近藤さんのお墓参り
今までの間に、いくつかの戦があった。
まず、今市の戦い。
宇都宮から大変な思いをして会津に落ちのびてきた大鳥さん。
会津で山川大蔵に出会い、兵を編成しなおす。
そして、幕府と会津の連合の軍が出来上がり、政府軍に取られた今市宿などをとりかえすために出兵する。
大桑宿と言う現代で言う日光市付近で幕府軍の一部と、政府軍の一部が出会い衝突する。
これがきっかけとなり、政府軍に幕府軍の出兵がわかってしまい、政府軍は対抗するために出兵する。
お互いの通り道となる会津西街道は、当時、非常に道が悪かった。
政府軍より早くその道を通り、会津西街道の栃木側に陣を置く。
それを知らない政府軍はそこに着き、山の上に陣を置いていた幕府軍に攻撃される。
政府軍は幕府軍を甘く見ていて、充分な弾薬を持っていなかった。
そのため、幕府軍が優位に戦は進むけど、政府軍も黙ってはいなかった。
援軍が到着すると、たちまち政府軍が優位に立つけど、幕府軍も援軍が到着する。
政府軍は大桑宿に放火をして退陣する。
この戦いは、幕府軍が勝利した。
これが閏四月十九日のこと。
次の日の二十日は、会津藩士や新選組が白河城に入った日。
この日に第一次今市の戦いが起こる。
まず幕府軍は、兵を二つに分けて、日光街道の東西から今市宿を責める作戦をたてた。
大鳥さんは、この戦の指揮をとっていた。
片方を山川大蔵が率いて、大谷川を渡り、今市宿の東側へ進んだ。
片方の兵たちは、さらに二つに分かれ、一つは日光街道で日光へ退陣する政府軍と戦うために待機をし、もう一つの兵たちで今市宿の西側へ進んだ。
みんなが連携して攻撃が出来ればよかったのかもしれない。
しかし実際は、山川大蔵が率いる兵たちが早く着き、先に攻撃を始めてしまう。
そして山川大蔵の軍は左側から政府軍の攻撃を受けてしまい、敗走をする。
この時に死者もたくさん出る。
挟み撃ちをするはずだったもう一つの兵たちはどうなったかというと、彼らも大谷川を渡るのだけど、それに手間取ってしまい、川を渡っている最中に山川大蔵の兵たちが戦っている鉄砲の音が聞こえてくる。
急いで川を渡り、作戦通り日光街道で待機する兵と今市宿を攻撃する兵を分けるけど、今市宿に着いた時は、すでに山川大蔵の兵達が敗走した後だった。
大谷川を渡って敗走をし、政府軍もそれ以上追ってくることはなかった。
その後、梅雨で雨が続き、大谷川も増水をしてしまい、しばらく今市宿を攻撃することが出来なかった。
そして、五月一日に白河口の戦いが白河である。
この戦いに斎藤さんが参加するのだけど、敗戦する。
今市宿の方の動きがあったのは、五月六日のこと。
五月五日まで雨が降っていて、この日にようやくやんだので、幕府軍は次の日の六日に今市宿の攻撃することを決める。
前回の今市の戦いのときは、今市宿を挟み撃ちする作戦で失敗したので、今回はみんなで今市宿の東側を攻撃する。
一方の政府軍は、今市宿の守りを固める。
そして迎えた六日。
幕府軍は今市宿の東側から攻撃を始める。
政府軍も、必死に守る。
幕府軍が今市宿の東側をもうすぐで突破できるっ!というとき、政府軍が兵を再編成しなおし、反撃を始める。
そして政府軍に援軍も到着し、幕府軍は敗走した。
敗戦の知らせが私たちの所にも入ってきた。
白河口の敗戦の時のように、土方さんは暴れるんじゃないかと思った。
しかし、土方さんは暴れずに、
「そうか」
と、寂しそうに言うと、縁側に座って庭をながめていた。
その姿を見ると、何も言えなくなってしまった。
土方さんの心の中で、戦に行きたいと言う思いと、行けないと言う現実が戦っているのだろう。
だから、黙って土方さんの背中を見ていた。
しばらくすると、土方さんが
「おい、肩を貸してくれ」
と私を呼んだ。
「大丈夫ですか?」
私はそう言いながら土方さんの方へ行った。
「なにがだ?」
「心の中で戦っている様にも見えたので……」
「ここで考え込んでいても仕方ねぇだろう。今、俺がやるべきことは、早く怪我を治すことだ。今日も行くぞ」
東山温泉に行くと言う事だろう。
「はい」
私が返事をすると、土方さんは私の肩をつかんで立ち上がった。
東山温泉は会津城下近くにある温泉で、傷とか怪我とかにも効くらしい。
良順先生に勧められたので、杖をついて歩けるようになると通い始めた。
私も温泉に入るときは女装をしていくけど、入らない時は男装のままついて行く。
今日は、男装のまま行く。
いつも通り玄関で支度をしていると、
「今日も仕事なの?」
と、沖田さんが声をかけてきた。
前にも玄関で話しかけられ、土方さんが
「仕事だっ!」
と言ってごまかしたことがあった。
「そうだ」
土方さんは胸をはってそう言った。
「温泉に入るのも仕事なんだ」
あれ?ばれてるぞ。
「なんで沖田さんが知っているのですか?」
思わずそう言うと、
「やっぱり、温泉なんだ」
と、沖田さんが言った。
「お前、総司の話に引っかかってんじゃねぇよ」
もしかして、私、沖田さんにかまをかけられたのか?
「二人で温泉なんてずるいなぁ」
「ずるいって、立派な治療だっ!」
土方さんの言う通り、治療なのだ。
「僕も一緒に治療しに行きたいなぁ」
「残念だが、東山温泉は労咳には効かねぇよ」
そ、そうなのか?
「労咳に効く温泉があれば、不治の病なんて言われずにすむのにね」
そう言った沖田さんの顔が寂しそうだった。
「土方さん、沖田さんも一緒に連れて行ってあげるのはどうですか? 一人増えたところで温泉は減りませんから」
寂しそうな顔をしているし……。
「減るかもしれねぇだろうが」
そ、そうなのか?
沖田さんと一緒に土方さんを見ていると、
「わ、わかった。一緒に来いっ!」
と、土方さんが言った。
「ところで、なんで私たちが温泉に行っているって、知っていたのですか?」
東山温泉に行く途中、沖田さんに聞いてみた。
「ああ、どこに行っているのか気になって、後をつけたことがあってね」
そ、そうだったのか。
「くそっ、全然気がつかなかった」
土方さんは本当に悔しそうにそう言っていた。
外で二人が温泉に出てくるのを待っていた。
すると、中からドボンッ!と、水に飛び込む音が聞こえてきた。
もしかして、あまりに嬉しくて、沖田さんが温泉に飛び込んだのかな?
そう思うと、思わず微笑んでしまった。
しかし、もう一回ドボンッ!という音がした。
最初のが沖田さんだとして、今のは土方さん?
えっ、怪我をしているのに?
もしかして、沖田さんに押されて落とされたとか……。
蹴飛ばされて、落とされたとか……。
なんか、嫌な予感しかしないのだけど……。
二人が入っているところへ入ろうとしたけど、入る直前で気がついた。
男湯じゃないかっ!
でも、土方さんに何かあったかもしれないし……。
出入り口で迷っていると、再びドボンッ!という音が聞こえてきた。
今度は二回連続で。
間違いない、土方さんも温泉の中に落とされているっ!
怪我をしているのにっ!
もう迷っている場合じゃなかった。
「土方さん、大丈夫ですかっ!」
私は男湯に飛び込んでいた。
男湯には誰もいなかった。
あれ?なんでいないんだ?
「蒼良すけべだね」
後ろから沖田さんの声がした。
「沖田さんっ! 土方さんをどこに……」
そう言いながら沖田さんを見ると、裸だった。
当たり前だ、温泉なんだから。
下を見なければ問題ない。
うん。
なるべく沖田さんの顔だけを見ていた。
「土方さんなら、あそこだよ」
沖田さんが指をさした方を見ると、そこは川だった。
温泉のすぐ近くに川が流れていて、そこに土方さんがいた。
「なんであんなところにいるのですか?」
怪我をしているのに、どうやってあそこまで?
「温泉が熱いから、川に飛び込んだんだ」
沖田さんは何事もないような感じで言った。
「川に飛び込んだって、土方さんは怪我人なのですよ」
「僕も止めたんだけどね。地面に飛び込むわけじゃねぇって言って聞かなかったんだよ」
そ、そうなのか?
「お前っ! なんで総司と二人で男湯にいるんだっ!」
川の中で土方さんが私たちを指さして言った。
そうだった、男湯だった。
「そ、そんな大きな声で言わないでくださいよっ!」
は、恥ずかしいじゃないかっ!
土方さんが無事だとわかったから、さっさと男湯から出よう。
それにしても、この前も土方さんは温泉が熱いと言っていたけど、本当に熱いのか?
出る前に気になったから、湯船に手を入れてみた。
「あ、熱いっ!」
思わずそう叫んでいた。
私が外に出てしばらくすると、土方さんたちも出てきた。
「今日は天気もいいし、行ってみるか」
土方さんがそう言ったけど、どこへ行くんだ?
そう思っている間にも、土方さんは杖をついて歩き始めた。
「どこへ行くんですか?」
温泉に入っている間に、二人で話をしていたのか?
沖田さんに聞いたら、
「お楽しみに」
と、楽しそうに言われてしまった。
着いた場所は天寧寺だった。
ここは確か、近藤さんのお墓があるお寺だ。
近藤さんのお墓は、天寧寺の裏にある墓地に、草に隠されるように建てられていた。
きっと、政府軍が来た時に見つからないようにするためだろう。
見つかったら壊されてしまうから。
現代も残っているから、見つからなかったと言う事だろう。
「近藤さん、来たぞ」
土方さんはそう言いながらお墓に近づいた。
途中でつんできたお花を沖田さんがお供えしていた。
「また戦に敗けた。俺はこのざまで戦に行くことは出来ねぇ。ただ見ているだけしか出来ねぇのも辛いな」
土方さんは近藤さんのお墓に話しかけていた。
「それを言うなら、近藤さんだって、もう見ていることしかできないから、同じでしょう」
沖田さんが土方さんの横に立ってそう言った。
「そうだよなぁ。きっと近藤さんも悔しがっているだろうな」
土方さんは、再び近藤さんのお墓を見てそう言った。
「僕だって悔しいよ。戦に出れないんだから」
「総司、今の戦は、刀じゃなくて銃が主役だ。総司は銃が使えんだろうが」
「僕だって、使おうと思えば使えるかもしれないじゃん」
そうかもしれないけど……。
「その前に、沖田さんは病人なんだから……」
「蒼良はいつもそんなことを言うんだから」
と言いながら、沖田さんはゴホゴホと咳をし始めた。
「おい、大丈夫か?」
土方さんも心配になったのだろう。
沖田さんに声をかけた。
「沖田さん、大丈夫ですか?」
「そんな、みんなで怖い顔しないでよ。風邪をひいただけだよ」
そ、そうなのか?
「風邪ならいいが」
そう言うと、土方さんは再び近藤さんのお墓を見たのだけど、さっきのように話すことはなかった。
きっと、心の中で話をしているのかな?
「よし、帰るぞ」
土方さんのその言葉で、私たちは近藤さんのお墓を後にした。
「今度はいい報告が出来るといいね」
沖田さんがそう言った。
土方さんはうなずいたけど、私はうなずけなかった。
いい報告が出来そうにないって知っていたから。
「また来よう」
土方さんはそう言って歩き始めた。
私たちも後をついて行くように歩いた。