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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年5月
431/506

お師匠様会津に来る

「で、なんでお前まで一緒についてくるんだ?」

 いつも通り東山温泉へ、土方さんの療養のため向かっていると、土方さんが一緒に来ていた沖田さんにそう言った。

「別にいいじゃん。減るわけじゃないし」

 沖田さんは楽しそうにそう言った。

「お天気もいいし、いいじゃないですか」

 私もそう言った。

 そう、今日は天気がいい。

 梅雨が明けたのかな?

 この時代、梅雨が明けたと教えてくれる親切な人はいない。

「そう言うがな、お前だって温泉に入りてぇだろう?」

 確かに、温泉に入りたいけど……。

「ほぼ毎日行っているので、入りたいときは入ります」

 そう、ほぼ毎日通っているので、いつでも入れると思ったら、今日は入らなくてもいいかなぁなんて思う日が増えていっている。

蒼良そら、よかったら男湯に一緒に入ってもいいんだよ」

「総司、何言ってやがるっ! お前も男湯に入ろうと思うなよ」

 なっ……なんてことを言うんだっ!

「そ、そんな、入りませんよ」

「この前、総司と一緒に入っていただろうが」

 あ、あれは……。

「水に飛び込む音がしたから、土方さんが怪我しているのに飛び込んでさらに悪化させたんじゃないかと思って、心配で入ったのですよっ!」

 入ってほしくなければ、心配させないでよっ!

「分かっている。そうむきになるな」

 ニヤッと土方さんが笑った。

 もしかして、からかっていたのか?

「蒼良、僕はいつでも歓迎だからね」

 沖田さんが楽しそうにそう言った。

「なにがですか?」

「蒼良と一緒に温泉に入ること」

「入りませんよっ!」

「入れさせねぇよっ!」

 土方さんと私の声がかぶった。

 沖田さんまで私をからかうんだからっ!


 そんなことを話しているうちに温泉に着いた。

「じゃあ、行ってくる」

 いつも通り、土方さんはそう言って中に入って行った。

「蒼良は入らないの?」

 入らないって言っているじゃないかっ!

「ここで待っていますから、沖田さんも行って来てください」

 笑顔で二人を男湯に送り出した。

 しばらく外で待っていると、

「ええっ!」

 とか、

「おおっ!」

 という声が聞こえてきた。

 土方さんと沖田さんの声だよね?

「うわあっ!」

 という声まで聞こえてきたんで、これは何かあったと思った。

 何があったんだろう。

 中に入ろうとしたけど、男湯だったから入るのをためらった。

 すると、

「うぎゃああああ」

 という悲鳴のような声が聞こえた。

 これは、絶対に何かあったっ!

「だ、大丈夫ですかっ!」

 私はそう叫んで中に入った。


 中に入ると、私を見て驚いた顔をした三人が湯気の中にいた。

「お前っ! 何は言って来てんだっ!」

 そう言う土方さんの声が聞こえ、ドボンと温泉の中に入る音が聞こえてきた。

 土方さんが温泉の中に入ったのだろう。

「あ、蒼良。入ってきたんだ。一緒に入る?」

 沖田さんは温泉の中に入り、楽しそうにそう言った。

「入りませんよっ! 悲鳴が聞こえたのですが、何かあったのですか?」

 だから私は男湯に飛び込んできたんだ。

「ああ、それはわしじゃ。湯船の中に入ったら、あまりに熱かったもんでなぁ」

 ん?わし?

 声のした方を見ると、なんと、お師匠様が一緒に温泉の中に入っていた。

「お、お師匠様ですか?」

 湯気が見せている幻かもしれない。

 のぞきこむように、湯船に入っている三人を見た。

「なにを見ておるんじゃ。蒼良もすけべじゃなぁ。男の裸をそんなに見たいか?」

 なっ、見たくないですよっ!

「あ、そうだったの? それならそうと言ってくれればいいのに」

 そう言うと、沖田さんから立ち上がる気配がただよってきた。

 これ以上ここにいると、いいことはなさそうだ。

「土方さんは無事ですね。それならいいのですっ!」

 私は、それだけ言うと男湯から飛び出た。

「なんだ、つまらないなぁ」

 背中から沖田さんのそんな声が聞こえてきた。

 あれは、確かに、お師匠様だったよなぁ?


「ここの温泉は熱かったなぁ」

 お師匠様は汗をかきながらそう言った。

 温泉から出た後、川の近くで涼んでいた。

「ここは意外と熱い。誰かはちょうどいいとか言っていたがな」

 チラッと土方さんは私の方を見た。

 その誰かは私ですよっ!

「蒼良は、皮膚が厚そうだもんなぁ」

 沖田さん、そりゃどういう意味だっ!

 そんなことを話している場合じゃない。

「お師匠様、なんでここにいるのですか?」

 それが聞きたかった。

 江戸にいるはずの人が、なんで会津の温泉にいるんだ?

「お前らを追ってきたんじゃないか」

 お師匠様は足の先を川につけながらそう言った。

 そ、そうだったのか?

「近藤が処刑されたら、わしが江戸にいても意味がないじゃろう。だから、お前らを追って会津に来た」

 そうだったんだ。

「天野先生は、いつ江戸を出たの?」

 沖田さんがお師匠様に聞いた。

「近藤が処刑されて間もなく出た」

 と言う事は……。

「お師匠様は、近藤さんの処刑を見たのですか?」

「わしが見た時は、もう処刑が終わっていた。最後まで助命が間に合わなかった。すまなかった」

 お師匠様は土方さんと沖田さんに頭を下げた。

「天野先生、頭をあげてくれ。誰も悪くはねぇんだから」

 土方さんは、お師匠様の体を起こした。

「楓が処刑を見ていたと思うぞ」

 えっ、楓ちゃんがか?

「楓ちゃん、大丈夫でしたか?」

 そんな現場を見てショックだっただろうに。

「数日は落ち込んでいたが、楓の腹の中に近藤の子供がいることがわかってな。そしたら元気になった」

 ええっ!楓ちゃんが近藤さんの子供を?

「そうか、そりゃよかった。近藤さんも生きた証を残して逝ったんだな」

 土方さんはホッとした顔でそう言った。

「お師匠様、楓ちゃんは今どこにいるのですか?」

 もしかして、一緒に会津に来たとか?

 それとも、一人江戸に残した来たのか?

「安心しろ。わしの知り合いの所に預けてきた」

 お師匠様、この時代に知り合いなんていたのか?

 でも、顔が広いことがお師匠様の唯一の自慢だから、知り合いを作ることぐらいは朝飯前か。

 そうか、それならよかった。

「そうか、やっぱり近藤さんは死んじゃったんだね。どこかで嘘であってほしいと言う思いもあったんだけどね」

 沖田さんは寂しそうにそう言った。

 そうなのだ。

 実際に亡くなったところを見ていないから、信じたくないと言う思いもあった。

「すまなかったな」

「天野先生は悪くないよ。土方さんも言っていたでしょう。誰も悪くないって」

 沖田さんが謝るお師匠様にそう言った。

 そう、誰も悪くない。

 時代がそうさせたのだ。

「今は、あっちこっちで戦が起きているから、ここまで来るのも大変だっただろう」

 土方さんがお師匠様に言った。

 近藤さんは処刑されたのは四月の終わりあたりだ。

 今は五月。

 閏四月もあったので、お師匠様が江戸を出てここに来るまでに二カ月近くかかっている。

 戦をしながらここに来た私たちは、一カ月かかった。

 それ以上かかっていると言う事は、道中が大変だったと言う事だろう。

「そう言えば、あっちこっちで鉄砲の音が聞こえていたな」

 音は聞こえていたのか。

 って……。

「そんな、音が聞こえるような危険な場所を通ってきたのですか?」

「そうじゃ」

 な、なんでそんな危険な道を……。

「他に道があったでしょう。水戸経由で来るとか」

 沖田さんもそう言った。

「確かにそう言う行き方もあるがな。せっかくの旅なんじゃから入りたいじゃろう」

 入りたいって……。

「もしかして、そこに温泉があったからその道で来たとか……」

 私はそう聞いた。

 確かに、日光も今市も温泉があるよね。

「政府軍も、温泉があるところばかりねらって戦をするから」

 その言葉に、みんなシーンとなってしまった。

 政府軍だって、そこに温泉があるから戦をしているわけじゃないですからねっ!

「それで、ここにいたってわけか」

 土方さんが納得したようにそう言った。

「旅の疲れをここで癒してからお前たちの所へ行こうと思っていたんじゃ」

 お師匠様の中では温泉が優先らしい。

「さすが、蒼良の師匠であり、おじいさんだね」

 沖田さんは変に納得していた。

 なんでそこで納得するのか、訳が分からないんだけど。


 お師匠様も一緒に宿に着いた。

「蒼良、ちょっと……」

 お師匠様は、宿に着くなり私を呼んだ。

「どうしたのですか?」

「江戸では上野戦争が起こったらしいが、原田は大丈夫か?」

 お師匠様もそこは心配していたらしい。

「原田さんは大丈夫です」

 この前約束してくれたし、大丈夫だろう。

「そうか。沖田はどうじゃ?」

 沖田さん?

「お師匠様の薬を飲んでいるから、大丈夫だと思うのですが……」

 沖田さんは元気だけど、なにが心配なんだろう?

「歴史では、そろそろ沖田も亡くなる時期になる」

 そう言えばそうだ。

 確か、五月の終わりに労咳で亡くなる。

「沖田に異変はないか?」

 そう言われると、色々と心配になってくる。

 異変はなかったと……。

 いや、本当になかったか?

 一つ気になっていることがある。

「数日前、風邪をひいたみたいで咳をしていましたが……」

 まさか、労咳の症状が進んだとか……。

「咳か。それは気になるな。とにかく、沖田は気をつけて見ていたほうがいい」

「そうですね」

 今までも気を付けていたつもりだけど、これからも気を付けて見なくては。

「お前と土方がここにいると言う事は、宇都宮じゃな」

 さすがお師匠様、知っていたか。

「はい。歴史通りに敗けてしまいました」

「それは仕方ない。そんな簡単に歴史は変わらん。原田と沖田以外は歴史通りと言う事か」

 お師匠様は庭を見ながらそう言った。

 天気がいいので、日ざしがまぶしく見えた。

「これから先に起こることはお前も分かっているな」

「はい」

 今、斎藤さんが一生懸命戦っている白河口の戦いも、大鳥さんたちがかかわった今市宿の戦いも敗けて、戦場は会津に近づいてくる。

 ここが戦場になるのも時間の問題だ。

「覚悟はできているな」

 これから先、きっと辛いことの方が多くなるだろう。

 でも、土方さんを一人にしないって決めたから。

「覚悟はできています」

 土方さん一人で辛い思いをしてもらいたくない。

 そう思った時に私の覚悟はできていたと思う。

「わかった」

 お師匠様は一言そう言った。


「おい、今度は総司に内緒で温泉に行くぞ」

 部屋に帰ると土方さんがそう言った。

「別に、沖田さんが一緒でもいいじゃないですか」

「俺が嫌なんだよっ!」

 そうなのか?

「もしかして、そんなに沖田さんが嫌いだったのですか?」

 一緒のお湯につかりたくないとか?

「そんなんじゃねぇよ。お前だよ、お前っ!」

 えっ、私か?

「たまにはお前と二人でゆっくりしてぇんだよっ!」

 まったく、気がつけっ!というつぶやきまで聞こえた。

 そうだったんだ。

 そう言えば、最近、土方さんと二人きりでは行ってないなぁ。

「そうですね、わかりました。今度は沖田さんには内緒で」

 その時は、私も久しぶりに温泉に入ろうかな。

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