宇都宮城の戦い(1)
蓼沼村と言うところで陣をかまえ、宇都宮には早朝に着いた。
まず、宇都宮の状況を簡単に説明すると、宇都宮には政府軍がいた。
その政府軍は、私たち幕府軍を討つために宇都宮に先に行って待っていたわけではない。
この時代、鎖国をしていた日本に他の国の人たちがやってきたり、幕府が戦に負けたりと、社会的に不安定な時期だった。
そのため、世直し一揆と言うものが各地に発生していた。
その中で大きな一揆が宇都宮の近くで発生していた。
それを鎮めるために政府軍は宇都宮に来ていた。
政府軍が宇都宮に行く途中、粕壁宿で流山にいる私たちのことが耳に入る。
ここで近藤さんが出頭することになった。
近藤さんを板橋宿まで連行した後、再び宇都宮に向かって行く。
そして何とか世直し一揆を鎮めることが出来たのだった。
そんなときに私たちは宇都宮に着いたのだった。
一方、私たちとは別に北上をしていた大鳥さんは、数日前に小山宿と言うところで政府軍と戦っていた。
大鳥さんはここで政府軍を討ち、政府軍は敗走してきていた。
ここまでが、私たちが宇都宮に着くまでに起こったことだった。
「俺は、鬼になるからな」
これから宇都宮に進軍するぞと言うときに土方さんが私にそう言った。
「鬼って、前から鬼だったじゃないですか」
思わずそう言ってしまった。
「そうだったな」
フッと土方さんが笑った。
本当は、土方さんは鬼ではない。
鬼副長なんて恐れられていたけど、本当は優しい人だ。
新選組のために自ら鬼になってまとめていたんだと思う。
後、局長の近藤さんの評判が落ちないように、汚れ仕事と呼ばれるものはほとんど土方さんが裏で処理をしていた。
そんな人がまた鬼にならないといけないんだなぁ。
それが戦なのかもしれない。
だって、人を殺さないといけないのだから。
土方さんだって、本当は辛いんじゃないのかな?
「大丈夫ですよ。土方さんが鬼になってひどいことをしても、それは本当の土方さんではないって、私はわかっていますから」
「それはどういう意味だ?」
「土方さんが何をしても、私は本当の土方さんを知っていますから、大丈夫です」 本当は、優しい人だと言う事を知っているから。
「それに、ずうっとそばにいるって言ったから、どんなことがあっても私は土方さんのそばにいますからね」
うん、何があっても、土方さんのそばにいる。
って言うか、そばにいたい。
土方さんは、何言ってんだ?って顔をしたけど、優しい笑顔になって、私の頭をポンポンとなでた。
「行くぞ」
「はい」
私たちは外に出た。
外に出ると、土方さんは兵の士気を高めるため、昨日捕えていた黒羽藩の藩士三人を軍神にささげるとして処刑した。
土方さんが鬼になるってこの事だったのかな?
それから東照宮大権現と書かれた幟をかかげて進軍を開始した。
東照宮大権現とは、徳川家康のことだ。
そして私も一緒に進軍した。
大通りではなく、間道と呼ばれる狭い道を歩いて行くと、砂田村と言うところに着いた。
そこには政府軍である彦根藩兵がいた。
この彦根藩兵は、数日前に大鳥さんが率いている兵たちと小山宿で戦をし、敗走してきた兵たちだった。
士気が落ちているところに私たちが現れて攻撃された。
彦根藩兵たちはあっという間に敗走した。
私たちが勝ったのだ。
この勢いがあるうちにと言う事で、さらに進軍をする。
そして今度は宇都宮藩兵と戦った。
この宇都宮藩兵も、自分の領地で起こっていた世直し一揆を鎮めていたため疲れ切っていた。
それと、武器も私たちより古いものを使っていたので、ここでも私たちが勝利をおさめることになった。
それでも、最初に会った彦根藩兵よりも勇敢に戦っていた。
と言うのも、彦根藩兵はこの戦いに敗れても特に何も損はないけど、宇都宮藩兵の場合、自分たちの領地がかかっている。
自分たちの生まれた領地が他の人のものになってしまうかもしれないのだ。
しかし、私たちに攻撃された宇都宮藩兵も敗走しする。
「もしかしたら、宇都宮城に行く途中にある橋が落されているかもしれねぇぞ」
土方さんがそう言った。
敵が来ないように、逃げるときは橋を壊すと言う事を聞いたことがある。
甲陽鎮撫隊の時も、敗走中に敵が追い付いてこないように猿橋と言う橋を焼き落とすと言う話が出ていたたしいのだけど、猿橋が素晴らしい橋だったので、佐藤彦五郎さんが反対してそのまま敗走したと言う話を聞いた。
今回は橋があるのか?私たちが追い付いてこないように落としてあるのか?
橋はすべて残っていた。
敗走することに夢中になっていたのだろう。
「このまま宇都宮城を攻撃するぞっ!」
土方さんがそう言うと、兵の士気がますます上がった。
今まで負け戦続きだったから、こんなに士気の高い状態を久しぶりに見たような感じがした。
土方さんは宇都宮城へ行く途中で火をつけるように指示した。
火をつけながら進軍を続ける私たち。
宇都宮の城下町はあっという間に火の海になった。
土方さんは出陣するときに私に言ったとおり、鬼になっていた。
宇都宮城に行く途中で、老中の板倉勝静と言う人を救いだした。
火が城下にせまる中、私たちは宇都宮城に到着した。
私たちは、宇都宮城に入るため、攻撃を始めた。
私は、下河原門の前にいた。
その戦闘は凄まじいものになっていた。
双方で数十名の戦死者が出ていた。
そこで事件が起きた。
私の後ろから、ぎゃあと言う叫び声を聞いた。
後ろからと言う事は、味方に何かあったと言う事だ。
何事?と思って後ろを向くと、土方さんが血の付いた刀を持って立っていた。
そのすぐそばには、味方の兵が倒れていた。
も、もしかして、土方さんが味方を斬ったのか?
「退却するものは、誰でもこうだ」
土方さんが冷たく言い放った。
どうやら、この戦闘のあまりの激しさに怖くなって、逃げようとした人がいたらしい。
それを土方さんが見つけて斬ったと言う事だろう。
これは、歴史でもあったよなぁ。
土方さんが戦の最中に味方を斬るって話。
他の人たちは、味方を斬った土方さんを、信じられないと言う怖いものを見るような目で見ていた。
「ボーとしている暇はないぞ。後ろに行っても斬られるのなら、前にいる敵を斬って突破したほうがいいだろう。ほら、行くぞっ!」
原田さんはそう言うと、槍を振り回しながら敵の中に入って行った。
それに続き、みんなも先頭の中へ入って行った。
「お前は行かねぇのか?」
チラッと私の顔を見て土方さんが言った。
「どうした?」
それから心配そうな不安そうなそんな顔をして私に聞いてきた。
「土方さん、かっこいいですっ!」
話には聞いていたけど、こんな感じだったんだぁ。
それに立ち会えたことが嬉しく思ったと同時に、みんなから見たら怖いはずなのに、私はかっこいいと思ってしまった。
「はあ?」
拍子抜けしたような感じで土方さんが言った。
「で、お前は戦闘に参加するのか? 俺としてはお前はここに置いておきたいがな」
あ、そうだった。
戦闘の最中だった。
感動している場合じゃないわ。
「行ってきます」
土方さんの方を見てそう言ってから戦闘に加わるために走りだそうとした時、
「ちょっと待て」
と、土方さんに止められた。
「俺はお前に嫌われたかと思ったぞ」
私が振り向くと同時に、土方さんが私の腕をつかんでグッと引き寄せてきた。
それから土方さんの顔が近づいてきて、フワッと柔らかいものが一瞬、私の口にふれた。
そしてすぐに土方さんは何事もなかったかのような顔で私から離れていった。
「行って来い」
土方さんに見送られ、私は戦闘の中へ入って行った。
今、何が起きたんだろう?
一瞬の出来事でわからなかった。
何が起きたかわかったのは、敵と刀でやり合っている時だった。
キスされたんだ、しかもファーストキス。
もっと雰囲気のいいところがよかったよなぁ。
戦闘中の宇都宮城が私のファーストキスの場所って、どうなんだろう?
そんなことを考えている間にも、敵の刀の刃がくる。
今はそんなことを考えている場合じゃなかった。
そう思いながら、刀の刃を避けた。
昼過ぎに敵に動きが出た。
敵が退去をし始めたのだ。
後で知ったのだけど、この時の宇都宮城の政府軍は、このままこの城を守り切ったとしても、次に大鳥さんの率いる幕府軍と会津藩兵が現れたら、落城をしてしまうから、それなら撤退をして救援に来ている政府軍と合流して攻め直した方がいい。
そう言う意見が出て、それもそうだよねとなったのだろう。
指揮官だった香川敬三が脱出をした後、政府軍は徐々に少なくなっていった。
最後には、宇都宮藩兵が残り城に火を放ってから脱出した。
夕方になり、私たちは火の海になっていた宇都宮を出て、本陣がある蓼沼村に戻った。
朝早くから戦をしていた私たち。
体はものすごく疲れているはずなのに、勝ったと言う興奮で疲れを感じなかった。
本陣に着いてからも、気持ちはまだ高ぶっていて休めるような状態ではなかった。
「ああっ!」
ひと段落した時にあることに気がつき、思わず声をあげてしまった。
「どうした?」
土方さんが私の声に驚いてこっちを見た。
「敵の指揮官は香川敬三ですよね?」
「そうだが?」
お師匠様の手紙で、怪我をさせろって書いてなかったか?
書いてあったよなぁ。
あの戦闘の中で顔の知らない香川敬三を探して怪我させるのは難しいけど、そのことすらすっかり忘れていた。
「せめて一太刀あびせたかったなぁ……」
そうすれば、近藤さんの助命も確実なものになるのに。
「お前、敵の大将を討とうとしていたのか? ずいぶんでかいことを考えていたな」
「討とうとして忘れていたのですよ」
「はあ? 俺はてっきり、香川の首でも持って来るつもりでいたのかと思ったぞ」
「いや、首じゃなくて、ちょっと怪我してもらえればそれで充分だったのですが……」
そんな、首を持ってくるって、考えただけでも恐ろしくって、出来るわけないじゃないかっ!
「お前は何を考えてんだか……」
土方さんはあきれていた。
それから、宇都宮の方を見た。
夜になっても明るかった。
それは私たちが放った火のせいだろう。
宇都宮の城下町は、この戦いで全部灰となってしまう。
「今回はたまたま運がよかっただけだ。お前も鳥羽伏見を経験したから、敵がどれぐらい強いかわかってるだろう?」
土方さんにそう言われ、私はうなずいた。
そう、今回は勝ったのだけど、宇都宮城は再び政府軍にとられる。
次の戦では負けてしまうのだ。
それを土方さんに言った方がいいのかな?それとも言わない方がいいのかな?
「次は負けるんだろう?」
土方さんにそう聞かれ、思わずうなずいてしまった。
な、なんで知っているんだ?
「そうだろうな。こんなあっさりと落ちるわけねぇよな。あいつらがこんな簡単にやられるわけねぇよ」
そう言った土方さんが少し寂しそうに見えた。
「ただ、今は俺たちの士気が高まっている。この勢いでこの後の戦も乗り越えてぇから、この話はここだけの話にしろよ」
土方さんにそう言われ、私は黙ってうなずいた。
次の日、大鳥さんと再会した。
そして、廃墟になった宇都宮城に集合した。
灰になった城下町と宇都宮城を見て、大鳥さんは驚いていた。
そして大鳥さんは、
「庶民に乱暴なことはしないように」
と、みんなに指示を出していた。
城の中に残っていた食料などを町の人たちに配った。
それから宇都宮城下町の中で燃えていなかった場所に移り、軍議が始まったのだった。