江戸の桜
新選組の幹部と呼ばれる人たちが近藤さんに呼ばれた。
「お前も来い」
土方さんにそう言われた。
「私は幹部じゃないのですが、いいのですか?」
「お前は総司の補佐だろう。総司がいないんだから、お前が参加するんだ」
あ、そうだった。
「お前のことだから、広間に集合しているときに外で話を聞くんだろ」
な、なんでばれてんだ?
「どうせ聞くなら堂々と聞け」
「わかりました。堂々と盗み聞きをします」
「お前、堂々と盗み聞きしてどうするんだ? 盗み聞きはコソコソとするもんだ」
そ、そうなのか?
「わかりました。コソコソとします」
「盗み聞きしてどうすんだっ! お前は俺と一緒に中で堂々と話を聞けって言っているんだっ!」
はい、わかりました。
と言う事で、土方さんと広間に行った。
「勝殿に呼ばれて、甲州へ行くことになった」
みんなが広間に集まると近藤さんはそう口を開いた。
勝殿とは、勝海舟のことだろう。
やっぱりそうなったか。
「なんで甲州へ行くんだ?」
永倉さんが近藤さんに質問した。
「鳥羽伏見で戦ったあの薩摩を中心とした軍があっただろ? その軍隊がどうも江戸を目指しているらしい」
「江戸を目指していると言う事は、今度は江戸で戦か?」
今度は原田さんが近藤さんに聞いた。
「戦になるかわからんが、江戸に来る前に我々に江戸入りを阻止してもらいたいってことなんだろう」
表向きの理由はそうなんだろうなぁ。
「最初は彰義隊の方に話が言ったらしいが、彰義隊は断ってきたらしい。それでうちが行くことになった」
そうなのだ。
この時期、幕臣の渋沢成一郎を中心とした彰義隊が結成された。
謹慎している慶喜公の命を助けるために結成されたらしい。
名前の意味は大義を彰かにすると言う事らしい。
「それと、勝殿がこの戦に勝って甲州城を守ったら、そのままその城をやると言っていた。そうなると俺は大名だな」
あははと、近藤さんは笑った。
ここで俺が大名になったら、お前に何万石という話をし始め、永倉さんが怒るかあきれるかするんじゃなかったか?
「近藤さん、その話、本気にしているのか?」
永倉さんが低い声で言った。
お、怒っているぞっ!歴史通りじゃないか。
しかし、ここからは違った。
「信じるわけないだろう。勝殿が言っていたんだぞ。あの人は調子のいいことばかり言うときがあるからな。第一、わしが大名になるわけないだろう」
あははと再び近藤さんは笑った。
歴史では、近藤さんは怪我をしたため鳥羽伏見の戦いに参加できず、そのため今がどうなっているのかわからないまま甲州へ旅立って行ったと思う。
しかし、今回は近藤さんは怪我しなかったけど、鳥羽伏見の戦い時は大坂城へこもっていた。
どちらも参加できなかったけど、今回は大坂城にこもって作戦を練ったりしていたせいなのか、今がどうなっているのかわかっているのだろう。
近藤さんが怪我をしなかっただけでも、これだけ歴史が変わるんだなぁ。
「近藤さんのことだから、勝殿の話を信じて、お前に何万石やるとかって言うかと思ったぞ」
永倉さんもあははと笑いながら言った。
永倉さん、鋭いことを言うなぁ。
「とにかく、近いうちに甲州へ行くことになりそうだってことだな」
土方さんが話をまとめた。
「で、新選組の他にどこが行くんだ?」
土方さんが副長らしくそう聞いた。
「それなんだがなぁ……」
近藤さんが言いにくそうにそう言った。
「どうも、新選組だけらしいんだよ」
えっ、そうなのか?
「うちの隊だけって、百人もいないぞ」
永倉さんが驚いてそう言った。
「大坂から江戸へ来るまでの間にかなりの人数が減ったからなぁ」
原田さんもそう言った。
そうなんだよね。
怪我したり、脱走したり色々あって人数は七十人いるかいないかだ。
「うちだけで戦えって、話にならないな」
ぼそっと斎藤さんが言った。
だから、彰義隊の方も断ってきたのか?
「ただ、たくさんの軍資金と大砲までもらった。これで何とかできないものかな? 歳?」
近藤さんは土方さんにお願いするように言った。
「隊士募集をして増やすとして、それでも百人になるかならないかだな。近藤さんこそ、なんかつてはないのか?」
土方さんに聞き返されてしまい、逆に近藤さんも困ってしまった。
「これは、わしが何とかするしかなさそうだな」
近藤さんがため息つきつつそう言った。
「そんなこともあり、今回は負け戦になりそうだな」
それから近藤さんはポツリとそう言った。
そこまで読んでいたのかっ!
「そうだな」
土方さんもそう言った。
「辛気臭い顔するなよ。そこに戦があるのなら、全力で戦うのが俺たちの仕事だろう」
永倉さんが明るい声で言ったけど、周りは暗い顔をしていた。
「いいか、今回は脱走してもとがめることはしない。だから、危険だと思ったら逃げろ」
近藤さんはしんみょうな顔でそう言った。
「こんなことをしたら武士じゃないと言われそうだが、わしはお前たちが死ぬのを見たくない。だから逃げてくれ。大将のわしさえ残れば、汚名を着せられることはないだろう」
それって……。
「近藤さんを置いて逃げろってことですか?」
思わず私は聞いてしまった。
「そう言う事だ。わしのことはいいから、自分の命は自分で守れ。いいな」
近藤さんはそう言った。
「なに自分だけかっこつけてんだよ。近藤さんを置いて逃げれるわけないだろう」
原田さんがそう言った。
「安心しろよ。俺だって近藤さんが死ぬのを見たくないんだ。たとえ負け戦になろうとも、近藤さんを死なせないからな」
永倉さんもそう言った。
その言葉を聞いた近藤さんは目をウルウルさせていた。
「お前ら、ありがとな」
近藤さんは広間に集まっていたみんなにそう言った。
「お前は先に部屋に行ってろ」
土方さんにそう言われた。
土方さんは近藤さんと色々話があるのだろう。
「わかりました」
私はそう言って部屋に向かった。
「蒼良、ちょっといいか?」
部屋に向かっている私に原田さんが声をかけてきた。
「なんですか?」
「今、出れるか?」
部屋に行っても誰もいないし、少しぐらい出かけても大丈夫だろう。
「出れますよ」
「じゃあ、出かけよう」
と言う事で、原田さんと出掛けることになった。
「もう咲いているのですね」
原田さんと一緒に出かけ、ついたところは桜の木があるところだった。
「満開ではないがな」
まだ三分咲きぐらいだったけど、桜は桜だ。
「こうやって蒼良と桜の木を見ると、浪士組で京に来たばかりの時のことを思い出すな」
そうだった。
京に来て、壬生の八木さんの家にお世話になっていた時、壬生の何もないところにたった一本だけ大きな桜の木があった。
あの時はまだお花見とかそう言う余裕がなかった。
たまたま原田さんと外に出たら満開の桜の木があったのだ。
だから、二人で花見をした。
次の年からはその桜の木の下で、みんなでお花見をした。
「今年は花見できそうにないですね」
花見どころではない。
花見なんて言ったら、土方さんに怒られそうだ。
「そうだな」
原田さんは、桜の木を見ながらそう言った。
「でも、蒼良のことだから、甲州で花見しましょうっ! って言うと思ってた」
原田さんは笑いながらそう言った。
いくら私でも、そこまでは言わないぞっ!
でも、甲州って現代で言うところの山梨県だよね?
桜の名所とかってあるのかな?ちょっとぐらいよっても大丈夫かなぁ?
チラッと見るだけでもいいから……。
って、さっき原田さんに言われたばかりなのにこんなこと思っているし……。
「甲州で花見できないから、ここで我慢しろ」
原田さんにポンッと頭をなでられた。
「蒼良の好きな酒もないけどな」
「お酒無くても大丈夫ですよ」
できればあったほうがいいけど。
「でも、こういうお花見もいいですね」
何もないところの花しかないお花見。
本当のお花見じゃないかっ!
自分で考えて自分で感動していた。
原田さんと屯所に帰ると、ご機嫌な近藤さんがいた。
何かいいことでもあったのか?
「近藤さん、どうしたんだい?」
原田さんも私と同じことを思ったらしく、そう聞いていた。
「実はな、総司の見舞いに行ったら良順先生に会ってな。甲州へ行く事を少し話したんだ。そしたら、良順先生が心当たりがある集団があるから、新選組と一緒に甲州へ行けるか話をつけてやろうと言ってくれたのだ」
そうだったのか。
「よかったな。と言うべきなのか? 負け戦になりそうなのに、被害者を増やして。でも、たった七十人で甲州へは行けないしな。とりあえずよかったんだよな」
原田さんはそう言った。
この戦は敗ける。
だから、一緒に敗ける人を増やしていいのか?とも思ったのだろう。
でも、原田さんの言う通り、相手はきっと大人数いるんだろう。
それに武器も最新鋭だ。
それを七十人で相手しろっていうのも死にに行くようなものになってしまう。
「左之の言う通り、思う事はたくさんあるだろう。とりあえず今は喜ぼう」
近藤さんは原田さんの肩をポンッとたたいて奥へ去っていった。
「お前、出れるか?」
夜になり、土方さんにそう聞かれた。
夜に外に出ると言う事は……。
「宴会ですか?」
どこかに飲みに連れて行ってくれるのかな?
「戦の前なのに、なんで宴会なんだ?」
「し、士気を高めるとか……」
「お前に酒を飲ませても、全然変化ないだろうが」
いい意味でも悪い意味でもそうなんだけどね。
「よし行くぞ」
そう言ったので、土方さんと一緒に出かけることになった。
連れてこられたのは、昼間に原田さんに連れてこられた場所だった。
「ああ、桜ですね」
「なんでわかったんだ?」
「昼間もここに来ました」
「誰と来た?」
えっ、そこまで言わないといけないのか?
「原田さんとですが……」
「左之とかっ! 左之の奴っ!」
な、なんか私、悪いことを言ったか?
「で、でも、夜の桜は昼間の桜と違った綺麗さがありますから」
「そうだろう。夜の桜の方が綺麗なんだ」
いや、誰もそこまでは言っていないのだけど。
暗闇にほのかに薄ピンク色に浮かぶ桜が綺麗だった。
しばらく土方さんと無言で桜をながめていた。
「お前……」
土方さんがそう言った。
「なんですか?」
桜を見ながら私は返事をした。
「お前は江戸にいろ。総司の世話を頼む」
突然、何を言い出すんだ?
「私は甲州へ行くのではないのですか?」
みんなと一緒に甲州へ行くと思っていたぞ。
「昼間も言っていただろう。この戦は敗ける。そんなところにお前を連れて行けない」
「鳥羽伏見の時も敗けましたよ。その時も私はいました。だから今回も大丈夫です」
みんなが戦っているのに、私だけ江戸で留守番なんてできない。
「いや、江戸にいろ。お前を危険な所にやりたくねぇんだよ」
土方さんは、こんな時に何を言っているんだ。
「私だって、土方さんを一人で危険な所へ行かせたくないのですよ」
だって、土方さんを一人で行かせてしまったら、私は心配で心配でたまらなくなる。
ここで死ぬ事はないだろう。
それも分かっているけど、一人で行かせたくないのだ。
土方さんの横にはつねに私がいたいのだ。
「お前……」
そう言うと、土方さんは私を強く抱きしめてきた。
「お前にそこまで言われると、突き放せないじゃねぇか。ここは突き放して江戸に置いておかねぇといけねぇのに」
抱きしめられていたので、土方さんの胸に私の顔があたっていて、その声は土方さんの胸の中から聞こえてきた。
「お前を連れて行く。俺から離れるなよ」
土方さんの胸から離れると、土方さんは私の顔を見てそう言った。
「鳥羽伏見の時は本当に心配したぞ」
そう、あの時は戦の混乱のせいか、土方さんとはぐれてしまったのだ。
「わかりました。かじりついています」
離れろって言っても、離れないようにしよう。
「そこまでしなくてもいい」
あ、そうなのか?
「行くぞ」
土方さんがそう言って歩き始めた。
屯所へ帰る途中、
「土方さん、桜は春の季語ですよ」
と言ったら、
「うるせぇっ!」
と言われてしまった。