何か重要な話をしていたと思ったんだけど、なんだっけ?


 次の日の朝、洋服に着替えて集合の場所に行くと、誰もいなかった。

 もしかして、私が一番最初?

 一番乗りってやつか?

 やったぁと思っていたら、

「あ、蒼良そらも置いてかれたの?」

 と、後ろから沖田さんの声が聞こえてきた。

 えっ、置いて行かれた?

「集合は、朝五ツと聞きましたが」

「僕もそう聞いたよ。でも、実際は朝四ツに集合して出たらしいよ」

 と言う事は……。

「置いてかれたと言う事ですか?」

「だから、さっきからそれ言っているじゃん」

 何で置いてかれたんだ?

 そう言えば、土方さんは私に軍事演習はやらなくてもいいようなことを言っていなかったか?

 その理由が曖昧になったままだけど。

「蒼良が置いてかれたのはなんとなくわかるけど、僕が置いてかれたのはわからないなぁ」

 そ、そうなのか?

 逆に、沖田さんが置いてかれた理由の方が、病気だからと言う事ではっきりしていると思うけど。

「それに、蒼良いつの間にか洋装になっているのが気に入らないなぁ」

 えっ、そうなるのか?

「お、沖田さんも、病気が治れば土方さんが洋服を頼んでくれると思いますよ」

 多分だけど……。

「僕、もう全然平気なんだけどなぁ。薬はちゃんと飲んでいるんだけどね」

 平気でも、結核菌はまだ体の中で生きていますからね。

 ここで薬をやめたら、病気が治りにくくなる。

「さて、置いてかれた僕たちはいったい何をしたらいいんだろうね」

 そうだ、一日は長い。

 軍事演習に出られないこの時間、一体何をすればいいのだろう?

「久々に剣でも握ってみる?」

 と言われ、沖田さんから渡されたものは、竹刀だった。

「僕が直々に稽古してあげるよ」

 沖田さんの稽古って、厳しいんだよね、確か。

 自分の剣の腕前が普通と思っているから、沖田さんと同じことが出来ないと怒るんだよね。

 出来ないことが普通なのに……。

「遠慮……」

 しますと断ろうとしたけど、沖田さんは竹刀を持ってかまえて待っていた。

 もう、断れないのね。

 これも、土方さんが私を置いて行ったからだっ!

 土方さんのばかっ!


 沖田さんに厳しく稽古され、もうこれ以上やられたら絶対に死ぬっ!という時に土方さんたちが帰ってきた。

 土方さんが帰ってくる気配がすると、沖田さんと私は、置いて行った理由を聞くために、土方さんを探して捕まえた。

「な、何だお前ら……」

 驚く土方さんに、沖田さんと一緒にせまった。

「なんで置いて行ったのですかっ!」

 沖田さんと声をそろえて言った。

「蒼良が置いてかれるのはわかるけど、僕はなんで?」

「沖田さんが置いてかれた理由の方がはっきりしているじゃないですか」

「そう? 僕はさっぱりわからないけどね」

 そ、そうなのか?

「俺の前で言い合いしているが、俺に用はないのか?」

 そうだ、土方さんに用があったんだっ!

「まず総司は、まだ病気が治ってねぇだろう。病気が治るまで鉄砲は持たせねぇよ」

「それなら、刀を持ちますから」

「総司は鳥羽伏見も経験してねぇからわからねぇと思うが、もう刀の時代じゃねぇんだ」

 そう、もう刀の時代ではない。

「それは薄々気がついていたよ」

 沖田さんは寂しそうに言った。

 そうだったんだぁ。

「病気が治ったら、鉄砲を持たせてやる。だからしっかり治せ。労咳がちゃんと治るなんてお前は恵まれてんだ」

 そこは沖田さんも分かっているみたいで、

「わかった。ちゃんと治すよ」

 と、悔しそうにだけどそう言って納得した。

 沖田さんは納得したけど、私は納得できないっ!

「土方さん、私を置いて行ったのはなんでですかっ!」

「お前は、女だからだと言っただろう」

「でも、鉄砲ぐらいは持って走れますっ!」

「でも、だめだ」

「なんでですか?」

 なんでだめなのかを知りたいのに。

「だめなものはだめだ」

 それじゃあ理由にならないじゃないかっ!

「僕は分かっているけどね」

 沖田さんは得意気に言った。

 そ、そうなのか?

「それなら、沖田さん、教えてください」

 なんでなんだ?

「それは、蒼良に鉄砲で怪我をしてもらいたくないからだよ。土方さんみたいに撃たれて痛い思いをさせたくないからだよね、土方さん」

 そ、そうなのか?

「なんで総司が分かっているんだ?」

「だって、僕だって同じことを考えているから。鉄砲の傷は刀の傷より治りにくいし痛そうだもんね。聞いたところだと、骨まで砕けるらしいね」

 そりゃそうだよね。

 貫通したら、穴が開くんだから。

「お前に俺と同じ思いをしてもらいたくねぇんだよ。お前が撃たれたら、俺は正気をたもてそうにねぇよ」

 そうなのか?

「大丈夫ですよ。撃たれないようにすればいいのですから」

「お前、そう簡単に言うがな、俺でさえ撃たれたんだぞ。お前が撃たれねぇって保証はねぇだろうがっ!」

 確かにそうなんだけど。

「でも、それを考えたら戦に出れませんよ」

「お前、戦に出るつもりでいたのか?」

 え、そうだけど、いけなかったか?

 蝦夷へ行っても戦はあったと思うけど。

「土方さん、僕も土方さんと同じ考えだけど、蒼良を止めることはできなそうだよ」

 沖田さんが間に入ってそう言った。

「蒼良、僕も蒼良が撃たれると言う事を考えたくないけど、戦には撃たれないと言う保証はないよね。だから、僕が鉄砲を持って撃つから、その弾を避ける演習をすればいいんだ」

 えっ、そうなるのか?それってすごい怖い演習になりそうなのですが……。

「総司、そんなことして、間違えてこいつを撃っちまったら、どうするんだ?」

 土方さんが沖田さんに聞くと、沖田さんは私の方を向いて、ニッコリと笑った。

「そうなったら、ごめんね」

 笑顔でごめんねですむ話なのか?

「ばかやろう、ごめんで解決するわけねぇだろうがっ!」

「それなら、せめて、鉄砲で撃たれないように演習に参加させればいいんじゃないの? 実際の戦に参加させるかどうかはその時の判断としてさ。でも、戦に参加してなくても、僕たちのそばにいたら撃たれる危険も多いと言う事だよね。演習に参加させて損はないと思うんだけどなぁ」

 沖田さん、たまにはいいことを言うなぁ。

 しばらく土方さんは考え込んでいたけど、

「わかった。総司の言う通りだな。明日から演習に参加しろ」

 という土方さんのお許しをもらったのだった。

「沖田さんのおかげです。ありがとうございますっ!」

「うん、お礼は、蝦夷に着いてからでもいいよ」

 えっ、そうなのか?

  


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