雨宿り
今日は、藤堂さんと巡察だ。
最近は、本当に何事もない。この暑さだから、昼間から悪いことをしようという人はいないのかもしれない。と、勝手に思ってみる。
逆に、この暑さの中、真面目に巡察しているのも、私たちぐらいだろう。
「藤堂さん、暑いですね。」
藤堂さんは、涼しげな顔をしている。
「江戸と比べると、盆地だからね。やっぱり暑い。」
「でも、藤堂さんは、暑そうに見えないですよ。」
「そうかな?暑いなぁと思っているけど。」
「ああ、かき氷が食べたい。」
「蒼良、かき氷食べたことあるの?」
「えっ、藤堂さんはないのですか?」
「ないけど。」
「ええっ、かき氷を食べたことがないなんて。あれにアイスを乗せるとさらに美味しいし、シロップもかけ放題のところがあって、たくさんかけて食べると美味しいのなんのって。」
「あいす?しろっぷ?」
しまった。暑さでうっかりしていた。ここは江戸時代だった。
もちろん、冷蔵庫も冷凍庫もないので、かき氷なんて高級品だ。たぶん、将軍様とか、帝とかなら食べたことがあるんじゃないのかな?
そう言う人が食べるものなので、私の言葉は思いっきり失言になる。
「藤堂さん、今のこと、忘れてください。」
「忘れられないよ。蒼良が、高級品であるかき氷を食べたことがあるなんて。」
「いや、なかったことに。」
「味はどんな味なの?」
「それはもう、冷たくて、ふわっとしているのが私は好きですね。」
「やっぱり、食べたことがあるんだ。」
うっ、ひっかかってしまった。
「藤堂さん、冬になれば食べれますよ。水を外に出しておけば氷になるし。」
「冬になったら、食べたいとも思わないよ。」
確かに。
かき氷の話をしているうちに、空が黒い雲におおわれていた。
「蒼良、これは降りそうだぞ。」
「確かに、降りそうですね。」
雨宿りできるところを探したほうがいいのかな?
そう思いつつ、辺りを見回すと、見覚えのある子が通った。
「あ、牡丹ちゃん。」
「あれ?蒼良はん?どないしたん?」
「今、巡察中なんだ。」
「でも、雨降ってくるよ。早う帰らんと。」
でも、ここから壬生まで帰るまで間に合うかなぁ。
「あ、壬生まで遠いよね。それなら、うちの置屋に来るとええよ。」
「えっ、お邪魔していいの?」
「かまへんよ。」
ということで、藤堂さんと牡丹ちゃんの置屋にお邪魔することになった。
牡丹ちゃんの置屋についたと同時にザーッと雨が強く降り出した。
「通り雨やさかい、すぐやむと思うよ。それまで中で休んだらええよ。」
牡丹ちゃんの言葉に甘えて中に入った。
女の子たちの視線を感じる。
「あれが壬生浪士組なん?」
「あの羽織はそうや。」
「野蛮な人たちがようけおるって聞いたけど、美形の人もおるんやな。」
「うちはあっちの人がええな。なんか優しそうや。」
「うちはそっちの人や。綺麗で男に見えんような顔してるもん。」
聞こえないように話をしているのだろうけど、丸聞こえだ。
思わず笑ってしまった。藤堂さんを見ると、赤くなってうつむいていた。
「藤堂さん、どうしたのですか?」
「こういうところは慣れなくて。」
「えっ、こういうところって?」
「女性がたくさんいて、なんか緊張してしまって。」
えっ、そうなのか?私は平気だけど。
「蒼良は、よくここに来るの?」
「初めてですよ。」
「なんか、初めてに見えない。」
そうかな?
よくよく考えてみると、私は女だから、女性がたくさんのところにいてもなにも思わない。でも、逆にこの前みたいに、男性がふんどし姿でたくさんいたときは、なんか恥ずかしくて困ってしまった。
藤堂さんは、この前の私みたいな感じなのかな。女性がいて恥ずかしいとか。
でも、裸でいるわけじゃないから、恥ずかしがらなくてもいいと思うのだけど。
「お茶どうぞ。」
「牡丹ちゃん、そんな私たちにかまわなくてもいいよ。ここで雨宿りさせてもらえるだけでも、ありがたいんだから。」
「気にせんといて。うちの気持ちやさかい。」
「ありがとうございます。いただきます。」
藤堂さんは、カチンコチンになってお茶を飲んた。なんかロボットみたいなんだけど。
「蒼良はん、久しぶりやな。」
「本当だね。あ、深雪太夫は元気ですか?」
「蒼良はんも、深雪太夫目当てなん?」
「…もっ、て?」
「あ、知らんの?壬生浪士組の局長しとる人。この前助けてくれた人や。」
「あ、近藤さん。」
「そうそう。その人が、深雪太夫に入れ込んどるみたいで、しょっちゅう会いに来るよ。」
えっ、そうなのか?それにしても、揚屋に呼ぶお金をどこから工面しているのだろう。
江戸の家から送ってもらっているのかな?
「深雪太夫も、近藤はんのことまんざらでもないみたいや。」
「まんざらでもないということは、両想いだ。」
「そうそう。」
あれ?ちょっと待て。近藤さんは確か…。
「藤堂さん、近藤さんには奥さんがいましたよね。」
「えっ、ゴホゴホ。」
急に話を振ったから、お茶が変なところに入ったらしい。
「大丈夫どすか?」
奥から女の子が何人か出てきた。
ええっ、なんでこんなに出てくるんだ?
「背中さすってあげます。」
「わてがさする。」
「うちが。」
そのうち、藤堂さんの背中の取り合いで喧嘩になった。
「藤堂さん、もてますね。」
「ええっ。」
藤堂さんは、ますます赤くなってうつむいていた。たまにはからかうのも面白い。
「喧嘩やめいっ!もう咳も収まっとるで。早う向こう行きっ!」
牡丹ちゃんが女の子達に言った。
「いや、私たちは別に一緒でもいいよ。ね、藤堂さん。」
「ええっ。」
藤堂さんは困った顔をしていた。
「みんな、出てきてええってよ。」
女の子の一人が奥に向かって言うと、5~6人ぐらいさらに奥から女の子が出てきた。
って、何人で話を聞いてたんだ?
という訳で、女10人近くに男は藤堂さん一人。これは面白い。
ゴロゴロゴロ!と雷が鳴った。
「きゃあ。」
と、女の子たちは言いつつ、藤堂さんファンの子は藤堂さんへ。何人かは私にしがみついてきた。
「どさくさに紛れて、まったく!」
牡丹ちゃんは怒りながら言った。女の子たちはえへへと笑っていた。
「でも、雷はほんまに怖いわ。」
一人がそう言うと、みんなうんうんとうなずいた。
「雷って、ピカって光ってからなるまでの時間を測ると、自分と雷の距離がわかるのですよ。」
みんなが怖がらないように、私は話した。
「ほんまに?」
「そう。光ってから鳴るまでの時間が長ければ、雷は遠くにある。短ければ近いのですよ。」
「あ、光ったから、数えてみよう。」
女の子達と一緒に数えると、5秒ぐらいで鳴り出した。その次が3秒ぐらい。
「短くなったということは、近づいてきとるん?」
牡丹ちゃんが恐る恐る聞いてきた。
「そうだね。近づいてきてるね。」
そう言うと、周りから怖いわというつぶやきが聞こえた。
そして次の雷は光ってからすぐに鳴った。
「きゃあ、すぐ上にいるわ。」
一瞬大騒ぎになったけど、次が3秒ぐらいで長くなったので、
「さっきのが一番近くて、それからどんどん離れているみたい。」
と、私が言うと、みんな落ち着いてきた。
「外で雷が鳴ったら、かんざしとかとったほうがいいよ。そして、なるべく低い姿勢で建物の中に入る。間違っても、木の下で雨宿りなんてしたらダメだよ。」
「なんで?」
「木に雷が落ちやすいから。」
「へぇ、そうなん?知らなかったわ。」
「こうやって知ると、少し雷のことが怖くなくなったでしょ。」
「うん、少しだけな。」
牡丹ちゃんがそう言うと、みんなも笑いながらうなずいていた。
藤堂さんは、相変わらず固まっていた。たくさんの女の子に抱きつかれたせいなのか?それとも雷のせいなのか?多分、女の子だな。
雨が上がり、晴れ間が出てきたところで、牡丹ちゃんたちに挨拶をし、置屋を出た。
「蒼良は、よく平気でいられたね。」
「だって、同じ人間じゃないですか。」
「僕は、なんかおしろいの匂いが気になって、緊張してしまった。」
おしろいの匂いって、緊張するのか?現代で言うと、香水と同じなのかな。それならなんとなく話はわかる。
空を見ると、綺麗な虹かあった。
「虹だっ!」
「本当だ。壬生の方だね。」
「そうですね。消えないうちに急ぎましょう。」
「え、なんで?」
「虹の中をくぐるといいことがあるって、聞いたことがあるので。もしかしたら、屯所の上にあるのかも。急ぎましょう、藤堂さん。」
「蒼良は、面白いこと知ってるね。じゃぁ、虹をくぐりに行こう。でも、もしかしたら、壬生より遠いかもよ。」
「それなら、見れたことに感謝することにします。虹なんて、めったに見れないでしょう。」
「それもそうだね。じゃぁ、行こう。」
藤堂さんと、雨上がりの道を泥を跳ねさせながら走ったのだった。




