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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年6月
434/506

土方さんと温泉

「くそ、今日もついてきやがったか」

 土方さんがそう言うと、

「僕をまいて行こうなんて十年早いよ」

 と、沖田さんは得意気に言った。

「いいじゃないですか。沖田さんが温泉に行ったところで、減るわけじゃないのですから」

「お前っ!」

 土方さんはそう言うと、私の耳に小さい声で、

「俺は、お前と二人で来たかったんだっ! この前約束しただろうが」

 そう言われると、今度は二人で行こうって約束したような……。

「何話しているの?」

 沖田さんが近くに来た。

「なんでもねぇよっ! まったく、ついてきやがってっ!」

「僕がついてきたらいけなかった?」

 沖田さんにそう言われてしまうと、

「そんなことはないですよ」

 と言ってしまう。

 すると、土方さんが

「お前っ!」

 と怒る。

 いったい、私にどうしろというのだ?

 もうすぐ東山温泉に着くのに、沖田さんだけ帰すのはかわいそうだろう。

「次は絶対にこいつをまくからなっ!」

 小さい声で土方さんは言った。


 しかし、そんなことが何回かあり、沖田さんをまくことはできなかった。

「時間差で出発すればいいんじゃないですか?」

 ある日、私が土方さんに提案した。

「そうか、時間差か。よし、俺が先に出るから、お前は後から出て来い」

「わかりました」

 と言う事で、最初に土方さんが出かけていった。

 しばらく時間が経ってから、私も出かけるしたくをして玄関に向かうと……。

蒼良そら、どこへ行くの?」

 と、沖田さんが楽しそうに立っていた。

「えっ……」

 なんて言えばいいんだろう?

 温泉って言えば、この作戦が失敗に終わるし……。

「わかった。温泉だ」

 なっ、なんでわかったんだ?

「土方さんがさっき出るのを見たから、時間差で僕をまく作戦でしょう?」

 そこまでばれてたのか?

「なんでわかったのですか?」

「あ、やっぱりそうだったんだ」

 えっ?はめられたってやつか?

「さぁ、一緒に行こう」

 ばれちゃってるし、はめられちゃったし、仕方ない。

 ニコニコしている沖田さんを連れて、先に行って待っている土方さんの所へ行った。

 最初に私の姿が見えたから、ニッコリと優しく笑ったけど、私の後ろにいる沖田さんを見つけると、ムスッとした顔になった。

「そんなにがっかりすることないじゃん」

「なんでお前が来たっ!」

「すみません。沖田さんにばれてしまいました」

「なんだとっ!」

「だから、言ったじゃん。僕をまくのは十年早いって」

「さぁ、行きましょう」

 私がそう言って歩きはじめると、

「ちょっと待て。総司も一緒にか?」

 と、土方さんが沖田さんを指さしてそう言った。

「ここまで一緒に来て、帰れって言うのもかわいそうじゃないですか」

「そうだよ、蒼良の言う通り。さ、一緒に行こう」

 沖田さんは私の頭をポンポンとなでると私を抜かして歩き始めた。

「お前が総司を甘やかすからこうなるんだ」

 土方さんがその後を歩き始めた。

 って、私のせいなのかいっ!

 でも、ばれたのは私のせいなんだけど……。

 甘やかしたつもりはないんだけどなぁ。


「時間差もだめだったな。総司のやつ、間者でも使っているのか?」

 土方さんは押入れを開けたりして調べたけど、もちろんそこには誰もいなかった。

「俺は、お前と二人で行きてぇのに。こんなにゆっくりできるのは、この先ねぇぞ」

 だから、私を誘ってくれているのだろう。

 そう思うととても嬉しかった。

「ありがとうございます」

「まだ二人で行ってねぇだろうが。礼は二人で行ってから言えよ」

 そうなのか?

「どうしたら総司をまけるかなぁ」

 問題はそこだ。

 沖田さんには申し訳ないけど、今回だけ我慢してもらうとして……。

 で、どうしよう?

「総司が良順先生の所に行くのはいつだ?」

 土方さんが突然そんなことを聞いてきた。

 そろそろ注射の日だったような……。

「ここは良順先生に協力してもらうしかねぇな」

 な、なにを良順先生に頼むつもりなんだ?

「どうするのですか?」

「お前に言うと、また総司にばれてうまくいかなくなるかもしれねぇから、黙っておく。お前は良順先生の所に総司を連れて行けばいい」

 そ、そうなのか?

 なんだかよくわからないけど……。

「わかりました」

 と言っておいた。


「蒼良、良順先生の所に付き合ってよ」

 何も知らない沖田さんは、いつも通り、私に頼んできた。

「いいですよ」

 ところで、土方さんは良順先生に何をしてもらうつもりなんだろう?

「今日は注射の日だから、ちゃんと注射したら、僕のお願いを聞いてね」

 沖田さんは楽しそうにそう言った。

「そのお願いって何ですか?」

 嫌な予感しかしないのだけど。

「内緒」

 沖田さんは笑顔でそう言った。

 やっぱり、嫌な予感しかしないよっ!


「痛くしないでよ」

 注射をする前に沖田さんは良順先生に言った。

 なんか、本当に子供みたいだなぁ。

「針を刺すんだから、それは無理だ」

 良順先生はそう言うと、前回と同じようにブスッと針を刺した。

「痛っ!」

 やっぱり今回も痛かったらしい。

 あっという間に注射は終わった。

「沖田君、どれぐらい労咳が治ったか検査をしたいから、奥で待っていてくれ」

「わかった。蒼良、奥へ行こう」

 沖田さんが私を誘って奥へ行こうとしたら、

「ちょっと待て」

 と、良順先生に止められた。

「蒼良君はここで待っていてもらったほうがいい」

 そうなのか?沖田さんに何をするつもりなんだろう?

「どうして? いつも蒼良は一緒だったじゃん」

「今回は、着物を全部脱いで診察するからな」

 そ、そうなのかっ!

「それじゃあ、私はここで待ってます」

「ええっ、僕は一緒でも構わないけど」

 いや、私は構わなくない。

「いや、私はここで待っているので、沖田さん、良順先生に隅々まで検査してもらってください」

「ええ、そうなの? 残念だなぁ」

「ほら、早く奥へ行って準備して待っていなさい」

「わかったよ。じゃあ蒼良、ここで待っていてね」

「はい、わかりました」

 でも、なんで急に裸になって検査をするんだろう?

 今までそんな検査はしなかったけどなぁ。

 沖田さんが奥へ入って行くのを見た良順先生は、

「土方君が待っているから、早く行きなさい」

 と、小さい声で私に言った。

 えっ、土方さんが?

「ほら、早く」

 良順先生は私を追い出すように外に出した。

 もしかして、これが土方さんの作戦だったのか?

「ありがとうございます」

 礼を言うと、急いで診療所を出た。


 診療所を出て、日新館を出ると、土方さんが杖をついて待っていた。

 私は、土方さんに向かって走った。

「うまくいったようだな。行くぞ」

 土方さんは、ニヤッと笑ってそう言った。

 

 土方さんと一緒に東山温泉に向かって歩き始めた。

 土方さんは、杖をついたりつかなかったりしていた。

 最近は、杖がほとんどいらないぐらい怪我が回復していた。

「ほとんど杖なしで歩けるぞ」

 土方さんは嬉しそうに杖を地面から浮かせて歩いていた。

「よかったですね」

 怪我が良くなっていることはいいことだ。

 そんな私を見た土方さんは、一瞬、怪訝そうな顔をした。

「どうかしたのですか?」

 何かあったのか?

「いや、なんでもねぇ。せっかく総司をまいてきたんだ。今日は二人で楽しむぞ」

「はいっ! あっ、でも……」

「どうした?」

 今日は男装のままで来た。

「この格好で女湯に入って行ったら騒がれます」

「中に入れば一緒だろう」

 確かに、中に入れば一緒なんだけど、問題は、中に入る前だ。

 男装のまま、脱衣所に入ったら、男が入ってきたって大騒ぎになるだろう。

「新選組の人が女湯に入って捕まったって、容保公の所に報告が行ったら大変ですよ」

「確かにそうだな。じゃあ、俺と一緒に入るか?」

 えっ……ええっ!

「じ、冗談だ。そんなに驚くな」

 じ、冗談だったのか?顔が真面目だったぞっ!

「俺だって、お前のことを他の男に見せたくねぇ」

 大丈夫です、頼まれても見せませんからっ!

「今日も外で待ってますね」

「ああ、そうしてくれ」

 私は、土方さんが温泉に入って行くのを見送った。


 しばらく一人で待っていると、土方さんがすぐに出てきた。

「は、早くないですか?」

 さっき入って行ったばかりじゃないか。

「こんな暑い日に熱い湯に入ってられるか」

 そう、ここの温泉は少し熱めなのだ。

「それに、お前が待っていると思うと、早く出たくなった」

 そ、そうなのか?

「いつも待っているじゃないですか」

 私がそう言うと、土方さんは、

「今日は特別だ」

 と、優しい笑顔でそう言った。

「少し涼むか? 俺は暑いが」

「そうですね。涼みましょう」

 と言う事で、土方さんと近くを流れる川の近くまで歩いた。


 川の流れの中にあった大きな石の上に土方さんとすわった。

 その場所は日陰だったので涼しかった。

 足を下におろすと、足の先が川につかり、冷たくて気持ちよかった。

 しばらく、川の中につかった足を動かしていた。

 土方さんも、足を川にいれていた。

 怪我した方の足は、傷痕だけが残っていてほとんど治っていた。

「痕が残りそうですね」

 傷痕は消えないだろうなぁ。

「別にいいだろう。こんなところを見る奴はいねぇよ」

 確かに。

「あともう少しで治りそうだ。良順先生にももう少しだと言われた」

「そうですか」

 足が治るのはいいことだ。

「お前、俺の足が治るのがいやなのか?」

 そう言われ、ドキッとした。

「ど、どうしてですか? なんでそんなことを思わないといけないのですか?」

 土方さんの足が治るのは嬉しい。

 本当に嬉しいのだ。

「俺の傷が治りそうだと言う話をしたりすると、一瞬、複雑そうな表情を俺に見せるぞ」

 そ、そうなのか?

「何かあるのか? 例えば、足が治った後、すぐに戦に出て撃たれるとか」

 私はブンブンと首をふった。

「それはないです。土方さんはまだ亡くならないですよ」

「じゃあ、なんだ? 今日は俺とお前しかいねぇ。お前の思いを話してくれねぇか?」

 そこまで言われると……。

「あのですね、不安なのです」

「不安? 何が不安だ?」

「怪我が治ったら、戦に出ますよね?」

「あたりめぇじゃないか。今からだって出てぇよ」

 そ、そうなのか?

「戦って、危険だし危ないじゃないですか」

「そりゃそうだ。危険じゃねぇ戦なんてねぇよ」

 そうなんだけど……。

「ずうっと、土方さんとここでこういう毎日を過ごしたいと思ってしまうのですよ」

 そう思ってはいけないことも分かっている。

 今ある平和は仮の平和なのだ。

「わかった。それで、俺が怪我をしていればいいと思うのだな」

「そこまでは思いませんよっ!」

 怪我が治るのは本当に嬉しのだ。

「お前がそこまで考えてねぇことぐらいわかっているさ」

 そう言うと、私の頭をぐしゃっとなでた。

「ずうっとここにいることだって出来る。そうしたって構わねぇよ」

 いや、それはだめだ。

「ここもいつかは戦場になります。どこにいても戦になるのですよ。それに、ずうっとここにいたら、戦をしている斎藤さんや大鳥さんを裏切ることになります。お二人とも、土方さんが回復するのを待っています。だから……」

 だから、足が治ったら、土方さんは行かなければならないのだ、戦場に。

「そこまでわかっているなら、俺は何も言わねぇよ。ただ、お前が戦がいやなら、お前だけでも会津に残るように手配は出来るぞ」

 それもだめだっ!

 だって、私は決めたから。

「私は、土方さんと一緒に行きます。土方さんを一人で戦場に送りだしませんよ。私も一緒に行きます。連れて行ってください」

 この人を一人で蝦夷に行かせない。

「俺だって、お前を簡単に手放したりはしねぇよ。どこまでもついて来い」

「はいっ!」

 土方さんと話しているうちに、私も心の整理が出来た。

 この平和はいつまでも続かない。

 だから、今ある平和に逃げ込んだらだめなのだ。

 私も、そろそろ戦に復帰する覚悟を決めないと。

「よし、帰りに近藤さんの墓によっていくか」

「そうですね」

 私と土方さんは一緒に立ち上がった。


「蒼良、ずうっとここにいた?」

 土方さんと温泉から帰ってきたら、急いで良順先生の診療所へ行った。

 あまりに急いだので、少し息を切らしていたら、沖田さんが奥から出てきた。

「い、いましたよ」

 ゼェゼェと息を吐きながらそう言った。

「なんで息が切れているの?」

 そうだよね、そう思うよね。

「あ、あのですね……」

「日新館にいる子供たちに剣を教えていたのだ、そうだろう? 蒼良君」

 良順先生が私の方を見てそう言った。

 話を合わせろと、その目が言っていた。

「そうなのですよ。それで、沖田さんの検査が終わりそうだと聞いたので、急いでここに来たのですよ」

「そうなんだ。ご苦労様」

 沖田さんはそう言うと、私の頭にポンッと手を置いた。

 ばれなくてすんだぞ。

「さぁ、帰ろうか」

 沖田さんがそう言って歩き始めたので、良順先生に

「ありがとうございました」

 とお礼を言った。

「楽しんできたか?」

 小さい声で良順先生は聞いてきた。

「はい、おかげさまで」

 私は笑顔でそう言った。


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