猪苗代の町
湖南町へ宿陣をしてから数日後。
私たちは、母成峠への出陣のため、猪苗代城下へ移動した。
猪苗代湖の南側から、北側への移動だった。
猪苗代城は亀ヶ城と呼ばれていた。
というのも、猪苗代城は会津領の中にある城で、江戸時代に一国一城令と言って名前の通り、一つの国に一つの城と言う制度が出た後も、例外としてこの城は認められていた。
ちなみに、現代はお城の跡だけ残っていて、明治時代に桜が植えられて、桜の名所の公園となっている。
現代では見れないお城が、タイムスリップをしたことによって見ることが出来るのは、貴重な体験で、とっても嬉しい。
しかし、この城はこの後に起こる戦で焼けてしまう。
それはとっても残念なことだと思い、私は猪苗代城を見ていた。
「今から無駄な力を出して城をにらみつけても、何も変わらないぞ」
斎藤さんが城を見ていた私に向かってそう言った。
に、にらみつけていたか?
「ただ、城を見ていただけです」
「俺には、怖い顔をしてにらんでいたように見えたぞ」
そ、そうなのか?
「戦が近々始まりそうで、緊張しているのはわかる」
そうなのだ。
先日の会津での軍議で新選組の母成峠への出陣が決まった。
戦の時が刻々と迫ってきている。
「でも、ここで緊張していざ戦の時になったら、使い物にならないのは困る」
使い物にならなくなるのか?
それは私も困る。
「息抜きでもするか? 気晴らしに」
気晴らし……。
その一言で思いつくものと言えば、
「もしかして、お酒を飲みに行くのですか?」
もうそれしか思いつかない。
永倉さんに気晴らしにと連れて行かれたのは、確か、居酒屋だったな。
「お前の気晴らしは、酒か?」
斎藤さんはニヤリと笑って聞いてきた。
いや、私じゃない。
「永倉さんの気晴らしです」
「あいつの気晴らしにお前も付き合ったらしいが、お前にとっても気晴らしになったと言う事なのだろう」
なんで知っているんだろう?
いや、違うって。
「わ、私の気晴らしじゃないですよ」
あの後、土方さんに怒られたんだから。
「酒が飲みたいというのなら、付き合うぞ」
いや、また飲んだら、土方さんからげんこつが落されるだろう。
最近、優しくなった土方さんだけど、私がお酒を飲むことに関しては厳しい。
「いや、お酒はいいです」
本当は、飲みたいのだけど……って、何考えてんだ、私。
「そうか。それなら、せっかく猪苗代に来たのだから、町でも歩くか?」
あ、それいいかも。
「そうですね」
何か面白いものが見つかるかもしれない。
と言う事で、私は斎藤さんと一緒に猪苗代の街を歩くことになった。
着いたところは、土津神社という神社だった。
「すごい綺麗ですね」
建物の装飾が綺麗な神社だった。
日光の東照宮と同じぐらい?それぐらい綺麗だ。
「保科正之が祀られている」
「えっ、神様ではなく、人が祀られているのですか?」
「普通に祀られてるだろう。東照宮は徳川家康公が祀られているぞ」
そうだった。
この時代、藩祖と言って、その藩の最初の藩主を祀る神社がいくつかできていた。
この土津神社もその一つだ。
保科正之は、会津藩の最初の藩主で、江戸幕府の三代目将軍、家光の異母兄弟だ。
ちなみに、お墓はここからちょっと先にある磐椅神社というところにある。
「保科正之を知っているか?」
斎藤さんが神社の装飾を見ながらそう聞いてきた。
「知ってますよ」
歴史でチラッとやったような?
「へぇ、お前が知っているとはな。知らないと思っていた」
なんか、馬鹿にされているような?
「三代目の将軍が亡くなる時、枕元に呼ばれて、宗家を頼むと言ったらしい」
宗家とは、ここで言うなら徳川将軍家の事だろう。
「だから、その後に会津家訓十五箇条が作られるのだが、そこで、会津藩は将軍家を守護する存在であり、藩主が裏切ることがあったら、家臣はそれに従ってはならないと書かれている」
だから、こんなに負け続けて、裏切る藩が出ても、会津藩だけは最後まで裏切らず、幕府を守るために戦い続ける。
ここで、降伏しちゃえば楽なのに。
何回もそう思ったけど、会津藩は最後の最後まで降伏しない。
家訓を守るために会津は戦う。
どうしよう、ますます会津が好きになったかも。
ところで……。
「なんで斎藤さんはそう言う事を知っているのですか?」
会津のことを知っていないと、知らないことだよね。
もしかして、やっぱり、会津の間者なのか?
「会津が好きだからだ」
一言そう言った。
斎藤さんが会津の間者だったとしても、会津も味方だし、別にいいか。
そして、改めて神社の装飾を見る。
「それにしても、こんな綺麗な神社があるなんて、聞いたことがなかったです」
「江戸とかにあるわけじゃないからな。知らない人間がほとんどだろう」
いや、現代で聞いたことがない。
だって、こんな綺麗な神社があったら、絶対に観光名所になっているはずだから。
と言う事は、現代にいたる前に無くなってしまうのか?
後で調べたのだけど、この土津神社は、これから起きる戦で、敵の手に渡るなら燃やせと言う事になり、城とともに味方の手によって火をつけられてしまう。
ここでも、現代に無い物を見ることが出来た。
貴重な経験だ。
「戦勝祈願でもしておくか?」
斎藤さんがそう言って神社の中に入った。
神頼みで歴史が変わるのなら、いくらでも神頼みするんだけれど、それぐらいで歴史が変わっているのなら、今頃ここにはいないわけで。
でも、斎藤さんに、
「敗けるから、祈願しても無駄ですよ」
とまでは言えなかった。
斎藤さんは、私が未来から来たことを知らないし、この戦も敗けると思っている人は誰もいない。
「しましょう」
私もそう言って中に入った。
猪苗代の町の中に戻って斎藤さんと二人で町を歩いた。
町は、とっても静かだった。
やっぱり戦の前だからかな?
お店も閉まっているところが多かった。
「静かだろう?」
斎藤さんも同じことを思ったのか、私にそう言ってきた。
「戦の前だからですか?」
「それもあるが、今年の春から会津は戦闘態勢に入り、戦に使えそうなものはほとんど徴発したからな」
徴発とは、強制的に物を取り上げること。
会津は、春から戦の準備を進めていて、そのために町民や農民の税金が上がってしまった。
凶作用に備えて蔵にしまってあった米までもが持ち出されてしまった。
しかも、資産のほとんどをとられた人もいる。
「そんなことをして、大丈夫なのですか?」
町が静かなのは、売るものがないと言う事なのだろう。
戦という非常事態だからという理由もわかる。
けど、戦に庶民は関係ない。
「それが戦だ」
斎藤さんは悲しい声で一言そう言った。
そう言われてしまうと、何も言えなくなってしまう。
「戦って、嫌なものですね」
一番弱い人たちが犠牲になってしまう。
「今頃気がついたか。お前も本当に鈍感だな」
薄々は気がついていた。
でも、考えないようにしていた。
だって、そうしないと、自分を守れないから。
そんなことを一生懸命に思っていると、私の頭に斎藤さんの手が乗ってきた。
「今は、考えるな。戦が出来なくなる」
そうなんだけど……。
「考えるなと言っているだろう」
斎藤さんは、私の頭をワシャワシャとなでてきた。
「考えるなと言われると、余計に考えてしまいます」
「それじゃあ気晴らしにならんだろう。仕方ない。酒でも飲みに行くか?」
えっ、お酒?
「いいのですか?」
「これが本当の気晴らしだろう」
斎藤さんはニヤリと笑ってそう言った。
しかし……、気晴らしはできなかった。
というのも、戦の為に色々なものが徴発されている。
その中の一つに、なぜかお酒も徴発されていたのだった。
「残念ながら、気晴らしはできなかったな」
それでも、斎藤さんはなんか楽しそうだぞ。
なんでだ?
「酒が飲めなくて残念だったな」
「そうですよっ! なんでお酒まで徴発されるのですか? お酒って戦に使うのですか?」
どう考えたって、いらないだろう?
「兵の士気をあげるため、兵に飲ませるかもしれないだろう」
そうかもしれない。
お酒も戦に必要なのね。
それにしても……。
「斎藤さん、楽しそうですね。お酒飲めないほうがよかったのですか?」
おかしいなぁ。
斎藤さんも私と同じくお酒が好きだったと思ったんだけど。
「そんなことはない。俺も飲みたかったさ。ただ……」
と言いながら、斎藤さんは笑い始めた。
き、気になるじゃないかっ!
「酒を飲むことが出来なかったお前を見ると楽しいな」
それは……、人の不幸は楽しいってやつか?
「そんな顔するな。悪かった。俺も酒が飲めなかったから、気晴らし出来ないのは同じだ」
そんな顔するなって、斎藤さんが変なことを言うからじゃないかっ!
「そう怒るな。俺は悪い意味で言っているんじゃない」
私には、悪い意味しか聞こえないけど。
「そんなお前も好きだと思って言ったんだ」
そ、そうなのか?
「あ、あのですね……」
「なんだ?」
私が怒ったりしているところが好きと言う事は……。
「斎藤さんって、性格が悪いとか……」
「なんでそうなるんだ?」
そうしか考えられないじゃないかっ!
怒ったりしているのが好きって、普通じゃないからねっ!
「わけわからんことばかり言ったりやったりしているから、目が離せなくなってくる」
くくくと笑いながら、斎藤さんが言った。
それに対し、言い返すことが出来なかった。
うっ、なんか悔しい。