新選組、町守屋へ
福良へ着いた土方さんは、着いてすぐに斎藤さんを呼んで、町守屋というところへ行くようにと、出陣命令を出した。
町守屋とは、現代で言うと福島県須賀川市で、福良より白河に近くなる。
白河に近いところで陣を作って待機したほうがいいと言う事なのかな?
「土方さんは行くのですか?」
斎藤さんが土方さんに聞いた。
足が痛いと言っているんだから、行かないよね?
チラッと私は土方さんを見た。
「俺は、後から行く」
土方さんはそう言ったので、少しほっとした。
後からと言う事は、足の痛みが治ったらすぐに行くと言う事だ。
大丈夫なんだろうか?
「わかりました」
そう言うと、斎藤さんは部屋を出た。
「やっぱり、足が痛むのですか?」
心配になって土方さんに聞いた。
もし痛いのなら、良順先生を呼んだ方がいいのか?
会津から福良まで来てくれるだろうか?
「大丈夫だ。痛いだけだから問題ない」
一番問題あることをさらりと言ったけど……。
「痛いだけって問題あると思うのですが……」
痛み止めがあればいいのかもしれないけど、この時代の痛み止めは、阿芙蓉と言う現代で言うところの麻薬のような物しかない。
土方さんを中毒者にするわけにはいかない。
「良順先生が治ったと言ったんだから、問題ねぇ。ちょっと痛みがあるだけだ。時間がたてば治るだろう」
そうなのか?
「会津から良順先生を……」
私がそう言ったら、それを打ち消すように
「問題ねぇっ!」
と言った。
そこまで言うのなら、少し様子を見よう。
「わかりました。その代わり、今より痛くなったりしたらすぐに言ってくださいね」
「わかった。悪いが、のどが渇いた」
「あ、お茶か何か、飲み物もらってきます」
「悪いな」
土方さんに頼まれたので、お茶をもらいに部屋の外へ出た。
台所に行けばお茶があるかな?
お茶をもらいに台所に行くと、途中で斎藤さんに会った。
「話がある」
斎藤さんがそう言った。
私に話か?
なんだろう?
「土方さんにお茶を持って行ってからで……」
いいですか?と聞こうとしたら、そのまま斎藤さんに手を引っ張られてしまった。
お、お茶、どうしよう?
斎藤さんに連れてこられた場所は、遠くに猪苗代湖が見える景色のいい場所だった。
「猪苗代湖が見えますね」
「湖の名前を知っていたか。よく知っていたな」
ニヤリと斎藤さんが笑って言った。
「猪苗代湖ぐらいわかりますよ。福島にある湖ですから」
「ふくしま?」
あ、まだこの時代は、福島と言う地名が存在していなかった。
「あ、会津の近くにある湖です。私だって、会津に数カ月いるのですから、わかりますよ」
そう言ってごまかした。
「他の地名はわからないのに、この湖の名前を知っているとは、やっぱりお前は面白いな」
お、面白いのか?
よくわからないけど……。
そう言えば……。
「私に話があるのではないのですか?」
そう言ってここに連れてこられたのだけど。
斎藤さんは、私の言葉が聞こえないような感じで、黙って遠くに見える猪苗代湖を見ていた。
なんだろう?
「お前が、ここに来てくれて嬉しかった」
突然、斎藤さんが話し始めた。
目は、猪苗代湖の方を見ている。
「あ、ありがとうございます」
邪魔だと言われるより嬉しい。
「会いたかった。お前に会いたかった。白河の戦の時もお前のことを考えていた」
「白河の戦は、厳しかったと聞きました」
聞きましたというか、歴史でそうなっていたと言った方がいいのか?
最初は白河城をとることに成功したけど、その後、政府軍に攻撃され奪われてしまう。
その後も何回か白河城を奪回するために攻撃するも、その度に敗けてしまい、白河城を奪回することはできていない。
しかも、近くの棚倉城まで政府軍に奪われてしまったので、平潟に船で上陸した政府軍の援軍が、棚倉城に入ってそこから白河に攻撃するという形が出来上がり、私たちが不利になる状況にいつでもなれる状態だった。
「斎藤さんが怪我をしていないか心配していました」
それは本当のことだ。
歴史では大丈夫だったけど、もしかしたらと言う事もあるので、心配だった。
幸い、怪我をしたという報告もなく、斎藤さんは無傷でここにいた。
「そうか」
斎藤さんは、何事もないようにそう言った。
しばらく二人で無言で猪苗代湖をながめていた。
「一緒に行かないか?」
無言の時がしばらく流れてから、突然、斎藤さんがそう言った。
あまりに突然だったので、
「えっ?」
と、聞き返してしまった。
「俺と、町守屋に行かないか?」
えっ?
「町守屋だけじゃない。これから先、俺のそばに、俺と一緒にいてほしい」
それはどういうことだ?
「土方さんの足が治ったら、後を追うと言っていたので、その時に一緒に行きます。だから、先に行っていてください。すぐに行きますから」
「土方さんとじゃなく、俺と一緒に行かないか?」
土方さんを置いて、斎藤さんと一緒に先に行かないか?と言う事か?
「それは無理です。土方さんを置いていけません」
土方さんと一緒にいるためにここまで追いかけてきたのだ。
追いかけてというか、追い抜かしちゃったのだけど。
「それが、お前の返事か?」
「はい」
これが私の返事だ。
土方さんを置いていけない。
「またふられたか」
ぼそっと斎藤さんが言った。
えっ、どういうことだ?
「会津で、白河に一緒に来ないか? と言った時、直前でふられた」
ああっ!そんなこともあった。
色々あって、斎藤さんが白河に行く直前に断ったのだ。
「あの時は、すみませんでした」
迷惑をかけてしまった。
「いや、別にいい。今回もだめだったか」
「すみません」
「謝るな。お前は悪くない。帰るぞ」
斎藤さんはそう言うと、歩き始めた。
私も、後を追いかけるように歩いた。
斎藤さんに悪いことしちゃったけど、土方さんのそばにいたいというこの思いは変わらないから、今回も断るしかない。
だから、後悔はしていないけど、悪いことしちゃったなと言う思いは大きかった。
部屋に入ると、
「ずいぶんと時間かかったな。茶がどこにあるかわからなかったか?」
と、土方さんがそう言ってきた。
何がわからなかったんだ?
「あれ? 茶はどうした? お前、もらいに行ったんじゃなかったのか?」
ああっ!お茶、そう、土方さんにお茶を飲ませるために台所までとりに行ったのだ。
すっかり忘れていた。
「もらってきますっ!」
私は部屋を飛び出した。
台所に行ったら、すぐにお茶をもらえたので、すぐに土方さんの所へ行った。
「お前、今まで何をしていたんだ?」
何をと言われると……。
「斎藤さんと話をしていました」
「斎藤と? 何を話していた? 俺の茶を忘れるぐらいだから、さぞかし重要な話だったんだろうよ」
す、すみませんっ!
「たいした話ではないのです。一緒に行かないかと誘われただけで……」
「誘われた? どこにだ?」
「町守屋です」
正確に言うと、斎藤さんの行くところに一緒に来ないか?と誘われたのだけど……。
「なんでお前が斎藤に誘われるんだ?」
それは、私も聞きたいです。
なんでだろう?
「ま、だいたい想像はつくがな」
「土方さん、斎藤さんがなんで私を誘ったかわかるのですか?」
「お前は、わからんのか?」
全然わかりませんっ!
「やっぱりお前は鈍感だな」
それを言われると何も言えないじゃないかっ!
「今回は、鈍感でよかったと言う事だな」
そ、そうなのか?
「で、お前はなんて返事したんだ?」
やっぱり、土方さんに報告しないとだめなのね。
「お断りしました。土方さんを置いて行くわけにはいかないので」
俺を基準にそんな重要なことを決めるなっ!って怒られるかなと思った。
しかし、土方さんは
「そうか」
と言って嬉しそうに笑っていた。
嬉しいのか?
「断ってよかったのでしょうか?」
新選組のためを思うなら、ここは行くべきなんだろうけど……。
「お前が行きたくねぇと思って断ったんだろ? それなら文句ねぇよ」
上機嫌でそう言った土方さん。
「お前は、俺がいなければ斎藤と行っていたか?」
今度は逆にそう聞かれてしまった。
どうなんだろう?
土方さんがここにいなければ私もいないと思う。
だから……。
「行かないです」
土方さんのいる場所が私の居場所だから。
「それなら、それでいいだろう」
土方さんがそう言うのなら、それでいいのだろう。
そう思ったらホッとしたのだった。
次の日、新選組のみんなは福良から町守屋という場所に移動した。
私たちは見送りに外に出た。
「お前に頼みがある」
外に出ると、斎藤さんがそう言ってきた。
なんだろう?
斎藤さんはふところから小さい巾着袋を出してきた。
そして、それを私に渡してきた。
なんだろう?
「これは俺の大事なものだ。お前に預かってもらいたい」
そんな大事なものを私が持っていていいのか?
そう思い、斎藤さんを見ると、目が合った。
「大事だから、お前に持っていてもらいたい。俺は、必ずお前の所に帰ってきて、これを受け取る。それまで持っていてほしい」
そこまで言うのなら……。
「わかりました。斎藤さんの大事なもの、私がしっかりと預かりますので、無事に戻ってきてください」
私がそう言うと、斎藤さんはうなずいてから背中を向けた。
私たちは見えなくなるまで見送った。
「斎藤から何をもらった?」
部屋に入ると土方さんに言われた。
「中を見ていないので……」
「見てみろ」
えっ、いいのか?
巾着は固くしぼってあり、紐も固く縛っているので、開けてはいけないと巾着袋が言っているような感じがする。
「人の物なので、見れませんよ」
「それもそうだな。なくすなよ」
「なくしませんよ」
斎藤さんから預かった大事なものなのだから。
「お前、なくしそうだな」
そ、そう見えるのか?