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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年6月
435/506

沖田さんとさざえ堂

 この時期、関東をほぼ制圧した政府軍は、本格的に兵を東北へ送ることを考えたらしい。

平潟ひらかたに敵が上陸したらしい」

 報告を聞いた土方さんがそう言った。

 平潟とは、現代で言うと茨城県の北の方、太平洋側にある町だ。

 政府軍は、そこに船で上陸をしたらしい。

「よく上陸が出来ましたね」

 逆に言うと、ずいぶんと簡単に上陸させたよねと言いたかった。

 何をしてたんだ、味方はっ!

勿来関なこそのせきあたりで上陸するのを見ていた人間はいたらしいが、あまりにたくさんの兵が上陸したから、手出しできなかったのだろう」

 土方さんはそう説明してくれた。

 見ていた人は、五十名ぐらい。

 上陸してきた政府軍は約千人。

 これで阻止しろっていう方が無理だ。

 しかし、こちらも黙っていなかった。

 現代の福島県の浜通りと呼ばれている場所は、仙台藩の力が強かった。

 と言うのも、上陸した政府軍は、近くにある四藩に交渉を申し出ていたらしいのだけど、どの藩からも返事は来なかった。

 さらに、人見勝太郎と言う、幕府の遊撃隊という隊に入っていた人と、その他の幕府の人たちが、諸藩を見張っていて、裏切ったらすぐに攻撃できるようにかまえていた。

 

 政府軍は、次の船で上陸してくる兵たちを待っていた。

 上陸した兵を半分に分け、片方を平潟の北にある関田と言うところへ進軍し、もう片方は、平潟の西にある勿来関から攻撃してくるかもしれない仙台藩兵に対処させることになった。

 そこに、政府軍を海へ追い落とそうと計画した各藩の小隊と人見勝太郎率いる遊撃隊が出陣した。

 二つの軍は、関田と言うところで衝突をした。

 結果は、政府軍が勝ち、各藩の小隊と遊撃隊は敗退する。

 一方、西へ向かった政府軍は、勿来関から出陣してきた仙台藩の小隊と、工面村と言う場所で遭遇した。

 ここの戦は、両者の兵力がほぼ同じく、どちらもゆずらない戦いをしていたのだけど、銃声を聞いた他の政府軍がここに殺到した。

 それが、仙台藩の小隊の右横を突く形になり、敗走してしまった。

 この戦いの数日後、政府軍の援軍が前回と同じく船で到着したのだった。


蒼良そら、難しい顔をしているけどどうかしたの?」

 沖田さんがそう聞いてきた。

 沖田さんは、政府軍が上陸したのを知らないのか?

「知らないのですか?」

「なにが?」

 ほ、本当に知らないのか?

「敵が、すぐ近くまで来そうなのですよ」

「ああ、平潟に上陸したらしいね」

 知っていたのか?

 でも、何事もない顔で言った。

「敵が近くにいるのですよ」

「うん、わかっているよ。斬ればいい話でしょう? 僕だって戦に出れそうだし」

 えっ?

「沖田さん、もしかして、戦に出るつもりなのですか?」

 私が聞いたら、沖田さんはにっこりと笑って

「うん、出るよ」

 と言った。

 ええっ!

「あのですね、治療を始めて、とりあえず労咳の症状は落ち着いてますが、まだ治ってないですからね」

 治療は最低でも六カ月かかる。

 沖田さんは治療を始めてから一カ月たっていないと思うのだけど。

「でも、戦に出れそうだけどね。だから出るよ」

「だ、だめですよっ! ちゃんと治してからですよ」

 それに、鳥羽伏見の戦を経験していない沖田さんは、今の戦は刀が主役じゃないって、知っているのだろうか?

 沖田さんは、銃を持ったことないんじゃないか?

「何か言いたそうだけど、何?」

 沖田さんと目があって、そう言われた。

「沖田さん、銃を持ったことありますか?」

 思わずそう聞いてしまった。

「今の戦は銃が主役って言いたいんでしょ。でも、刀だって必要だと思うけどね」

 そ、そうかなぁ。

 必要かもしれないけど、数がたくさんあって嬉しいのは、銃より刀かな。

 あまりこういう話をしていると、沖田さんが戦に行きたがるからやめたほうがいいかな。

 別な話題を話そうと思っていたら、

「蒼良、僕のお願いを聞いてくれるって約束したよね」

 あっ、した。

 確かにした。

 注射が嫌いな沖田さんが、頑張って注射したら、そのつどお願いを一つ聞くと言う約束をした。

 まさか、戦に行きたいなんて言わないよね?

「蒼良と行きたいところがあるんだけど」

 これは、やっぱり戦か?

 平潟あたりに行きたいとか言うのか?

「ど、どこですか?」

 恐る恐る聞いたけど、

「内緒」

 と、笑ってごまかされてしまった。

 そ、そうなのか?

「そんな顔しないでよ。戦とは言わないから。蒼良と戦に行ってもつまらないでしょ」

 沖田さんのその言葉にホッとしたのだった。


 着いたところは、飯盛山の近くに建っている正宗寺と言うお寺だった。

「ここに面白い建物があるんだ」

 沖田さんは楽しそうにそう言うと、再び私の手を引き、お寺の奥へ入って行った。

 そして目の前に見えた建物は、壁を見たら傾いて見えるけど、屋根を見たら傾いていないとわかる、不思議な建物だった。

 六角形の建物で、三階建てなのかな?

 壁を大きな手でねじったような、そんな感じがする建物だ。

「ね、面白いでしょ?」

 私の反応が自分の思い通りだったから嬉しかったのだろう。

 沖田さんは笑顔でそう聞いてきた。

 すごい建物を見て驚いて声が出ない私は、コクコクとうなずいた。

「さざえ堂っていうんだよ」

 得意気に沖田さんは言った。

 このさざえ堂、正式名称は、円通三匝堂えんつうさんそうどうと言い、正宗寺の住職、僧郁堂いくどうと言う人が考案した建物だと言われている。

 ちなみに、この正宗寺は、現代はない。

 と言うのも、明治になった時、神仏分離令と言われるものが出される。

 これは、簡単に言うと、神様と仏様は別々に祀りましょう。

 と言うもので、現代ではほとんどが神社と寺は別々に建てられているけど、この時代、お寺には、このお寺を守るために神社が建てられ、神社には神様を守るためにお寺が建てられていたりしていた。

 しかし、神仏分離令が出されると、一緒に祀っていたところは別にしなければならないと言う問題が出てきた。

 この神仏分離令は、のちに仏教排斥と呼ばれるものになっていく。

 簡単に言うと、政府は神様と仏様は別に祀りましょうと言ったのに対し、民衆が

「お寺を排し仏像は破壊しなさい」

 と解釈してしまったため、仏像の破壊が各地で行われるのだった。

 ちなみに、正宗寺は神道をとったので、仏道関係の物はみんな取り除かれた。

 そして、正宗寺も無くなった。

 しかし、このさざえ堂は現代も残っていて、国の重要文化財に指定されている。

 で、沖田さんとのさざえ堂に戻る。

「中には西国三十三観音像があるらしいよ。だから、このお堂の中に入ってのぼるだけで、三十三観音が拝めるんだって」

 そうなんだ。

 ちなみにこの三十三観音は、神仏分離令の時に取り外されてしまう。

 そして、白虎隊の霊像があった時期もあったらしいけど、現代では、容保公の前の藩主である、松平容敬まつだいらかたたか公が編纂した「皇朝二十四考」の絵額が飾られている。

 この時代にさざえ堂を見ると言う事は、現代とは違う貴重なものがみれると言う事だ。

「なんか、ご利益がありそうですね」

「蒼良もそう思うでしょ。早速、中に行ってみよう」

 沖田さんに手を引かれ、さざえ堂の中に入って行った。


「蒼良、ここは階段がないんだよ」

 沖田さんの言う通り、階段が無く登り坂のような感じになっていた。

「そして、同じ道は二度と通らない。ほら、すれ違う人がいないでしょ」

 そう言われると、反対側から来る人がいない。

 一回半、登りながら回ったら、建物の一番上に着き、そこから道は下りになっていた。

「ね、面白い建物でしょう?」

「沖田さん、よく見つけてきましたね」

 いつの間にこういう建物を探したんだ?

「しばらく会津にいることになりそうだし、また面白いところを探してくるね」

 沖田さんは楽しそうにそう言ったけど、自分が病人だって忘れてないか?

 今は病気を治すことに専念してほしいのだけど……。

「今度、この飯盛山にも登ってみる?」

 山に登るって……。

「沖田さん、大丈夫ですか? あのですね、沖田さんは病人なのですよ」

「うん、わかっているよ。だから嫌な注射も我慢して治療しているんだよ」

 そうなんだけど……。

「病人なのですから、山に登るのは治ってからにした方がいいと思うのですが……」

「あ、そう? じゃあ、僕の病気が治ったら登ろう。約束だよ」

「はい」

 沖田さんと約束したけど、沖田さんの病気が治るのは、早くても半年後だ。

 半年後は多分、蝦夷にいる。

 この山に一緒に登ることはない。

 それにこの飯盛山は、白虎隊が鶴ヶ城の周辺が燃えているのを見て落城したと思いここで自刃する。

 これから悲しい場所になるのだ。

「蒼良、どうかしたの? 悲しい顔をしているけど」

「いや、何でもないですよ」

 これから先に起こることだ。

「あ、そう。ほら、蒼良が考え事をしている間に、下に着いたよ」

 あ、本当だ。

 外に出て不思議な建物のさざえ堂を見た。

 本当に、不思議な建物だったなぁ。


「沖田さん、案内してもらってありがとうございます」

 私が沖田さんのお願いを聞かないといけなかったのに、一緒に楽しんでしまった。

「また、どこかに行こう」

 沖田さんは笑顔でそう言ってくれた。

「私が沖田さんのお願いを聞かないといけないのに、これじゃあ、沖田さんが私を接待しているような感じになってしまいましたね」

 私がそう言うと、沖田さんは笑いながら、

「そんな事を気にしていたの? 僕は、蒼良と楽しく出かけられたらそれでいいんだよ。だから、蒼良が楽しかったら僕も楽しかったと言う事」

 なんかわからないけど、そうなのか?

「それに、蒼良と天野先生にはとっても感謝しているんだ」

 私たち、何かしたか?

「僕の病気は治らないと言われているのに、未来から薬を持ってきてくれて僕の病気を治そうとしてくれている。蒼良たちがいなければ、僕は今頃ここにはいなかったのに、こうやって元気にここにいれるのは蒼良と天野先生のおかげだよ」

 そう、本当なら、沖田さんはもう亡くなっている。

 でも、未来の薬で労咳の治療を始めた沖田さんは、生きている。

「だから、僕にたくさんお礼をさせてよ」

 そう言う沖田さんに驚いてしまった。

 そんなことを言う人じゃなかったような……。

「性格が変わりましたか?」

 思わずそう言ってしまった。

「別に、変わってないけど……」

 そ、そうなのか?

「僕は、これから蒼良が笑顔になれることをたくさんするから。それが僕からのお礼だよ」

「お礼だなんて、別にいいのですよ。私は沖田さんが生きていることが嬉しいのですから」

 見返りなんて、全然考えていなかった。

 とにかく、死なせたくないと必死だった。

 それが、今回のようになったのだろう。

「じゃあ、僕が勝手にするからね。蒼良は文句言わないでね」

 えっ、そうなのか?

「次の注射が楽しみになってきたなぁ。今度は蒼良とどこに行こうかなぁ」

 沖田さんは嬉しそうにそう言いながら歩いていた。

 注射が楽しみって考えられないけど、でも、治療に専念してくれると言う事で、いいのかな?

 

 

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