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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年5月
432/506

沖田さんの病状

 今日は、土方さんと日新館に来ている。

 土方さんも、杖はまだ手放せないけどだいぶ歩けるようになってきた。

 いつもは良順先生に診察に来てもらっていたのだけど、たまにはこちらから行ってもいいんじゃないかと、土方さんが言った。

 そう言うようになったという事は、土方さんの足も順調に良くなっているという事だろう。

「そうですね。土方さんは日新館に行ったことがないですよね」

「お前はあるのか?」

「何回か行ったことがあります」

「そうか。いい場所らしいな」

 そうなのだ。

 この時代にしては色々な施設がある学校で、いい場所だ。

「一度行ってみたいな。案内してくれ」

「それじゃあ行ってみましょう」

 と言う事で、土方さんと日新館に行くことになった。


 梅雨も明けたようで、晴れて暑い日が続いていた。

 こんな暑い日に外に出て、土方さんは大丈夫かなぁ。

 心配になって、隣で杖をついて歩いている土方さんをチラッと見た。

「なんだ?」

 チラッと見たつもりなのに、目があってしまった。

「土方さん、暑くないですか?」

 私がそう言うと、土方さんは空を見上げた。

 夏空が広がっていて、雲ひとつない青空だった。

「京よりは暑くねぇだろう」

 確かに、京よりは少しだけ涼しいけど……。

「暑いことには変わりないですよ」

「それは夏だからどこも暑いだろう」

 確かにそうだ。

「土方さんは大丈夫ですか?」

「こんなことでくたばっていたら、俺はここまで来てねぇよ。ここに来るまでに死んでたな」

 そ、そうなのか?

「それにしても、お前も面白いやつだな。冬は寒がりなのに、夏の暑いのは平気なんだからな」

 そんなことはない。

 夏の暑いのだって正直苦手だ。

 ただ、この時代の夏は私の時代の夏より涼しいから、何とかなっている。

 一言いわせてもらえば、エアコンまでとは言わない。

 せめて扇風機がほしいと思うときがある。

「私の時代の夏は暑いのですよ」

 土方さんは私が未来から来たことを知っている。

「京よりも暑いのか?」

 この時代の京はまだ涼しい方だろう。

「暑いですね」

「お前がすごい時代から来たんだな」

 そうなるのか?私は、この時代の方が、何もないのにみんな生きていてすごいと思うのだけど。


「よく来たな」

 良順先生は忙しそうに動き回りながら、私たちを歓迎してくれた。

 白河口の戦いや今市宿の戦いなど、この近くで戦があり、奥州越列藩同盟から来た兵たちは自分の藩に帰る人もいたけど、ほとんどの人が会津に運び込まれ、良順先生が診察していた。

「忙しいところすみません」

 私がそう挨拶すると、

「気にしなくていい。ちょうど休もうと思っていた」

 と言って、良順先生は私たちを奥へ案内しようとした。

「俺は別にここで診察でもかまわねぇが」

 土方さんはそう言ったけど、

「ちょっと話したいこともあるからな」

 と言って、良順先生は奥へ入って行った。

 話したいことって何だろう?


 奥に入り、お茶を出された。

 それを飲みながら話が始まった。

「沖田君は元気か?」

 えっ、沖田さんか?

「総司か? 元気だが……」

「沖田さんに何かあったのですか?」

 土方さんがそう言い終るのと同時に私は良順先生に質問した。

「お前、落ちつけ」

 土方さんにそう言われてしまった。

「たいしたことではないのだ。ただ、いつもなら診察の日になるとちゃんとくるのに、今回は来ないから何かあったのかと思ってな。元気ならいいんだ」

 沖田さんが来ないって……。

 自分の病気のことを知っているはずなのに、なんで診察にこないんだろう。

「総司なら元気だ。きっと診察を忘れてるんじゃねぇのか?」

 土方さんはそう言ったけど、私は嫌な予感しかしない。

 元気でも診察に来ていたんだから。

「それはないと思うのですが……」

「お前は総司の病気のことになると冷静さを失うんだから、落ちつけ」

 だって、沖田さんは普通の病気じゃないのですよ。

「土方君の言う通りだ。元気なら心配いらないだろう。会った時にでも顔を出すように言ってくれればそれでいい」

 本当にそれだけでいいのかなぁ。

「ところで、俺の怪我はどうだ?」

 そうだ、今日は土方さんの診察に来たんだった。

「だいぶ良くなっている。順調に回復してきているな」

「戦にはいつ出れる?」

 そうだ、土方さんの怪我が治ったら、また戦に行かないといけない。

 土方さんはここでは死なないとわかっているけど、戦では何があるかわからない。

 出来れば、戦に戻ってほしくないけど、そうなると、土方さんの怪我が治らないようにと願っている様になってしまう。

 怪我は治ってほしいけど、戦には出てほしくない。

 なんか、複雑だよなぁ。

「そんな深刻な顔をするな。お前も総司の事ばかり考えすぎだ」

 土方さんは、私が沖田さんの事を考えていると思ったらしく、そう言ってきた。

 土方さんの事を考えていたんだけどなぁ。


 宿に帰るとすぐに沖田さんを探した。

 沖田さんはお師匠様と一緒にいた。

「沖田さん、なんで良順先生の所に行かないのですか?」

「なんじゃと? 松本の所にも行ってないのか。沖田、死ぬ気か?」

 お師匠様が沖田さんにそう言った。

 えっ、そうなのか?

 驚いて沖田さんを見ると、沖田さんはいつも通りの笑顔をしていた。

「僕だって、生きたいよ。でも、蒼良からもらった薬を飲んでもこの状態になるんだから、この病気は治らないんだよ。だからあきらめるしかないでしょう」

 この時代、労咳は不治の病だった。

 けど、お師匠様から薬をもらい、労咳の進行を止めていたはずだった。

 それなのに……。

「この状態になるって、沖田さん、何かあったのですか?」

「労咳が進行しとる」

 沖田さんの代わりにお師匠様がそう言った。

 えっ……、そうなのか?

 この前の咳も、労咳の咳だったと言う事か?

「どうしてですか? お師匠様の薬を飲んでましたよね」

 沖田さんはうなずいた。

「恐らく、耐性菌が出来たのだろう」

 耐性菌とは、薬に対して抵抗力を持ってしまい、薬が効かなくなる菌のこと。

 労咳は結核菌によっておこる病気なので、その結核菌を殺すために薬を飲む。

 しかし菌の方も成長するのか勉強するのか、薬に強くなっていく。

 だから、薬が効かなくなっていくこともある。

「わしが持ってきた薬は、一つだけじゃから、これが効かなくなったらおしまいじゃ」

 今まで沖田さんの病気の進行が止まっていたのは、沖田さんの結核菌に効く薬だったのだろう。

 しかし、ここに来て病気が悪化したと言う事は、お師匠様の言う通り、耐性菌が出来たと言う事なのだ。

「ここでは治らんが、わしらの時代ではこの病気は治る。じゃから、わしらの時代に来て治療を受けてくれ」

 お師匠様は、沖田さんを未来に連れて行こうとしていた。

「僕は蒼良と一緒にいたいから、行かない」

 沖田さんは私の方を見てそう言った。

「沖田さん、治療を受けたらまた戻ってくればいいじゃないですか」

「そんなこと言うけどさぁ、ここにまた戻ってこれるの?」

 それはどうなんだろう?お師匠様の方を見ると、

「約束はできん。いつ壊れるかわからん状態だからな」

 そ、そうなのか?

「これまで色々な人間を現代へ連れて行ったから、機械にもかなり負担がかかっている」

 だから、いつ壊れるかわからないのだろう。

「それならなおさら行けないよ」

 沖田さんはそう言った。

「お師匠様、ここは壊れないって嘘をついて……」

 小さい声でお師匠様に言ったのだけど、

「蒼良、聞こえているよ」

 と、沖田さんに言われてしまった。

 地獄耳っていうやつか?

「僕は絶対に行かないからね」

 どうすればいいんだ?このまま、沖田さんが死ぬのを黙って見ているしかないのか?

「わしが行ってくる。この時代でも労咳を治せるか、わしの弟子で医者をしとる奴に聞いてみる」

 そう言うと、お師匠様は立ち上がって行ってしまった。

「本当にそんな方法があるの?」

 沖田さんは信じられないような感じでそう言った。

「私の時代では、労咳は予防できるし治る病気なのですよ」

「それは前も聞いたことある。蒼良は労咳になりにくいんだよね。だから僕も蒼良に変な気を使わないですむからありがたいんだよね」

 そう思っていたんだ。

 そんな話をしていると、襖があいてお師匠様が段ボールをもって入ってきた。「えっ、本当に行ってきたの?」

 あまりの早さに沖田さんも信じられないようだった。

 そうなんだよね。

 タイムマシンは時間を操る機械だ。

 だから、実際はお師匠様は現代に帰って、色々やって来ているはずだから、けっこう時間がかかっていると思う。

 でも、自分が行った時間に戻ってくれば、実際の時間はそんなに経過していないことになる。

 だから、行ったと思ったら帰ってくる。

 という状態になるのだ。

 なんか受け入れるのが難しいんだけどね。

「あのやぶ医者めっ! 薬がこんなにたくさんあるのに、一種類しかよこさなかったっ!」

 そう言うと、段ボールをボンッとおろした。

 そこには、たくさんの薬が入っていた。

「なんで一種類しかよこさなかったのですか?」

「やっぱりわしの話が信じられなかったらしい」

 そりゃそうだろう。

 幕末へタイムスリップをして新選組を助けようとしているって、話をしても信じないのが普通だろう。

「じゃあ、今回はなんでこんなに?」

 沖田さんは、段ボールの中の薬を手に取りながらそう言った。

「証拠を見せた」

 えっ、証拠?

 そう言ってお師匠様が出したのはスマホだった。

 もしかして……。

「写真を見せたのですか?」

「おお、よくわかったな」

 やっぱり。

「写真って、近藤さんもやったよね?」

 そうだ、近藤さんも京へいるときに写真屋さんに行って撮影をした。

「沖田も見るか?」

 そう言うと、お師匠様はスマホを沖田さんに見せた。

「な、なにこれ。この小さい薄い中にみんな入っている」

「こうやると、別な写真も見れるぞ」

 お師匠様はスマホを操作して、沖田さんに見せた。

「すごい。近藤さんまで生きているみたいだ。もしかして、ここから呼んだら出てくるのかな?」

 いや、出てきませんから。

 でも、この時代の人が見たら、そう思うよね。

「あ、僕もいる」

「この写真を見せたんじゃ。そしたらやっと信じた。これでも信じなかったら破門にしてやろうと思うとった」

 そうだったんだ。

「それで、こんなに薬をもらってきたのですね。で、この薬はどうやって飲むのですか?」

「まさか、一度に全部いっぺんに飲まないよね?」

 沖田さん、それはないと思いますよ。

 こんなにたくさんの薬を一度に飲んだら、副作用とかすごいことになりそうだぞ。

「とりあえず、同じ薬ごとにまとめるのじゃ」

 お師匠様はそう言うと、段ボールの中身を畳の上にあけた。

 大量の薬が出てきた。

 その中には、今まで沖田さんが飲んでいた薬もあった。

 そして、注射薬もあり注射器もあった。

 それを沖田さんと一緒にまとめた。

「お師匠様、もしかして注射もするのですか?」

「あるんじゃからするんじゃろう」

 お師匠様は、お医者さんをやっているお弟子さんからもらった説明書を見ながらそう言った。

「分けましたよ。それにしても、毒薬みたいな色をした薬もありますね」

 沖田さんはすぐに毒薬って言うんだから。

「ちゃんとした薬じゃ!」

 お師匠様は沖田さんを叱るようにそう言った。

「よし、五種類あるな。最初はこの二種類の薬と、他の種類の薬を飲む」

 お師匠様は、一番多くある二種類の薬と、他の種類の薬を出した。

「本当は、入院して医者が様子を見ながら他の三種類の薬との組み合わせを考えるらしいが、入院できないから仕方ない」

 そうなんだ。

「この二種類の薬は、一番たくさんあるからずうっと飲むのですか?」

「蒼良、たまにはいいことを言うな」

 お師匠様に感心されてしまった。

 たまにはって、なんだっ!

「こんなにたくさん飲むの? お腹いっぱいになりそうだよ」

「沖田、これが労咳を治す最後の挑戦じゃ。文句を言うな。最初はこの四種類を二カ月飲め」

 お師匠様は四種類の薬を沖田さんに渡した。

「わかりました」

 沖田さんはその四種類の薬を受け取った。

「お師匠様、注射はどうするのですか?」

 私は人に注射なんて怖くてできないからねっ!

「これは松本に頼もう」

 お師匠様は注射器と注射薬をまとめた。

「二カ月飲んだら治るの?」

 沖田さんは薬をまとめながらお師匠様に聞いた。

「そんな簡単に治らん。二か月後、様子を見てこの二種類だけ飲むことになる」

 そうか、一番長く飲むから、この二種類の薬だけ量が多いのか。

「で、いつ治るの?」

「最低でも六カ月はかかるじゃろう」

 半年……。

 半年後は、蝦夷にいる。

「お師匠様、半年後は……」

「わかっとる。その時にまた方法を考える。会津が戦場になる前に、沖田だけ先に仙台へ行かせる手もある」

 さすがお師匠様、考えていたのですね。

「えっ、半年後に何かあるの?」

 沖田さんは不思議な顔をしてそう聞いてきた。

「それは半年後の楽しみにしておけ」

 お師匠様はそう言って沖田さんの質問をかわした。

「そうか、半年で治るんだ。楽しみだな」

 沖田さんは楽しそうにそう言った。

 治らない病気と言われたのに、それが治るとわかったからきっと嬉しいんだと思う。

「沖田、一つ約束をしてくれ。ここにある薬は必ず全部飲み干せ。途中でやめたらもっと厄介なことになるからな」

 お師匠様は耐性菌のことを言っているのだと思う。

 結核菌を確実に消すために、薬を飲む。

 一つの薬だけだと、その薬に対する耐性菌が出来てしまうため、五種類の薬を飲んだりするのだろう。

 途中でやめたら、菌が消されずに残ってしまう。

 その菌が残っているとそれが耐性菌になり、労咳が治りにくくなる。

「わかったよ。これで労咳が治るなら、喜んで飲むよ」

 沖田さんはそう約束してくれた。

 

「天野先生が労咳の薬を持ってきたと聞いたぞ」

 土方さんの部屋に行くと、土方さんも嬉しそうにそう言った。

「はい。お師匠様が私たちの時代に帰って持ってきてくれました」

「そうか。これで総司も一安心だな」

 土方さんの言う通り、一安心だ。

「総司に聞いた話だと、その薬、毒薬のような色しているらしいな」

 そう言っていたのか?

 毒薬じゃないからねっ!

 確かに、色はちょっと毒々しいかもしれないけど。

「俺も見せてもらったが、ありゃ毒薬と言ってもみんな信じるぞ」

 だから、毒薬じゃないですっ!

「よくあんな色の薬を作るよなぁ。あれを飲む奴もいるんだよなぁ」

「あのですね、毒薬じゃないですからねっ!」

「分かってる。毒薬のような薬だろう?」

 ようなって……。

「毒をもって毒を制するっていうからな」

 だから、毒薬じゃないってっ!


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