仙台へ
最近、町が静かになってきている。
今日も、いつも通り静かだ。
それにしても、退屈だ。
蒼良が土方さんの所へ行ったけど、僕は行くことが出来なかった。
それは、僕が病気だから。
労咳で、それにかかったら死ぬしか治す方法がない。
しかし、僕は天野先生が持ってきてくれた薬を飲んで、信じられないぐらい調子がいい。
僕の病気は労咳ではなく、単なる風邪だったのではないか?と思うぐらいだ。
天野先生と蒼良は未来からやってきたらしい。
その未来では、労咳は治る病気らしい。
なんか、信じられない話しだ。
こんなに元気なのに、天野先生は、
「半年間薬を飲まなければ治らない」
と言った。
だから、労咳の症状は全くないのに、僕はまだ労咳らしい。
もちろん、納得はできなかった。
しかし現状は、僕以外に労咳になった人のほとんどは亡くなっている。
本当は僕だって亡くなっていたと思う。
だから今、生きているだけでもありがたい。
労咳を完全に治してから、戦に出よう。
そう決心し、ここは我慢することにした。
我慢することにしたのだけど、その我慢もそろそろ限界だなぁ。
蒼良に会いたい。
本当はもう治っているのかもしれない。
良順先生に戦に行ってもいいか、許可をもらいに行こう。
僕は、良順先生の診療所へ向かった。
診療所にはたくさんの怪我人が運び込まれていた。
その間を忙しそうに天野先生が歩き、怪我人の介抱をしていた。
「沖田、手伝いに来たのか?」
天野先生が僕に気がつき、そう言った。
「僕は何もできませんよ。忙しそうですね」
「おう、忙しい。見てわからんか?」
見て、忙しそうだからそう言ったのだけど。
「良順先生は?」
「鶴ヶ城に行っておる。容保公に呼ばれたらしい」
容保公が良順先生に何の用があるのだろう?
「それにしても、怪我人がたくさんいますね」
「二本松で戦があったからな」
噂では聞いていた。
戦の結果までは聞いていない。
でも、こんなに怪我人がいるところを見ると、あまりいい結果ではないのだろう。
そんな思いで怪我人をながめていると、
「来ていたのか?」
という良順先生の声が聞こえてきた。
「おう、帰ってきたのか? 城はどうじゃった?」
天野先生が良順先生を出迎えながらそう言った。
「二本松が落ちた」
良順先生のその一言で、ああ、やっぱりと思ってしまった。
そして、蒼良が心配になった。
蒼良は大丈夫なんだろうか?
「新選組は戦に参加していないから安心しろ」
僕の思いが天野先生に通じたのか、そう言ってきた。
そうだったんだ。
「で、容保公になんと言われた? 会津を去れと言われたんじゃないのか?」
天野先生がそう言うと、良順先生はうなずいた。
「なんでまた?」
僕は思わずそう言ってしまった。
良順先生は会津にいなくてはならない人だ。
それをなんで?
「容保公は、二本松が落ちた今、次の戦は会津だろうと言った。ここにいたら命が危ないから、私に会津を出ろと言われた」
容保公は、良順先生を助けるためにそう言ったらしい。
「私は、会津と共にあると言ったのだけど、聞き入れてもらえなかった」
良順先生はそう言うと、小刀と掛け軸を床に置いた。
「これは?」
僕が聞くと、
「容保公からもらった。今まで会津のために働いてくれた礼だそうだ」
と、なぜか申し訳なさそうに良順先生は言った。
「ここまでされたなら、もう会津を出るしかないな」
天野先生がボソッとそう言った。
「沖田を連れて、仙台に行った方がいいじゃろう」
えっ、僕も一緒に?
「僕は、ここで蒼良を待っているんだ。だから仙台へは行かないよ」
「安心しろ。蒼良も仙台へ行くことになるじゃろう。仙台で待っていれば蒼良にも会えるぞ」
天野先生がそう言うのなら間違いないだろう。
それなら、一刻も早く仙台へ行かないと。
「でも、患者を置いて行くことは……」
「松本や。何のためにわしがいるんじゃ。ここにいる患者は、わしと松本以外にも医者はいるからそいつらで面倒を見る」
「天野先生は残るのですか?」
僕が聞いたら、
「まだわしはここでやることがあるからな」
と言った。
まだやることって、何があるのだろう?
「わかった。沖田君と仙台へ行くことにしよう。仙台でも幕府のために働けそうだからな」
「そうと決まったら、早く出発したほうがいい。ここが戦場になるのも時間の問題じゃからな」
天野先生のその一言で、次の日には仙台へ旅立つことになった。
*****
私たちは、戸ノ口原に到着した。
そこには、土方さんが言っていた通り、白虎隊二番中隊の少年たちがいた。
彼らは、陣中見舞いに戸ノ口原方面に陣中見舞いに来ていた容保公の護衛で来ていた。
そうだ、この後、彼らは戸ノ口原への出陣命令が出される。
戸ノ口原は、二千人から三千人に増えていた政府軍が優位にたっていた。
兵糧を持ってこなかったことに気がついた白虎隊の隊長は、隊を離れてしまい、なかなか帰ってこなかった。
そこに政府軍の攻撃があり、白虎隊は散り散りになってしまう。
その中で戸ノ口堰洞穴と言う、猪苗代湖から会津へ水を引くために作った洞穴を通り、飯盛山へ逃げる。
そして、あの悲劇が起こる。
城下の町が燃えている煙を見て、城が落ちたと勘違いした彼らは、ここで自刃してしまう。
今は、まだ彼らも生きてここにいる。
まだ飯盛山へ行く前だ。
今なら、まだ歴史を変えることが出来るかも。
そんなことを考えていると、援軍の要請が入ってきた。
「行ったら、だめっ!」
思わず、白虎隊の一人の腕を引っ張ってそう言ってしまった。
「お前は、また何言ってんだっ!」
土方さんが私の手を取ってそう言った。
「こいつの言う事は気にするな。武運を祈ってる。生きて帰ってこい」
土方さんはそう言って白虎隊を送り出した。
「なんで、なんで送り出してしまうのですか?」
私は土方さんにかじりつくようにそう言った。
「あの後、あいつらは死ぬのか?」
土方さんに言われ、私はうなずいた。
「そうか。でもな、ここで俺が止めても、あいつらは戦場へ行く。それが武士だ。容保公を守るため、会津を守るためにな」
土方さんの言う通りだ。
力が抜けて、座り込んでしまった。
結局、助けることが出来なかった。
あんなに近くにいたのに。
「ここで座り込んでいたら、戦で使い物にならん。下がってろっ!」
土方さんは怒鳴ってそう言ってきた。
ここで下がったら、戦の混乱に巻き込まれて、土方さんとはぐれてしまう。
はぐれたら、土方さんはきっと北へ行ってしまうから、会えなくなってしまう可能性が高い。
それは嫌だ。
ここは何としても土方さんについて戦に出なければ。
「大丈夫です」
そう言って、私は立ち上がった。
「引き返すなら、今だぞ」
「引き返しません。私も土方さんと一緒に戦います」
「そんな返事が返ってくるとは思わなかったな」
そう言った土方さんはなぜか嬉しそうだった。
戸ノ口原の戦いで私たちも敗走した。
それにより、戦は鶴ヶ城での籠城戦に移ろうとしていた。
私たちも引き上げ始めていた。
そして、米沢街道にある塩川と言う場所に宿陣した。
そこから少し北に行ったところにある大塩と言う場所で大鳥さんに会った。
「大鳥さん、俺が仙台に援軍を頼みに行ってくるから、新選組を頼む」
土方さんはずうっと考えていたことなんだろう。
でも、他の人たちは、突然聞かされたことなので、驚いた。
一番驚いていたのは、多分、斎藤さんだと思う。
驚いた顔で、土方さんを見ていた。
それに気がついた土方さんが、
「どうした?」
と、斎藤さんに声をかけた。
「仙台に行くのですか?」
「ああ、このままだと敗けちまうだろう。援軍を頼みに行ってくる。この前のように文だけ出しても、相手も動かんだろう」
確かに。
母成峠の時に、他の場所を守っている人たちに、援軍を文で頼んだのだけど、誰も来なかった。
「俺は……」
斎藤さんは、そう言ってからチラッと私の方を見た。
それから、土方さんの方を改めて向いた。
「俺は、会津を見捨てることはできない。だから、これからも会津のために会津で戦っていきたい」
やっぱり、そう来たか。
歴史でそうなっていたのでわかっていた。
いつ、来るんだろう?そろそろではないか?とは思っていた。
土方さんの顔を見ると、寂しそうな感じと嬉しそうな感じが入り混じっているような複雑な表情をしていた。
「斎藤。お前を手放すのは惜しい。でも、お前の意志も武士らしく立派なものだ。ここに残りたいのなら、ここに残って戦うといい。お前以外の隊士で会津に残って戦いたいという奴もいるだろう。そいつらと一緒に会津で戦え」
他の隊士も連れて行けみたいなことを言われると思っていなかったようで、斎藤さんは驚いた顔をした。
それから、
「長い間、世話になりました」
と言って頭を下げた。
「俺も、世話になったな」
土方さんも斎藤さんにそう言った。
それを涙を流して見ていた私。
「お前は、どうするんだ? 俺と一緒に会津に残るか?」
そんな私に向かって斎藤さんがそう聞いてきた。
私の答えはもう出ている。
「私は、土方さんと一緒に援軍を頼みに行きます」
「お前も一緒に来るのか?」
驚いた顔をした土方さん。
えっ、いけないのか?
「いや、俺と一緒に行くのがだめだとか、そう言う意味じゃなく、お前は大鳥さんと一緒にいると思っていたから……」
やっぱりだめなのか?でも……。
「ずうっと、土方さんのそばにいるって言ったじゃないですか」
そう、何回かそう言っているような気がするのだけど……。
「それも聞いていた。すまん、動揺してしまった」
な、なんで動揺するんだ?
「そんな心配そうな顔をするな。俺はお前が来ると思っていなかったから、嬉しいんだよ」
これは、斎藤さんに聞こえないような小さい声で耳元で言われた。
そ、そうだったのか。
「お前の気持ちは分かった」
そう言った斎藤さんの表情が寂しそうに見えたのは、気のせいか?
「ここで別れることになりそうだな。お前に預けていた物を返してもらってもいいか?」
そうだ、斎藤さんに何かあったらこれを開けてくれと、巾着を預かっていたのだ。
「土方さん、ちょっとこいつを借りていく」
私は斎藤さんに手を引っ張られて、別な場所に連れて行かれた。
大事な物みたいだから、きっと誰もいないところで返してもらいたいのかもしれない。
そう思って斎藤さんに手を引かれるがままついて行った。
「ここでいいだろう」
斎藤さんがそう言って立ち止まった。
私は斎藤さんに巾着袋を渡した。
「無事に斎藤さんに返すことが出来てよかったです」
歴史でも、ここで死ぬような人ではないので、返すことが出来るとは思っていた。
巾着を受け取った斎藤さんは、その中身を私の目の前で出した。
その中身は指輪だった。
「えっ、指輪?」
この時代にもあったのか?
指輪自体は歴史が古いらしいから、あってもおかしくないのだけど、この時代の日本にあるとは思わなかった。
「知っていたのか? 近藤さんが江戸に帰る時に奥さんに土産だと持っていた物と同じ物だ」
えっ、近藤さんがおつねさんに指輪を贈っていたのか?
「指にやるものらしい。こうやって……」
斎藤さんは、私の右手を握り、指に指輪をはめようとした。
しかし、その指輪はサイズが大きくてぶかぶかだった。
「すまん。大きさが合わないようだ」
斎藤さんはそのまま指輪を自分の手で握りしめた。
「いつ買ったのですか?」
指輪を売っている店なんて見たことがない。
近藤さんもそうだったと思うけど、手に入れるのが難しいと思う。
「江戸に帰るとわかった時、近藤さんが買っているのを見て、俺も買った」
「私にですか?」
「他に誰がいるんだ?」
他に誰が?私が聞きたい。
「でも、大きさが合わないようだからいい」
えっ、いいのか?
そう思っていると、巾着の中から、紙切れが落ちてきた。
それを拾って見ると、手紙になっていた。
しかも、この時代は文字をつなげて書くのが普通なのに、この手紙は一文字一文字、離して私が読めるように書いてあった。
思わず中を見てしまった。
「あっ!」
と言って、手紙をとろうと斎藤さんの手が伸びてきたけど、それをかわして読んだ。
『この手紙をおまえが読んでいると言う事は、俺は死んでいると言う事になっているのだろう。この中身をお前に持っていてほしい。お前の幸せを願う』
というようなことが書いてあった。
死ぬことまで考えて、私に指輪を預けていたんだ。
「斎藤さん……」
感動しているすきに、斎藤さんは私の手から手紙をとった。
「俺は生きているのだから、関係ないだろう」
「いや、そこまで思って買ってきた指輪なので、いただきますっ!」
私は、斎藤さんの指輪がにぎられている方の手をさわった。
「大きさが合わなかっただろう」
「それなら、紐を通して首から下げておきます」
私がそう言うと、斎藤さんの手から指輪が落ちた。
私はあわててその指輪をとった。
「突然、離さないでくださいよ」
私がそう言うと、斎藤さんに抱きしめられてしまった。
「お前と会津にいたかった」
抱きしめられたまま、斎藤さんがそう言った。
す、すみません。
「お前のことが好きだった」
「私も、斎藤さんのことが好きでしたよ」
「お前の好きと俺の好きは違うものだと思うがな」
そ、そうなのか?
「お前のことは忘れない」
「私も、斎藤さんの事は忘れません」
新選組の斎藤さんと一緒に過ごした貴重な日々は、絶対に忘れられない。
「幸せになれ」
そう言う斎藤さんの声が聞こえたと同時に、斎藤さんの腕から解放された。
気がついたら、斎藤さんが背中を向けて向こうへ歩いていた。
「斎藤さんこそ、幸せになってくださいねっ!」
遠くに離れた斎藤さんに聞こえるように大きな声で言ったら、斎藤さんは背中を向けたまま、片手をあげて左右に振ってくれたのだった。