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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年2月
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おみつさん庄内へ

「土方先生、お客様が見えてます」

 鉄之助君が襖を開けるとそう言った。

「客? 誰だろうな?」

 土方さんは身に覚えがないらしく、首をかしげている。

「日野の人じゃないのですか?」

 佐藤さんとかが来たのかな?

「日野に何かあったのか?」

 土方さんは心配そうな顔になった。

「いや、日野の方ではないようです。沖田と言っていました」

 鉄之助君のその言葉に、思わず土方さんと顔を見合わせてしまった。

「沖田だと? もしかして、総司が脱走して来たんじゃねぇだろうな?」

 沖田さんは労咳のため、和泉橋医学所というところに入院している。

「まさか、いくらなんでも沖田さんはそこまでやらないですよ」

 うん、私はそう信じているのだけど……。

「いや、あいつのことだ。いつまでここに閉じ込めておくんだっ! って飛び出してきたのかもしれねぇぞ」

 そ、そうなのか?

「沖田先生ではないです」

 鉄之助君がそう言った。

 そうだよね。

 鉄之助君だって新選組の一員だから沖田さんの顔ぐらいわかる。

「総司以外の沖田って誰だ? 一人しか思い浮かばんが」

 土方さんは首をかしげていった。

「一人って誰ですか?」

「おみつさんだよ。総司の姉さんの」

 ああっ!いつもあやしい薬を持たしてくれて、見かけは優しいんだけど実際は怖いらしいというあの人っ!

「また薬を持ってきたのですかね?」

「あんな効きもしねぇやつによく金をかけるよな」

 土方さんの言う通りだけど、これで弟の病気が治るのならという気持ちの方が大きいのだろう。

 でも、確かに怪しい薬だったよな。

 私が江戸に来るたびに沖田さんに飲ませるようにと薬を預かってきていた。

 それは人間のミイラを削った高価な物だったり、人間の臓物を乾燥させて削った高価な物だったり。

 それがわかると沖田さんは全力で飲むのを拒否した。

 それもそうだよね。

 治るというのなら飲むのだろうけど、治らないんだもん。

 そして、おみつさんに内緒で捨てていたんじゃないかな?

 ミイラの方はとっといてあるのかも?

 なんで内緒かというと、おみつさんは怒ると怖いらしい。

 それを見てきた土方さんも怖いと言っているから、本当に怖いのだろう。

 私は見ていないからわからないんだけど。

「おみつさんなら会わねぇとな」

「男性もいたのですが」

 立ち上がった土方さんに鉄之助君が言った。

「男性だと? じゃあ林太郎かな? いったい何の用なんだ?」

「考えるより、行った方が早いですよ」

 私がそう言うと、

「それもそうだな。よし、お前も来い」

 と土方さんに言われた。

 えっ、私も一緒なのか?


 襖を開けると、林太郎さんとおみつさんと向かい合うような形で近藤さんが座っていた。

「歳、待っていたぞ」

 近藤さんが私たちの姿を見るとそう言った。

「私もご一緒していいですか?」

 沖田さんのお姉さんのおみつさんとその旦那さんである林太郎さんがここにいる。

 何が起こるか気になるじゃないかっ!

 どうせここで聞けなくても盗み聞きをするつもりなんだけど、出来れば堂々と聞きたいじゃないか。

「知らない者じゃないだろう。かまわないぞ」

 近藤さんはそう言って迎えてくれた。

 林太郎さんとは、浪士組で江戸から京に出てきたときに一緒だった。

 その時に沖田さんのお兄さんだって初めて知ったのだ。

 京から江戸に浪士組が帰る時、近藤さんが

「妻子のある奴は江戸に帰れ」

 と言って、江戸に奥さんと子供を残してきた人たちを帰している。

 近藤さんは江戸に妻子がいたのに帰らなかったんだけどね。

 その後、江戸に帰った浪士組は庄内藩預かりの新徴組になり、江戸の治安を守ってきた。

 新徴組で活躍していた林太郎さんに会ったことがある。

 新徴組は江戸では人気者だった。

「今日はどうしたんだ?」

 土方さんは近藤さんの横に座りながら林太郎さんに聞いていた。

「実は、挨拶に着ました。私たちは庄内へ行くことになりました」

 林太郎さんがそう言った。

「ああ、庄内藩預かりだったからな」

 近藤さんがそう言った。

 新徴組は、大政奉還の後に解散していたらしい。

 それでも地道に活動をしていたのだろう。

 鳥羽伏見の戦いの原因になる江戸の薩摩藩邸焼き討ち事件に参加している。

 そして今回、庄内藩主が自分の藩に帰ることになったから、一緒について行くのだろう。

「そうか。庄内へ行くことにしたのか」

 土方さんがそう言うと、

「はい。庄内藩には色々とお世話になったので、私たちもついて行くことにしました」

 と、林太郎さんが言った。

「それでこそ武士だな」

 近藤さんは満足そうにそう言っていた。

「心配なのは総司のことです」

 おみつさんが心配そうな顔で言った。

「私たちが江戸からいなくなると、あの子の身寄りが無くなります」

 おみつさんの言う通りなのだ。

 沖田さんのご両親は沖田さんが小さいときに亡くなっている。

 おみつさんが沖田さんの親代わりになって色々と世話してきたのだ。

「総司は我々がちゃんと面倒を見る。なぁ、歳」

 近藤さんは土方さんに返事を求めてきた。

「もちろんだ。こいつが一番面倒を見てくれるだろう」

 えっ、私か?

 私は沖田さんの小姓じゃないですからねっ!

 と言おうとしたら、

「よろしくお願いします」

 と、おみつさんに頭を下げられたので、言えなくなってしまった。

「蒼良なら大丈夫だろう。総司も心を許しているようだし」

 近藤さんがうんうんとうなずきながらそう言った。

 そ、そうなのか?

「それなら安心して旅立てます。総司をよろしくお願いします」

 おみつさんは再び頭を下げた。

「総司のところへ寄るんだろう?」

 土方さんが林太郎さんとおみつさんに聞いた。

「はい。これから行こうと思っています」

「それなら、お前が案内してやれ」

 土方さんにそう言われてしまった。

「総司は、和泉橋医学所にいる。そこには松本良順という名医もいるから、総司もきっとよくなるだろう」

 近藤さんがそう言った。

「至れり尽くせり、ありがとうございます。早速、総司の所に行ってみようと思います」

 おみつさんがそう言うと、

「案内してやれ」

 と、土方さんに言われたから、私も一緒に行くことになった。


「あれ? 姉さんと義兄さんじゃないか。二人そろってどうしたの?」

 沖田さんは、布団の上で起き上がっていた。

「元気そうだね」

 林太郎さんが笑顔でそう言った。

「元気なのに、みんなで病人扱いしてここに閉じ込めるんだもん。暇で暇で死にそうだよ」

 いや、あなたは病人だからね。

「総司、そんなことを言うもんじゃありませんよ」

 おみつさんがびしっとそう言うと、沖田さんも

「はい」

 と素直に返事をした。

 これが私だったら絶対に言う事聞かないだろうなぁ。

 そんなに怖いのかなぁ、おみつさん。

「前にも話した通り、庄内へ行くことになりました。多分これが最後になると思います」

 おみつさんは涙をこらえて沖田さんにそう言った。

 そうだ、これが最後になるのだ。

「姉さんは大げさですよ」

 沖田さんは笑顔でそう言った。

「庄内はここから遠いです。総司に何かあってもすぐに帰ってこれないのですよ」

「わかっています。私だってそんな簡単には死にませんよ」

 泣きそうなおみつさんを笑顔で見つめる沖田さんが痛々しく見えるのは気のせいか?

 きっと、沖田さんも我慢しているのだろう。

 唯一の身内が遠くに行ってしまうのに、何とも思わない人なんていないから。

「それで、総司にこれを用意してきました」

 えっ!

 思わず、沖田さんと顔を見合わせてしまった。

 こ、今度は何を持ってきたんだ?

「労咳にはこれが効くと言われたので。高麗人参と言うものです」

 あ、今回はまともだぞ。

 高麗人参は色々なものにいいと聞いたことがある。

 しかし、高麗人参を見た沖田さんはそうは思わなかったらしい。

「これ、本当に効くのですか?」

 と、おみつさんに言った。

「あなたが元気なのは、きっと私が今まで贈った薬のおかげでしょう。だからこれも効きますよ」

 いや、おみつさん、沖田さんが元気なのはお師匠様が現代から持ってきた薬のおかげですから。

「姉さんは本当に今まで僕にくれたものが効いていると思っているの?」

 沖田さんが少し強い口調でおみつさんに言った。

「ちゃんと飲んでいるのでしょう?」

 おみつさんのその質問に、沖田さんは私の顔を見た。

 えっ、私?

 そう思っていると、おみつさんまで私の顔を見た。

「飲んでいるのですよね?」

 えっ、私に聞いているの?

 どう答えればいいの?

 沖田さんの顔を見ると、ただ、

「言え、言え」

 と、口だけ動かしている。

 言っちゃっていいのか?

「の、飲んでないです」

 私がそう言うと、おみつさんの顔からひくように笑顔が消えた。

「飲んでないですって?」

 笑顔が消えたおみつさん。

 無表情で怖いのですが……。

「そうだよ。蒼良の言う通り飲んでないよ。姉さん、自分で僕に何を贈っていたかわかっているの?」

 沖田さんも今まで言いたくて黙っていたのだろう。

 それをここでぶちまけるようにそう言った。

「それはどういう意味なの?」

「姉さんは、人間の死体を乾燥させたものを削ったやつとか、人間の臓物を乾燥させて削ったやつとか、後は……ああ、もう、色々だよ。とてもじゃないけど飲めないようなものを僕に贈っていたんだよ? わかっている?」

 沖田さんは一気にそう言った。

 表情が消えたおみつさんの顔から今度は怒りのオーラが出ていた。

 お、怒っているぞ、これは絶対に怒っているぞ。

 林太郎さんを見ると、林太郎さんは少しずつおみつさんから距離を置いている。

 もしかして、逃げている?

「林太郎さん?」

 小さい声で呼びかけると、

「あなたも少し距離を置いたほうがいい」

 と言われた。

 ど、どういう意味だ?

 すると、突然、バンッ!と音がした。

 驚いて見て見ると、縁側に面してあった障子がこわれていた。

 えっ?と思ってよく見て見ると、おみつさんが沖田さんの枕を投げたらしい。

 沖田さんも固まっていた。

「総司っ! 私がどんな思いで薬を買って贈っていたかわかりますか? とても高かったのですよっ!」

 その気持ちも分からなくもないけど……。

「姉さんこそ、薬屋にだまされているとか気がつかなかったの?」

 そう、私も沖田さんと同じ意見だ。

 変なものを売りつけられていたことに気がつかなかったのか?

「なんですってっ!」

 ぬっと立ち上がったおみつさん。

「逃げたほうがいい」

 林太郎さんは真っ先に部屋を出た。

 えっ、そうなのか?

 どうしていいかわからず、林太郎さんを見送ってしまった。

 おみつさんは火鉢を持ち上げた。

 も、もしかして、それを投げるのか?

「姉さん、わかったから、冷静になって」

 沖田さんもいつの間にか立ち上がって止めていた。

 しかし、沖田さんの制止も聞かず、火鉢を投げ捨てた。

 火鉢の中の灰が飛び散り、火鉢は柱にあたって派手な音をたてて壊れた。

 もちろん、柱も大きく傷ついている。

 それでも容赦なく色々なものを投げつけるおみつさん。

 怒ると怖いって、こういう事だったのかっ!

「蒼良も止めてよ」

 沖田さんに言われ、必死に止めたけど、おみつさんの怒りは止まらなかった。


「それでは薬を飲むのですよ」

 おみつさんはそう言うと林太郎さんと笑顔で去っていった。

 あれから大変だった。

 沖田さんの部屋にあるものを手あたり次第投げつけるものだから、とめるのも大変だった。

 林太郎さんはどこかに逃げちゃうし。

 投げるものがなくなると、今までのおみつさんは何だったんだ?というぐらい、いつものおみつさんにがらりと変わった。

 おみつさんの怒りが収まったのだろう。

 それを陰で見ていたのか、林太郎さんも様子を見ながら帰ってきた。

 そして、なにごともなかったかのように話をして去っていったのだ。

 沖田さんと一緒に部屋に戻ると、良順先生がいた。

「これは、何があった? 半壊しているじゃないか」

 良順先生の言う通り、嵐の去った後のように、めちゃくちゃになっていた。

「姉弟喧嘩というのですか?」

 私がそう言うと、

「何言っているんだい。姉さんが一方的に怒っていたんじゃないか」

 と、沖田さんが言った。

 って、怒らせたの沖田さんですからねっ!

「しばらくこの部屋は使えないな。別な部屋を用意する」

 良順先生はそう言って別な部屋へ案内してくれたのだった。

「ね、僕の姉さん怖いだろう?」

 確かに。

「怒らすと大変なんだよ」

「それなら怒らせなかったらよかったのに」

「だって、庄内に行っちゃうって言うから、ちょっといたずらして見たかったんだよ」

 いや、もういたずらして怒られちゃったというレベルじゃないからね。

「今回の高麗人参はちゃんとしたものなので、飲んでください」

 私がそう言うと、

「分かったよ。蒼良が飲ませてね」

 と言われてしまった。

「わかりました。私がしっかりと飲ませますからね」

 と言ったら、沖田さんが嬉しそうな顔をしていた。

 なんでだろう?


 ところで、ずうっと疑問に思っていたのだけど、庄内ってどこ?

 後で調べたら、現代で言う山形県辺りにあるらしい。

 確かに、江戸から遠いわ。

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