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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年 明治元年9月
454/506

江戸に帰す人

 感動の再会って、このことを言うのかな。

 今日、大鳥さんが会津から仙台に来て、榎本さんと再会した。

 榎本さんと大鳥さんは、中浜万次郎という、土佐で漁師をやっていたのだけど、漁の最中に嵐に会い、漂流したのだけれど、近くを通りかかったアメリカの船に助けられ、そのままアメリカに行って勉強をして帰ってきた人がやっていた英語の塾で出会い、その時から仲がいいらしい。

 その榎本さんと大鳥さんの再会は、お互いが涙を流し合ってお互いの無事を喜び合うというものだった。

 大鳥さんも、ここまでの戦いが苦戦続きだったと思うし、榎本さんだって、ここまで来るのに苦労をしてきた人だ。

 お互いが苦労に苦労を重ねて、やっとここで再会することが出来たのだ。

「よかったですね、本当に」

 二人の再会を見て、私がそう言うと、

「お前まで泣くことねぇだろう」

 と、土方さんにあきれられてしまった。

「だって、感動の再会ですよ」

 お互い、涙を流し合って再会を喜んでいるところを見たら、こっちだってもらい泣きするのが普通じゃないかっ!

「わかった、わかった」

 土方さんは、私の頭をなでると、そのまま、私の頭を自分の胸に押し付けてきた。

 土方さんの胸の中で泣いていいよと言う事なのだろう。

 それなら遠慮なく。

「お前、鼻はかむなよ」

 あ、なんでそこまでわかったんだ?


 そして、土方さんにも再会が待っていた。

 母成峠の戦が終わった時、援軍を頼みに行くため、新選組を大鳥さんに預けた。

 その新選組も仙台に来たのだ。

「みんな、ここまでよく来た」

 土方さんが、みんなに声をかけると、

「副長っ!」

 と言って、涙を流す人もいた。

 もう、副長じゃあないんだけどね。

 みんなの中では、土方さんは副長のままなのかもしれない。

 これも、感動の再会だろう。

 みんなと会えてよかった。

 そう思っていると、

「俺は、蝦夷に行こうと思っている。行きたくない奴は、新選組の離隊を許す」

 と、土方さんは言った。

 新選組は、離隊、要するに隊を抜けることは京では禁止していた。

 例外もあったのだけど、脱走すると切腹だった。

 それぐらい厳しかった。

 なのに、ここにきて離隊を許すと言う事は、これからの蝦夷行きは土方さんから見れば、厳しいものになるから、隊を抜ける奴は今のうちに抜けておけと言う事なのかな?

「土方さんにどこまでもついて行きますよっ!」

 島田さんのその一言が心強かった。

 ここまで来て、離隊する人とかいるのかな?

 実際は、約二十名ほど隊士が離隊した。

 新選組は、ただでさえ数が減っているのに、さらに数が減り、二十数名になってしまった。


「捨助と、斎藤一諾斎を呼んでこい」

 隊士への話を終え、離隊を申し出てきた隊士たちへの手続きも終えた時、土方さんがそう言った。

 捨助さんは、松本捨助と言って、新選組に入りたくて何回も入隊を希望し、江戸から京に来たこともあったけど、長男と言う理由で、断っていた。

 慶応三年、隊士募集で江戸に行ったときにやっと隊士になることが出来た人だ。

 一方、斎藤一諾斎さんは、最近入った人だ。

 新選組が甲陽鎮撫隊と名前を変えて甲州に行ったとき、隊士が入隊をすすめたら、快く応じてくれたと言う、現在五十六歳になる人だ。

 この二人に何の話があるのだろう?

 二人を呼んで、一緒に土方さんの部屋に入った。

「お前たちは、ここで離隊しろ」

 土方さんはそう言った。

「なんでっ! せっかく隊士になれたのに」

 捨助さんは、土方さんにそう言った。

「お前は長男だろうがっ!」

「それが離隊する理由にならないっ!」

「お前は、家を継がなければならねぇ。そんな奴を生きるか死ぬかわからねぇ場所に連れて行くわけにはいかねぇんだよっ!」

 この時代、長男は家を継ぐ大事な人だった。

 一方の斎藤一諾斎さんは土方さんの話を受け入れたらしく、何も言わなかった。

「捨助っ! お前は帰れっ!」

「嫌だっ! 俺も一緒に行くっ!」

 これじゃあ、いつまでたっても同じことの言い合いで話が終わりそうにない。

「捨助さん」

 私が捨助さんを呼ぶと、捨助さんは、私の方を見た。

「あのですね、戦で戦う事も大事だと思いますが、もう一つ大事なことがあると思うのですよ」

「それは何?」

「私たちのことを伝える人です。みんな、戦で亡くなってしまったら、誰が私たちのことを伝えるのですか?」

 私がそう言うと、捨助さんはうつむいてしまった。

「伝える人がいなければ、新選組と言う組があったことも知らない人が増えて、しまいには、新選組は忘れられてしまいます」

 現代でさえ、残っている資料が少ないものもあり、わからないことが多い。

 そんな、わからないことを少しでも減らしてほしい。

「そんなこと、誰にでもできることだろう」

 捨助さんは顔をあげてそう言った。

「いや、捨助さんにしか伝えられないこともあります」

 永倉さんも島田さんも、新選組のことを書いて残してくれている。

 でも、もっとたくさんの人に伝えてもらいたい。

「こいつの言う通りだ。まず、お前は帰って俺の家族にも伝えてもらいたい。それは、俺の家族とも付き合いのあるお前だから出来ることだ。捨助、頼む」

 土方さんはそう言うと、頭を下げた。

「そこまでやられたら、嫌だって言えないじゃないか。新選組にやっと入れたのに、こんなことになるなんて」

 捨助さんは、泣きながら言った。

「わかったよ。俺が伝えればいいんだろう」

「それも、新選組隊士として立派な仕事だからな。頼んだぞ。これは餞別だ」

 土方さんは、捨助さんと斎藤一諾斎さんにお金を出した。

 捨助さんは帰る場所があったから二十両。

 斎藤一諾斎さんは、身寄りがなかったので三十両渡した。

「心遣い、ありがとうございます」

 斎藤一諾斎さんは、そう言って頭を下げ、お金を受け取った。

 その後、捨助さんは愛知県で米屋になる。

 斎藤一諾斎さんは、多摩で寺小屋を開く。

 そして、土方さんの親戚の人たちとも交流を深めていく。

「後、もう一人、江戸に帰してぇ人間がいるんだけどな」

 土方さんが最後に一言そう言っていたけど、その人はいったい誰なんだろう?


 そんな中、榎本さんと良順先生と一緒に、仙台湾にとまっている幕府の艦船を見に行った。

「今は、内戦をしている時ではないと思うんだがな」

 良順先生は艦船を見上げてそう言った。

「内戦を避けて、異国に対して備える時期だろう」

「良順先生もそう思いますか?」

 思わず私はそう言ってしまった。

「蒼良君もそう思うか?」

「はい。脅威は、国の中ではなく、外にいる異国だと思うのです……」

 と言ったところで、土方さんに

「お前は余計なことを言うな」

 と、頭を叩かれてしまった。

 話の途中なのに。

「蝦夷に行って戦をしている場合じゃないだろうに」

 良順先生は、榎本さんをチラッと見てそう言った。

 あれ?良順先生は、榎本さんが嫌いなのか?

 私が不思議そうな顔をしていたのを見て、土方さんが、

「榎本さんと良順先生は親戚なんだよ」

 と言った。

 そ、そうなのか?

「榎本さんの奥さんの母親が、良順先生の姉だ」

 そんなに近いのか?世間って意外と狭い。

「良順先生から見れば、自分の妻を置いて蝦夷に行くと言っている榎本さんが気にくわねぇんじゃないか?」

 確かに、良順先生から見れば、かわいい姪っ子を一人置いて、自分だけ蝦夷に行くって、何言ってんだ?ってなるよね。

 私と土方さんがそんなことを言っている間にも、良順先生と榎本さんとのやり取りは続いていた。

「そんなに敵と戦いたいのなら、敵は今ほとんどが会津より北にいるのだから、軍艦に輪王寺宮を乗せて桑名に行き、そこから京に入って、錦旗をたてればいいだろう」

 良順先生はそんなことを言っていた。

 そんなこと、出来るのか?

「京にいるはずの兵は、ほとんどこっちに来ているのだから、京は今は手薄だと思うぞ」

 良順先生のその言葉を聞いた榎本さんは、

「さすが良順先生」

 と言って、笑っていた。

 その笑いは、相手にしていないような感じだった。

 しかし、土方さんは難しい顔をしていた。

 

「良順先生、ちょっと飲みに行かねぇか?」

 榎本さんと別れた後、土方さんは良順先生を誘った。

 そして私も含め、三人で居酒屋へ行った。

「良順先生、さっきの話だが……」

 土方さんが難しい顔をして話をきりだした。

「京を攻めろという話しか?」

「そう。俺も良順先生と同じことを考えていた」

 そ、そうなのか?

「そうか」

 土方さんのその言葉を聞いて良順先生は嬉しそうにそう言った。

「しかし、この考えが表に出ると、この考えを実行しようと脱走者が出て、せっかくここまで大きくなった戦力がまた小さくなってしまう。こんなことをしてもいいことはない」

 土方さんは、さっき榎本さんにいっていた良順先生の話を聞いて難しい顔をしていたけど、こういうことを考えていたんだぁ。

「そうか、だめか」

 良順先生は肩を落としてそう言った。

 そんな良順先生に土方さんは、

「良順先生、話があるのだが」

 と、改めて言った。

「なんだ?」

「江戸に帰った方がいい」

 土方さんがもう一人江戸に帰したい人間がいるって言っていたけど、それは良順先生の事だったのか。

「なんでだ?」

 良順先生は江戸に帰りたくないみたいで、ムッとした顔をしてそう言った。

「これからこの国は新しく生まれ変わる。生まれ変わった時、良順先生の医術は役に立つ。だから、良順先生は江戸に帰り、その医術を次の世代のために使ってほしい」

 土方さんは、そこまで考えてそう思っていたのか?

「土方君はどうするんだ?」

「俺は、何もない無能な人間だ。俺にできることは、この国のために死ぬことぐらいだろう」

 そう言って、土方さんはあまり飲めないお酒を一気にのどに流し込んだ。

 しばらく沈黙が流れた。

「良順先生」

 いつまでも黙っているのは良くないかなぁと思い、私が口を開いた。

「なんだ?」

「良順先生の医術は、これから先、ものすごく必要とされます」

 良順先生は私が未来から来たことを知っている。

 だから、私が未来のことを言ったら信じてくれるだろう。

 でも、良順先生のこれから先の功績はとっても大きいものなので、一言では言えなかった。

「なんて言ったらいいのかわからないのですが……。ただ、今言えることは、良順先生はここで死ぬ人ではないです」

 この人は、これから先の日本に必要な人だ。

 ここで死なせてはだめだ。

 それだけは伝えたかった。

「わかった。君たちがそこまで言うのなら、江戸に帰ろう」

 良順先生はそう言ってくれた。

「ただ、今は江戸じゃねぇんだったよな。俺もつい癖で江戸と言ってしまったが……」

 土方さん、それを今言うのか?

「そうだった。なんて言うんだっけか?」

 良順先生までそう言うか。

「東京です」

 私はなじみのある地名を言った。

「そうだ、東京だ」

 土方さんと良順先生は声をそろえて言った。


 良順先生は仙台で政府軍に降伏した。

 投獄されるけど赦免され、大日本帝国陸軍軍医総監という、軍医の中の最高位の人になる。

 海水浴を広めたのも良順先生だ。

 やっぱりこの人はここで死ぬべき人ではなかったのだ。


 良順先生の説得もうまくいき、宿舎に帰った私たち。

 部屋に入り、私はずうっと土方さんのある一言が気になっていた。

「土方さん」

 気になっていたから、土方さんに話しかけた。

「なんだ?」

「さっき、自分で無能な人間だと言っていましたが……」

「その通りだろう?」

「いや、土方さんは無能ではないです」

 無能な人が、新選組を陰で支えられるわけないだろう。

 土方さんがいたから、新選組があったんだ。

「そうか?」

「はい。だから、死なないでください」

 国のために死ぬなんて、言わないで。

 そして、本当に死なないで。

「俺にできるのはそれぐらいだろう」

「そんなことないです」

 土方さんは有能な人だ。

 生きていれば……という話しをする人も多い。

 でも、今は有能とか無能とかじゃなく、

「とにかく、死なないでください」

 という一言だ。

 土方さんに死んでほしくない。

「わかったよ」

 私のその言葉を聞いた土方さんは、くしゃっと私の頭をなでた。

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