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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年閏4月
424/506

花菖蒲

 土方さんの怪我も少しずつ良くなっているのか、痛くて機嫌が悪いと言う事はなくなった。

 でも、まだ布団の中で横になっている。

 梅雨で気候もあまりよくないから、それは仕方ないのかな。

 ここでしか休むときがないから、今はゆっくり休んで治せばいいか。

「いつもありがとな」

 ある日突然に、土方さんがそう言った。

 な、なにかあったのか?

「もしかして……、明日死んじゃうとかってないですよね?」

 まだ大丈夫だと思ったのだけど……。

「なんでだ?」

「土方さんが急にお礼を言い出すから……」

「俺がお礼を言ったらいけねぇのか?」

 いや、いいですよ。

 それはいいことです。

 ただ、突然だったから驚いたのだ。

「いつも花を変えているのはお前だろう?」

 土方さんは、枕元に飾ってある紫陽花を見てそう言った。

「あ、気がつきましたか」

 さすが、俳句を作るだけ……その話題は禁句だった。

 しおれたものを土方さんに見せたくないなぁと思ったのと、ずうっと部屋で寝ているから、季節も感じてもらいたいなぁと思い、花は毎日変えていた。

 ただ、まだ紫陽花しか飾っていなくて、色が違う紫陽花を毎日飾っていた。

「この時期の花で、綺麗な花とか好きな花とかありますか?」

 リクエストがあったりするのかな?

花菖蒲はなしょうぶ

 土方さんがポツリと言った。

 ああ、花菖蒲があった。

「それなら近いうちに飾りますね」

「無理はするなよ」

 急にどうしたんだ?

「お前の事だから、よその家に咲いている物を盗んできそうでな」

 そ、そんなことしないぞっ!多分っ!

 ちゃんと話をしていただくかもしれないけど……。

「そんなことはしませんよ」

「楽しみにしいよう」

 飾ってある紫陽花を見ながら土方さんは楽しそうにそう言った。


 土方さんの部屋を出ると、

蒼良そら

 と言う、沖田さんの声が聞こえた。

「土方さんのお世話? 毎日大変だね」

 お世話って、まるでペットか何かのお世話みたいな言い方だよなぁ。

「大変じゃないですよ」

 土方さんがよくなってきている姿を見ると、私も嬉しい。

「そう? 僕はできないなぁ」

「沖田さんも、お世話される方ですからね」

 元気なんだけど、病人なんだから。

「で、花菖蒲探しに行くの?」

 えっ?

「聞いていたのですか?」

 盗み聞きしていたのか?

「聞いてないよ。聞こえてきた」

 そ、そんな大きな声で話していたかなぁ。

「僕、いいところ知っているよ」

 そうなのか?

「教えてもらえますか? 私が一人でさっさと行きますから」

 沖田さんに付き合ってもらうわけにはいかない。

「蒼良が一人で行けるかなぁ……」

 えっ?どういう意味だ?

「ちょっと複雑なんだよね。教えても蒼良一人で行けるかどうか心配だなぁ」

 じゃあどうすればいいんだ?

「だから、僕も一緒に行くよ」

「だめです。沖田さんも安静にしていないといけないのに……」

「でもさぁ、こんな日に部屋で安静にしていたら、カビがはえちゃうよ」

 いや、はえませんよ、多分……。

「だから、僕も一緒に行ってあげるから、早く行こうっ! ちょうど雨もやんでいることだし」

 ん?やんでいる?

 そう思って玄関に出て外を見ると、曇ってはいたけど雨は止んでいた。

「さぁ、行こうっ!」

 沖田さんに手を引かれ外に飛び出した。 

 安静にしていないといけないのに、私に付き合ってもらっていいのかな?

「僕は大丈夫だよ。それに久しぶりに蒼良と一緒に出かけたいなぁ」

 そ、そうなのか?

「じゃあ、具合が悪くなったらすぐに言ってくださいね」

「わかったよ。だから、そんな心配そうな顔をしないで」

 心配になるだろう。

 それにしても、沖田さん、いつの間にそんな場所を知ったんだ?

「なんで……」

 その場所を知っているか聞こうとしたけど、

「さぁ、行こうっ!」

 と、沖田さんに手を引かれたので、聞くことが出来なかった。


 どれぐらい歩いたんだろう?

 沖田さんが知っていると言ったから、近くだと思っていた。

 でも、会津の城下町を出て一時間ぐらい歩いただろうか。

 やっとその場所に着いた。

「ここだよ、ここ」

 なんでこんなとんでもない場所を知っているんだ?

 着いた場所が伊佐須美神社と言う場所だった。

「ここは花菖蒲が綺麗らしいよ。宿の人に聞いてから、いつか行ってみたいと思っていたんだ」

 いつか行ってみたいって……。

「宿からずいぶん遠いじゃないですかっ!」

「これぐらい、遠いうちに入らないよ。京へいた時もこれぐらいなら普通に歩いていたじゃん」

 そうなんだけど……。

 この時代は、バスとか電車とか便利な乗り物がないから、どこへ行くのも徒歩が普通だ。

 ちなみに、今回のこの距離は、乗り物に乗っていく距離だ。

「沖田さんは病人なのですよ。こんな長い距離を歩いたらだめですよ」

「って言っても、もう歩いちゃったもんね」

 確かに。

「ほら、花菖蒲を見に行こう」

 再び沖田さんに手を引かれ、神社の中に入った。


「うわぁ、本当に花菖蒲がたくさんですね」

 たくさんの花菖蒲が咲いていたので、思わずそう言った。

「だからここまで来たんでしょ」

 そうなんだけど……。

「で、蒼良は花菖蒲をなんで見たかったの?」

 あ、そうだった。

「見るんじゃなくて、取りに来たのです。土方さんに見せてあげようと思って」

「えっ、土方さんのために来たの?」

 えっ、いけなかったのか?

「なんだ、それならここを教えなきゃよかったなぁ」

 えっ?そうなるのか?なんでだ?

「土方さんは部屋でずうっと寝ていて季節がわからないじゃないですか。花で季節を味わってくれればいいなぁと思ったのですよ」

「わかったから、早くとりなよ」

 沖田さん、なんか怒ってる?

 そう思って見ていると

「僕が土方さんのように起きれなくなったら、蒼良は僕に花を探してくれる?」

 沖田さんが起きれなくなったらなんて、縁起が悪すぎて考えたくない。

 けど、質問されているから仕方ない。

「もちろん、ちゃんとお世話させてください」

 そうなったときは、沖田さんのお世話もするつもりだ。

「じゃあいいよ。とって来なよ」

 と、笑顔でそう言ってくれた。

 じゃあいいよって、ここは沖田さんの庭か何かなのか?

 それにしても、さっき怒っていたように見えたのは、気のせいか?


 花菖蒲をいくつかとり、会津の城下町を目指して歩き始めた。

「もうちょっとゆっくりしようよ」

 と、沖田さんが言ったけど、こんな遠くまで来るとは思わなかったし、今は一刻も早く帰って土方さんの様子を見たい。

 具合悪くなっていないか心配だ。

 それに天気も心配だ。

 さっきより空が暗くなっているような気がする。

「早く帰りましょう。雨が降って来そうですよ」

 傘、持ってこなかったからなぁ。

「仕方ないなぁ。もうちょっとあっちこっち寄ってみたかったのになぁ」

 そんな余裕はないだろうっ!

 それに、なんであっちこっちを知っているんだ?

「沖田さん、もしかしてここに来たことがありますか?」

 私がそう聞くと、

「あ、雨が降って来そうだから、行こうっ!」

 と言って、私の手を強く引いて歩き始めてしまった。

 この反応は、絶対に来たことがあるな。

 いつこんな遠くまで散歩しているんだろう?


 帰り道、天気を心配していた。

 空はさっきよりも暗くなり、雲も厚くなっていった。

「降りそうだなぁ」

 沖田さんが空を見てそう言った。

 この時代、これから雨が降ると教えてくれる親切な人はいない。

「降りそうですね」

「どこか、雨宿りできるところを探したほうがいいかな?」

 沖田さんがそう言った時、ポツリと手に雨があたった。

「あ、降ってきたようですよ」

 私がそう言うと、ポツリポツリと雨はどんどん降ってきた。

「降ってきたよ」

 沖田さんは私の手を引いて走り始めた。

 私も一緒に雨の中走った。

「ここに入ろう」

 どこかの家の軒下に入った時、ザーッと音をたてて雨が降り出した。

「降って来ちゃった。とりあえずここで雨宿りをして様子を見よう。この降り方だとすぐにやむと思うんだけどね」

 少しぐらいの雨なら、雨の中走って行くのだけど、音をたてて激しく降っているので、この中を走って行こうとは思えなかった。

「そうですね。そうしましょう」

「僕は、蒼良と一緒にいられる時間が増えて嬉しいけどね」

 そ、そうなのか?

 どう返事をしたらいいんだろう?

 返事に迷っていると、沖田さんがごほっと小さい咳をした。

「沖田さんっ! 大丈夫ですか?」

 もしかして、労咳が悪化したとか?

「大丈夫だよ。ちょっとむせただけだよ」

 そ、そうなのか?

「お師匠様のお薬、飲んでますよね?」

「飲んでるよ。あの薬、毒薬みたいな色しているけど、効くよね」

 飲んでいるなら、悪化したと言う事はないか。

 本当にむせただけなのか?

「蒼良がそんなに心配すると、僕はむせて咳をすることもできないじゃん」

 だって、他の人が咳をするより、沖田さんが咳する方がものすごく気になるし、心配になるんだもん。

「僕は、大丈夫だよ」

 ポンッと沖田さんの手が私の頭の上に乗った。

「それにしても、蒼良が大事そうに花菖蒲を持っているのが気にくわないなぁ」

 なっ、いきなりそんなことを言うのか?

「だって、せっかくとってきたのに、雨にぬれてグチャグチャになったら嫌じゃないですか」

「そうなんだけど、それは土方さんのためにしていると思うと、気にくわないんだよなぁ」

 な、何だそりゃ。

「今度、僕にもやってね」

「分かりました」

 沖田さんが倒れたらなんて考えたくないんだけど。

「で、どういう花が好きですか?」

「そうだなぁ。その時考えるよ」

 そうなのか?

「冬に、向日葵持ってこいとかって言うのはやめてくださいね」

 ちゃんと季節にそった花を指定してくれるといいのだけど。

「そんな意地悪なことはしないよ。蒼良は僕がそんなことをすると思っているの?」

 思っているから聞いたんだけど……。

 そんな私を見て、

「わかった、そう思っていたんだ。それなら蒼良の思っている通りにするからね」

 と沖田さんはすねたように言った。

 ええっ、そうなるのか?

 でも、そういう日がこないほうがいい。

 来ないと思いたいから、沖田さんが冬に向日葵と言う事もないと思いたい。

 だから、

「いいですよ」

 と、得意げに言ってみた。

 沖田さんは、

「覚悟しておいてね」

 と、いつもの楽しそうな笑顔でそう言った。


 雨は一時間ぐらい激しく降ったけど、その後はすぐやんだ。

「ほら、僕の言う通り、すぐにやんだでしょ」

 うん、やんだ。

「僕はずうっと降っていてほしかったんだけどね」

「そ、そんなこと言わないでくださいよ」

 このまま帰れなくなったらなんて、想像したくない。

 今でも土方さんの事が心配で早く帰りたいのだから。

「だって、蒼良と一緒にいたかったから」

 そんな私と一緒にいたかったのか?

「それなら、一緒に土方さんの部屋にいれば、一緒にいれますよ」

「それは嫌だなぁ」

 そ、そうなのか?

 そう言われちゃうと、後はどうすればいいんだ?

「じゃあ今度、良順先生の診察があるから、それに付き合ってよ」

 それは沖田さんから付き合ってと言われなくても、一緒に行きたいぐらいだ。

「わかりました。その時は声かけてくださいね」

 私がそう言うと、沖田さんは笑顔でうなずいた。

 そして、

「帰ろう」

 と言って、私の手を引いて歩き始めた。


「ずいぶんといなかったじゃねぇか」

 沖田さんと一緒にとりに行った花菖蒲を、土方さんの枕元にいけていたら、土方さんにそう言われた。

「花菖蒲をとりに行った場所が、思ったより遠かったのですよ」

「そんな遠くまで探しに行ったのか? だから無理するなって言っただろうが」

「探しにと言うか、沖田さんがいい場所を教えてくれたのですが、それが思いのほか遠かったのですよ」

 まさか、城下町を出るとは思わなかったもんなぁ。

「総司の奴っ! わざわざ遠くを教えやがったな。で、お前一人でそんな遠くまでとりに行ったのか?」

 心配そうな顔をした土方さんにそう聞かれた。

「沖田さんが案内してくれたので、大丈夫でした」

「大丈夫じゃねぇだろうっ! よけい心配だ」

 そ、そうなのか?

 きっと沖田さんが病気だから心配だったのだろう。

「沖田さんは大丈夫でしたよ。長い距離を歩いても元気でした」

「総司じゃねぇよ。総司は問題ねぇだろう」

 それなら何が心配だったのだろう?

「くそっ! 総司の奴っ! お前ものこのこと総司について行くなっ!」

 な、なんで私が怒られないといけないんだ?

 でも、ここで返事をしないとさらに怒りそうで、それは傷にとっても悪そうな気がしたから、思わず

「はい……」

 と、返事をしてしまったのだった。

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