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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年 明治元年9月
453/506

増える柱の傷

 とうとう明治になってしまった。

「元号なんてしょっちゅう変わってんだろうが。それぐらいで落ち込むな」

 明治になったと言う話をしていた土方さんが私の顔を見てそう言った。

「今までの元号の変更とは少し違うのですよ」

 明治になったと言う事は、この戦の終わりも見えてきたと言う事だ。

 最後は笑顔で終われるのか、それとも、歴史通りに土方さんが亡くなり、悲しみの中で終わるのか。

「お前、よく今回の元号が今までと違うって分かったな。確かに違う。今回から元号は簡単に変えられねぇらしいぞ。主上おかみが在位中は元号を変えねぇらしい」

 そう言う意味で言ったのではないのだけど……。

 そう、この時に一世一元の制度と言って、天皇が変わるまで元号は変えないと言う制度が出来た。

 これまでは、ちょくちょくと元号は変わっていた。

 私がこの時代に来てから五年ぐらいしかたっていないのに、元号が文久、元治、慶応、明治と四回変わった。

 これはいくらなんでも変えすぎでは?と思うのだけど、この制度になるまでは、何かがあるとすぐに元号を変えていた。

 土方さんから見たら、これが普通だったらしい。

「俺の生きている間に、元号が変わると言う事はもうねぇかもな。明治で最後と言う事か」

「縁起でもないことを言わないでくださいっ!」

 土方さんがそれを言うと、冗談にもシャレにもならないんだから。

「そんなことで、真剣に怒ることねぇだろう。驚いたなぁ」

「そんなことじゃないですよ」

 そんなことじゃないのだ。

 そんな私の様子を見て何かを悟ったのか、

「わかったよ。安心しろ、まだ俺は死ねねぇよ」

 土方さんは、私の頭をなでながらそう言った。

 うん、まだ死なないのは分かっている。

「できれば、永遠に生きていてほしいです」

「ばかやろう、いくらなんでもそれは無理だ」

 だよね。

 でも、私より先に死んでほしくないと、無理なことを思ってしまう私がいた。


 そして、明治になったと同時に入ってきた情報もあった。

「なんだとっ! 会津に残った新選組が全滅しただとっ!」

 土方さんが驚いて怒鳴るようにそう言った。

 確か、如来堂という場所で新選組十数名は政府軍数百名に取り囲まれてしまう。

「全員、死んだのか? 斎藤も……」

 土方さんがそう言った時に思い出した。

 いや、死んでいない。

「全滅はしていません。数名は逃げのびていると思います」

「そうなのか? 数名って誰だ?」

 誰だと言われるとそこまではよくわからないのだけれど……。

「斎藤さんは生きています」

 それだけは確実に言える。

「そうか、斎藤は生きているのだな。それでも、全滅なのだな」

 そう言った土方さんの声は、少し悲しい感じがした。


 それから、土方さんは深刻な顔をして榎本さんと仙台城へ出かけていった。

 何をしに出かけていったのだろう?この時期、なにがあったのだろう?

 一生懸命、歴史を思い出していると……。

「あれ? 増えてる」

 柱が目に入り、刀でつけた傷が増えていた。

 最初に傷をつけたのは、確か、仙台城で参謀にと言う話が出たけど、結局、保留になってしまい、その時に怒って刀で傷をつけた。

 それ以降は特に刀を出すことはなかったと思うのだけど、傷が増えているから、また土方さんがやってしまったのだろう。

 こんなに傷をつけて大丈夫なのか?

 ここの宿舎を貸してくれている人が気がついたら、弁償しろとかって話になるのかなぁ。

 それだけは避けたいなぁ。

蒼良そら、柱をなでて、何を考えているの?」

 後ろから突然、沖田さんの声がしたから、驚いて飛び上がってしまった。

「そんなに驚かなくてもいいじゃん。もしかして、悪いこと考えてた?」

「いや、何も考えてませんよ」

 あわてて、柱を隠す。

 沖田さんにこれがばれたら、なんか、大変なことになりそう。

「そう? ずうっと柱をさわっていたから」

 い、いつから見ていたんだ?

「柱をさわりつつ、そ、外の景色を見ていたのですよ」

 ここは二階だからなのか、景色はいい。

「確かに、景色はいいよね」

 沖田さんが私の横に立ち、窓の外を見た。

「そう言えば、仙台に来たけど、まだ外に出てないんだよね」

 外に出てないって……。

「沖田さん、一応、病人なのですから……」

「でも、こんなにいい天気なのに、ここに閉じこもっているのもなんかねぇ」

 沖田さんがそう言ったので、改めて外を見た。

 沖田さんの言う通り、いい天気だ。

 これが秋晴れってやつなのだろう。

 確かに、こんなにいい天気なのに閉じこもっているのも良くないのかなぁ?

「ねぇ、蒼良。仙台って、何が有名なの?」

 えっ、何だろう?

 とっさに思い付いたのが、

「ず、ずんだ餅ですかね?」

「それを食べに行こうよ。餅なんだから、食べ物だよね?」

 沖田さんにそう言われ、コクンとうなずいた。

「よし、早速食べに行こう。行くよっ!」

 私は、待って!という暇もなく、沖田さんに手を引っ張られ、外に連れ出された。

 

 ずんだ餅とは、枝豆をつぶして砂糖を混ぜたものを餅にまぶして作った甘いものだ。

「蒼良が言うから、甘いものだろうなぁとは思っていたよ」

 うっ、す、すみません。

「でも、枝豆をつぶしてなんて、面白いね。それに美味しいし。初めて食べたよ」

「私もです」

「えっ、そうなの? なんでずんだ餅を知っていたの?」

 そ、それを言われると、この時代で説明するのは難しいかなぁ。

「色々と知る方法はあるので……」

「あ、未来の方法がね」

 沖田さんも私の一言で察したみたいで、そう言った。

 二人でのんきにずんだ餅を食べていると、二人の武士が私たちの目の前を通った。

 仙台藩の人かな?腰に刀を二本さしていた。

 その人たちが私たちの前を通る時、

「とうとうわが藩も降伏か」

 という話し声が聞こえた。

 えっ、降伏?

 沖田さんと顔を見合わせてしまった。

「でも、会津みたいになる前でよかったんじゃないか? ああなったら、戦に勝ったとしても、損害の方が大きくなる」

 二人の武士は、そんな話をしながら行ってしまった。

「蒼良、降伏って、仙台藩が敵の手に落ちるってことだよね? どういうこと?」

 そうだ、この時期にこれがあったんだ。

 仙台藩の降伏。

 土方さんが深刻な顔をして出て行った理由がわかった。

 土方さんは、榎本さんと一緒に、仙台藩の降伏を止めようとしたのだろう。

 それはうまくいかなかった。

 こんなところでずんだ餅を食べている場合じゃない。

 沖田さんも同じことを思ったみたいで、

「急いで戻ろう」

 と言って私の手を引いて走り出した。

「沖田さん、一応病人なので……」

「こんな時に病人だなんだと言っている場合じゃない」

 た、確かに。


 宿舎に戻ると、土方さんが窓に向かって座っていた。

「土方さん、外で聞いてきたけど、仙台藩が降伏だって、本当?」

 沖田さんが、土方さんの背中に向かって言うと、土方さんは静かに振り向いた。

「本当だ。榎本さんと一緒に、降伏を取り消すように言ったのだが、もう決まったことだと突っぱねてきやがった」

 そうだったのか。

「と言う事は、僕たちも一緒に降伏ってこと?」

「ばかやろう。そう簡単に降伏してたまるかっ!」

「そうだよね、さすが土方さん」

 沖田さんはホッとしたようにそう言った。

「榎本さんから、蝦夷に行かないかという話しが出ている」

 土方さんは私の方を見てそう言った。

「とうとう、蝦夷に行くのですね」

 私がそう言うと、

「そうなりそうだな」

 と、土方さんが言った。

「あ、刀の下げ緒が変わっている」

 沖田さんが土方さんの刀を指さして言った。

 刀の下げ緒とは、簡単に言うと、刀の鞘の部分にひもをつけ、刀を抜いた時に鞘が落ちないように固定するものだ。

 沖田さんもよく見ているなぁと思い、土方さんの刀を見ると、浅葱色の下げ緒が結ばれていた。

伊達慶邦だてよしくに公からいただいた」

 伊達と言えば仙台の藩主だと言うのは、私も分かる。

 慶邦公は仙台藩の十三代目の藩主だ。

 のちにこの下げ緒は、佐藤彦五郎さんの所に届けられ、現代にも残っている。

「蝦夷にはいつ行くのですか?」

 いつ出発するのだろう?

「今すぐは無理だろう。準備が整い次第と言う事になりそうだ」

 歴史では、大鳥さんたちともここで合流することになっている。

 大鳥さんたちは、今も会津で戦をしているのだろうか?

 そんなことを思いながら、柱を見ると、傷が増えていた。

 仙台藩の降伏を聞いて、また柱に傷をつけてしまったのだろうか?


 沖田さんが部屋を出て、土方さんと二人になった。

「柱、こんなに傷を作ってどうするのですか?」

 このまま、宿舎の人の黙って蝦夷に行くのだろうか?

「お前にはばれていたか。意外とばれねぇと思っていたがな」

 毎日柱を見ていたらわかりますよっ!

「ここに来て、いいことはねぇな。だから、ついやっちまった」

 確かに、仙台に来て、いいことはなかった。

 参謀にと推薦されたのに、なれなかったし、会津に残してきた新選組は如来堂でほぼ全滅してしまうし。

 あげくの果てには、仙台藩が敵の手に落ちることになった。

「確かに、いいことはなかったですね。蝦夷に行けば、少しはいいことがあるかもしれないですよ」

 悪いこともあるけど……。

「そんなことより、俺は会津に援軍を送るためにここまで来たのに、それが出来なくなったのが一番悔しい」

 柱の傷を見ながら土方さんが言った。

 そうだ、最初は援軍を頼みに来たのだった。

 会津に援軍を送ることはできないとわかったていたけど、もしかしたら歴史が変わっていて、援軍が行って勝てるかもしれないなんて思ってしまう私もいた。

「会津はどうなるんだろうな」

 土方さんは窓の外を見てそう言った。

 やっぱり、歴史通り敗けてしまうのだろうか。

「おい、そんな暗い顔するな。これからやることが山ほどあるんだ」

 土方さんがそんな話をするから、暗い顔になっていたのですよ。

「蝦夷に行く前にやっとかなければならねぇことが山ほどある」

「そのやっとかなければならねぇことの中に、この柱の傷をなおすことは入っているのですか?」

 私がそう聞くと、土方さんは柱の傷を見て、

「ない」

 と、あっさりと言った。

 そ、そうなのか?

「このまま蝦夷に旅立てば、宿舎の人間も蝦夷までは追いかけてこねぇだろう」

 逃げるってやつか?

「お前も、黙ってろよ」

 そ、そうなるのか?

「わざわざ言いませんよ」

 言って、修理代を請求されても払えないもん。

 これは、黙っておくしかなさそうだな。

「その代わり、これ以上、傷は増やさないでくださいね」

「それは自信ねぇな」

 ええっ!それは困るんだけど……。

 とにかく、これ以上は刀の傷が増えませんように。

 

  

 

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