桂川で川遊び
「川遊びですか?わーい。」
京相撲の勇川力蔵という人から、川遊びしませんか?というお誘いが来た。
このところ、暑い日が続いているので、とっても嬉しいこの話。
「おい、お前、まさか行くつもりじゃないだろうな?」
土方さんが聞いてきた。
「当たり前じゃないですか。毎日暑いから、川遊びするにはちょうどいいですよ。」
「まさか、川に入るつもりじゃないだろうな?」
「川に入るから、川遊びじゃないのですか?」
「何を着て入るつもりだ?」
「み…」
水着と言おうとしたけど、この時代は水着なんている代物はないよね。
「み…みなさんは、何を着るのですか?」
「ふんどしだ。」
ふ、ふんどし?現代でいうと、力士と、たまにテレビで見るどこかの祭りで付けているのを見かける、あの?
「ま、まさか、私もふんどしで…。」
「は、入るつもりかっ?」
「は、入るわけないじゃないですかっ!土方さんのスケベっ!」
「誰が助平だっ!」
あれ?言ってからしまったと思ったけど、スケベが通じてる?
でも、スケベではなく、すけべいと聞こえる。でも、意味は同じだよね?
「スケベの意味を知ってますか?」
「そんなこと聞いてどうするっ!今は話題が違うだろうがっ!」
そうだった。ふんどしをして川に入るか決めているのだった。
「私、ふんどしなんて無理ですよ。」
「お前がまともでよかった。ふんどしでも入るって言ったら、どうしようかと思ってた。」
「そんなこと言うわけないじゃないですか。」
「お前なら、言いそうだ。」
そうなのか?
「ま、みんなが川遊びにいくのに、お前だけ留守番ってのも、かわいそうだな。」
一応、私のことも考えてくれているのね。
「よしっ、川遊びに行ってもいいが、川に入るな。」
「ええっ、せめて膝までは…。」
「分かった。膝まで。それ以上入るなよ。着物が濡れると透けるだろう。お前が女だって、バレる可能性があるからな。気をつけろ。」
「でも、斎藤さんにはバレてましたよ。」
「何っ!」
あれ?言わなかったっけ?あっ、言ってなかった。
「深雪太夫の時に。」
「ああ、お前が花魁になってた時か。仕方無いな。ま、斎藤なら害はないだろう。とにかく、濡れないようにしろ。」
「分かりました。」
川遊びして、水に濡れないようにって、出来るのか?とにかく、気をつけよう。
という訳で、川遊びをすることになった。この日も絶好の川遊び日和なんだけど…。
「わぁっ、新八さんっ、水かけるなよ~仕返ししてやる~。」
「おっ、平助っ!そんなに水かけんなよっ!」
「仕返しだい。」
「新八、こっちに来るな。俺まで巻きぞいくらうだろう。」
「左之、そんな冷たいこと言うなよ~。」
みんな楽しそうに水遊びしている。ふんどしで。目のやり場にものすごく困る。
膝までOKなんて言われたけど、膝まで入る余裕がない。乙女にふんどしは恥ずかしい。
「蒼良は入らないのか?」
土方さんに言われた。っていうか、ふんどしで近づいてこないでっ!恥ずかしい。
「なんか、顔が赤いぞ。大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。土方さんも、私に構わずに、川遊びしてください。」
「そうか?なんか、お前がおとなしいと怖いなぁ。」
「おとなしいって、私がいつもうるさいような言い方じゃないですか。」
「うるさいだろう。」
そうかもしれない。
「みんなふんどしなので、なんか目のやり場に…。」
そこまで話すと、土方さんは吹き出した。
「それでおとなしかったのか。普段は女だってことを忘れるくせに、こんな時だけ女だって意識しやがって。いつもどおり、忘れてればいいだろう。」
それができれば苦労はしない。
「ま、お前がおとなしいから、俺も安心した。この前の勢いだと、膝までとか言いながら全部入りそうな勢いだったもんな。」
そんなことを言いながら、土方さんも川の中へ入っていった。
気にしなければ、いいの。あっちの方はみんなが固まっているから、なるべく見ないように…。
みんなから離れ、膝まで入ってみると、この時代の川は汚染されているわけではないので、ものすごく綺麗だった。
魚まで泳いでいる。私の足のあいだをスルスルっと抜けるように泳いでいった。
魚、とれるかな?一生懸命、手を入れて魚を追ってみるけど、魚の方が素早いから、なかなかとれない。
魚に夢中になっていたから、気がつかなかった。永倉さんの気配に。
気がついたときは、遅かった。なんと、永倉さん、どこからか桶を持ってきて、それに水を入れて、私の頭からぶっかけたのだった。
「蒼良が、なかなか入ってこないから、誘いに来たぞ。」
頭からかけられたので、着物も何もずぶ濡れだ。
着物を濡らすなって、言われていたよなぁ…。ずぶ濡れなんですけど…。
「新八っ!蒼良は、ダメだ。」
土方さんの声が聞こえ、それと同時に着物が私にかけられた。
「蒼良は、人には見せられないやけどの痕が…。」
源さんの着物もかけられた。
「…。」
斎藤さんの着物もかけられた。
「なんで3人で蒼良に着物かけてんだ?」
永倉さん、それは私も知りたいです。なんで3人分?
「とにかく、蒼良は川には入れん。」
「土方さん、さっき膝まで入って…」
「新八、入れんと言ったら、入れんのだ。わかったか?」
土方さんの殺気を感じた永倉さんは、
「わ、分かった。」
そう言って、みんなのところへ戻っていった。
「お前は、着物にくるまってろ。絶対に濡れた着物を見せるなよ。」
3人分の着物はいくらなんでも暑いので、土方さんのだけ借りてかぶっていた。
濡れているせいか、川に入らなくても、涼しかった。
「あれ?蒼良は、入らないの?」
突然、沖田さんの声がしたので、びっくりした。沖田さんは、普通に着物を着ていた。
「お、沖田さんは、どうして入らないのですか?」
「なんか、そういう気分じゃないんだよね。」
「具合が悪いのですか?」
まだ、結核にはならないはずだけど…。
「大丈夫だよ。ずいぶん心配そうに聞くんだね。」
「心配ですよ。沖田さんが病気になったら。」
「大丈夫だよ。ところで、なんで着物かぶってるの?」
「永倉さんに頭から水かけられて。濡れた着物のままいたら風邪ひくじゃないですか。」
「今日は暑いから、風邪ひかないと思うけど。それより、濡れた着物脱いで着替えたほうがいいんじゃない?」
えっ、脱ぐ?そんな、無理っ!
「なんか焦ってる?濡れてて脱ぎにくかったら、脱がしてあげようか?」
「い、いや、このままでちょうどいいです。涼しくて。」
「確かに、濡れたもの着てれば涼しいけどさ。気持ち悪くない?」
「いえ、大丈夫です。私はこれで大丈夫。」
「そんな、大丈夫を繰り返さなくても…。」
「大丈夫だから。」
「変な蒼良」
「おい、総司。お前は川に入らんのか?」
斎藤さんがやってきた。やっぱりふんどしだ。私は下を向いた。
「僕は、なんか気が乗らなくて。」
「そう遠慮するな。俺が遊んでやる。」
「斎藤君がそう言うのって、めずらしいなぁ。」
沖田さんは、斎藤さんに手を引かれて行ってしまった。
もしかして、助けてくれたのかな?
川土手に座り、眠気が襲ってきたので、ウトウトとしていると、
「なんだとっ!」
という芹沢さんの声が聞こえた。
「ここで遊ばれては、釣りができん。もっと向こうで遊んでくれ」
「お前が向こうへ行けばいいだろう。」
「ここはよく釣れるんだ。お前たちが向こうへ行け。」
どうも、釣り人と芹沢さんが言い合いしているらしい。止めないと。
「芹沢さん、向こうへ行きましょう。」
「蒼良、なんで俺たちが向こうへ行かなければならない?」
それもそうなんだけど…。どっちかが引かないと、喧嘩になる。
「お前たちが向こうへ行けば、話は済むんだ。」
釣り人の言い方もちょっとムッとくるなぁ。
「あなたこそ、あとから来たくせに、どけとは失礼じゃないですか?」
「何をっ!」
「蒼良、いいことを言うな。」
釣り人は怒り、芹沢さんはご機嫌だ。これでいいのか?いや、相手を怒らせてどうする?でも、釣り人にも非はあるしなぁ。
「両方ともどけたらいいんじゃないですか?芹沢さんたちは、あっちでの方に行き、あなたはそっちの方へ行き…。」
「なんで俺がどかなければならない。」
二人で声をそろえていった。そんなに気があうなら、喧嘩しなければいいのにって、それは関係ないか。
二人が言い合いをしていると、今日の川遊びに誘ってくれた勇川 力蔵さんがやってきて、釣り人の耳元でこそこそ言うと、釣り人は去っていった。
耳元でこそこそいうだけで解決するなんて、すごい。見習いたいわ。
夕方になり、川遊びもお開きになった。私の着物も無事に乾いたので、かぶっていた着物を土方さんに返した。
次の日、芹沢さんと喧嘩した釣り人が謝りに来た。
壬生浪士組だということを知らなかった、申し訳ないということらしい。
あの時、耳元で言っていたのって、壬生浪士組って言ってたのか?ならその名前を早く出せば、喧嘩にならなかったというわけ?
でも、この釣り人も与力と言って、町奉行所で雇われている人だから、身分的には低くない。
会津藩預かりということだから、何かあったら大変だと思って来たのだろう。
とにかく、円満に解決できてよかった。
京は、まだまだ暑い日が続きそうだった。




