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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年4月
413/506

谷干城に会う

 西郷隆盛に会った後、土佐藩の人たちに会う予定なのだけど、お師匠様は全く動かなかった。

「そろそろ会いに行った方がいいと思うのですが……」

 と、私が言うと、

「まだ早い」

 と言われた。

 お師匠様は何かを待っている様に見えた。

 時間がたっぷりあればゆっくり待つのもいいだろう。

 ただ、今の私たちに時間はない。

 と言うのも、そろそろ土方さんが旧幕府脱走軍がいる鴻之台へ行く日が近づいてきている。

 ちなみに鴻之台とは、現代で言う千葉県にある場所で、今は国府台と言う名前になっている。

 今、土方さんが鴻之台へ行くと言ったら、私はどうしたらいいのだろう?

 土方さんについて行きたいけど、近藤さんの助命嘆願も途中だ。

 途中なのに土方さんについて行き、近藤さんが処刑されることになったら、私はずうっと後悔するだろう。

 土方さんだって、あの時、近藤さんに出頭させなければよかったって、後悔すると思う。

 一番いいのが、お師匠様が早く動いてくれてばいいのだけど。

 こうなったらっ!

「わかりましたっ! 私が一人で行ってきますっ!」

 もう待ってられない。

「まだ早いと言っておるじゃろう」

「でも、もう時間がありません」

「いや、まだあるから安心せい」

 ないから言っているんじゃないかっ!

「それに、一人で行ったら捕まるだけじゃぞ」

 そうかもしれない。

 お師匠様が何を待っているのかわからないけど、その待っている物が早く来ればいいのに。


 そして、心配していたことがやってきた。

「俺はそろそろ行かなければならない」

 土方さんがそう言いだした。

 もうそう言う時期になるのか。

「幕府の兵が鴻之台へ集合するらしい。俺もそこに行こうと思っている」

 そうだよね、そうなるよね。

「お前はどうする?」

 土方さんは私に聞いてきた。

 今まで当たり前のように一緒にいた。

 でも、今回は一緒に行くことはできない。

「まだ近藤さんの助命嘆願が終わっていないので、私はお師匠様と一緒に残ります」

「そうだよな。近藤さんの事が気がかりだ。でも、これを逃すと俺も会津にいけなくなるかもしれねぇ。だから、俺は行く」

 そうなるよね。

「心配するな。近藤のことはわしと蒼良で何とかする。土方は安心して行くがいい」

「天野先生、申し訳ない」

 土方さんは頭を軽く下げた。


 そして、土方さんが出発する日が来た。

 島田さんも土方さんと一緒に行くみたいで、一緒に旅の支度をしていた。

「そんな顔するな」

 土方さんが私の顔を見て言った。

 どんな顔をしているんだ?鏡を見てないからわからない。

「今生の別れじゃねぇんだ。そんな泣きそうな顔するな」

 泣きそうな顔をしていたらしい。

 土方さんは、私の頭をワシャワシャとなでてきた。

 そんなふうになでられると、悲しくなってくるじゃないか。

 泣きそうになったのでうつむくと、土方さんが優しく抱きしめてきた。

「待っているから、早く追いかけて来い」

 土方さんの声が土方さんの胸の中から聞こえてきた。

「もし、追いかけても会えなかったらどうするのですか?」

 携帯電話とかがあれば会えなくなる心配はしないかもしれない。

 でもこの時代はそんな連絡手段がない。

 すれ違いになって会えなかったらどうすればいい?

「大丈夫だ。俺はお前とまた会えると信じている。それじゃあだめか?」

 信じているだけで会えれば、世の中にすれ違いなんてものはないと思うのだけど。

 そう思うと、またまた悲しくなる。

「お前は俺がいつどこにいるかわかるんだろう?」

 少しは分かる。

 これから起こることを少しだけなら知っている。

「それなら、俺を追いかけてくることもできんだろ? だから、必ず会える。そう信じている」

 土方さんにそう言われると、ちゃんと会えるような気がしてきた。

「追いかけて来い」

 土方さんがそう言った時、

「そろそろ行かなければ」

 と島田さんの声が聞こえてきた。

 それと同時に土方さんが私から離れた。

「じゃあな」

 一言、そう言って島田さんと背中を向けて行ってしまった。

 私は土方さんが見えなくなるまで見送った。


 早く土方さんを追いかけないと。

「お師匠様っ! もう待てません」

 何を待っているかわからないけど、もう待てんっ!

 そもそも、この長い時間待っているのに何もないとは、もう待つ意味がないだろう。

「もう待たんでもいいぞ。今から行く」

 えっ、そうなのか?

「ところで、何を待っていたのですか?」

 私が聞いたら、

「内緒」

 と、人差し指を自分の口にあててかわいらしくお師匠様は言ったけど、全然かわいくないですからね。

「行くぞっ! 相馬、わしらの護衛を頼む」

「わかりました」

 相馬さんがお師匠様のそばに来ると、お師匠様は立ち上がって歩き始めた。

 急いで追いかけないと、置いて行かれるぞっ!

 

 着いた場所は板橋宿にある板橋本陣と言う所だった。

 本陣と言うのは、この時代の偉い人たちが泊まった宿だ。

 ここには官軍がたくさんいた。

 と言うのも、官軍の人たちが宿泊している場所らしい。

「香川と谷に天野が会いに来たと伝えろ」

 本陣の前に立っている人にお師匠様は言った。

 そんなことで会ってくれるわけないじゃないか。

 そう思っていると、中に様子を聞きに行った人が戻ってきて、

「どうぞ、中へ」

 と言って入れてくれた。

 お師匠様の顔の広さは知っていたつもりだけど、ここまで広いと驚いてしまう。

 案内された場所に座っていると、男の人が入ってきた。

 私たちは頭を下げてその男の人が前に座る気配を感じた。

 頭をあげるように言われ、お師匠様と頭をあげた。

「天野先生、久しぶりだな」

 えっ、お師匠様のことを知っているのか?

「お師匠様、この人は誰ですか?」

 小さい声で聞くと、

谷干城たにたてきじゃ」

 と言われた。

 そう言えば、この人に会いに行くと言っていたよなぁ。

 この人が谷干城と言う人か。

 聞いた話によると、坂本龍馬と中岡慎太郎を殺した新選組を恨んでいるらしい。

 新選組は殺していないのに。

 その恨みもあり、近藤さんを厳しく処罰するため、打ち首にしてさらしたほうがいいと言い、実際にそれをやった。

「なんでこの人と知り合いなのですか?」

 いつ知り合ったんだ?

「わしが温泉巡りをしているときにな、会ったんじゃ」

 また温泉巡りかいっ!

「温泉が好きですね」

「蒼良、わしがただ温泉が好きなだけで巡り歩いていたと思っているのか?」

 えっ、違うのか?

「それもあるが、こういう重要人物と顔見知りになるためでもあったんじゃ」

 そうなのか?

「ま、ほとんどの目的は温泉じゃったがな」

 やっぱりそうだろう。

「今日は何の用だ?」

 私たちがコソコソとやっていると、谷干城の方が私たちに聞いてきた。

「わしは回りくどいことは嫌いだから、ずばり言う。近藤の助命をお願いしに来た」

 本当にずばりと言ったよなぁ。

「断る」

 谷干城もずばりと断ってきた。

「あいつは坂本先生を殺した憎いやつだ。薩摩も処刑はするなと言っているが、わしをはじめとする土佐の人間はみんな近藤が許せない。だから、助命も断る」

 やっぱり、近藤さんの事で土佐と薩摩はもめているらしい。

「谷や。近藤は坂本を殺しておらんし、命じてもおらん」

「でも、原田とかいうやつの刀の鞘が落ちていたと言うではないか」

「それは、坂本を殺した人間を新選組にするための罠じゃ。そもそも、新選組の人間が現場に鞘を落とすなんてへまをやると思うか?」

「誰でもへまはやるだろう」

 この人は、坂本龍馬を殺した人間は新選組だと信じて疑わない人らしい。

「あの……。一言いいですか?」

 私はそう言って様子を見た。

 話してもよさそうな感じだったので、話し始めた。

「あの時、坂本龍馬を新選組が殺しても、利益はないのですよ。逆に、坂本龍馬が亡くなると、被害を受けるのは幕府だったので、幕府に近い組織である新選組は殺しません」

 そうなのだ。

 坂本龍馬は、幕府と公家とみんなが一つになって新しい国を作ると言う事を言っていた。

 大政奉還の元は坂本龍馬が作った船中八策と言う物で、そこから土佐藩主である山内容堂の所へ行き、そこから幕府へ行った物なのだ。

 もし、坂本龍馬がここにいたら、こんな幕府が負ける内戦なんかなかったかもしれない。

 だから、幕府にとっても坂本龍馬がいないと言う事は大きな痛手になるのだ。

「じゃあ、誰が殺したんだ?」

 谷干城はギロッと私をにらんで聞いてきた。

「わかりません」

 見廻組がやったとも言われているが、これも確かなことじゃない。

「それなら、新選組以外ないじゃないか」

 だから、違うと言っているのに。

 そう言えば、もっと後になってから見廻組だった人が、

「殺したのは自分だ」

 と言ったのに、認めなかったんだよね。

 お前のような人間に坂本さんが殺されるわけないだろうって。

「わしの言うことが信じられんらしいな。そもそも、坂本と中岡は殺されておらんのにな」

 えっ、ここでそれを言うのか?

 歴史では殺されたことになっている坂本龍馬と中岡慎太郎だけど、お師匠様の坂本龍馬を死なせたくないと言う強い思いのため、私たちは二人を助けた。

 今頃、坂本龍馬は貿易関係の仕事についてはりきっているだろうし、中岡慎太郎もどこかで新しい生活をしているはずだ。

 ただ、表向きには二人は死んだことになっている。

「なにを言っているっ! 近江屋に二人の死体があったじゃないかっ!」

「それが偽物だったらどうする?」

 お師匠様はニヤリと笑って言った。

「証拠はあるのか? 坂本さんが生きていると言う証拠はっ!」

「証拠か? あるに決まっているじゃろう」

 あるのか?どこにあるんだ?

 お師匠様はまた適当なことを言っているんじゃないのか?

 と、そわそわしていると、部屋の外に誰かが来た気配がした。

「お、来たな」

 お師匠様がそう言うと同時にその人が姿を現した。

 その人はなんと、坂本龍馬だった。

「わしが呼んだんじゃ」

「そ、そんなことをしてよかったのですか?」

 表向きには死んだことになっているのに、ここで姿を現したら、その苦労が水の泡じゃないのか?

 それに、坂本龍馬だって、好きな貿易の仕事に影響が出るんじゃないのか?

「さ、坂本さんっ!」

 驚いていたのは私だけじゃなかった。

 谷干城も腰を抜かさんばかりに驚いていた。

「ほ、本物か?」

 谷干城がそう言った。

 そりゃ、信じられないよね。

 死んだと思っていた人間がいるんだから。

「おぬしは何をしとるんじゃ?」

 坂本龍馬は私たちの横に座った。

「なにをって……。今は新しい国づくりのためにこうやって幕府をつぶしているのですよ」

 それを聞いた坂本龍馬は悲しそうな顔をした。

「今は、こんな内戦をしている場合じゃないだろう。ま、起きてしまったことは仕方ないとして……」

「本当に、坂本さんか?」

「本物じゃ」

 お師匠様は得意げにそう言った。

「今は坂本と言う名前は使っていないがな」

 坂本龍馬はそう言うと話し始めた。

「俺もここに来たくなかったんだ。好きな貿易の仕事も軌道に乗り出したばかりだったからな。でも、天野先生にどうしてもと頼まれて来た」

 お師匠様、いつの間にそんなことを頼んでいたんだ?

 そこで坂本龍馬は姿勢を正す。

「近藤勇を殺さんでやってくれ」

 坂本龍馬はそう言って頭を下げた。

「頭をあげてください」

 谷干城はあわててそう言った。

「お前は、近藤勇が俺を殺したと思って憎んでいるのだろう? そして処刑をしようと思っているのだろう? それは間違っているぞ。こうして俺は生きている。だから、近藤勇を処刑する大義名分がないだろう」

 谷干城は坂本龍馬の話にコクコクと首を動かしてうなずいていた。

「坂本さん、なんで助かったのですか?」

「ここにいる天野先生に助けてもらったんだ。命の恩人の頼みだから、俺も近藤勇の助命をしに来た。それに、今はそんなことをしている場合じゃないだろう。こうしている間にも異国の奴らは、日本をいつ乗っ取ろうかとながめているんだぞ」

 確かにその通りだ。

 ただ、幕府も新政府側も異国を中に入れるとだめだと言う事は察していたらしく、異国の介入がないのが救いだった。

「坂本さんの頼みなら、聞き入れましょう。それに、坂本さんは殺されていないから、近藤勇を処刑しても意味がない」 

 谷干城はそう言ってくれた。

 これで、助命は成功したのか?

「ところで、坂本さんはこれからどうするのですか? 我々と一緒に新しい国造りをしてくれるのですか?」

 谷干城が坂本龍馬にそう言った。

 すると、坂本龍馬は首をふった。

「坂本龍馬はあの時の近江屋で終わっている。だからもうお前たちとかかわるつもりはない。だから何が起こっても今まで黙って見ていた。これからもそのつもりだ」

 その言葉を聞いた谷干城は少し悲しそうな顔をした。

 一緒に国造りが出来ると思っていたのだろう。

「それに、今は貿易の仕事ができて楽しいんだ。邪魔をしないでくれ」

 坂本龍馬が笑顔でそう言うと、谷干城もあきらめたように

「わかりました」

 と言った。


「なんで坂本龍馬があそこに来たのですかっ?」

 板橋本陣からの帰り道に私はお師匠様に聞いた。

 どうしても気になったから。

「こんな日もあろうと思い、近江屋の時から連絡を取ってはいたんじゃ」

 そうだったのか。

「案の定、こういう日が来たから、坂本に事情を書いてここに来てもらった。坂本も、命の恩人の頼みとあればと言う事で、ここにかけつけて来てくれたんじゃ。わしはもう間に合わんかもと思ったが、間に合ってよかった」

 そうか、それで待っていたんだな。

「わしらだけ行って助命をしても、谷が相手じゃ聞き入れてもらえんじゃろう。坂本に協力してもらってよかった。これで大きな峠は越えた。後はわし一人で何とかなるじゃろう」

 薩摩だけじゃなく、土佐も近藤さんを助命してくれると約束してくれた。

 とりあえず一安心だ。

「じゃから、今から土方の所へ行け」

 えっ?

「今なら鴻之台まで間に合うじゃろう。土方も明日あたり鴻之台に着くことになっているからな」

 そうなのか?

「そうと決まったら早く行け。あ、原田を連れて行け。蒼良一人だけじゃと鴻之台まで行けんじゃろう」

 た、確かに。

 でも……。

「本当に行ってもいいのですか?」

「蒼良も土方のことが気になるじゃろう? それなら早く行った方がいい。わしは近藤が処刑されないことが確実になってから追いかける」

「わかりました」

 土方さんの所に行けるっ!

 そう思ったら、もうじっとしていられなかった。

 旅支度を急いでして、原田さんと一緒に鴻之台へ向かったのだった。


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