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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年3月
404/506

甲陽鎮撫隊(3) 甲州勝沼の戦い

 駒飼宿に着き、新八と今回の戦はどうなるか?という話をしていた。

「ここまで人数が減るとは思わなかったな。士気が足りなすぎる」

 新八がため息交じりでそう言った。

 江戸をたつときは二百人位いた甲陽鎮撫隊だが、今は百人ちょっとしかいない。

 ほとんどが途中で逃亡した。

「まだ戦も始めてないのにな」

 俺もそう言った。

 そう、戦はまだ始まってもいないのだ。

「これで戦が出来ると思うか? まず無理だろう」

 新八の言う通り無理だろう。

 しかし……。

「人数が減ったからという理由で戦をせずに引き返せるものなのか?」

「左之も心配性だな。第一、幕府が本当に仕事をしているか、甲州を鎮撫しているか見に来ると思うか?」

 それはないだろう。

 その気があれば、援軍なり送ってくるはずだ。

 金だけ出して行って来いって、まるで邪魔者を追い出すように見えた。

「だから、このまま帰って幕府には、ちゃんと鎮撫してきましたが、力が及びませんでした。と言えばいいんだ」

「そんな簡単にすむ話なのか? それで済むなら、俺たちがわざわざここまでくる意味もないだろう」

 行くふりさえすればいい。

「それもそうだな。ま、ここまで来たんだから、一戦交えて相手を驚かせてやろう」

 あははと新八は笑っていた。

 笑いごとですめばいいが、俺は嫌な予感しかしなかった。

 まず士気の低さだ。

 特に、良順先生が手配してくれた、浅草弾左衛門の配下の連中の士気は低かった。

 良順先生があいつらに何を言ったのかはわからないが、笹子峠にさしかかるとそこからどんどん人数が減っていった。

 人数が減るのを目の前で見ると、他の奴らの士気も下がる。

 隊士たちの士気も低くなった。

 鳥羽伏見の戦で敗けた時でも、こんなに士気が低くなかったぞ。

 そしてあまりに士気が低いせいか、宿に入っても静かだった。

 いつもなら賑やかなのだ。

 今日は峠を越えたぞっ!無事にこえれてよかった。

 そう一杯やっていてもいいのだ。

 しかし、その気配もない。

 あまりの静けさに不気味な空気を感じる。

 蒼良そらも、ここへ連れて来てしまったが、大丈夫なんだろうか?

 鳥羽伏見の時のように敗走することになりそうだ。

 あの時もはぐれて一人になってたところを俺が見つけた。

 今回は、はぐれさせはしない。

 俺が守らないと。

 彼女だけでも。


 近藤さんに部屋に呼ばれたから、新八と行った。

 そこには斎藤と先に甲州へ来ていた大石がいた。

「休んでいるところ悪かったな」

 近藤さんは俺たちの姿を見ると、そう言った。

「いや、戦に来たんだから、休む暇がないのが本当の所だろう」

 新八は明るくそう言った。

 この部屋も沈んだ空気で満ちていた。

 新八の明るさがせめてもの救いだろう。

「何かあったのか?」

 近藤さんだけでなく、斎藤も大石も沈んでいる様に見えた。

「甲府城に敵が入っている」

 近藤さんがそう言った。

 大石が報告してきたのだろう。

「しまった、出遅れたか」

 新八が悔しそうにそう言った。

 今回の行程があまりにものんびりすぎた。

 もう少し、せめて日野で寄り道しなければ……。

 しかし、あそこでの寄り道があったから、春日隊という貴重な兵数を補う事も出来た。

「それなら甲府城から追い出すまでよ。で、敵はどれぐらいいるんだ?」

 新八が大石の方を見て言った。

「三千ぐらいです」

 その大石の一言で、さらに沈黙が重くなった。

 百人弱対三千だと?

 しかも相手は城に入っている。

 城に入っている方が戦は有利だと言う事を聞いたことがある。

「今、歳に援軍を頼みに行ってもらった。歳は心当たりがあるそうだ」

 だから土方さんがいないのか。

 蒼良は何でいないんだ?

「近藤さん、蒼良は?」

 いつもならここに姿があるはずだ。

 何かあったのか?

「蒼良は歳と一緒に行った」

 近藤さんのその一言を聞いて少しほっとした。

 ただ、土方さんと一緒というのがちょっと気になるが……。

 とりあえず、蒼良の身の安全は保障されたことになる。

 こんな、死にに行くような戦に蒼良を参加させたくない。

「で、その援軍はあてになるのか?」

 新八が近藤さんに聞いた。

「菜っ葉隊という異国の訓練を受けた隊らしい。人数も多いから戦力になるだろう」

 近藤さんが胸を張ってそう言った。

「問題は援軍が来るまでの間どうするかだ」

 斎藤がボソッとそう言った。

「他の人間が敵が三千人もいると知ったら、みんな逃げだす。そしたら戦どころではないだろう」

 斎藤の言う通りだ。

 笹子峠を越えただけでも半分いなくなっているんだ。

 敵がかなり多く、しかも強いと知ったら、それだけでみんな逃げるだろう。

「援軍が来るまで、敵に刺激を与えず、待機していようと思う。みんなには、今、会津藩からの援軍が向かっていると言えばいいだろう」

 近藤さんの言う通り、それでうまくいくのだろうか?

 敵を見ないうちはそう言ってごまかしも聞くだろうが、敵の多さを見てしまったらもうそれも聞かなくなるだろう。

 近藤さんが一言話すたびに部屋には重い沈黙がただよう。

「わかった! それで行くしかないのなら、そうするしかないだろうっ! そう暗い顔するなよ。何とかなるって」

 新八が空元気を出してみんなに言ったが、それすらも効き目がなかった。

「何かあった時は、左之と新八と斎藤、お前たちが中心になってくれ」

「それは別にかまわない。こっちもそのつもりでいるのだからな」

 近藤さんの言葉に斎藤がそう言った。

「しかし、危ないと思った時はお前たちも遠慮なく逃げろ。わしを置いて行ってもいい」

「近藤さん、何考えてんだ?」

 もしかして、死ぬことを考えてんじゃないだろうな?

「左之、こんな状態じゃ何も考えられないさ。ただ、わしは一応大将だからな。負けても一目散に逃げるわけにはいかないだろう。しかも逃げろっ! と号令をかけることも無理だろう。そんなことをしたら、敵の笑いものになってしまう。新選組が敵の笑いものになることだけは避けたい」

 そこまで言うと、近藤さんは茶を一口飲んだ。

 そして意を決するように、

「わしが、進めっ! と言っても、危ないと思ったら隊士を連れて逃げろ。こんなところでお前たちが命を捨てる必要はない」

 と言った。

「近藤さん、まさか、やっぱり死ぬつもりか?」

 新八が近藤さんにそう聞いた。

 この場にいた誰もが同じことを思っているだろう。

「いや、わしだって江戸に楓を置いてきたからな。簡単に死ぬわけにはいかないと思っているが、こればかりはわからんからな」

 いや、楓さんだけでなく、奥さんや子供もいるだろう。

「それに、わしはこう見えても悪運が強いからな。大丈夫だ」

 わははと、場を明るくするためか、近藤さんは笑った。

 しかし、場は明るくはならなかった。

「わかった、いざというときはそうするさ。ただ、近藤さんも死ぬなよ」

 新八が場の暗さを紛らわすようにそう言った。

「お前たちもな。甲州街道を登って行けば日野がある。そこでわしの名前を出せば、日野の連中が何とかしてくれるだろう」

 そのために、日野を通って行ったのではないのだろう。

 数日前、日野に入った時は日野の人たちにものすごく歓迎され、士気も高かった。

 数日経っただけでこうも変わってしまうのか。

 たった数日なのにな……。


               *****


 ずうっと土方さんと一緒に馬に乗っていた。

 休む間もなくずうっと。

 行くときは数日かけて通った道を、今回は一日で通過した。

 そしてやっと日野に着いた。

 そこで初めて馬を下りた。

「この馬もよくもったな」

 土方さんは馬の手綱を木に結び付けるとそう言って馬をなでた。

 ずうっと走り続けていると、馬も走れなくなってしまうことがあるらしい。

 今回はそれがなかった。

「ゆっくり休んでね」

 私は馬に水と餌を与えた。

 その間に、土方さんは日野の佐藤さんの家に入って行った。

「あれ? もう帰ってきたの? 戦はどうなったの? あの人も一緒なの?」

 佐藤さんの家には土方さんのお姉さんのおとくさんが中から出てきた。

「いいから着物を出してくれ」

 土方さんはあわただしくそう言った。

 おとくさんも聞きたいことはたくさんあったのだろうけど、土方さんの様子を見てだいたいわかったのだろう。

 奥から着物を出して着た。

 土方さんは洋服からその着物に着替えるために部屋に入った。

 なんでわざわざ着物に着替えるんだろう?

「蒼良、これはどうなっているの?」

 おとくさんに質問された。

 私は土方さんの代わりにおとくさんに説明をした。

「それじゃあ、うちの人はどうなるんだい? まさか……」

 おとくさんの頭の中に最悪のシナリオが一瞬で出来上がったのだろう。

 相手は三千もいると聞いたら、誰だって最悪のシナリオが頭の中で出来上がってしまう。

「大丈夫です。佐藤さんはここで亡くなるような人ではないですから」

 佐藤彦五郎さんは、ここでは亡くならない。

 佐藤さんも長生きすると聞いたことがある。

 だから、命にかかわることはないだろう。

「蒼良、ありがとう。あなたのその一言で、冷静になれたわ。私ったら取り乱しちゃっていやだわ。あの人がそう簡単に亡くなるような人じゃないことは、一番よく分かっているのに」

 おとくさんはそう言ったけど、誰だって、大事な人の命がかかわっているかもしれないと思うと、取り乱してしまうだろう。

 そんな話をしているうちに、土方さんの準備が出来上がった。

 洋装から和装に変わっていた。

「なんで、和装なのですか?」

 思わず聞いてしまった。

 ここで着替えないで行った方が早く援軍が頼めるのに。

「汚れた格好で行くわけにはいかねぇだろう。物を頼みに行くのによ」

 確かに。

 馬に乗って砂埃をかぶったので汚れていると言えばかなり汚れているかも。

「お前こそ、着替えなかったのか?」

 えっ、私もなのか?

「ここで留守番するつもりなのか?」

 いや、ここまで来たんだから、一緒に援軍を頼もうと思っていましたよ。

「一緒に行くなら早く着替えて来い」

「わかりました」

 私も、おとくさんから着物を借りて着替えた。

 

 日野からは馬ではなく早かごに乗って横浜まで行った。

 そして菜っ葉隊がいる屯所に着いた。

 土方さんは屯所の中に入り、菜っ葉隊の隊長と話をした。

 しかし、菜っ葉隊も江戸の治安を守るために出動命令が幕府から出ていると言う事で断られてしまった。

「幕府からの命令が出ているのなら仕方ねぇな」

 屯所から出た時に土方さんはポツリとそう言った。

「お前の言う通り、菜っ葉隊はだめだったな。で、他に仕える隊はあるか?」

 えっ、それを私に聞くのか?

「時間がねぇぞ。早く考えろ」

 いや、そう言われても……。

「それなら、直接会津藩に行って頼んでみるのはどうですか?」

 私たちは会津藩預かりだったんだから、元上司に頼んだほうがいいんじゃないのか?

 でも、会津藩もそれどころじゃないかな。

「それもそうだな。よし、会津藩邸に行くぞっ!」

 えっ、そうなのか?

「お前が言ったんだろうが。行くぞっ!」

 会津藩が兵を出してくれるのかな?

 もしかしたら、出してくれるかもしれない。

 そしたら歴史が変わるかもしれない。

 そんな思いを胸に秘め、会津藩邸へ行った。


 会津藩邸に行ったら、ほとんど人がいなかった。

 というのも、容保公は二月の終わりに会津に帰ってしまい、会津藩邸にいる人たちも近いうちに会津に帰ると言う人たちだったので、援軍を頼んだらあっさりと断られてしまった。

「甲陽鎮撫隊は敗走中だそうだぞ」

 会津藩の人にそう言われた。

 えっ、敗走中?

「それはどういうことだ?」

 土方さんがせまるようにそう言った。

「聞いた話だからよくわからんが、甲州で潜んでいるところを敵にばれてしまい戦になったんだが、相手は千人ぐらいいたらしく、あっさりやられたらしいぞ。援軍を頼むより、仲間を出迎えたほうがいい」

 そ、そうなのか?

 三千人のうちの千人と言う事は、二千人は城にいてその一部を戦に出したのだろう。

「近藤さんが心配だ。行くぞっ!」

「行くぞって、どこへ行くのですか?」

「決まってんだろっ! 甲州だっ!」

 ええっ!また戻るのか?しかも援軍なしだ。

「今は、甲州街道の途中で出迎えたほうがいいです。甲州まで行くのは危険です」

「近藤さんはどうなんだ? 大丈夫なのか?」

 近藤さんのことになると必死になる土方さん。

「ここでは死にませんっ! 大丈夫ですっ!」

「でも心配だ。とりあえず日野に戻るぞっ!」

 日野に戻ったら馬に乗って

「甲州へ行くぞっ!」

 って暴れそうだよなぁ。


 しかし、土方さんが暴れることはなかった。

 というのも、近藤さんが八王子を目指してきていると言う情報が入ったからだ。

 日野ではちらほらと敗走してきた人たちを見かけた。

 でも、土方さんは近藤さんのことが心配だったので、それを見てとがめることはしなかった。

 とがめられないだろう。

 誰だって、千人の軍隊を見て、自分の百人弱しかいない隊を見たら逃走する。

 その中に佐藤さんの姿もあった。

「歳、すまない」

 佐藤さんはそう言ってきた。

「こっちこそ、戦に巻き込んですまなかった」

 土方さんも佐藤さんに頭を下げた。

 佐藤さんはこの後政府軍の追及を逃れるため、しばらく身を隠すことになる。

「近藤さんはどうだ? 大丈夫か?」

「俺が逃げるときは、一生懸命逃げる隊士を引き留めていた。わかるのはそれだけだ」

「そうか……」

 佐藤さんから話を聞いた土方さんは一言そう言った。

「大丈夫です。近藤さんは生きています。八王子で出迎えましょうっ!」

 甲州街道を登ってきているのなら、八王子も通るだろう。

「お前がそう言うのならそうなんだろう。よし、八王子へ行くぞ」

 と言う事で、八王子で近藤さんたちを待つことになったのだった。


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