甲陽鎮撫隊(2) やっと甲府へ
ようやく八王子宿に着いた次の日。
「頭痛ぇ」
そう言いながら、土方さんは頭の片方をおさえていた。
二日酔いってやつだろう。
頭をおさえながら立ち上がった土方さん。
「なぜか知らんが、体中痛いぞ」
と言い始めた。
なんでだ?
「お前、何か心当たりあるか?」
そう言われて、ブンブンと首をふった。
心当たりなんかないぞ。
「もしかして、昨日の記憶がないのですか?」
「思い出せねぇな。日野の連中と飲んだまでは覚えているんだ」
土方さんのことだから、たいして飲んでないだろう。
それなのに、こんなことになるなんて。
「体中痛ぇのに、歩かねぇといけねぇんだもんな。で、ここはどこだ?」
場所も理解していなかったのか?
「八王子宿です」
「八王子だとっ? 俺は相模あたりまで行っているかと思ったぞ」
そりゃ行きたかったですよ。
でも、あんなに酔っ払いが多い状態では、八王子まで来るのだって大変だったんだぞ。
「のんびりしてられねぇぞ。おい、早く行くぞっ!」
あ、そんなに慌てて動くと……。
「イテテ……」
土方さんは頭をおさえてうずくまってしまった。
ほら、二日酔いなんだから、急に動くと頭が痛くなりますよ。
「急いで近藤さんに進軍するように言わねぇとっ!」
よろよろと立ち上がった土方さんは、よろよろと近藤さんの所まで行った。
近藤さんも、土方さんと同じように頭の片方をおさえてうずくまっていた。
「近藤さんもか?」
土方さんがそう言うと、近藤さんもよろよろと立ち上がった。
「昨日は飲みすぎたな。記憶がない」
近藤さんはそう言ってにこやかに笑った。
いや、笑っている状態じゃないから。
「それにしても、頭だけではなく体中痛いんだが、わしは酔っ払って転んだか何かしたのか?」
近藤さんが私に聞いてきた。
「いえ、特に何もありませんでしたが」
酔いつぶれた以外は何もなかったぞ。
横から刺すような視線を感じた。
見て見ると土方さんが私をにらんでいた。
な、なんだ?
「お前、近藤さんまで俺と同じことを言っているが、どういうことだ?」
どういうことだと言われても、特に何もなかったぞ。
「歳もか? わしと一緒に転んだか?」
二人が一緒にやったことと言えば……。
「同じかごに二人で乗った以外は何もありませんよ」
「同じかごに乗っただとっ!」
近藤さんと土方さんが同時に私に言ってきた。
「はい」
何かあったのか?
「二人で乗ったと言うのは、わしがのってきたかごか?」
「はい」
それ以外何があると言うのだ?
「おい、あのかごに俺と近藤さんが乗ったのか? どういう感じで乗ったんだ?」
どういう感じと言われると……。
「外からみんなで押し込んだのですが……」
私がそう言うと、二人は黙り込んでしまった。
何かいけなかったか?
「あのな、別にかごを呼ぶとか考えなかったのか?」
土方さんにそう言われた。
そう言えば、沖田さんは別にかごを呼んでいたよなぁ。
なんでこの二人は一つのかごに乗ったんだ?
「なんで一緒のかごだったんですかね?」
「俺が聞いてんだろうがっ!」
そうでした。
「目的の場所が一緒だったからじゃないですか?」
それしか考えられないだろう。
沖田さんは江戸に帰るために呼んだ。
その時点でもう目的の場所が違う。
「そうか、それで体中が痛いんだな。あのかごに二人はきついからな。悪い姿勢で乗っていたんだろう。アハハッ!」
近藤さんは豪快に笑っていた。
「近藤さん、笑いごとじゃねぇだろう」
うん、それは私も思う。
「それもそうだな。で、ここはどこだ?」
近藤さんも場所を把握していないらしい。
「八王子宿です」
私が教えると、
「まだ八王子なのか?」
と、近藤さんは驚いていた。
「こうしちゃいられない。歳、急いで出るぞっ!」
「春日隊の方にも声かけねぇとな」
「私が行ってきます」
二人とも二日酔いだから、頭が痛い中行くのは大変だろう。
「おう、頼む」
土方さんにも頼まれたので、私は春日隊が止まっている宿へ行った。
「そうか、やっと起きたか。でも、二日酔いだからあまり進まないだろう」
春日隊を率いている佐藤彦五郎さんに報告したらそう言われた。
佐藤さんの奥さんが土方さんのお姉さんなので、土方さんの義理のお兄さんにあたる。
「それに無理やりかごに押し込んでやったからな。二人とも体中が痛いだろう」
クククと楽しそうに佐藤さんは笑っていた。
「ええ、痛がっていました。でも、昨日の記憶がないです」
「二人とも酒が弱いからな。進軍の件は分かった。春日隊は甲陽鎮撫隊の後ろからついて行く。出発は、いつでも構わない。そう言ってくれ」
「わかりました」
佐藤さんにそう言われた私は、再び土方さんの所へ行った。
それからやっと八王子宿を出た。
時間がかかったのは、やっぱり二日酔いの人たちが多いからだ。
「近藤さんたちも体が痛いって言っていたが、俺も痛いぞ。昨日、三人で相撲でもとったか?」
永倉さんが首を傾げながらそう聞いてきた。
永倉さんは、馬にしばりつけたんだっけか?
「新八、覚えていないことを一生懸命考えるのは、武士としてどうかと思うぞ」
隣を歩いていた原田さんが笑いながらそう言った。
そ、そうなるのか?
「昨日の新八は特に何もなかった。それでいいだろう」
「左之の言う通りだな。小さいことは気にしないほうがいいな。それにしても、頭も痛いし、完全な二日酔いだな」
その通りだ。
永倉さんも自分でよくわかっている。
「斎藤、お前は二日酔いじゃないんだろ?」
永倉さんは頭をおさえながら、斎藤さんに聞いた。
「俺は二日酔いなんてしたことがない」
斎藤さんはきっぱりとそう言った。
「あ、私もですよ」
私がそう言うと、
「お前は別だ」
と、永倉さんと斎藤さんから言われてしまった。
そ、そうなのか?
「蒼良は底なしだからな」
原田さんは笑いながらそう言った。
しばらくはこんな感じで道中の進軍は進んだのだけど……。
相模にある与瀬と言うところに着いた時、
「もう限界だっ! すまんが今日はここまでで勘弁してくれっ!」
と、近藤さんが飛び出してきた。
「近藤さん、どうかしたのか?」
原田さんが近藤さんに近づいてそう言った。
「かごが揺れるたびに頭が痛むんだ。俺はもう限界だ」
そ、そうなのか?
「でも、まだ相模で目的地の勝沼までは距離があるぞ」
原田さんの言う通りだ。
本当は昨日ここに着く予定だった。
やっと昨日に追いついたと思ったのに。
「もうちょっと行きましょうっ!」
ここで進んどかないと、甲府城が敵に入られてしまう。
もう手遅れかもしれないけど、出来るだけ近づいておきたい。
「いや、俺もここまでで限界だ」
永倉さんまで頭をおさえてそう言った。
「本当はもうちょっと進みてぇが、ここで無理して進んで人数が減っても困るしな」
土方さんもそう言い始めた。
人数が減る?
「ここでみんなに逃げられても困るしな」
斎藤さんがボソッと言った。
脱走と言う事か?
寄せ集めだから、隊の規則とかないも同然だ。
もちろん、士気だって京にいた時と比べるとかなり低い。
「仕方ねぇ。今日はここまでだっ!」
土方さんの一言で、この日の宿は与瀬宿に決まった。
次の日、今日こそは勝沼に入れるんじゃないか?
そう思い、進軍が始まった。
最初は順調だった。
しかし、最後の方に難関が待ち構えていた。
それは笹子峠だ。
今までも、難所と呼ばれる峠にいくつか登ってきたけど、今回の笹子峠は今までで一番難所だったと思う。
三月だけど、山の上はまだ冬だった。
だから雪が残っていたのだ。
いつもの雪なら楽しんで雪だるまとか作って遊ぶけど、今回の雪はあまりいいものではなかった。
雪の上を歩くのはすごく大変なのだ。
ずぼずぼと足は埋まるし、おまけに滑るし、現代のように長靴なんてないから、足がぬれてしかも冷たい。
みんな無言になっていた。
「お前、いつも雪で遊んでいただろう」
斎藤さんに言われたけど、
「遊んでいましたが、ここにある雪で遊びたいとは思えないです」
と、思わず言ってしまった。
「こんな山奥なら出そうだな」
な、なにが出るんだ?
「もしかして……」
この世のものではないものか?
確かに、昼間なのに木が生い茂っていて薄暗い。
出そうと言ったら出そうだな。
「熊だ。そろそろ冬眠も終わるころだろう。餌を求めて出てきそうだな」
「えっ、熊?」
幽霊じゃなかったのか?
「お前はなんだと思ったんだ?」
言ったら絶対に笑われると思い、
「熊だと思いました」
と言ってごまかした。
「本当か?」
斎藤さんはそう言いながらニヤリと笑った。
なんか、勘づいているかも?
「お前だったらどっちが怖い?」
えっ?
「お前が考えていたものと熊だ。どっちが怖い?」
幽霊も怖いけど、熊も怖い。
食われるなんてごめんだ。
でも、幽霊も怖い。
一生懸命考えていると、
「本当に、お前は面白いなぁ」
と、斎藤さんに笑われた。
からかわれていたのか?
笹子峠を越え、勝沼まであと少しと言う駒飼宿に到着した。
そこに到着して驚いたのは、人数が半分以上消えていたと言う事だ。
「笹子峠で逃げられたか」
土方さんがため息交じりにそう言った。
逃げたほとんどの人たちは、良順先生が集めてくれた浅草弾左衛門の配下の人たちだった。
「あそこは元から士気が低かったから仕方ねぇ。でも、ここまで人数が減るとは思わなかったな」
確かに峠は大変で逃げ出したくなったけど、本当に逃げることはないじゃないかっ!
「土方さん、人数が多ければいいってもんじゃないです。少数精鋭で行きましょうっ!」
少しだけど春日隊がまだ残っている。
こっちも少し逃げられたけど。
「後は、敵の出方を見てだな。いざとなったら援軍を頼みに行く。心当たりはあるんだ」
もしかして……。
「菜っ葉隊ですか?」
菜っ葉隊とは、本当は若葉隊という名前なんだけど、緑色の服が隊服になっていたから、菜っ葉隊と呼ばれていたらしい。
そうだよね。
菜っ葉隊なんて名前、おかしいもんね。
名前はおかしいけど、本拠地は現代で言う神奈川県で、外国人居留地に住む外国軍隊から直接訓練を受けていて、人数も千人以上で多い。
もちろん洋式の訓練を受けているから、銃とかも使いこなせる、すごく頼もしい戦力なのだ。
「知っていたのか?」
土方さんは驚いていた。
「ここに一緒に連れてくることはできなかったのですか?」
もう少し早く気がついていたら、ここに連れてこれたかもしれない。
すると、ここで敗北することもなかったかもしれない。
でも、勝って甲府城を与えられても、政府軍のあの攻撃に耐えられないと思うんだけどね。
でも、少しでも傷は小さいほうがいい。
「向こうには向こうの都合があるだろう。江戸防衛のために出陣するかもしれないと言っていたから、無理は言えなかった。ただ、援軍を頼むかもと言ったら、わかったとは言っていたぞ」
そうなのか?
「あまりあてにしないほうがいいと思いますよ」
「でも、他にあてになるところがねぇだろう。あるのか?」
そう言われると……。
「確かに、ないですね」
そんなことを話していると、大石鍬次郎さんが入ってきた。
大石さんは、私たちより早く江戸を出て様子を見るためにここに来ている。
「ご苦労だったな。何か情報は入ってきたか?」
土方さんが聞いたら、大石さんの顔が曇った。
何かあったな。
「甲府城に敵が入っています」
「なんだとっ!」
大石さんの報告を聞き、土方さんが立ちあがった。
「一足遅かったか」
結構のんびりしていたからなぁ。
恐れていたことが起きてしまった。
「で、敵はどれぐらいいる?」
土方さんは、相手の戦力を確認するため大石さんにそう聞いた。
「約三千です」
大石さんのその言葉に一瞬の沈黙がおりた。
三千の兵に百人弱の兵で戦が出来るのか?
もう無理だろう。
相手は最新鋭の武器を持っている。
「援軍を要請しに行く」
土方さんはそう言うと部屋を出て行った。
「援軍は、あてになりません」
私も土方さんを追うように部屋を出た。
「このままじゃ対戦できねぇだろう。それどころか、全滅だ。死にに行くようなもんじゃねぇか。あてに出来ねぇかもしれねぇが、それでも何もしねぇよりましだろうっ!」
確かにそうなんだけど。
「逃げると言う選択肢はないのですか?」
これ以上隊士を減らさないように、ここは逃げて次の戦いに備えるとか、そう言う事はできないのか?
「それが出来ればとっくにしている」
土方さんはそう一言言って、近藤さんの部屋に入って行った。
「近藤さん、甲府城は敵に占拠されたぞ」
「歳、それは本当か? で、敵はどれぐらいなんだ?」
「三千だ」
「三千か。厳しいな」
近藤さんは難しい顔でそう言った。
「俺は援軍を頼んでくる。江戸を出る前に菜っ葉隊という隊にいざとなったら頼むと言っておいたんだ。だから頼んでくる。それまで対戦しないようにしてくれ」
「わかった。歳が来るまでここで引き延ばしておこう。甲府城に文を出そう。我々は周辺の鎮撫に着ただけであり、戦に来たのではない。鎮撫が終わり次第帰るから、そのまま城にいてほしいって感じでいいかな」
「だめですっ!」
近藤さんのその言葉に、私はそう言った。
文を出しても意味がなかったと思う。
確か、援軍を頼むための時間稼ぎだとばれてしまうのだ。
「そのまま、ここで待機をしていた方がいいと思います。何もせずに。この人数なので、目立たないと思います。文を出すと引き延ばしていることが相手に分かってしまい、逆に攻撃されます」
私の話を黙って聞いていた近藤さんと土方さん。
「蒼良の言う通りかもしれんな」
近藤さんがそう言ってくれた。
「文を出して敵を刺激するより、ここで大人しくしていた方がいいかもしれねぇな。俺は急いで援軍を頼んでくる。おい、行くぞ」
えっ?私も?
「ついて来い」
土方さんに手を引かれ、そのまま土方さんと一緒に馬に乗っていた。
「しっかりつかまっていろ」
土方さんの声が後ろから聞こえてきたと同時に馬が走り出した。
近藤さんに文を出さないように言ったから、これがいい方向へ転がるといいのだけど。
江戸へ向かう間、ずうっとそれだけを考えていたのだった。