戦の前の気晴らし
私たちが現代で言う郡山市の湖南町へ移り、そこで永倉さんに会ってから数日が過ぎた。
戦の前の静けさと言っていいのか、何事もなく平和な日々が続いてた。
戦がすぐ目の前にせまっているというのに、こんなにのんびりしていていいんだろうか?
そう考えるのだけれど、やることがないのだから仕方がない。
でも、じっとしていられない。
「蒼良、そわそわしているけど、何かあったのか?」
私を見た原田さんがそう聞いてきた。
「もうすぐ、会津で戦があるのに、なにもしなくていいのでしょうか?」
「蒼良でも、今度は会津だってわかったのか?」
原田さんの隣にいた永倉さんがそう言った。
白河城も落ち、二本松城も落ちた。
ここまでくると、未来を知っていなくても、次は会津だってなるだろう。
「わかりますよ、それぐらいっ!」
「そうだよな。ここまでくると、次は会津だってなるよな」
原田さんがうなずきながらそう言った。
「蒼良。俺たちにも出来ることがあるぜ」
永倉さんはにっこりと笑ってそう言った。
「新八、そんな方法があるのか?」
「あるある。簡単だ」
簡単な方法なのか?
「永倉さん、それはいったい何ですか?」
それをして、会津のためになるのなら、喜んでやりたい。
「夜襲だ。こちらからちょこちょこと攻撃してやればいいのさ。少しずつ毎日攻撃すれば、数日たてば大きくなるぞっ!」
永倉さんのその言葉に沈黙してしまった。
「なんで黙っているんだ? 俺の素晴らしい意見に口もきけないか?」
いや、その逆だ。
「新八、俺たちがちょこちょこと攻撃して敵の数を減らしても、敵は平潟から上陸して数を増やしているから、すぐに元に戻るぞ」
原田さんの言う通りなのだ。
政府軍は、会津の周りにある城を落とし、拠点を増やしている。
そして、船で続々と援軍が到着しているので、兵の数は最初の時と比べるとかなり多くなっている。
だから、永倉さんの言う通り夜襲をかけても、夜襲で減った分の兵はすぐに補充されるのだ。
逆に私たちの方は、奥州越列藩同盟の兵も城が落ちるにしたがって減ってきている。
兵が減ったらすぐ補充というわけにはいかない。
「でも、このまま、戦になるのをわかっているのを黙って見ているのもなぁ」
永倉さんは、なぁと私の方を見て言った。
そうなのだ。
何もできない、何かしないといけないのに。
「夜襲はだめだぞ」
原田さんが永倉さんに言うと、
「わかっている」
と、深刻な顔で永倉さんはうなずいた。
「でも、何もできないのも、はらただしいな」
永倉さんも、私と同じことを思っていたようだ。
「仕方ないだろう。特に指示もないから、今は待機だろう」
原田さんの言う通りだ。
「よし、このまま待機しても、気が晴れないだろう。気晴らしに行くぞ」
永倉さんがそう言って歩き始めた。
気晴らしか。
今、一番必要なことかもしれない。
「行こうか」
原田さんもそう言って永倉さんの後から歩き始めたので、私も一緒に歩き始めた。
「新八の気晴らしって、これか」
原田さんが半分あきれつつもそう言った。
「これしかないだろう。蒼良も喜んでいるし」
えっ、私か?
「と、特に喜んでいませんが……」
そう言いながら、私は徳利に口をつけた。
「蒼良、直接飲むのか?」
原田さんにそう言われてしまった。
「いちいち小さいお猪口に入れて飲むのが面倒じゃないですか」
「そうだよな、蒼良の言う通りだ。さあ、左之も飲め」
「ここまで来て飲まないわけにはいかないよな」
そう言いながら原田さんも飲み始めた。
「土方さんに、ばれないようにしないとな」
原田さんの一言で思い出した。
そうだ、土方さんがいた。
「ばれないようにしないと」
「蒼良も、そんなに怖がることないだろう。土方さんも人間だ、化け物じゃないからな」
そう言いながら、永倉さんが私に徳利をわたしてきた。
「ありがとうございます」
土方さんにばれないように、酔っ払わなければ大丈夫かな。
そう思いながら、私は徳利の中身を全部飲み干した。
昼間からお酒を飲んでしまった私たちは、夕方には永倉さんが、すっかり出来上がってしまった。
「くそっ! 何が官軍だ。次の戦は俺様がいるから、絶対に負けないぞ」
レロレロと永倉さんが言った。
歩きもよろよろとしていたので、両側から私と原田さんでささえた。
「永倉さん、お願いだから、暴れないでください」
ただでさえ重くて大変なのに、暴れられたら、ささえるのが大変なのだ。
「俺は暴れとらんぞっ! ついでに酔ってもいないぞっ!」
そう言う人に限って酔っているのだ。
「新八、頼むから静かにしてくれ。土方さんにばれるぞ」
そ、それは大変だ。
「永倉さん、お願いだから静かにお願いしますっ! 土方さんにばれたら、大変ですよっ!」
「土方だと? あんなもの何でもないわっ! あっはっはっ!」
なんで笑っているんだ?
酔っ払いだからもうよくわからん。
「誰がなんだって?」
と、後ろから、今、一番聞きたくない声が聞こえてきた。
「も、もしかして……」
思わず、永倉さんの向こう側でささえている原田さんの顔を見た。
「間違いないな……」
原田さんも、おしまいだという顔をして言った。
恐る恐る後ろを見ると、土方さんが怖い顔をして立っていた。
「なにしてんだ?」
ど、どうしよう。
土方さんに質問されちゃったよ。
「あ、あのですね……」
私が何とかごまかそうとしたのだけど、
「新八の奴、そこで転んで、足が痛くて歩けないって、文句を言うから、こうやってささえてやっているんだ。なぁ、蒼良」
と、原田さんに同意を求められたので、
「そうなんですよ。永倉さんをささえるの大変なんですよ」
と言って私もごまかした。
「俺は、転んでない……」
永倉さんがそう叫び始めたので、原田さんが、あわてて永倉さんの口をおさえた。
「なんだ? もしかして、新八は酔ってねぇよな? 口調がおかしかったが……」
土方さんがこちらに来る気配がした。
「大丈夫だ。こんな時に酒を飲むわけないだろう」
原田さんがあわてて永倉さんを動かそうとした。
しかし、それが突然だったので私がついていけなかった。
永倉さんはドンッと前のめりに倒れてしまった。
「大丈夫か?」
土方さんが永倉さんに近づいた。
近づかせたらいけないっ!
「だ、大丈夫です」
私は土方さんの前に立った。
「お前、どけ」
「永倉さんなら大丈夫です」
「大丈夫ですって、倒れているじゃねぇか。ほっとけねぇだろう」
土方さんは私をどかして前に行こうとした。
いや、永倉さんに近づいたら、飲んだことがばれるじゃないかっ!
「土方さん、新八は俺が運ぶから大丈夫だ」
原田さんがそう言った時、永倉さんからいびきが聞こえてきた。
「えっ、寝ているのか?」
土方さんが驚いてそう言ったので、思わず原田さんと顔を見合わせてしまった。
「新八、眠くなったんだろう」
「そうですよね。今日はお昼寝しなかったですからね」
「昼寝って、子供か? お前ら、何か隠しているな?」
ドキッ!
「何も隠してないですよっ!」
原田さんと自然と声がそろってしまったのが悪かった。
土方さんは私をどかすと、スタスタと永倉さんの方へ向かって行った。
そして、酔って寝ている永倉さんの元へ。
永倉さんを見て、土方さんは気がついてしまった。
「新八、酔ってんじゃねぇかっ!」
ば、ばれてしまったっ!
それから酔っている永倉さんをぬかして、私と原田さんが土方さんにお説教されてしまった。
「こんな時に飲みやがってっ! しかも酔っ払いやがってっ!」
す、すみませんっ!
「飲むなとは言わねぇよ。でも、酔っ払うまで飲むことねぇだろう」
その言葉に原田さんと顔を見合わせてしまった。
飲むなとは言わないだと?
「土方さん、本気で言ってますか?」
思わず身を乗り出して聞いてしまった。
「飲みてぇなら飲めばいいだろう」
本当に?以前の土方さんならそんなこと言わなかった。
「土方さん、具合悪いのか?」
原田さんも私と同じことを思ったみたいで、そう聞いていた。
「熱があるとか……」
私は、土方さんのおでこに手を乗せた。
特に熱はないようだけど……。
「うるせぇな。俺は健康だ」
土方さんはおでこに乗っていた私の手を払った。
「京にいた時の土方さんだったら、本気で怒りそうだったから、俺も新八が酔ったのを隠さないとと必死だったんだぞ」
「左之、飲みてぇというのに飲むなって言えねだろう」
と言う事は……。
「これからは私も、酔わなければお酒を飲んでいいと言う事ですね」
「お前は別だ」
そ、そうなのか?
「お前は酔わねぇから、飲ませたら樽ごとあけそうだからな」
そこまではしないと思うのですが……。
「とにかく、ここは新選組だけがいるわけじゃねぇ。酔って帰ってきたところを見られたら、他の連中はいい思いはしねぇだろう。これからは気をつけろ」
この人、本当に土方さんなのだろうか……。
もしかしたら、土方さんの仮面をかぶった誰かかもしれない。
顔を引っ張ったら、仮面がずるって落ちるかも。
「お前、何してんだ?」
「顔の皮を引っ張っているのですよ」
「なんでそんなことをするんだ?」
「土方さんらしくないことを言うので、もしかしたら、土方さんの仮面をかぶった誰かかもしれないと思いまして……」
「ばかやろう。俺は俺だっ!」
そう言って怒鳴った土方さんに、げんこつを落とされたのだった。
それもそうだよね。
土方さんの顔をつねっちゃったのだから。
「土方さん、変わったよな」
土方さんの部屋を出ると、原田さんがそう言った。
確かに。
最近は、他の人に対しても優しくなっている。
「京にいたころと比べると、かなり優しくなっていますよね」
これって、いいことなのかな?それとも、悪いことなのかな。
「京にいたころは、近藤さんがいたからな。近藤さんをいい人に見せるために、自分を悪く見せていたところがあったんじゃないのか?」
原田さんの言う通りかもしれない。
近藤さんの手を汚さないため、隊士への罰などは土方さんがやっていたこともあった。
近藤さんはいない今、土方さんがわざと悪人になる必要はない。
だから優しくなったのかな?
「これは、いいことなのですかね? 悪いことなんですかね?」
近藤さんがいなくなったからと聞くと、悪いことのように感じるし、でも、土方さんが優しくなったのは、いいことのような感じがする。
「それは、人によって悪く思う事もあるし、よく思う事もあるし。少なくても、今の隊士たちにはいいことみたいだぞ」
原田さんは笑顔でそう言った。
そう、土方さんは京にいた時と比べると、新選組の隊士たちからの評判が良くなっている。
きっと、いいことなのかもしれない。
そう思う事にしよう。