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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年7月
442/506

最後の白河口

 七月十三日、磐城いわきの方で動きがあった。

 増強した政府軍が、磐城平城を包囲するという作戦を実行に移す。

 雷雨の中の戦だったので、列藩同盟軍の攻撃力は少なくなっていった。

 というのも、政府軍が一番進んでいる銃を使っているのに対し、列藩同盟軍の武器の主力は火縄銃だった。

 過去二回の勝った戦の時には、政府軍とあまり変わらない武器を装備していた米沢藩がいた。

 それが過去の勝った理由の一つになっていたのだけど、今回の戦ではその米沢藩は、磐城平城から少し離れた四倉という場所で、他の藩の増援の兵と一緒にいた。

 実は、十日に米沢藩の援軍が磐城平城近辺に来たのだけれど、なぜか城に入らず、次の日には四倉に撤退させていた。

 磐城平藩は、城に来てほしいと言ったのだけれど、銃声が聞こえたらかけつけると言われてしまったらしい。

 実は米沢藩はここだけではなく、同じく列藩同盟に加入している長岡藩への援軍も控えていた。

 ここで戦力を使いたくないという思いもあったのかもしれない。

 そんな中、あっさりと政府軍に囲まれてしまった磐城平城。

 列藩同盟軍がたくさんいる四倉からの援軍を待つのみと言う状況になってしまった。

 四倉から援軍を出すけれど、政府軍と鉢合わせになるとそそくさと四倉に逃げ戻ってしまった援軍。

 援軍の到着も期待できず、戦況もかなり悪化してしまった磐城平藩。

 城を占拠されるのも時間の問題となっていた。

 磐城平城にいた人たちの脱出が始まった。

 城を包囲していた政府軍だけど、一方だけ、わざとあけていた。

 そのあけていたところから北へ向けて逃走する。

 ほとんどが敗走したのだけれど、それでも戦意を失わずに磐城平城で戦い続けた兵もいた。

 しかし政府軍の猛攻撃の中、深夜に城に火を放って敗走をした。

 火は、あっという間に城を焼き尽くしてしまった。

 その後で、政府軍が入った。

 磐城平城も政府軍の手に入ってしまった。

 政府軍の北上はまだ続いて行く。

 

 そのころ、私たちは福良を去って、羽太口という白河近くに出陣することになった。

「福良の人たちに世話になったから、酒を贈ろうと思っているんだが」

 土方さんがそう言ったので、

「いいと思いますっ!」

 と、元気に返事をしたら、

「お前にやるんじゃねぇ、福良の人たちにやるんだ」

 と言われてしまった。

 別に、ほしいとかって言ってないけど。

 でも、最近お酒を飲んでいなかったなぁ。

 最後に飲んだのはいつだ?

「そんな物欲しそうな顔をするな」

 そ、そんな顔をしていたか?

 そして土方さんはお酒を贈り、私たちも出陣した。


 土方さんの足はまだ痛むようなので、私たちが前線に出ることはなかった。

 土方さんが指示を出し、その指示通りに動くという状態だった。

 その中で、白河口の最後の戦いが行われた。

 土方さんの所に入ってくる情報は、みんなあまりよくないものだった。

 良くないことばかりが入ってくるので、そのうちに土方さんが

「俺も戦に出るっ!」

 と行って立ち上がるのではないかと、恐る恐る見ていた。

「なんだ?」

 そんな私と土方さんの目が合ってしまった。

「大丈夫ですか?」

「なにがだ?」

 ああ、やっぱりちょっとイライラしている?

「俺が行くっ! って言い出すんじゃないかと思いまして……」

「ばかやろう。そんなことをしたら、斎藤の足を引っ張ることになるだろうがっ!」

 あ、それはちゃんとわかっていたのね。

 でも、行きたくても行けないという状況で、ストレスもたまるのだろう。

 思いっきりにらまれてしまった。

 うっ、怖い……。

「俺がはらたてても仕方ねぇな。おい、お前はこの戦をどう思っている?」

 土方さんは、怒りを逃がすかのように深呼吸をしてからそう言った。

「わ、私ですか?」

「敗けるんだろ? しかも、今回の戦で白河の戦いは終わりになるだろう」

 な、なんでそこまで知っているんだ?

 も、もしかして……。

「お師匠様に全部聞いたのですか?」

 いや、お師匠様のことだ。

 聞いていないけど、自分が教えたいからという理由で全部を話したかもしれない。

「なんで天野先生に聞くんだ?」

 あ、違ったか。

「それなら、なんで敗けるって知っているのですか?」

 おまけに最後の白河の戦いになるってことまで知っているし。

「良くねぇ知らせばかりくるから、敗けるってわかるだろう。それに今までに何回も白河を奪回するために攻撃していたのだろう? そこで一度ぐらい勝っていたならわからねぇが、一度も勝ってねぇんだぞ」

 た、確かにそうだ。

「それに、お前も聞いただろう? 磐城平城の落城を。それに棚倉城も落ちている。いつまでもここで勝てるかわからねぇ戦をするより、自分の場所を守らねぇとあぶねぇだろう」

 磐城平城も、棚倉城も、白河も、会津から近い。

 会津の周りの城が全部敵の手に渡り、会津に敵が来るのも時間の問題になっている。

 歴史では、まだいくつか戦いがあってから会津へという感じになっていくのだけど、そうなるまでもう一カ月を切っている。

 そろそろ会津近辺に兵を集めて守らないと。

 いつまでもここで戦をしているわけにはいかないんだ。

「次のことも考えねぇとな」

 難しい顔をして土方さんがそう言ったのだった。

 

 白河口の戦いは、歴史通り敗けてしまい、会津藩は白河奪還をあきらめることになった。

 そして、新選組をひきいていた斎藤さんが帰ってきた。

「ご苦労だった。長い戦だったな。ゆっくり休め」

 土方さんは優しい笑顔でみんなにそう言った。

 確かに長い戦だった。

 閏四月に白河城を占拠してから今までで、約百日ぐらい戦っていたのではないか?

 白河城を奪われてから何回も奪回するために攻撃をした。

 その度に敗けていた。

 負け戦ほど疲れるものはない。

 疲れた顔をして帰ってきた隊士たちは、各々の場所で休んでいた。

 そうだ、斎藤さんから預かっていた物を返さないと。

 後でにしようかなぁと思ったけど、返すのを忘れてしまうと困るから、今のうちに返そう。

 私は斎藤さんを探し始めた。

 斎藤さんは、隊士が休んでいるところにいなかった。

 どこにいるんだろう?

 これだけ探してもいないのなら、外に出ているのかな?

 そう思って外に出ると、みんなと離れて一人でポツンと立っていた。

 その姿が寂しげに見えた。

「斎藤さん」

 声をかけると、疲れた表情をしながらも、私の方を見た。

「なんだ?」

「お疲れの所、申し訳ないのですが……」

 私は、ふところに入れてあった斎藤さんから預かった巾着を出した。

「お預かりしていた物をお返しします」

 そう言って差し出したら、

「もう少し、預かっていてくれないか?」

 と言われてしまった。

「戦はこれから先も続く。だから、もう少し預かっていてほしい。そして、俺に何かあったら、この巾着の中を開けてみてくれ」

 何かあったらッて、まるで死んでしまうような言い方じゃないかっ!

「斎藤さんは、大丈夫です」

 斎藤さんはこんなことでは死なない。

 明治の世も生きる人だ。

「なにを根拠にそう言っているんだかわからんが、お前にそう言われると、本当にそう思えてくるから不思議だ」

 そう言って斎藤さんは笑った。

 それから、

「戦に敗けてしまって、すまない」

 ポツリとそう言った。

「土方さんにも責められると思っていた。しかし何も言われなかった。だからか、余計に申し訳ないと思ってしまう」

 土方さんがここで斎藤さんを責めたら、斎藤さんも自分で自分を責めることがなかったのだろうか?

 でも、この戦は斎藤さんのせいで敗けたのではない。

 だから、土方さんも斎藤さんを責めなかったと思う。

「斎藤さんのせいで敗けたのではないのですよ。だから、自分を責めないでください」

「俺たちの力不足で敗けたのだ。会津を守るつもりで戦っていたのに」

 確かに力不足だろう。

 武器だって、敵の方が最新鋭の銃を使っている。

 でも、それは斎藤さんの責任ではない。

「不利な状況で、よくここまで戦ってきてすごいなぁと思います」

 斎藤さんだって、戦を見ていたのだから敗けることがわかっていたと思う。

 でも、逃げずに何回も戦ってきた。

 それは本当にすごいことだと思う。

 私がそう言うのを聞くと、フッと寂しそうに斎藤さんが笑った。

「お前は面白いことを言うよな」

 そ、そうなのか?

「逃げるわけないだろう。武士なのだからな」

 武士は逃げないものなのか?

「武士は、自分がどんなに不利な状況になっても、守るものを放り出して逃げはしない。俺は、会津を守るために戦っている。会津を放り出して逃げたら、そこで俺は武士ではなくなる」

「武士とは、そう言うものなのですね」

「お前にはわからないだろうが、そう言うものだ」

「でも、今回の戦は辛い戦でしたよね」

 長かったし、ほとんどが負け戦だった。

 目の前でたくさんの人が亡くなったと思う。

 それでも、辛い戦から帰ってきた斎藤さんは、自分を責めていた。

「もう終わった戦なので、次の戦に向けてゆっくり休んでください。それに、斎藤さんはここまで頑張ってきた人です。そんな人を誰も責めませんよ。戦から、無事に帰ってきただけで嬉しいです」

 私がそう言うと、斎藤さんは突然私を抱きしめてきた。

 そして、何回も

「ありがとう」

 と言っていた。

 当たり前のことを言っただけなんだけどなぁ。

 きつく抱きしめられたから苦しかったけど、これで斎藤さんの苦しみが少しでも減るのなら、これぐらいなんてことない。

 だから、斎藤さんの心の傷も早く言えてほしい。

 そう思っていた。


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