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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年6月
437/506

会津唐人凧

 私の夏風邪も完治したのだけど、宿には帰らず、まだ良順先生の診療所にいた。

「しばらくここで休んだほうがいい。宿に戻ったら激務が待っているのだろう?」

 激務って言われるほどのものでもないのだけど……。

「私ならもう大丈夫です」

 沖田さんの病気や、土方さんの怪我も心配だし。

 二人ともほとんど治っているのだけど。

「いや、もうちょっと休んでいきなさい。ここで完全に治したほうがいい」

 治っていると思うのだけどなぁ。

 良順先生がそこまで言うのなら、もう少し休んでいこうかな。

 

「夏風邪はばかがひくというからな」

 お師匠様がそれを言うのか?

「ところで、お師匠様はなんでここにいるのですか?」

 この日はお師匠様が来た。

「松本に頼まれたのだから仕方ないじゃろう」

 えっ、良順先生に?

「なにを頼まれたのですか?」

 良順先生は、あまり、いや、ほとんど役に立たないお師匠様に何を頼んだんだ?

「蒼良、お前の代わりじゃ」

 えっ、私の代わり?

「松本の助手じゃ」

 そう言えば、私が夏風邪で寝込む前に、良順先生は奥州越列藩同盟に加入している藩の医師を集めて、銃創の治し方の講習をしていて、私は、その助手を頼まれていた。

 途中で倒れてしまったので、お師匠様に頼んだのだろう。

 良順先生も命知らずなことをするなぁ。

「だ、大丈夫なのですか?」

「なにがじゃ?」

「集められたお医者さんたちと良順先生ですよ」

「わしが心配だと言ってくれないのか?」

 あ……。

「も、もちろん心配ですよ。一番心配です」

「そうじゃろう。蒼良に心配かけてすまないな」

 本当は、あまり心配していないのだけど。

「松本の助手は、わしにピッタリだったらしい」

 そ、そうなのか?

「意外と楽しいぞ。松本にもほめられたしな」

 ほ、本当なのか?

「蒼良、お前の仕事をとって悪いが、しばらく松本の助手をするから、邪魔をしないでくれ」

 私がお師匠様の邪魔をしたことがあるか?逆はあるけど。

「ま、蒼良もゆっくり休むといい。ここを出たらまた戦が始まる。そうなると休んでいる暇はないぞ」

 そうだよね。

 これから先、戦が待っている。

「じゃあ、わしは松本の所に行くからな」

 そう言うとお師匠様は部屋を出て行った。


 お師匠様が部屋を出てから、暇になった。

 熱があるときは、そんなことを思わなかったのに、元気になってくると、比例するように暇な時間が増えていく。

 そう、休むのはいいのだけど、暇なのだ。

 何もすることがないんだもん。

 休んでいるから当たり前なんだけど、元気になった私には暇すぎる。

 何をしよう。

 とりあえず、竹筒にさしてある花にお水をあげようか。

 毎日違う花がさしてある。

 誰が毎日変えてくれるか、心当たりはある。

 でも、本当にその人が花を変えてくれているのか、そう思う自信がない。

 それは元気になった時に、直接本人に聞いてみよう。

 そう思いながらお花の水をかえた。

 そして、何もすることが無くなった。

 日新館の中を散歩しようかな。

 診療所がある日新館の中を歩く分には、大丈夫だろう。

 よし、散歩でもしよう。

 

 診療所で忙しそうに働いている良順先生とお師匠様をチラッと見た。

 二人とも忙しくて私が外に出たことも気がついていないようだ。

 しめしめ。

 そんなことを思っちゃいけない。

 と、自分で突っ込みつつ、ばれないように外に出た。

 こんなに簡単に外に出れるのなら、もうちょっと早くに出ればよかったか?

 そんなことを思っちゃいけない。

 そんなことを思いながら、空を見上げると、夏の青空と凧が見えた。

 えっ、凧?

 お正月にあげるものじゃなかったのか?しかも、なんか怖い顔をした人間の絵がかいてある凧だし……。

 舌を出している人間の絵にも見えるし。

 なんで普通と違う凧が上がっているんだろう?

 ちょっと見に行ってみようかな。

 どうせ暇だし。

 私は凧が上がっている方向へ歩き出した。


 日新館から出るつもりはなかったのだけど、気がついたら外に出ていた。

 凧を追っていたら出ていたのだ。

 そして、凧を上げている場所に着いた。

「あれ? 蒼良。外に出て大丈夫なのか?」

 そこには原田さんがいた。

 原田さんの他にも、子供たちがたくさんいて、凧をあげていた。

「もう元気なのですよ。ところで、原田さんはここで何をしているのですか?」

 なんで凧をあげている場所にいるんだろう?

「日新館の子供たちに槍を教えていたら、凧を見せてやるという話になったんだ」

 そうだったんだ。

 でも、なんでそんな話になったんだ?

「会津の凧は、よその凧と違うというから、それなら見せてくれと頼んだら、みんなが家から凧を持ち出して来て、こうなったというわけだ」

 原田さんは、まぶしそうな顔をして凧を見上げていた。

 そうだったんだ。

「確かに、よその凧と違いますね」

 この凧、会津唐人凧と言って、オランダの商人によって長崎に来たらしいのだけど、なんで北にある会津にこの凧が伝わったのかはわからないらしい。

 会津唐人凧の絵は二十種類以上あるらしいのだけど、代表的なのが、ここでもあがっている「ベロくん出し」と言うもので、目をむき出して大きな舌を出している唐人武者と呼ばれる人のかぶとに、鬼が噛みついている絵が描かれたものだ。

 大きさもあがっているときはわからなかったけど、おろした時に子供たちが持っているのを見たら、意外と大きかった。

 子供たちの身長とそんなに変わらないんじゃないか?

「あれより大きい物もあるらしいぞ」

 大きさに驚いている私に追い打ちをかけるように原田さんが言った。

 そ、そうなんだ。

 ちなみにこの凧は、尾の先に刃物を仕込んで、凧同士で戦って、相手の凧の糸を切ったら勝ちと言う遊び方をしていたらしい。

「それにしても、すごい凧だよな。こんな凧は見たことがない」

 原田さんは、夏空にあがる凧を見てそう言った。

「そうですね。見れてよかったです」

 これから先に起こる、会津での戦で籠城をしている時、子供たちが味方の士気をあげるためと、敵にまだ余裕があると見せつけるためにこの凧をあげる。

 その時、どんな気持ちであげるんだろう。

「蒼良、大丈夫か?」

 原田さんが私の顔をのぞき込んできた。

「えっ?」

 急にどうしたんだ?

「表情が変わったから、具合悪くなったかと……」

 ああ、そうだったんだ。

「大丈夫です。すみません」

「それならいいが。具合悪くなったら、すぐに言ってくれ」

 原田さんはそう言うと、再び凧を見上げていた。

 子供たちは、楽しそうに凧をあげていた。


 日新館に原田さんと帰ったら、良順先生とお師匠様と鉢合わせになった。

 お互い顔を見合わせて、

「あっ!」

 と、言い合った。

「なんで、外に出ているのですか?」

 私が言ったら、

「それはこちらが言いたい言葉だが」

 と、良順先生に言われてしまった。

 確かに。

 でも、あんなに忙しそうにしていたのに、なんで今は外に出ているんだ?

 もしかして、休憩時間だったとか?

「凧があがっていたから、夏に凧かと思って見ていたんじゃ」

 お師匠様がそう言った。

「ここまで見えていたのか」

 原田さんが驚いてそう言った。

 そう言えば、私もここから凧が見えたから、日新館から出ちゃったんだよね。

「で、蒼良君はなんで外にいたんだ?」

 良順先生が軽くにらんでそう言った。

「わ、私も、休んでいたら凧が見えたので、どうしてこの季節に凧が? と思ったら、もう気になって仕方なくて、外に出てしまいました。すみません」

 ちょっと大げさに言ってみた。

「確かに、凧があがっていたら気になるよな」

 良順先生もそう言って納得してくれた。

「しかし、病人が勝手に外に出るのは、いけないことだ」

 お、おっしゃる通りです。

「すみません……」

 私は素直に謝った。

 すると、良順先生はあははと笑い出した。

 ど、どうかしたのか?

「そんな、謝ることではない。外に出てこうやって何事もなく帰ってきたと言う事は、回復したという証拠だろう。宿に帰ってもいいだろう」

 そ、そうなのか?

 思いかけず退院の許可が出て驚いてしまった。

「いいのですか?」

 聞き返してしまった。

「元気な者をここへ置いておけないだろう」

 良順先生は笑顔でそう言った。

「蒼良、やったな。今日はお祝いだ」

 原田さんも嬉しそうにそう言ってくれた。

「あ、ありがとうございました」

 私は良順先生にお礼を言った。

「わしは、しばらくここにいるからな」

 特に聞いていないのだけど、お師匠様がそう言った。

 お師匠様の居場所を気にしていなかったので、別にいいですよと言おうとしたけど、そう言うと、色々めんどくさいことになりそうだったから、

「わかりました」

 と言っておいた。


 宿に帰ったら、私が入院する前よりも元気になっていた沖田さんと、ほとんど普通に歩けるようになっていた土方さんがいた。

 二人に出迎えられ、私は宿に入った。

 部屋に入り、土方さんと二人になった。

「土方さん、私が良順先生のところにいた時、毎日お花が変えられていたのですが、土方さんですか?」

 土方さんは、恥ずかしそうにうなずいた。

「それをあまり人に言うなよ」

「どうしてでですか?」

「なんか、恥ずかしいだろう。男が毎日花をもって歩いていたんだぞ」

 そんな恥ずかしいことなのかなぁ。

「ありがとうございます」

「いや、礼を言われるほどのものではない。お前も俺にやってくれただろう?」

 お返しと言う事か。

「嬉しかったです」

 毎日変えられていた花を見て、今日も来てくれたんだと、嬉しく思った。

 私が寝ている間に取り換えられていたから、会えなかったのが少し寂しかったけど。

「お前の事だから、わからねぇだろうと思っていたが、ちゃんとわかっていたか」

 そ、それはどういう意味だ?

「それぐらいわかりますよ」

 私がそう言うと、

「そうだよな。いくら鈍感でもそれぐらいはわかるよな」

 と、嬉しそうに土方さんが言った。

 鈍感って……その言葉にどういう意味だっ!と言おうと思ったけど、土方さんの嬉しそうな顔を見て、言えなくなってしまった。

 ま、いいか。

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