大坂借金騒動
7月になった。
現代で言うと、8月の中旬になる。
6月末に、大坂で事件があったので、大阪で7月を迎えた。
どう言う事件かというと…。
「歳、石塚 岩雄っていう隊士はいたか?」
ある日、近藤さんが土方さんに聞いてきた。
「そんな名前の隊士はいない。何があった?」
「どうも、そいつが大阪で、壬生浪士組の名前を出して、金を借りているらしい。」
「何?」
確か、同じような事件が6月にもあった。その人は、壬生でさらし首にされてたけど。
やっぱり、今回も、捕まえてさらし首にするのだろうな。
そんなわけで、何人かで大坂に向かった。それが6月末の話だ。
大坂に入った7月。その石塚 岩雄という人を探すことになった。
「情報は、壬生浪士組の名前を使ってお金を借りた人。ですね。」
土方さんに聞いた。
「そうだ。」
土方さんは、自信満々で答えた。
「それだけですか?」
「それだけだ。」
毎回思うのだけど、それだけの情報で、どうやって大坂の街にいる一人の人間を探せというのだ?せめて、写真とかないのか?ない。だって、江戸時代なんだもん。
「せめて、人相書きとかないのですか?」
「そんなもん、ない。」
「ないって…作りましょうよ。」
「作るって、どうやって作るんだ?」
「とりあえず、その人の顔を見たことある人に会って、話を聞いてみましょう。」
という訳で、その人がお金を借りたという豪商の家へ、話を聞きに行った。
「どんな顔してましたか?」
私が聞くと、そこのご主人が、首をかしげながら、
「どんな顔って言われても…。」
「例えば、目。大きいとか小さいとか。」
「目は、小さかったなぁ。ちょっとつり目なかんじやな。」
「すみません、紙と筆を貸してください。」
ご主人から紙と筆を借りて、目を書いてみた。
「そう、もうちょっと真ん中によっとったかな?」
「こんな感じですか?」
「そう、それや。」
という感じで顔を書いていった。そしてその顔は完成した。
「そう、まさにこの人や。」
「そうか。この絵をうつして、大坂中に貼ろう。蒼良よくやった。」
そんなわけで、みんなで張り紙の絵をうつし、できる限り貼り付けていった。
そうすると、すぐに情報が入ってきて、捕まえることができた。
そして、前回同様、打ち首の上にさらし首。今回は天満橋の欄干。そんな人通りのいいところに晒していいのか?
「見せしめになる。」
土方さんはそう言うけど、それを見る方の気持ちになると、勘弁してくれ~という状態になる。
こうして、この騒動は終わった。ついでにこっちもお金を借りようということで、近藤さんと芹沢さんの書状を持って、鴻池さんの家にお邪魔している。
ここのところ、壬生浪士組の名前を借りてお金を借りる人が増えたので、そういう人たちと間違われないように、両局長の名前の書いてある書状を持っていくことになった。
「わざわざこんな書状持たせんでも、土方はんの顔見ればわかるやろう。」
「でも、一応決まりなので。もしかしたら自分以外の人間が来るかもしれない。」
「蒼良はんなら、大歓迎や。」
大歓迎とまで言われたので、
「ありがとうございます。」
と、お礼を言った。
「ところで、この飲み物は一体?」
「ああ、外国の飲み物で、変わっとるさかい、出してみたんや。」
どう考えても、この小麦色の色と白い泡の飲み物は…。
「ビール!」
「蒼良はん、知っとったんかい?」
「は、はい。」
現代では、珍しくも何もないけど、この時代ではさぞかし珍しいものなのでは?
「俺は、初めて見るぞ。」
「土方さん、飲んでみたらどうですか?」
「俺に味見をさせるのか?お前から飲めっ!」
「これはお酒なので、飲めません。」
「蒼良はん、そこまで知っとんのかい?」
「はい。」
「外国の酒か。じゃあ味見してみるか。」
土方さんが一口のんだ。すると、ものすごく苦そうな顔をしてむせた。
「ゴホゴホ、なんだ、この味は。ずいぶん苦いじゃないか。」
「苦いのですか?でも、夏のお風呂上がりとかに美味しそうに飲んでますよ。」
「どこの誰が飲んでんだ?」
「みんな。」
「えっ、みんな?」
鴻池さんと土方さんが、口を揃えていった。えっ、何か言ってはいけないことを言ったのか?
「そんな、珍しいと思っとったんだけど、みんな飲んどるって…。」
しまった。現代ではみんな飲んでいるけど、江戸時代はそんなことないはず。
「あ、外国…そう、外国の人ですよ。」
「そりゃ、外国の酒だもんな、当たり前だろう。」
なんとかごまかせた。
「今度は、蒼良はんの知らん物を用意しとかんとな。」
鴻池さんは、笑いながら言った。しかし、その後真面目な顔になった。
「先月の事なんやけど、加嶋屋作兵衛はんの所にな、大内 真蔵って人と、石沢 千吉って人が、金借りたそうやけど、壬生浪士組の人やろか?」
「えっ、そんな名前の隊士は、聞いたことありません。」
私が答えると、土方さんは難しい顔をして
「いつのことだ?」
と聞いてきた。
「先月の頭やっただろうか?」
その言葉を聞いて、しばらく考えていた土方さんだったけど、その口から出てきた言葉は、
「それは、芹沢さんだ。」
という言葉だった。
「なんで、芹沢さんが?偽名を使って?」
「遊興費でも借りたんだろ。」
「またなんで、そんな金を…。」
「その金に、お前も関わってるんだがな。」
「えっ、私?」
私が何をしたというのだ?
「舟借りて川涼みしただろう。」
確かにした。その後、力士と乱闘になったんだ。
「その金はどこから出てる?」
「あれは、確か芹沢さんから…あっ!」
そこまで言って気がついた。あの時の川涼みのお金を借りたんだ。
「いずれ、命があったら返済するっていう証文を置いていったらしい。」
鴻池さんが困ったような顔をしていった。なんか、恥ずかしかった。その金で自分も一緒に遊んでいたとは。
「すみません。」
「蒼良はんは、悪うない。知らんかったんやさかいに。」
一生懸命に、鴻池さんが慰めてくれた。
鴻池さんの家をあとにし、大坂の街を歩いていた。
「まったく、芹沢さんも、自分のお金で遊べばいいのに。」
「ないから、借りたんだろう。それに、若い隊士にいい顔したかったんだろ。」
「最近お酒の量も増えてるし。また変なことしなければいいのですが。」
「こればかりは仕方ねぇな。変なこと起きるときは、起きるものだ。」
「でも、壬生浪士組の名前が落ちます。」
「もう落ちてんだろう。」
確かに。最近、巡察に行くと、コソコソと逃げられることが多い。多分陰口を言っているんだろうなぁと思うことも多い。
それだけのことをやっているんだから、仕方ないといえば仕方ない。でも…。
「なんか、悲しいなぁ。治安を守るために一生懸命働いているのに。」
私がそうつぶやくと、頭に土方さんの手がポンッと乗ってきた。
「いつか認められる時が来る。その時までやるしかないだろう。」
「そうですね。頑張ります。」
認められる日、確かにくる。それを知っている私なら、乗り越えることができる。逆に、みんなの力にならないと。
そう思いながら、宿である京屋まで帰ったのだった。




