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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年4月
414/506

鴻之台へ

 近藤さんの助命を頼みに板橋宿へ行った。

 無事にそれが終わり、お師匠様に土方さんの所へ行っていいと言われたので、急いで支度した。

 そして支度している間に気がついた。

 今回、近藤さんの助命嘆願のために色々な所に行ったのだけど、私はそんなに仕事していなかったような……。

 してないよ。

 だって、土方さんと勝海舟の所へ行ったときは土方さんがほとんど話をしていたし、西郷隆盛と谷干城に会った時は、お師匠様が話をしていた。

 私って、いてもいなくても同じだったとか……。

 それなら土方さんと一緒に行ってもよかったんじゃないかとか……。

 いや、もう過ぎたことだから考えるのはやめよう。

「支度はできたか?」

 お師匠様が顔を出してきた。

「はい、出来ました」

蒼良そらはん、行ってしまうん?」

 楓ちゃんも顔を出してきた。

「うん。土方さんが心配だから」

 土方さんを一人で北に向かわせたくない。

 そんな思いでいっぱいになっていた。

 私がいて、邪魔になるかもしれないけど、今は土方さんのそばに居たかった。

「恋する乙女やわ」

 楓ちゃんが嬉しそうにそう言った。

「そうじゃろう。もう顔が恋をしとる顔になっとる」

 お師匠様までそんなことを言いだした。

「二人で何を言っているのですかっ!」

 恋する乙女とかって……。

 私はただ土方さんが心配なだけなのに。

「自分の思いに気づいとらんようやわ」

 そ、そうなのか?

「そのうち気がつくじゃろう。あ、でも蒼良は鈍感だから意外と気がつかんでそのまま行ってしまうかもしれんぞ」

 誰が鈍感だってっ?

 思わず二人を見たけど、今は二人を相手にしている場合じゃない。

「あ、無視した」

 楓ちゃんとお師匠様はそろってそう言った。


 原田さんも支度ができ、いよいよ旅立つときになった。

 居残る人たちが私たちを見送るために外に出てきてくれた。

「近藤のことは心配するな。谷を説得できたから大丈夫じゃろう。後は香川を監視するぐらいじゃな」

 香川とは、香川敬三のことで、彼は近藤さんを越谷から板橋まで護送してきた人だ。

 水戸藩出身なのだけど、中岡慎太郎の陸援隊に入っていたので、中岡慎太郎が新選組に殺されたと思っていたから、薩摩の反対を押し切って近藤さんの処刑を強制的に実行してしまう。

 ただ、今回は土佐の谷干城を説得できたので、土佐も近藤さんを処刑しろとは言わなくなるだろう。

 だから、後は香川敬三を何とかすれば完璧になるのだけど。

「お師匠様、大丈夫ですか?」

 それをお師匠様一人でやらせて大丈夫かなぁ。

「大丈夫じゃ。今までも蒼良がいてもいなくでも同じじゃっただろう」

 うっ、確かに。

 私、今回は横に座っていただけだったもんなぁ。

「それなら、早く蒼良の愛しい土方の所へ行った方がいいじゃろう」

 誰が愛しいんじゃいっ!

「きゃぁ。やっぱり蒼良はんは土方はんが好きやったんね」

 お師匠様の言葉に輪をかけるように楓ちゃんが言った。

 まったく、この二人はっ!

「行ってきます」

 二人を振り切るようにそう言うと、

「蒼良はん、今回は勇はんのために色々おおきに」

 と、楓ちゃんが言ってきた。

「近藤さんを助けることは、土方さんの願いでもあるし、新選組の為でもあるからいいんだよ」

「やっぱり、土方はんが……」

 だから、なんで話がそっちに行くんだ。

「蒼良はん。時には自分の心に素直にならんとあかんよ。じゃないと、幸せになれんよ。たまにでええから自分の心と向きおうたほうがええよ」

 楓ちゃんは私の両手を包み込むように握ってそう言った。

「楓ちゃん、ありがとう」

「蒼良はん、幸せにならなあかんで。こんな時代だからこそ、幸せにならなあかんよ」

「うん、ありがとう、楓ちゃん」

 楓ちゃんが目に涙をためているから、私までつられて泣きそうになったしまった。

「土方に会ったら、近藤のことは心配するなと言っておけ。わしも近藤の助命が確実になったら行くからな」

「わかりました。それでは行ってきます」

 私は見送りに出てきた人たちに向かって頭を下げた。

「行ってらっしゃい」

 みんなにそう言われ、江戸を後にした。


 江戸に背中を向ける前に江戸城を見た。

 今日、江戸城が明け渡される。

 主だった慶喜公は、謹慎先が上野の寛永寺から水戸へ出発した。

 江戸城の中では色々なことが起こっているだろうけど、外から見る江戸城はいつも変りなかった。


「蒼良、少し休まないか?」

 ずうっと鴻之台を目指して原田さんと歩いていた。

 早く鴻之台について土方さんに会う事しか考えていなかったので、今まで休息をとっていなかったことに気がついた。

「あ、すみません。ここまで休息がないと疲れますよね」

「俺は平気だが、蒼良が鴻之台に着いた時に疲れてのびてしまうんじゃないかと思って」

「私は大丈夫です」

 いつもならきっとここで疲れたと言っていたかもしれない。

 でも、今は不思議と疲れたと感じなかった。

 ただ、早く土方さんに追いつきたい、そして会いたいと言う事しか考えられなかった。

「やっぱり、休もう」

 そんな私の様子を見た原田さんがそう言った。

「今は気持ちの方が大きくなっているから、疲れを感じないんだろう。それに鴻之台に着いたら終わりじゃない。ここから先の旅の方が長いものになる。だから、ここで無理をしないほうがいい」

 そうだ、鴻之台がゴールじゃない。

 鴻之台に着いたはいいけど、疲れてダウンしたら、また置いて行かれるかもしれない。

 それは嫌だ。

「わかりました。休みましょう」

 ちょうど、お茶を飲む場所があったので、そこで休むことになった。


 甘味処に入ると、旅の格好をした人たちがたくさんいた。

「街道でもないのに、なんでこんなに旅人がいるんだ?」

 原田さんが不思議そうな顔をした。

「でも、私たちもその一人ですからね」

 私がそう言うと、

「それもそうだな」

 と言って原田さんは周りの人たちを見ていた。

「もしかして、こいつらも鴻之台を目指しているんじゃないのか?」

 そ、そうなのか?

 でも、確かにそうかも。

 歴史では鴻之台に旧幕府軍脱走兵をはじめとする人たちが二千人ぐらいいたらしい。

 だから、江戸から鴻之台へ行くこの道で、旅姿の人たちをたくさん見るわけだ。

「そうかもしれないですね」

「と言う事は、鴻之台で人がたくさんいるって言う事だぞ。土方さんに会えるかな?」

 そ、そう言うことになるよね。

 約二千人ぐらいいる人の中から土方さんを探さないといけないんだよね。

 無事に会えるんだろうか……。

「蒼良、そんな顔するな。鴻之台に着いたらすぐに見つかるさ。土方さんの事だから、鴻之台でも副長か何かになっているかもしれないぞ」

 原田さんの言う通りだ。

 鴻之台に集まった人たちは、前軍・中軍・後軍に分けられ、土方さんは前軍の参謀になる。

 軍の中でも地位が高い参謀だから、きっとすぐにわかるよね。

「やっぱり蒼良は土方さんが好きなのか?」

 原田さんが真顔で聞いてきた。

 真顔なので、お師匠様や楓ちゃんのようにふざけて言っているのではないのだろう。

「好きと言われれば好きですよ。みんなと同じように」

 みんなと同じようにと言った時に、原田さんがえっと言う顔をした。

「みんなと同じようにって……」

「ほら、私が原田さんや永倉さんを好きなのと同じように土方さんが好きですよ」

「いや、俺は違うと思うけどな」

 そ、そうなのか?

「俺が蒼良を見ると、土方さんが特別に好きなように見えるが」

 そう見えるのか?

「気のせいですよ」

 うん、きっと原田さんの気のせい。

「気のせいなら俺も嬉しいがな。蒼良、楓に言われただろう? 自分の気持ちに向き合った方がいい」

 そうなのか?

「今は無理かもしれないが、いつかちゃんと向き合ったほうがいいぞ」

 そんな原田さんの言葉に私は黙ってうなずいた。


 鴻之台へ着いた。

 あっちこっち人でいっぱいだった。

 一つの場所に収まらないので、何組か別れて集まっていた。

 こんなバラバラな所に集まっていて、土方さんがどこにいるかわかるのか?

 不安になってしまい、あっちこっちさまようように歩いてしまった。

「蒼良、このままだと疲れるだけだ。土方さんがどこにいたか思い出せないか?」

 原田さんは私が未来から来たことを知っているから、歴史では土方さんがどこにいることになっているか思い出せないか?と聞いているのだろう。

 どこにいたんだっけ?

 確か、お寺だったと思う。

 そう、お寺。

 私の立っている目の前にお寺があった。

 総寧寺、そのお寺の名前だった。

 ここだっ!

「ここですっ! このお寺ですっ!」

 この中に土方さんがいる。

 原田さんが私の方へ向かってきていたけど、それも待てないぐらい土方さんに会いたくて、中に入っていた。

「蒼良、ちょっと待て」

 後ろから原田さんの声が聞こえたけど、私の足はもう総寧寺の中に入っていて、土方さんを探していた。

「ほ、本物か?」

 土方さんを探していると、声が聞こえてきた。

 土方さんの声だっ!

 声のした方を見ると、土方さんが驚いた顔をして立っていた。

 やっと会えたっ!

 私は土方さんに飛びついていた。

 そんな私を土方さんは驚きつつもきちんと抱き止めてくれた。


「思っていたより早かったな」

 部屋に入ると土方さんは私たちにそう言った。

 私は近藤さんの助命のことを話した。

「そうか、ご苦労だったな」

 一言、土方さんはそう言ってくれた。

「これから軍議がある。お前たちはゆっくり休め」

 そう言って土方さんは出て行ってしまった。


「やっぱり蒼良の心は土方さんのものなのか?」

 部屋で旅の疲れ、と言っても、旅と言うほど歩いていないのだけど。

 ゆっくり休んでいると、原田さんにそう言われた。

「私の心は私の物ですよ」

 原田さんはおかしなことを言うなぁ。

「いや、蒼良はやっぱり土方さんが好きなんだろう?」

 原田さんまで変なことを言うなぁ。

「さっきも言ったじゃないですか。みんな好きですよって」

「でも、もし今回鴻之台に行ったのが土方さんじゃなくて俺だったらどうしていた?」

 鴻之台に行ったのが原田さんだったら?

 だとしたら、私の横にいるのが土方さんと言う事になる。

「そうだったら、土方さんの言う通りにしていたと思います。土方さんは原田さんを追いかけると言ったら、一緒にここに来ていたと思います」

 鴻之台に行ったのが原田さんだったとしても、私はここに来ていたじゃないか。

「もし、土方さんが俺を追いかけると言わなかったら? そのまま会津へ行こうと言っていたら?」

 もし、そうだったら?

 原田さんを追いかけてここに来ていた? 

 それとも、土方さんと一緒に会津に行ってた?

 答えは出ていた。

 原田さんの事を気にしつつ、土方さんと一緒に会津へ行っていた。

 それを口に出そうとしたら、原田さんが私の口の前に人差し指を出した。

「言わなくていい。それが蒼良の答えだよ」

 原田さんは一言そう言った。


 それから一人でお寺の庭に出た。

 原田さんに言われたことを一人で考えたかったから。

 原田さんより、土方さんと一緒にいることをとった私。

 原田さんとじゃなくても、永倉さんだったとしても斎藤さんだったとしても、私は土方さんと一緒にいたと思う。

 それが今まで当たり前だったから?

 いや、違う。

 自分が土方さんと一緒にいたいから。

 今回だって、早く会いたくて休むことも忘れていた。

 相手が土方さんじゃなければ、ちゃんと休息をして無理しないように行っていたと思う。

 土方さんだったから早く会いたかったんだ。

 楓ちゃんがいたなら、

「それが恋なんや」

 って言うかもしれないけど、そこまでの実感はなかった。

 ただ、もう離れるのは嫌だ、ずうっと土方さんのそばにいたい。

 そう思った。

「おい、春とはいえ夜は冷えるぞ」

 土方さんに言われ、気がつくと日が暮れていた。

 外に出た時は夕方だったんだけどなぁ。

「こんなところで何してたんだ?」

「考え事をしていました」

 そんなことを言いながら土方さんの顔をチラッと見る。

 ああ、やっぱり、この人のそばにいたい。

 改めてそう思った。

「土方さん、ずうっとそばにいていいですか?」

 思わずそう聞いてしまった。

 土方さんは驚いた顔をしていたけど、

「当たり前だろう。そばに居ろ」

 と言って、私の頭をグシャッとなでてくれた。 

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