角屋の騒動
巡察から帰ってくると、屯所が賑やかだった。
「蒼良あそこに首が晒してあるよ。見に行くかい?」
沖田さんが面白そうに話しかけてきた。さらし首の何が面白いんだ?
「嫌ですよ。絶対に見ません。」
植村 長兵衛という人が、壬生浪士組の名前を使って、押し借りをしたらしい。こちら側としては、勝手に名前を使って悪いことされたら、それは嫌なことに決まっている。
それに、このまま放っておいたら、第2の植村 長兵衛が出てくるということで、こちらで厳罰に処して、打ち首にしてさらし首にしたのだった。
でも、もうちょっと遠くの方でして欲しかったな。なんで壬生でさらし首なんだ?おかげで、巡察に出るたびにその前を通らなくてはならず、そんなものを見たくない私にとっては、本当に迷惑だ。
よくみんな平気な顔でいられるなぁ。
「はぁ、まったく。謝罪文書くなら、最初からそんなことを言わなきゃいいものを。」
ため息混じりで、原田さんが言った。
ちょうど原田さんと永倉さんと源さんと武田さんという、京から隊に入った人達が帰ってきた。
「おかえりなさい。お疲れのようで。」
「水口藩に行って、身柄を渡せっ!って怒鳴ってやったら、謝罪文出してきた。」
永倉さんが、その謝罪文をヒラヒラとさせた。
実は、水口藩の人が、わざわざ会津藩邸に行って、壬生浪士組の行いの悪さを訴えたらしい。それを聞いた芹沢さんが怒って、
「言いたいことがあるなら、そいつから直接聞いてやろうじゃないか。」
ということになり、原田さんたちが水口藩邸に行き、その人をこちらに寄越してくれと言ったら、慌ててこの前のことはなかったことにして欲しいと、謝罪文を出してきたらしい。
二つの出来事が一緒におきたので、屯所は賑やかというわけだ。
しかし次の日、その文句を言った水口藩の人の友人という人が、謝罪文を返して欲しいと言いに来た。
そのことを言いに芹沢さんの部屋に行った。昼間からお酒を飲んでいるらしく、少し酒臭かった。
「あ、飲んでますね。」
「うわ、見られて一番嫌な奴に見つかった。」
多分、私が芹沢さんを見るたびに『お酒をあまり飲まないように』と、口うるさく言うため、あまり私に会いたくないらしい。
「私は芹沢さんの健康を心配して言っているのです。」
健康と、酒乱。この人は酒乱が原因で命を落とすことになる。せめてお酒をやめてくれたらと思うのだけど、本当に好きみたいで、なかなかやめてくれない。
「でも、全く飲まないのも健康に悪いぞ。」
「飲み過ぎも良くないです。」
「蒼良、ここに来たは用があったんじゃないのか?」
そうだった、忘れていた。
その水口藩の人の友人という人のことを教えた。
「友人だと?本人が来るのが筋ってもんだろう。」
その通りだ。なんで友人なんだ?怖くてこれないとか?それありえるな。
「それに、謝罪文を返せだと?ふざけやがって。」
確かに。それなら、最初から書かなければいいものを。
「なんか、水口藩主の耳に入ったら、大変なことになるからとか言ってましたよ。」
「じゃぁ、藩主の耳に入れてやるか。」
「それはいいですね。」
「蒼良、初めて気があったような感じがするぞ。」
わはは、と笑いながらお酒を飲もうとしたので、
「昼間から、ダメですって言ったでしょう。」
と言ったら、
「やっぱり、お前とは気が合わん。」
と言われてしまった。
「で、どうしますか?謝罪文は返さないということで、いいですか?」
「いや、いいこと思いついた。」
芹沢さんはニヤリと笑った。
「そちらが会議の場所を提供するなら、そこで返してやると伝えてくれ。」
「ここで返しても同じじゃないですか。」
「ここじゃなくてもいいだろう。」
ま、たしかにそうなんだけど。
という訳で、その水口藩の人の友人に伝えて帰ってもらった。
「そりゃ、遠まわしに宴会の催促してんだよ。」
なんで謝罪文をここで返さないんだろう?と思い、土方さんに聞いてみたら、そう返ってきた。
「あの酒オヤジ、宴会をして酒をのもうって魂胆だな。」
「おい、誰に向かって酒オヤジだ。局長だぞ、局長。」
「じゃぁ、酒局長で。」
「ま、昼間から飲んでりゃ、そう言いたくなる気持ちもわかるが。そんなムキになって止めることもないだろう。勝手に飲ませておけばいい。」
「健康に悪いです。」
「他人の健康だろう。放っておけ。」
「暴れたら、どうしますか?」
「まだ暴れてないだろう。その時に止めればいい。」
止められるのか?
そんな話をしていると、永倉さんが嬉しそうにやってきた。
「今日は、角屋で宴会だぞ~。角屋って言えば、揚屋の中でも高級な方だぞ。」
「そうなんですか?」
「新八、そんなことをよく知ってんな?」
「もしかして永倉さん、行っているのですか?」
「な、なんだよ、二人とも。行くわけねぇだろうが。」
絶対に行ってるな。巡察中に花魁道中見ていたこともあるし。
「とにかく、夜は角屋だぞ。」
そう言って、嬉しそうに去っていった。
「あれは、行ったことがあるな。」
「土方さんは、行ったことないのですか?」
「人のことはいいだろう。」
土方さんも、何気に行ってるな。ま、悪いことではないのだけど。そのお金はどこから出ているんだか。
角屋に行くと、既に宴会が始まっていた。
例の謝罪文は返したらしい。高級な揚屋を用意してくれたんだから、文句は言えないだろう。
「あ、蒼良が来た。」
沖田さんが、ケラケラ笑っていた。相当お酒が入っているらしい。
「蒼良はん、いらっしゃい。」
「あれ?牡丹ちゃん。」
「今日は呼ばれたさかいに。」
牡丹ちゃんは、私が飲めないことを知っているので、隣の沖田さんにお酒を注いでいた。
「蒼良のいい人かい?」
沖田さんが笑いながら聞いてきた。
「友達です。この前も、雨宿りをさせてもらって。いい子ですよ。」
そう言うと、牡丹ちゃんは軽く私をたたき、
「嫌やわ、照れるやんか。」
と言って、向こうへ行ってしまった。なんか、照れることを言ったっけ?
「蒼良も、罪作りだな。」
沖田さんとは反対側の隣に座っていた原田さんが言った。
「罪作りってなんですか。」
「あの子はお前に惚れてるぞ。」
原田さんは、ぐいっとお酒を飲んだ。
「何言ってるんですか。そんなことないじゃないですか。」
「いや、あの様子は絶対にそうだ。」
何を根拠に、そんな自信満々で。酔っ払っているから仕方ないのか?
そういえば、芹沢さんも相当お酒が入っているみたいで、いつもより声が大きい。
体も太っていて大きいから、あまり大声で話すと、せっかく来ているお姉さんたちが怖がるかも。
止めに行こう。そう思ったけど、なんか嫌な予感がした。
角屋、酒飲んで酔っ払う。何かあったぞ。それはすぐに思い出した。
角屋の騒動だ。たしか本では、芹沢さんが酔っ払って、お姉さんたちの対応が悪いと腹を立てて、暴れるんじゃなかったっけ?
この状態は、絶対にそうだ。牡丹ちゃんを置屋に返した方がいい。そして、芹沢さんのお酒を止めないと。
しかし、既に遅かった。
「おい、お前。なんで震えてる。」
芹沢さんの声がした。見てみると、牡丹ちゃんがお酌をしていた。
「この子はまだ未熟やさかい。許してやってください。」
芹沢さんの横にいたお姉さんが謝った。
「未熟も何もあるか。お前が震えているせいで、酒がこぼれただろう。」
「申し訳ありません。」
必死で謝る牡丹ちゃん。止めなくちゃ。
「芹沢さん、飲みすぎですよ。女の子の前で大声出したら、誰だって怖がりますよ。」
「蒼良か。お前はまたすぐ飲み過ぎだって言う。」
「だって、昼間から飲んでいるのですよ。飲みすぎです。」
「うるさいっ!じゃぁ、お前がこの子の代わりに酌をしろ」
なんで私が?
「もちろん、花魁の姿になってな。」
私の耳元で言った。もしかして、一番バレたらいけない人にバレてるかも?
「な、なんで私が?とにかく、女の子が怖がっているので下がらせますよ。」
私は牡丹ちゃんに小さい声で、
「置屋に帰ったほうがいい。」
と言った。牡丹ちゃんはうなずいて部屋から出た。
すると、バシンッ!と大きな音がした。見てみると、芹沢さんの鉄扇が柱に食い込んでいた。
「芹沢さん、何を?」
何してるんですかっ!と言おうとしたら、
「気に食わんっ!この店も、接待も、気に食わんっ!」
と叫び、鉄扇を振り回し始めた。
「芹沢さん、やめてください。」
もちろん、そんな私の声は耳に入っていない。
「いいぞ、もっとやれっ!」
芹沢さんと仲のいい平山さんも、一緒になって暴れ始めた。
「新見さん、止めてください。」
芹沢さんの腰巾着の新見さんに頼んでも、にやりと笑われただけだった。
私が止めるしかないのか?
「やめてくださいっ!」
芹沢さんの腰のところに飛びついて、止めようとしたけど、振りほどかれて私は背中を強く壁にぶつけた。
それでも、止めないと、大変なことになる。今度は必死でしがみついた。すると、肘で顔を打たれ、手を離してしまった。
ダメだ、止めないと。再び立った時、
「もうやめろ。」
土方さんに止められた。
「だって、止めないと。」
「もう無理だ。あそこまでやられたら、誰も止められねぇ。」
「私が止めますっ!」
立ち上がって行こうとしたら、土方さんが素早く私の前に回り、私は土方さんに飛びつく形になった。
「お前が傷つくのをこれ以上見たくない。頼むから、行かないでくれ。」
耳元で言われた。力が抜けてしまった。
その後、土方さんに連れられて外に出た。だから、どうなったのかは知らない。
聞いた話によると、角屋で物を破壊し、暴れまくった芹沢さんたち。とどめに角屋のもてなし方が悪いといちゃもんをつけ、1週間の営業停止を言い渡したらしい。
角屋にしてみれば、暴れるだけ暴れられて、勝手に営業停止にされ、迷惑な話だ。
私は、止められなかったことを後悔した。止めてたら、歴史を変えられたかもしれない。
落ち込みつつ朝を迎えると、お師匠様がやってきた。
「お前、また顔にあざが出来たな。」
芹沢さんにやられたあとかな。
「お師匠様、角屋の騒動を防げませんでした。」
「お前のせいじゃない。歴史はそう簡単に変わらんって言ったじゃろうが。わしの目的を忘れたか?」
目的?確か、新選組が好きだから…
「新選組の人を現代に連れて帰ることですか?」
「そうじゃ。それが第一。できれば歴史も変えたい。ま、連れて帰ること自体が歴史を変えることにもなるんじゃがな。」
出来るのか?そんなこと。
「おまえ、出来るのか?って、思ったじゃろう。やってみんとわからん。とにかく、それが優先じゃ。いい方に歴史が変わればいいが、無理して変えんでもええ。お前の怪我が増えることの方が心配じゃ。」
「お、お師匠さまぁ~」
私は、思わず泣いてしまった。お師匠様の言葉を聞いて、涙腺が緩んでしまったのだ。
「分かったから、泣くな。鼻水が出ておるぞ。」
そんなムードのない言葉を言わないでっ!
泣くだけ泣いたらスッキリした。
「無理して変えようとするのは、やめにします。でも、変える努力はしてもいいですよね。」
「もちろんじゃ。わしも見守ってる。」
「見守っているだけなのですか?少しは手伝ってもらえるとありがたいのですが。」
「お前、このか弱い年寄り向かってなんてことを。」
急にか弱い老人になりやがった。
「分かりました。頑張りますよ。」
「よしよし、頑張るがええ。」
どれだけ歴史を変えれるかわからない。でも、小さいことからコツコツやれば大きくなるかもしれない。
既に、私が来たことで歴史も変わっているんだから、頑張ろう、自分。




