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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年3月
406/506

不安の中の大久保邸

 政府軍こと官軍へ恭順の意を示すために上野の寛永寺に自ら進んで謹慎生活をしていた慶喜公。

 自分の知っている公卿などを通じて、自分の気持ちを一生懸命伝えてもらおうと、色々手を打っていた。

 官軍の幹部へ直接交渉しようと言う事になり、その使者に山岡鉄舟がえらばれた。

 でも、山岡鉄舟は江戸へ進軍している西郷隆盛を知らなかったので、行く前に西郷隆盛を知っている勝海舟に会う。

 そして、薩摩藩士である益満休之助という人を連れて、現代で言うと静岡県に陣取っていた西郷隆盛に会う。

 ちなみに山岡鉄舟が連れて行った益満休之助という人は、薩摩藩から密命を受け、江戸に浪人を放って暴れさせていた人だ。

 それがきっかけとなって江戸の薩摩藩邸焼き討ち事件が起き、また、それがきっかけとなって、鳥羽伏見の戦いになる。

 益満休之助は幕府に捕まっていたのだけど、処刑される直前にその身柄を勝海舟が預かっていた。

 山岡鉄舟に会った西郷隆盛は、江戸城総攻撃を回避したいのなら、この条件を受け入れろと言う事で出された条件が七箇条あった。

 その中にあったひとつが、江戸城を明け渡すこと。 

 甲陽鎮撫隊が敗走して江戸に帰ってくる間にそんなことが起こっていたのだった。

 もちろん、私たちはそんなことが行われていることを知らなかった。

 

 八王子から江戸の大久保邸へ。

 近藤さんは楓ちゃんと一緒に八王子を後にした。

 原田さんと永倉さんは他の隊士たちとほぼ一緒に八王子を出た。

 私は……。

「なんか不服そうな顔してんな」

 土方さんが私の顔を見てそう言った。

 そんな顔をしているか?

「心配なのですよ」

「なにがだ?」

「近藤さんがちゃんと大久保邸に来てくれるのでしょうか」

 歴史では、近藤さんは大久保邸に現れず、不安になった隊士がここでもまた逃げてしまう。

 原田さんと永倉さんは、隊士を集め新しい組織を作り会津へ行くことを決めてしまう。

 近藤さんにその話を持って行き、近藤さんもどうだ?と誘うのだけど、近藤さんは勝手に話をすすめた原田さんと永倉さんを怒ってしまう。

 そして、

「お前たちが俺の家来になるのなら、一緒に行ってもいい」

 と言うようなことを近藤さんは言い、それを聞いて怒った原田さんと永倉さんは

「長い間お世話になりました」

 と、お礼を言って別れてしまうのだ。

 それを阻止するためには、まず近藤さんが大久保邸に来させないといけない。

 今回は怪我もしていないから、来れないと言う理由はないだろう。

 そう思いたい。

 だから、近藤さんについて行って、大久保邸までちゃんと連れて行こうと思っていたけど、近藤さんは楓ちゃんを連れて一番最初に八王子を出てしまった。

 だから私は、土方さんと一緒に八王子を出た。

「来るに決まってんだろう。自分で集合場所を決めたんだぞ」

 そうなんだよね、私もそう思いたい。

 でも、心配は山ほどある。

「近藤さん、楓ちゃんとどこかへ消えちゃったりとかしないですよね」

「するわけねぇだろう」

「楓ちゃんと遊びに行っちゃって帰ってこないとか……」

「そんなことねぇだろう」

「戦に負けちゃったから、もういいやとかって思ってやけくそになったりとか……」

「お前、近藤さんをなんだと思っていやがるっ!」

 土方さんが怒りだした。

「ちゃんと新選組の局長だと思っていますよ。立派な人だと思っていますよ」

「それなのにお前がそこまで色々考えるってことは、何かあるんだな?」

 土方さんは私の言葉で色々察したらしい。

 土方さんは私が未来から来たことを知っている。

 だから、これから先に起こることを話した。

「なるほどな。そうなると心配にもなるな」

 でしょ、でしょ。

「でも、今の近藤さんは怪我もしてねぇし元気だ。それに楓も一緒にいる」

 それが一番心配だったりするのだけど。

「大丈夫だ」

 そう言いながら、土方さんは私の頭にポンッと優しく手を置いてなでた。

 私の知っている歴史と少し違っているから、きっと違う方向に行くかもしれない。

 いや、行ってほしい。

 行かなければっ!

 ああ、二人の世界を邪魔してでも、近藤さんにしがみついて行くべきだったなぁ。

 二人から思いっきり嫌な顔されそうだけど、でも、そっちの方がまだ安心だったかもしれない。

「過ぎたことをいつまでも思っていても仕方ねぇだろう。とにかく行くぞ」

 土方さんの言う通りだ。

 起こってしまったものは仕方ない。

 今は大久保邸に着くことだけを考えよう。


 大久保邸に着いたら、すでに原田さんや永倉さんをはじめとした隊士たちが到着していた。

「近藤さんはついてますか?」

 恐る恐る原田さんに聞いたら、

「いや、まだだ。俺たちより早く出たのにな」

 と言われた。

 もう嫌な予感しかしなかった。

「心配そうな顔をするな。大丈夫。そのうち近藤さんも到着するだろう」

 原田さんは笑顔でそう言ってくれたけど、私の心は穏やかじゃなかった。

 やっぱり楓ちゃんとどこかへ行ってしまったか?

 色々な嫌な予感がたくさん頭をよぎり、そのまま立ちつくしていたら、

「あ、いたいた」

 という声が聞こえてきた。

 この声は?いや、ありえない。

 だって、彼は治療中のはずだから。

蒼良そら、ずうっと待っていたんだけど、なかなか来てくれなかったね」

 そう言いながら、沖田さんは私の顔をのぞき込んできた。

 な、なんでっ!

「なんで沖田さんがここにいるのですか?」

「なんでって、僕はいたらいけないのかな?」

 いたらいけないとかって言う以前の問題だから。

 病人がこんなところにいていいわけない。

「和泉橋医学所に入院していたじゃないですかっ!」

「前に出たって言ったけど」

 えっ、そうだったか?

 そう言われると、甲陽鎮撫隊を結成して日野に行ったときに沖田さんが来てそんなことを言っていたよなぁ。

 この時期の沖田さんは、良順先生によって植木屋さんの離れで療養していた。

 だから退院と言えば退院になるのか?

「で、なんでここにいるのですか?」

 一番の疑問はそれだ。

 なんで植木屋さんの離れにいる人が、ここにいるんだ?

「それは僕も一緒に来たかったからだよ。甲州へも一緒に行きたかったのに、みんなして僕を置いて行っちゃうんだもん」

「あの時の沖田さんは具合悪そうだったじゃないですか」

「あれはお酒を飲んだからだよ。久々に飲んだからね。飲まなければほらこの通り元気だよ」

 ほ、本当か?

「蒼良、僕の言うこと信じてないでしょう?」

 その言葉にうなずくと、

「ひどいや」

 と言われてしまった。

 だって、心配なんだもん。

 沖田さんの病気は、この時代では治らない病気だから。

「でも、近藤さんが一緒に行ってもいいって言ってくれたからいいや」

 えっ、近藤さんが?

「信じてないでしょう? でも言ってくれたんだよ。元気そうだから一緒に行くかって」

 沖田さんがそう話していたけど、私は沖田さんの話より、沖田さんがどこで近藤さんに会ってそう言う話をしたのかが気になった。

「近藤さんはどこにいるのですか?」

 沖田さんに飛びつくように私は聞いた。

「えっ、近藤さん?」

 それに驚いた沖田さんがそう聞いた。

 私はコクコクとうなずいた。

「近藤さんなら、そこにいるよ」

 えっ、そこ?

 沖田さんの後ろを見ると、楓ちゃんと仲良さそうに近藤さんがこちらに歩いてきていた。

「こ、近藤さんが来たっ!」

 嬉しくてそう叫ぶと、

「来るに決まってんだろうがっ!」

 と、屋敷の中から出てきた土方さんにそう言われてしまった。


 近藤さんが来てから、これからどうするかという話になった。

 後は、原田さんと永倉さんがここから抜けるのを阻止するだけだ。

 できるだろうか?

「俺は、会津に行くべきだと思う。もう幕府はあてにならんぞ」

 永倉さんが一番最初にそう言った。

 確かに、幕府はあてにならない。

 というか、もうない。

 正確に言うと、大政奉還をした時からもうないのだ。

「実は、俺は思うことがあってな。もう手を打ってあるんだ」

 永倉さんがそう言った時、もう嫌な予感しかしなかった。

「なんだ?」

 土方さんが永倉さんにそう聞いた。

「甲陽鎮撫隊のように、また新しく組織を作って人数も増やし、それから会津に行った方がいいと思うんだ」

「なるほどな」

 永倉さんがそう言うと、土方さんがそう相づちをうった。

 土方さんのその相づちが永倉さんにとって賛成してくれていると思ったのだろう。

「それには金が要るだろう? だから、良順先生に相談したら三百両出してくれた」

 えっ、ここでそうなるのか?

「お前、いつの間にっ!」

 土方さんも驚いたみたいでそう言った。

 他の人たちは驚いた顔で永倉さんを見ていた。

「話はまだあるんだ」

 ま、まだあるのかっ!

「俺の友人がいるんだが、こいつに声をかけたら賛成してくれたんだ。そいつも仲間に入れて一緒に組織を作り、会津を目指したらどうだと思うんだが」

 近藤さんが来てくれたと言う事以外は、歴史通りに進んでいるような感じがするんだけど……。

 永倉さんが話し終わると、しばらく部屋はシーンとしていた。

 その沈黙を破ったのは近藤さんだった。

「新八、俺抜きでなんでそこまで話を決めたんだ? まず俺に話をしてからやることだろうっ!」

 近藤さんはほとんど怒鳴っていた。

「俺だって、先のことが心配だったんだよっ!」

 永倉さんも怒鳴り声で近藤さんに言った。

「で、新しく組織を作るとして、上に立つ人間はだれにするんだ?」

 近藤さんのその言葉に私ははっとした。

 この先の言葉を近藤さんに言わせてはいけない。

「そこまではまだ決めていないが……」

 永倉さんは、なんでそんなことを聞いてくるんだ?という感じでそう言った。

「そうだな、わしがその組織の……」

 だめだっ!この先の言葉を言わせないために何かをしなければっ!

「近藤さんっ!」

 私はそう言って立ち上がっていた。

 もちろん、みんな私の顔を見た。

 みんなと目があい、頭の中が真っ白になった。

 止めたはいいけど、これからどうすればいいんだ?

「あ、あのですね……」

「なんだ?」

 ますます注目を浴びる私。

「おい、話の途中だぞ。用がねぇなら座ってろっ!」

 土方さんが私の隣に来て、私を下に座らせた。

「で、近藤さん。何が言いたいんだ?」

 土方さん、近藤さんにあのセリフを言わせるのか?

 言わせたらだめだと思ったけど、土方さんに押さえつけられていたので、もう立ち上がることはできない。

「おい、暴れるな。あまり暴れると外に出すぞっ!」

 土方さんにそう言われてしまった。

 外に出されたらもう何もできなくなる。

「近藤さん、何が言いたいんだ?」

 今度は永倉さんがそう言った。

「お前たちがわしの家来になるのなら、その新組織と言うものを作って会津に行ってもいい。そうじゃなければ断るっ!」

 近藤さんはそう言った。

 言ってしまった。

 その言葉を聞いて永倉さんは怒りでわなわなとふるえていた。

 原田さんも怒っているのだろう。

 顔がムッとしていた。

 そして、原田さんと永倉さんはスッと立ち上がった。

「おい、だから大人しくしてろっ!」

 なんとかできないかともぞもぞしていたら、土方さんに怒られた。 

 やっぱり、ただ見てることしかできないのか?

「近藤さん。近藤さんらしくないよ」

 その声とともに沖田さんが立ちあがった。

「俺の家来になれって、近藤さんらしくないよね」

 沖田さんは近藤さんに近づきながらそう言った。

「総司、何を言ってんだ? わしは本心を言っているだけだ」

「いや、近藤さん無理しているよね。僕に隠してもだめだよ。付き合いが長いんだから、嘘ついているのも全部お見通しだよ。新八さんも、近藤さんらしくないなぁって思うでしょ?」

 沖田さんは永倉さんに向かってそう言ったけど、永倉さんは立ち上がったままだった。

「で、なんでそんなことを言ったの?」

 沖田さんは再び近藤さんに視線を戻してそう言った。

「ちょっと待て。これは俺たちの問題だから、他の人間は外に出ろ」

 土方さんは、他の隊士たちを部屋の外に出した。

 私も出たほうがいいのかな?いや、永倉さんたちを阻止するためにもここにかじりつくべきだろう。

 部屋に残されたのは、江戸からずうっと一緒にいた人たちと斎藤さんだけだった。

 本当に内輪だけになった。

「もう話してもいいでしょう?」

 沖田さんが土方さんにそう言った。

 しかし、土方さんの返事を待たないで沖田さんは話し始めた。

「なんでそんなことを言ったの?」

 再び近藤さんに聞いた。

「もう、たくさんだよ」

 ぼそっと近藤さんが言った。

「わしは、もう戦はたくさんだ。負け戦で仲間やうちの隊士たちが亡くなるのを見るのはもうたくさんだ」

 そう言った近藤さんの顔は本当に悲しそうだった。

 みんなも、何も言えなかった。

「これから先、戦をしても負けるだろう。鳥羽伏見の時もそうだったが、今回の甲州もそうだった。武器が違いすぎる」

 それはみんなも思っていることだろう。

「近藤さん、あんたがそんなことを言ってどうするんだ?」

 土方さんがそう言った。

「わかっている。歳が言いたいこともわかる。わしは逃げられない。もう逃げられないところまで来ているんだ。でも、お前たちは逃げれる。わしについて行っても負けが続くだけだ。だから、お前たちは逃げろ。これ以上、俺に付き合って一緒に負け戦をすることはない」

 近藤さんは、家来になれと言った時と全く違う優しい顔になっていた。

「近藤さん、勝手に話を進めてすまなかった」

 永倉さんがそうって謝ってきた。

「いや、新八もここまで話をまとめてきて立派なものだ。もし新組織を立ち上げてと言うのなら、そっちに行ってもかまわないぞ」

 近藤さんはいつもの笑顔でそう言った。

「新八の方へ行きたい奴がいるのなら行けばいい。近藤さんがそこまで言うのなら、俺も止めねぇよ。お前たちはどうするんだ?」

 土方さんがみんなを見ながらそう聞いた。

「僕は近藤さんについて行くよ。だって、近藤さんが僕の所に来てそんなに元気ならわしと一緒に来いって言ってくれたんだから」

 沖田さんは近藤さんの方を見てそう言った。

「俺も一緒に行く」

 斎藤さんがボソッとそう言った。

「左之はどうする?」

 土方さんが原田さんに聞いた。

 原田さんは永倉さんと一緒に行ってしまうんだろうなぁと思い、私は原田さんの顔を見た。

 私と目があった原田さん。

「ちょっと考えさせてくれ」

 私の顔をチラッと見た後、原田さんはそう言った。

「お前はどうするんだ?」

 土方さんが私にそう聞いてきた。

 えっ、私に聞くの?

 土方さんのことだから、

「お前は俺と一緒だ」

 って言うのかと思っていた。

 なんで今更そんなことを聞いてくるんだ?

「お前も俺たちに付き合う事はない。新八の方へ行ってもいいし、ここで抜けてもいい」

 一緒に行こうって言ってくれないのか?

「私は……」

 どうすればいいんだ?

 そう言えば、今まで土方さんが道を示してくれた。

 私はその後をついて歩いていた。

 全部、土方さんが決めてくれていたのだ。

「私は……」

 でも、どうして今回は一緒に行こうって、お前はこっちだって言ってくれないんだ?

「蒼良、一緒に考えよう。それでいいか?」

 原田さんがそう言ってくれた。

「左之も決まったらすぐに言ってくれ。話はこれでいいか?」

 土方さんが近藤さんに聞くと、近藤さんはうなずいた。

「わしも、出来ることならここで終わりにして楓と静かな所で暮らしたいんだがなぁ。それは無理そうだな」 

 近藤さんが最後にそう言って話は終わった。


 私は、どうすればいいんだ?

 一人で縁側に座って考え込んでいた。

 新選組の人を助けたいのなら、永倉さんたちと一緒に行くべきだろう。

 会津に行く途中で原田さんが永倉さん達と別れて江戸に帰ってくる。

 そして戦に参加して亡くなったと言われているんだけど、それを止めるためにここで土方さんと別れるべきだろう。

 止めた後に土方さんと合流すればいいと思うのだけど、土方さんたちだって移動する。

 便利な連絡手段がないこの時代にそれをやると、もう二度と、土方さんに会えなくなってしまう可能性が高い。

 土方さんと別れたくない。

 一人で蝦夷に行かせたくない。

 でも、そうすると原田さんはどうなるんだ?

「蒼良、ちょっといいか?」

 原田さんが顔を出してきた。

「はい、大丈夫です」

 私がそう言うと、私の横に原田さんが座った。

「蒼良はこれからどうするんだ?」

「それを悩んでいるのです」

 正直にそう答えた。

「俺と一緒に新八の方へ行かないか?」

 原田さんならそう言ってくるのだろうなぁと思っていた。

 ここで、はいと返事したほうがいいのか?

 でも、その返事が出なかった。

「すみません」

 出たのはその言葉だった。

「本当は、原田さんと一緒に永倉さんの方へ行って、原田さんが途中で江戸に帰るから、それを止めるか何かした方がいいと言うのはわかっているのです」

 原田さんは私が未来から来たことを知っているから、これから先のことを少し話した。

「俺は、途中で江戸に帰るのか? なんでだ?」

「それは、わかりません」

 そう、わからないのだ。

 理由は原田さんだけが知っていると言う状態だ。

「で、江戸に帰った後、俺はどうなるんだ?」

「彰義隊に入って、上野で戦があるのですが、そこで負傷して亡くなったと言われています」

 それもよくわからないんだけど。

「彰義隊か」

 原田さんはそう言うと、庭の植木を遠い目で見ていた。

 この時期の彰義隊は、浅草の東本願寺にいた。

 慶喜公が水戸へ行った後は、徳川家歴代将軍の墓があるお寺などを警護する目的で、上野の寛永寺へ移る。

 その時の人数は約二千人。

 江戸の治安を守る仕事もしていたのだけど、江戸城を明け渡した後に入ってきた新政府側の人達と、小さい衝突を繰り返す。

 新政府側は、彰義隊の武力を解除するようにと言い、江戸の治安を守る仕事も自分たちでやるからいいと、彰義隊の任務を取り上げる。

 それに不満を持った彰義隊は、上野近辺で衝突事件を起こす。

 それが原因となり、彰義隊武力討伐が決定し上野戦争が起こる。

 原田さんは、その上野戦争に参加して亡くなったとも言われている。

「私は、原田さんに死んでほしくないです。原田さんを助けるためにそばにいないといけないのに、土方さんたちと一緒に行きたいと言う気持ちの方が強いのです。もう、どうしていいか、自分の気持ちのことなのに、自分で決めないといけないのに、わからないのです」

 気がついたら、私は泣いていた。

 どうしたらいいのかわからないよ。

 私にどうしろって言うんだ?

「わかったよ、蒼良。だから泣くな」

 原田さんは優しく私を抱きしめてきた。

 そして、優しく背中をなでてくれた。

「蒼良の悩みは、俺も蒼良と一緒に近藤さんの方へ行けば解決するのだろう。それなら俺は近藤さんの方へ行くよ」

 原田さんの言葉に驚いてしまい、顔をあげた。

 優しい顔で私を見ていた原田さんと目があった。

「そんなことしていいのですか?」

 本当に、そんな簡単に決めていいのか?

「俺は元からそう考えていた。蒼良と一緒に行こうと思っていたから、すぐに返事をしなかったんだ。蒼良だって、悩んでいたんだろ?」

 そうか。

 だから、あの時に一緒に考えようと言ってくれたんだ。

「でも、永倉さんが一人になってしまいますよ」

「新八は一人でも生きていけるだろう」

 うん、永倉さんは一人でも立派に生きる。

「返事は早いほうがいい。一緒に近藤さんに言いに行こう」

 原田さんは私の手を引いて立ち上がらせてから、一緒に近藤さんの部屋へ行った。


 近藤さんに返事をしたら、喜んでくれた。

 土方さんも喜んでくれた。

 みんなで話し合った時は、

「お前も無理してこなくていい」

 みたいなことを言われたから、

「お前はもう来るな」

 って言われたらどうしようと思ったけど、言われなかったからよかった。

 そして五兵衛新田という所へ行く日。

 永倉さんとの別れは前の日に済ませたのだけど……。

「あれ、新八」

 大久保邸を出た原田さんがそう言った。

 えっ、永倉さん?

 そう思って私も外へ出ると、照れくさそうな感じで永倉さんが立っていた。

「何かあったのか?」

 原田さんが聞くと、

「やっぱり、俺もみんなと一緒に行きたくなってさ。友人の方は断ってきた。三百両もくれてやったから、文句は言われなかった」

 永倉さんがそう言っている間にも、他の人たちが中から出てきて、永倉さんを見て驚いていた。

「新八、どうした?」

「あ、土方さん。やっぱり俺も一緒に行ってもいいか?」

 永倉さんが少し恥ずかしそうに言った。

「いいに決まってんだろう」

 土方さんは嬉しそうに笑って永倉さんの肩を強くたたいた。

「痛てぇよ」

 そう言った永倉さんも笑顔だった。

 なんとか、脱隊を阻止できたみたいだ。

 よかった、よかった。

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