新選組、白河へ
私たちが会津にいる間、幕府軍を率いている大鳥さんは苦戦をしいられていた。
大鳥さんたちは、日光を目指してきていた。
しかし、いざ日光へ着くと日光のお坊さんたちに、
「日光を戦に巻き込まないでほしい」
と言われてしまう。
実は、この後ろには政府軍の板垣退助がいた。
日光には東照宮がある。
東照宮には徳川家康が祀られている。
だから、幕府軍も日光を目指してきたのだ。
日光が戦場になると言う事は、東照宮などの建物も焼失する可能性が高いと言う事になる。
それを避けたいと思っていた板垣退助と、日光のお坊さんの意見が一致した。
板垣退助はお坊さんを使って、大鳥さんに日光から下山するようにと説得させる。
確かに、家康公が祀られてあるところを火の海にするのはよくないと思ったのか、もうちょっと態勢を整えてから別な場所で戦をしたほうがいいと思ったのかはわからないけど、大鳥さんたちは日光を出て会津を目指す。
大鳥さんたちが日光を出た後、政府軍が日光に入った。
日光から会津へ向かう街道は、政府軍が占拠していたので、大鳥さんたちは山道を進んでいった。
この山道が日光から霧降高原へ至る六方尾根と呼ばれるところで、人が一人やっと通れるぐらいの幅の道で、雨があがった後のぬかるんでいる所を行軍した。
ものすごく神経を使って行軍したのだろう。
一歩踏み間違えたら谷底に落ちてしまうような道だったらしい。
その谷底に着いた時は、安心感と疲労で倒れこみ、石を枕にして寝てしまったらしい。
その後も大鳥さんたちは行軍をつづけたけど、食料がなかなか手に入らなかった。
近くの村までたどり着くも、凶作続きで食料はなかった。
食べ物にありつけたのは、鬼怒川を渡った後だった。
それから会津西海道に出て、五十里宿と言うところで会津藩からきていた萱野権兵衛と言う人に会った。
この萱野権兵衛と言う人は、会津戦争で敗けて
「こうなったのは誰の責任だ?」
と、政府軍に責められたとき、
「すべての責任は自分にある」
と言い、会津戦争の責任をすべて背負い、切腹を言い渡される。
そのおかげで、容保公は命を救われることになる。
その萱野権兵衛は大鳥さんが会津に入ってもいいと言う許可を与え、大鳥さんたちは会津に入る。
そして田島宿と言う宿場町に向かう途中で山川大蔵に会い、田島宿で一緒に兵の再編成を行った。
ここに、会津と幕府の連合軍が出来上がることになる。
私たちが先に会津にいる間に、大鳥さんは色々と大変だったんだなぁ。
一方で、私たち新選組は斎藤さんが隊長になっていた。
その斎藤さんが、土方さんに報告しに来ていた。
「そうか、容保公に会ってきたか」
私がお茶を入れに部屋に入ると、布団の上で上半身だけ起こして、土方さんが斎藤さんにそう言っていた。
「はい」
斎藤さんは一言そう言った。
新選組が白河へ行くことになり、それに関連して容保公に会ってきたらしい。
「容保公に会ってきたのですか? 容保公ってどういう人でしたか?」
ちなみに、私はチラッと物陰から見たことはある。
確かあれは、京に来たばかりの時だったよなぁ。
「お前は何が聞きてぇんだ?」
土方さんが私にそう聞いてきた。
「名前はよく聞くのに、実物をじっくりと見たことがないので、いつかじっくり見て見たいと思いまして……」
「お前、容保公をなんだと思ってんだ?」
なんだと思っているって……。
「会津藩の藩主ですよね?」
「そうだ。お前の事だから、そこら辺の名所の名前だと思っているのかと思ったぞ」
そ、そんなっ!
「私だって、容保公が誰かぐらいは知ってますよっ!」
失礼なっ!
「実物をじっくり見たいなんて言うから、名所か何かと勘違いしているかと思ったんだ」
ニヤリと笑って土方さんが言った。
「そんなことはありませんよっ!」
プリプリと怒っていると、
「土方さんと話がしたい」
と、斎藤さんに言われてしまった。
これは、土方さんと二人で話がしたいってことなんだろう。
「わかりました」
私は部屋を出た。
出たのだけど、何を話しているか気になるじゃないかっ!
と言う事で、襖に耳をつけてみた。
何か聞けるかもしれない。
しかし、その襖が音も立てずにスッと開いた。
えっ?
恐る恐る見上げると、斎藤さんが立っていた。
「盗み聞きもだめだ」
一言、そう言われた。
な、なんでばれたんだ?
何を話しているのか、ものすごく気になるけど、盗み聞きもばれてしまったので、やるわけにもいかず……。
もんもんと時間が過ぎるのを待っていると、
「蒼良、暇そうだね」
と、沖田さんがやってきた。
「暇そうに見えますか? 一応待っているのですが……」
「やっぱり暇なんじゃん」
そ、そうなのか?
そう言われると暇かもしれない。
沖田さんは、私の横に腰を下ろした。
「今度は白河に行くって。今度こそ、僕も一緒に行くからね」
沖田さん、何を言っているんだっ!
「だめですよ」
「なんで?」
なんでって……。
「沖田さんは病人なのですよ」
今は、お師匠様が現代から持ってきた薬を飲んで労咳の進行を止めているから元気なのだけど、その薬は進行を止めるものであって治すものではない。
だから、元気だけど病人なのだ。
「分かっているよ。でも、僕は鳥羽伏見の戦も参加していないし、甲州の戦も参加していない。僕は何のためにここにいるの? 戦うためにいるんでしょ? だから、今度はみんなと一緒に戦わないとね」
いや、今の沖田さんが戦う相手は違うだろう。
「沖田さんの戦う相手は、労咳ですよ。敵の兵ではないですよ」
「蒼良もうまいこと言うね。蒼良が反対しても、僕が斎藤君に直接頼むからいいよ」
そ、そうなのか?
「斎藤さんがいいと言っても、私が許しませんからね」
「いいよ。蒼良が許さなくても僕は行くから」
そう言うと、沖田さんは立ち上がって行ってしまった。
そ、そうなるのか?
斎藤さんが沖田さんを白河に連れて行くと言いませんように。
もうこうなれば、神頼みしかないだろう。
斎藤さんが部屋から出てきたのをいち早く見つけ、私は斎藤さんに真っ先に近づいた。
しかし、斎藤さんの所に着いたのは、沖田さんの方が早かった。
「斎藤君。僕も白河に行きたいんだけど、連れて行ってくれるよね?」
本当に斎藤さんに頼んでいるよ。
連れて行くなんて言わないよね?
そう思いながら斎藤さんを見た。
「病人は連れて行けないな」
斎藤さんはそう言った。
よかったぁ。
沖田さんには悪いけど、ホッとしてしまった。
「僕の父は白河藩士なんだけど、それでも白河に行ったらだめなのかな?」
沖田さんは得意げにそう言った。
あっ、確かそうだった。
沖田さんが生まれたところも江戸の白河藩屋敷だったと思う。
そんな沖田さんを斎藤さんはチラッと見て
「生まれも育ちも江戸で、白河にいたって言うわけじゃないだろう。それなら役に立たないな」
と言った。
「けちだなぁ。いいよ。もう頼まないから」
沖田さんはそう言うと、行ってしまった。
けちの言葉の使い方が間違っていないか?
「お前は何の用だ?」
沖田さんが去って言った方を見ていると、斎藤さんにそう聞かれた。
そうだ、何を話していたのか気になるからこうやって待っていたんだ。
「何を話していたのですか?」
「気になるか?」
気になる、すごく気になる。
「ちょっと外に出ないか?」
斎藤さんはそう言うと、廊下を歩き始めた。
えっ、外?
私はそう思いながら、斎藤さんの後をついて行った。
宿のある会津の城下町に出た。
これから戦が起きるとは思えないぐらい平和で静かな町だった。
鶴ヶ城がそんな街を見下ろすように建っていた。
この綺麗な鶴ヶ城が、戦でボロボロになっちゃうんだよね。
やっぱり戦はよくない。
でも、もうこの戦は止めることはできないだろう。
「……どうだ?」
斎藤さんが何かを私に聞いてきた。
斎藤さんと話をするために、茶店に入ったんだった。
茶店の前に置いてある台に座っていたんだった。
「あの……」
「聞いていなかったのか?」
「すみません」
「そんなに団子が食いたかったか?」
えっ、団子?
いつの間にか、右手に串団子を持っていた私。
あら?
「相変わらずだな」
ニヤリと斎藤さんは笑って言った。
いや、そんなことはないんだけど……。
「団子を食べてからでいいぞ」
「すみません」
そう言って、私は団子を食べた。
いや、だから違うってっ!
でも、せっかくだから食べちゃおう。
私が団子を食べ終わるのを見て、斎藤さんは話し始めた。
「新選組は白河へ行くが、お前はどうする? 一緒に来るか?」
そうだ、私も新選組の一員だ。
みんなが白河に行くなら、私も行くべきなのかもしれない。
でも、怪我をしている土方さんと、労咳の沖田さんを置いて行くのはすごく心配だ。
「土方さんにもお前のことを話した」
さっきの話がその話だったのか?
「土方さんはなんて言ってましたか?」
土方さんが行くなと言ったなら、土方さんたちと会津にいよう。
「お前の事だから、お前の好きにしろと言っていた」
えっ?だめだと言わなかったのか?
「確かにそうだよな。お前の事だから自分で決めろ」
そうだよね。
人に頼ったらいけないよね。
土方さんが、行くなっ!と言う言葉を言うのを期待していたんだけど。
「わかりました。少し考えさせてください」
自分で考えないとと思ったけど、行きますっ!と、即答も出来なかった。
「二日あたえる。決まったら早めに返事をくれ」
そう言うと、斎藤さんは立ち上がった。
「わかりました」
私も一緒に立ち上がった。
「綺麗な城だな」
突然、斎藤さんが鶴ヶ城を見て言った。
「お前もこの城を見ていたんだろ?」
あ、わかっていたのか?
「会津もいい町だ。出来ればここを戦場にしたくないな」
斎藤さんはボソッとそうつぶやくように言った。
「土方さん、斎藤さんに白河に行かないかと誘われたのですが……」
一応、土方さんに報告したほうがいいのかなぁと思い、布団に入って横になっていた土方さんにそう言った。
土方さんはまた熱が上がってきているみたいで、潤んだ瞳をしていた。
「斎藤から聞いている。お前はどうするんだ?」
やっぱり、行くなとかだめだとか言わないんだなぁ。
って、何を期待しているんだ?私は。
「まだ決めていません」
「そうか。俺は大丈夫だから、行ってもいいぞ」
えっ、そうなるのか?
てっきり、止められると思ったのに。
って、私は土方さんに止めてほしかったのか?
よくわからなくなってきた。
でも、返事は早くと言われているから、早く決めたほうがいいのだろう。
「行って来いよ」
土方さんにそう言われた時は、なぜか悲しくなってしまった。
「私、行ってもいいのですか? てっきり、土方さんに止められると思ったのですが……」
チラッと土方さんを見ながらそう言った。
「なんで俺が止めるんだ?」
「いつもなら、危ないから行くなって言いそうなので……」
「今はどこへ行っても危ねぇだろうが」
確かにそうなんだけど……。
「それに、お前がここにいて何かあっても、俺は怪我をしてこのざまだ。お前を守ってやれねぇ。それなら、斎藤に守ってもらったほうがいいだろう」
えっ?私が邪魔だと言う事か?
「別に、土方さんに守ってもらおうとは思っていませんよ」
自分の身ぐらい、自分で守れる。
「斎藤さんに守ってもらおうとも思っていません」
「そうか。それなら白河へ行っても斎藤も心強いだろう」
いつの間に、私は白河に行くことになっている?
「わかりました。白河に行ってきます」
「おう、行って来い」
土方さんは私の顔から目をそらしてそう言った。
行って来い。
その一言がものすごく悲しく思った。
なんでだろう?
斎藤さんに返事をしたら、
「そうか、わかった」
と、そっけなく言っていたけど、顔は笑顔だった。
「お前が白河に来ても、危険な思いはさせない」
「斎藤さん、危険じゃない戦なんてないですよ」
「それもそうだな」
そう言うと、斎藤さんは笑った。
「蒼良はずるいなぁ」
と、沖田さんに言われつつ、白河へ行く準備をした。
沖田さんは白河へ行きたいみたいだけど、白河へ行くことになった私はあまり嬉しくなかった。
なんでだろう?
土方さんの事が胸に引っかかっている。
土方さんが言う事は間違っていない。
私が決めることだし、新選組が白河へ行くのなら、私も行くべきだろう。
でも、私が自分で決めたことなのに、なんかすっきりしない。
それでも時間は流れていき、あっという間に白河へ行く前日の夕方になっていた。
明日の朝は忙しくて挨拶できないだろうから、今のうちに挨拶をしておこうと思い、部屋へ行った。
「土方さん、入ります」
襖をあけて部屋に入った。
土方さんは眠っていた。
「なんだ、寝ているのか」
これじゃあ挨拶もできないじゃないか。
仕方ない。
部屋を出ようとしたけど、布団で寝ている土方さんの腕が出ていたので、その腕を布団の中に入れた。
「冷えますよ」
独り言を言って、掛け布団をきちんと土方さんの上にかけなおした。
「あ、悪いな」
土方さんの声が聞こえた。
お、起きていたのかっ!
「明日から白河に行ってきます。明日挨拶できないかもしれないので」
「そうだな。気を付けて行って来い」
土方さんは、目を閉じたままそう言った。
顔を見て言ってくれないんだ。
「はい、行ってきます」
私は目を閉じたままの土方さんにそう言った。
そして回れ右をして部屋から出ようとした時、土方さんが起き上がる気配がした。
土方さん、どうしたんだ?
急いで振り返ると、土方さんは上半身を起こしていた。
「行くな」
上半身を起こしただけではなく、私のところまで腹這いになって来ようとしていた。
「土方さん、どうしたのですか?」
私も土方さんに駆け寄った。
「お前がまさか白河へ行くと言うとは思わなかった」
えっ、そうだったのか?
「わ、私も、土方さんが行って来いって言うとは思いませんでしたよ」
てっきり、行くなとか言って、止めてくれると思っていたから。
「行くと言ったら、行って来いとしか言えんだろう」
確かにそうなんだけど……。
「だって、邪魔みたいなことを言ったじゃないですか」
「俺はお前が邪魔だとは一言も言ってねぇぞ」
「斎藤に守ってもらえって言ったじゃないですか」
俺は守れないから、斎藤に守ってもらえって。
「ああ、そのことか」
土方さんが大きく布団から出ていたので、私は土方さんの体を支えつつ布団に戻した。
「俺は怪我をしているからお前を守れねぇ。だから俺のそばにいるより斎藤のそばに行った方がいいだろうと思ったんだ」
そうだったのか?
「それは、私が決めることだと思うのですが……」
私が誰のそばにいたほうがいいかは、私が決めることだ。
土方さんが決めることじゃない。
そして、私は土方さんのそばにいたいと思っていた。
土方さんを一人にしたくない。
ずうっとそばにいたいと、鴻之台で土方さんに追いついた時にそう思った。
それは今も変わらない。
それならもう答えは出ている。
「私は、土方さんのそばにいたいです」
私がそう言うと、土方さんに抱き寄せられた。
私は、土方さんの胸に飛び込むような形になった。
「俺は怪我していて何も出来ねぇぞ」
「別に、土方さんに何かをしてもらおうとは思っていませんよ」
私が勝手にそばにいたいと思っているだけだ。
「よし、わかった」
そう言うと、土方さんは私を離した。
「斎藤を呼んでこい」
私を自分の胸から離した後、土方さんはすぐにそう言った。
「どうするのですか?」
「斎藤に言う。お前を渡さねぇって」
土方さんは私を優しい顔で見てそう言った。
「でも、明日の朝には白河に行くのに、取り消すことってできるのですか?」
「俺を誰だと思ってる?」
一言そう言うと行ってしまった。
これが職権乱用ってやつか?
次の日の朝、私たちは白河へ行く隊士たちを見送った。
「斎藤さん、すみません。直前で断ってしまって」
結局、あれから土方さんが斎藤さんに
「こいつはここにいることになった」
と一言いい、私は会津に残ることになった。
「いや、お前が決めたことだ」
斎藤さんはそう言った。
そして、
「それに、お前一人いなくても、新選組の戦力はそう変わらないさ」
と言うと、ポンッと私の頭に手を乗せた。
「留守を頼んだぞ」
「わかりました。まかせてください」
斎藤さんはそう言う私を見てうなずいた。
それから土方さんに
「行ってきます」
と言って斎藤さんは隊士たちを連れて旅立っていった。