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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年7月
443/506

猪苗代湖

 白河の戦いが終わった後、近くではいくつかの戦闘があったけど、列藩同盟軍は、会津を通って自分の藩へ帰って行った。

 そんな中、江戸が東京という名前に変わった。

「もしかして、お前は江戸ではなく東京というところにいたのか?」

 その話を聞いた土方さんがそう言った。

「はい」

「そうか。なんか江戸が東京という場所になったか。変な感じだな」

「そうですか? そのうち慣れますよ」

 私なんか、東京という方がしっくりきているもん。

「そんなもんか? 俺は嫌だな」

 土方さんから見れば、自分の故郷の名前が変わってしまった。

 名前が変わっただけなのに、全部が変わってしまうように思えてしまう。

 だから、土方さんも嫌だというのだろう。

 

 あれから私たちは福良に戻っていた。

 そこで不審者を二人捕まえていた。

 そこから色々な情報を得て、次の戦の準備を進めていた。

 斎藤さんも、あの日から自分を責めることはなかった。

 次の戦の前に訪れた、つかの間の平和の時が来ていた。


「猪苗代湖に行ったことがあるか?」

 ある日、斎藤さんが私に聞いてきた。

 そう言えば、福良の近くに猪苗代湖があった。

 遠くから見たことはあるけど、行ったことはまだなかった。

 首を横にふると、

「それなら見に行ってみるか?」

 と、斎藤さんに誘われた。

 今日は土方さんも誰かに連れられて出かけている。

 せっかく近くに猪苗代湖があるのだから、行かないと損だぞ。

 この先、こんなにゆっくりとした時間が流れるのはもうないかもしれない。

「行きましょう」

 私が言うと、斎藤さんも笑顔でうなずいてくれた。


 猪苗代湖まで歩いていると、隣を歩いていた斎藤さんがビクッと動いた。

「どうかしましたか?」

 私が聞くと、私の口に指をあててきた。

 そして鋭い目であたりをうかがっていた。

 な、なにかあったのか?

「つけられている」

 ぼそっと斎藤さんが言った。

 えっ、つけられている?

 なんでつけられないといけないんだ?

「斎藤さん、何かつけられることやりましたか?」

 斎藤さんの指が私の口にあるので、小さい声で聞いたら、

「それはお前だろう」

 と言われてしまった。

 えっ、私なのか?

 私は何もやっていないと思うのだけど……。

 もしかして……。

「敵が、土方さんを探しに私たちをつけてきたとか……」

 土方さんは今日は出かけているから、どこに出かけているかあきらかにするために、私たちをつけてきたのかもしれない。

「そんなことしなくても、土方さんのいる場所はすぐわかるだろう」

 そ、そうなのか?

 確かに、わざわざ後をつけなくても、誰かに聞けばすぐわかることだよね。

「大人しくしろ。ちょっと行ってくる」

 そう言うと、斎藤さんは素早く後ろに走って行き、家のかげに隠れた。

「うわっ! 俺だよ、俺っ!」

 そんな声が聞こえ、原田さんが飛び出してきた。

 えっ、原田さん?

 原田さんの後ろから、刀を鞘におさめながら斎藤さんが出てきた。

「いきなり刀を出してくることないだろうっ!」

 原田さんは斎藤さんに怒鳴っていた。

「こそこそと後をつけてくるからこうなるんだ」

「確かに、後をつけたのは悪かった」

 原田さんは斎藤さんに謝っていたけど、いきなり刀を向けられたという怒りはおさまっていないみたいで、口をとんがらせていた。

「なんで後をつけたのですか?」

 もしかして、一緒に来たかったのか?

「俺は土方さんから蒼良そらの護衛を頼まれている。蒼良を守るためについてきたんだ」

 そうなのか?

「あ、ありがとうございます。でも、自分の身は自分で何とかできるので、大丈夫ですよ」

「お前、のんきにお礼を言っているんじゃない」

 斎藤さんにそう言われてしまった。

 私を守るためについてきてくれたのなら、お礼を言わないとだめだろう。

「原田は、お前と一緒に来たかったからついてきたのだろう」

「さ、斎藤っ! そんなことまで言うなよ」

 そ、そうだったのか。

「それなら、原田さんにも声をかけてばよかったですね。一緒に行きましょう」

「蒼良にそう言われたら、断る理由はないよな」

 チラッと、原田さんは斎藤さんを見てそう言った。

 斎藤さんは、不機嫌そうな顔をして、

「好きにしろ」

 と言って、先に歩いて行ってしまった。


「ここは鬼沼と言う」

 斎藤さんが説明してくれた。

「へぇ、そう言う名前なんだ」

 それに相づちをうつのは原田さん。

 その度ににらむ斎藤さん。

 これは、仲がいいというのか、悪いというのか……。

 その鬼沼は、猪苗代湖との間に土が出ていて、橋が架かっているような感じになっていた。

「これは、弘法橋と言う」

 そうなんだ。

 私が心の中でそう思っていると、原田さんが、

「そうなんだ」

 と、口に出して言った。

 それを斎藤さんがまたにらむ。

 喧嘩しているわけじゃないから、止められないしなぁ。

 なんとかなんないのか、この状態。

 ちなみにこの弘法橋は、弘法大師が一晩で橋を架けようとして頑張っていたのだけど、夜明け前に鶏の鳴き声がして橋を架ける作業を中止した。

 実は、この鶏の鳴き声は、弘法大師の邪魔をするために鶏の声をまねて鳴いたあまのじゃくで、この橋は、未完成のままになってしまったという言い伝えがある。

 どこが未完成なんだろう?と思ったのだけど、この弘法橋は、猪苗代湖の水が引いた時にだけ姿を現すらしい。

 私たちが言った時は、たまたま水が引いている時で、弘法橋を見ることが出来た。

 運がいいっ!

「ところで、なんで斎藤はこんなに詳しいんだ?」

 原田さんが斎藤さんに質問をした。

 そうだよね、なんでこんなに詳しいんだろう?

「お前たちよりここにいる時間が長かったからな。知る機会も多かったと言う事だ」

 そ、そうなのか?

 わからないことなんだけど、斎藤さんは会津の間者かもしれないという説もある。

 もしかして、本当に会津の間者なのか?

「もしかして……」

 それを聞こうと思って口を開いたのだけど、そんなことを聞いて、

「そうだ、俺が会津の間者だ」

 と斎藤さんが言う事はないだろう、と言う事に途中で気がついた。

 それに、斎藤さんが会津の間者でも味方だし、斎藤さんが斎藤さんであれば別に何でもいいかと思った。

「なんだ?」

 斎藤さんが私を見てそう言った。

 そうだ、質問を口に出しかけていて止めたのだから、気になるよね。

「も、もしかして……、斎藤さんは……、猪苗代が大好きになってしまったとか……」

 そんな私のごまかしの質問に、

「蒼良、何言っているんだ?」

 と、原田さんが言ってきた。

 でも、斎藤さんは遠い目で猪苗代湖を見つめ、

「嫌いではない」

 と、一言そう言った。

 斎藤さんは、会津も気に入っていたみたいだから、きっとここも気に入ったのだろう。

「景色は綺麗だからな。悪い場所ではないな」

 原田さんも斎藤さんの言葉に納得するようにそう言った。

「そう言えば、ここよりもっと景色がいいところがあるぞ」

 斎藤さんはそう言うと歩き始めた。

「おい、ちょっと待てよ」

 そう言いながら、原田さんも歩き始めたので、私も二人の後をついて行った。


 斎藤さんに連れてこられて着いたのは屏風岩というところだった。

 名前の通り、大きな岩が巨大な屏風のように直立していた。

 そこから磐梯山が綺麗に見えた。

「おい、本当に絶景だな。斎藤、この場所を教えてくれたことに感謝する」

 原田さんは大げさにそう言った。

「別に、お前のために案内したわけじゃない」

「それじゃあ、誰のために案内したのですか?」

 私が聞くと、フッと笑った。

「お前らしい質問だよな」

 そ、そうなのか?

 結局、誰のためなのか教えてもらえなかった。

 

 しばらく三人で景色を眺めていると、

「あれ、お前ら何してんだ?」

 と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 この声はっ!

 そう思って振り向くと、思っていた通り土方さんが会津藩の人と一緒にいた。

「土方さんこそ、なんでここにいるんだ?」

 原田さんが土方さんに近づきながらそう言った。

「せっかくここまで来たのだから、猪苗代湖に案内してやると言われてきたんだ」

 きっと、隣にいる会津藩の人が案内してここまで来たのだろう。

「お前たちはなんでここにいるんだ?」

「斎藤さんが、猪苗代湖に案内してくれたのですよ」

 私がそう言うと、土方さんはチラッと斎藤さんを見た。

「そうか、斎藤がか。左之も一緒に案内するとは珍しいなぁ」

「原田は、ついてきただけだ」

「そんなこと言うなよ。俺は蒼良の護衛でついてきたんだからな」

 原田さんはなぜか胸をはって、そう言った。

「それにしても、ここもいい場所だな」

 土方さんは猪苗代湖の方に視線をやってそう言った。

「そうですよね。こんな景色のいい場所に来たら、土方さんも久しぶりに俳句を……」

 と言ったら、

「なんだとっ!」

 と、土方さんが言ってきたので、俳句を作りたくなったんじゃないですか?と、最後まで言えなかった。

 やっぱり、俳句という言葉は禁句なのか?

 そして、さらに追い打ちをかけるように、隣にいた会津藩の人が、

「え、土方さんは俳句を詠まれるのですか?」

 と言ってきた。

 途中で土方さんがさえぎったのに、よく聞いていたなぁ。

 土方さんは私をギロッとにらみながら、

「たいしたものではないのですよ」

 と、言った。

「確かに、たいしたものではないよなぁ」

 原田さんがボソッとそう言ったので、思わず原田さんを見てしまった。

 なんという命知らずな発言をっ!

「左之、俺の俳句を見たこともねぇのによくそんなことが言えるよなぁ」

 確かに、土方さんの言う通りだ。

「見たことある」

 えっ、そうなのか?

「原田さん、どこで見たのですか?」

「おい、お前もその話に食いつくなっ!」

 いや、私なんか、こんなにそばにいてあまりお目にかかったことがないのに、あっさりと見たと言われると、気になるじゃないかっ!

「京にいた時、文机の上に置いてあったじゃないか。土方さんが作った句集が」

 そ、そうだったのか?全然知らなかった。

「ほお、句集まで出されたのですか。なんという名前の句集ですか?」

 会津藩の人が聞いてきた。

 お前ら言うなよっ!という怖い目つきでにらまれていたので、私も原田さんも黙っていた。

 すると、

「豊玉発句集」

 と、ボソッと斎藤さんが言った。

 思わず原田さんと一緒に斎藤さんを見てしまった。

「斎藤、てめぇ……」

 な、なんで斎藤さんまで知っているんだろう?

 知りたいけど、ここで質問すると土方さんに怒られそうだしなぁ。

 チラッと土方さんを見ると、

「いい名前の句集ですな。今度見せてください」

 という会津藩の人を必死でごまかしていた。

 これは、帰ってから機嫌が悪くなりそうだ。


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