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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年閏4月
423/506

土方さんの怪我

 土方さん、今日は具合が悪そうだなぁ。

 ついでに機嫌も悪そう。

 会津も梅雨に入ったみたいで、しとしとと雨が降り続いていた。

 この気候で傷が痛むのか、土方さんはむすっとした顔で布団にもぐっていた。

「あの……、大丈夫ですか?」

 恐る恐る、声をかけてみた。

「なにがだ?」

 怒っているような声を出して土方さんはそう言った。

 やっぱり機嫌が悪そうだよ。

「傷が痛みますか?」

「そうだな、それもあるが……」

 そう言いながら外の方へ顔を向けた土方さん。

「白河へ行けず、ここで留守番って言うのが一番嫌だな」

 それもそうだよね。

 ここまで最前線に立って戦ってきた。

 そして、久しぶりに新選組として白河へ行くことになったのに、それに行けないと言う事が一番悔しいのだろう。

「動きたくても動けねぇって、こんなにも悔しいとは思わなかったな」

 土方さんは、視線を外から部屋の天井へ戻した。

「そのせいか、最近は傷が痛んで歩くことも出来ねぇ。情けねぇな」

「大丈夫ですよ。傷は治りますから、治ったら歩けますよ。明日になれば、今日より痛みはなくなっていると思いますよ」

 傷は治っていくものだから、痛みも一日一日で少しずつ良くなるはず。

「そうだといいんだがな」

 土方さんとそんな話をしていると、

「土方さん、望月光蔵と言う幕府の人間が見舞いに来たいと言っているんだが……」

 と言いながら、原田さんが入ってきた。

 原田さんも白河には行かなかった。

 斎藤さんから、土方さんと沖田さんの護衛を頼まれたらしい。

「望月光蔵?」

 土方さんがそう言いながら首をひねる。

「知り合いじゃないのですか?」

「知らん。で、そいつがどうしたって?」

 土方さんが原田さんに聞いた。

「同じ宿に宿泊しているみたいで、土方さんのことを宿の人間か誰かに聞いたらしく、ぜひ見舞いにってことらしいが、具合が悪いなら断るけど」

 原田さんがそう言うと、

「幕府の人間だろう? 断るわけにもいかねぇだろう」

 そ、そうなのか?

「でも、無理して会わなくても……。日を改めて来てもらうって言う方法もありますよ」

 なんか具合悪そうだし……。

「俺が会うって言ったら会うんだよっ! 左之、連れて来い」

 機嫌も悪そうだし……。

 何事も無ければいいのだけど……。


 望月光蔵と言う人が部屋に来たので、私は宿の人にお茶を頼みに行った。

 少し宿の人と話をして、部屋に戻って襖を開けたら……。

 望月さんが部屋を出るところだった。

 ずいぶん早く話が終わったんだなぁ。

 そして、望月さんが出たと同時に枕が私めがけて飛んできた。

 な、なにごとっ!

 とっさによけたから、枕は廊下の壁にあたって落ちた。

「あ、危ないじゃないですかっ!」

 私は枕をもって部屋に入ると、ものすごく怒っているのだろう。

 顔を赤くして肩を上下させて息をしている土方さんがいた。

 な、なにがあったんだ?


 護衛のために部屋にいた原田さんが詳しく話してくれた。

 それによると、まず望月さんが部屋に入ってきても、土方さんは布団から出ずに横になったままだったらしい。

 これは怪我人だから仕方ないとして……。

 そして、

「俺たちと一緒に戦え」

 みたいなことを言ったらしい。

 すると望月さんは、

「私は文官だから戦うことはできません」

 と、土方さんの態度にムッと来たみたいでそう言ったらしい。

 すると土方さんは、

「じゃあなんでお前はこんな遠いところまで何をしに来たんだ、この臆病者め」

 と言ったらしい。

 臆病者は余計だろう。

 そう言われると誰でもムッする。

 もちろん望月さんもそうだったんだろう。

「あなたたちは宇都宮城を奪ったが、すぐに奪い返されてしまった。再び奪う事は難しいだろう。これは惜しいことだ。あなたもまた臆病者だろう」

 そう言い放ったらしい。

 それを聞いて機嫌が悪かった土方さんがさらに機嫌が悪くなった。

「うるさいっ! 傷にさわる。もう聞きたくないから出ていけっ!」

 と言って、枕を投げたらしい。

 その枕に私が当たりそうになったのだけど……。

「ま、そんなところだ。あんな怒り方をした土方さんを初めて見たよ」

 原田さんは楽しそうにそう言ったけど、別に楽しいことじゃないからね。

 チラッと土方さんを見ると、私たちに背中を向けて寝ていたのでどういう顔をしているかわからない。

 けど機嫌が悪いのはわかる。

 きっと怖い顔をして横になっているんだろうなぁ。

「土方さん、大丈夫ですか?」

 背中越しに声をかけた。

「大丈夫じゃねぇから寝てんだろうがっ!」

 ま、まだ怒っている。

「とにかく、落ち着いてください」

「これが落ち着かずにいられるかっ! 傷がなければあんな奴っ!」

 わ、わかりましたから、落ち着いて……。

 そう思いながら、土方さんの肩が布団から出ていたのでかけなおした。

 怪我をしてから、ずうっと熱が高かった。

 怪我をしたら熱が出るとは言っていたけど、こんなにも続くものなのか?

 良順先生の所に相談に行ってみようかな。

 出来れば往診も頼もうかな。

「良順先生の所へ行ってきます」

 原田さんにそう言うと、

「わかった。土方さんは俺がみているから」

 と言ってくれた。


「痛いのは当たり前だろう。鉄砲の弾が足に貫通したんだからな。貫通でよかった。弾が残っていたらとるのが大変だったんだぞ」

 そ、そうなのか?

 良順先生は、会津の日新館と言う会津の藩校に診療所を作って、怪我人の治療にあたっていた。

 そこに土方さんの事を聞くために訪ねていったら、あっさりとそう言われてしまったのだった。

 こうあっさりと言われるとは思わなかった。

「痛み止めとかってないですよね」

 この時代、痛み止めってあるのか?そう思い良順先生に聞いてみた。

 そう言う薬があって、飲んで楽になるのなら、土方さんに飲ませてあげたい。

「痛みを止める薬か? あるぞ」

 あるのかっ!

阿芙蓉あふようがあるが」

 阿芙蓉……、確かあへんじゃなかったか?

 あへんとは、麻薬の一種だ。

「そ、そんなものを使ったら、土方さんが廃人になりますよっ!」

 だめ、絶対にだめ。

「量を多く使えば毒になるが、少量なら薬にもなる。慶喜公が体調不良を訴えた時、これを飲ませて寝かしてやったら、すぐによくなったぞ」

 そ、そうなのか?

「土方君が、これを必要なぐらい弱っているかどうかは診察しないとわからないが……」

 あへんを飲ませるかどうかは別として、診察はしてもらいたい。

「お願いします」

「わかった。手が空き次第、診察に行く」

 良順先生はそう言ってくれた。

「それまで痛みをとる簡単な方法として、気をそらせると言う方法もあるぞ」

 気をそらせる?

「何もしていないと、痛みが気になるだろう。だが、何かをさせて痛みを忘れさせると言う方法だ」

 なるほど、確かに、何もしていないとそればかり気になるもんね。

「なにか、土方君の好きなことをさせればいいだろう」

 好きなこと……。

 もう一つしか思いつかないんだけど……。

 でも、その話題を出すと怒るんだよなぁ。

 本当に好きなのかなぁ……。

 それがわからないんだけど、きっと句集まで作るぐらいだから好きに決まっている。


 宿への帰り道、紫陽花の花が綺麗に咲いていたので、いくつかもらってきた。

 梅雨のどんよりした雲が空をおおっていても、この紫陽花は空の色みたいに綺麗だ。

 それに、梅雨で天気が悪ければ悪いほど、この紫陽花が輝いて見えるんだよね。

 きっと土方さんは喜んでくれるだろう。


 部屋に入ると、土方さんは眠っていた。

 紫陽花を一輪差しにさして土方さんのそばに置いた。

 コトッと音がしたせいか、土方さんが目を覚ました。

「すみません、起こしてしまいましたね」

「紫陽花、綺麗だな」

 土方さんは、紫陽花を見てそう言ってくれた。

 なんかいい感じだぞ。

「土方さん、痛みを忘れるためにも何かをしたほうがいいですよ」

「何かって、なんだ?」

「今まで忙しかったのですから、ここで休んでも誰も文句は言いませんよ。だから、新しく作ってもいいと思うのですが……」

「なにを作るんだ?」

 わ、わからないかなぁ。

「紫陽花は、季語ですよね?」

「お、お前、もしかして……」

 あ、やっとわかってくれたか?

「怪我をしたとはいえ、やっと時間に余裕だ出来たことですし、そろそろ新しい句集を出してもいいと思うのですが……。あ、題名は……」

 親切に題名まで考えていたら、

「お前、本気でそう言っているのか?」

 と言いながら、さっきの望月さんが来た時のようになっているのは気のせいか?

「好きなことをしたら、痛みも忘れるかもしれないと良順先生が言ってくれたので、どうかなぁと思ったのですが……」

 ひょっとして、だめだったか?

 なんか、土方さんが枕を手に取ったけど……。

「その枕をどうするつもり……」

 と、私が言い終わらないうちに枕が飛んできた。

 ひいっ!

 なんで枕を?

 私は何とか避けた。

「枕が飛んでくるとは、すごい歓迎だな」

 よけた私の後ろから、良順先生の声がした。

「枕を投げるぐらいの元気があれば大丈夫だろう」

 そう言いながら、良順先生は土方さんの隣に座って診察を始めた。


「大丈夫だ。痛みもそのうちおさまるだろう」

 診察を終えた良順先生はそう言った。

「ところで、なんでさっきは枕が飛んできたんだ?」

 良順先生の言葉に土方さんは私をにらんできた。

 やっぱり怒っている。

「そう怒るな。蒼良君も土方君のことを心配していたんだ。その結果がこれだったとしても、これは土方君のために蒼良君がやったことだから、許してやれ」

 良順先生、私のフォローをしてくれている?

「こいつの事だから、そんなことだろうと思っていた」

 そう言う土方さんの顔から、怒りが消えていた。

「す、すみません」

 私が謝ると、

「俺も悪かった。痛みで冷静さをなくしていた」

 そう言って、土方さんも謝ってきた。

「怪我をすれば痛みがあるのは当たり前だ。たが辛ければ、蒼良君にも言ったが痛みをなくす薬がある。飲むか?」

 もしかして、あへんか?

「その薬はあまりいいものではなさそうだな」

 土方さん、知っているのか?

「知っているのですか? その薬のことを」

 私が聞くと、

「俺は薬を売って歩いていたんだぞ」

 だから、知っていると言いたかったのだろう。

「飲まなくても大丈夫だ」

 土方さんがそう言うと、

「そのようだな」

 と、良順先生が言って、診察の道具をかたし始めた。


 良順先生が帰った後も、土方さんは痛みと戦っていた。

 結局、私が出した案は怒らせただけであまり意味がなかったようだ。

 って、てっきり俳句作るのが趣味だと思ったのだけど、違ったのか?

「おい、また変なことを考えているだろう」

 土方さんが私の方を見てそう言った。

「いや、考えていませんよ」

 また枕を投げられたらいやだったので言わなかった。

「それより、傷は痛みますか?」

 土方さんの顔に汗が浮いていたから、きっと痛みを我慢しているのだろう。

 私は、近くにあった手拭いで土方さんの顔を拭いた。

「そりゃ痛いが、さっきよりおさまったような気がする」

 えっ、そうなのか?

「と思っていれば、だんだん痛みもなくなるだろう」

 やっぱり痛いんだ。

「お前がそんな顔をするな。俺は大丈夫だ」

 布団から土方さんの手が出て、私の顔にふれた。

 土方さんの傷の痛みを分けることが出来たらいいのに。

 そしたら、半分私が背負って、少しは楽になるだろう。

「なにも出来なくてすみません」

 痛みに対して何もできないのが悔しかった。

「謝ることはねぇだろう。お前は何も悪いことはしていない」

 そうなんだけど。

「お前が怪我しなくてよかった。こんな痛みを経験するのは俺だけで充分だ」

 土方さんはそう言うと優しく笑った。

 ただ、痛みをこらえて笑っているから、引きつったような怖い感じの笑顔だった。

 それを口に出しちゃうとまた怒りそうだから、私も黙っていた。

 早く土方さんの傷が治るといいなぁ。

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