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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
試衛館での日々
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切腹の跡

 刻々と京へ旅立つ日は近づきつつあった。

 土方さんは、昼間は、お得意先に京へ行くからしばらく来れないと挨拶回りをした。

 石田散薬しか飲まないというお客さんもいて、これからどうすればいいんだと言われたりもした。

 でも、だいたいの人は、京は治安が悪いから気を付けて。と言ってくれた。

 夜は、遅くまで書き物をしていた。

 どうも、今まで読んだ俳句をまとめているらしい。

「見せてください」

 と言ったけど、

「お前には絶対に見せん」

 と言って見せてくれなかった。

 横からちらっと見る機会があり見てみたのだけど、この時代の書き方はくずし文字と言って、わざと筆で崩して書くため、あまりに芸術的すぎて、私には黒いミミズがうねうねと波打っているようにしか見えなかった。

 この句集は「豊玉発句集」というものらしい。

 でも、やっぱり私には見ることができなかった。


 そんなある日、試衛館に行ってみると、原田さんがいた。

「土方さん、近藤さんが呼んでいたよ」

「ああ、そうか」

 といい、土方さんは、近藤さんの部屋へ行ってしまった。

「蒼良、お前にいいもん見せてやる」

 私は、お団子でももらえるかもと思い、喜び勇んで原田さんのところへ行くと、原田さんは、自分のお腹を出してきた。

 横に手術して切ったような跡があった。

「あれ? お前、驚かないな」

「原田さんは、手術でもしたのですか?」

「はぁ、手術? なんだそれ?」

 この時代、手術なんてなかったけ?でも、歴史の教科書で、解体書が出たみたいなことが書いてあったよね。

「お腹を切って、悪いものとか出すやつですよ」

「そんなものがあるのか?」

 あれ、もしかして、まだそんなに手術って浸透してないのかな。

「原田さん、知りませんか? 手術」

「知るか、そんなもん」

「じゃぁ、なんでお腹に傷が?」

 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、お腹の傷をペシペシ叩きながら教えてくれた。

「俺は、切腹したことがあるんだ」

 ええっ、切腹?よく時代劇のドラマで出てくるあの?

「やっと驚いてくれたな。たいていは、腹の傷見せたら驚くんだけど、蒼良は驚かないから、逆にこっちが驚いたよ」

「なんでまた、切腹なんて……」

「ま、ちょっとな、色々あって。半分は売られた喧嘩を買ったような感じでだな」

「そんなことで、お腹切らないでください。もっと自分を大事にしないと」

「切ったときはもう二度度やらないと思ったさ」

「絶対にやらないでください」

「分かったよ。まさか蒼良に怒られるとは思わなかったなぁ」

 ちょっと待てよ……。

 私もそんな傷あるなぁ……盲腸の手術の傷が。

 この時代に来て見せると、切腹の跡みたいな感じになるのかな。

「私も、そういう傷はありますが」

 ちょっと見せてみて、どういう反応するか知りたくなってしまった。

「蒼良も、あるのか? どれ、見せてみろ。」

 という訳で、お腹を見せようとしたとき、

「おい! お前、何やってるっ! ちょっと来いっ!」

 と怒鳴る土方さんの声がした。

「あれ? 近藤さんとのお話は終わったのですか?」

「いいから、ちょっと来いっ!」 

 土方さんに引きずられるような感じで連れて行かれた。

「お前、左之に腹を出そうとしていただろ」

「はい。切腹の痕を見せてもらって、私にもそういう痕があるので見せようと思って」

「ばかやろう! 男に腹を見せる女がどこにいるっ!」

 あ、性別、忘れてた。

 私、女だったわ。

「すみません……。自分の性別忘れてました。」

「お、お前なぁ……。ま、忘れるぐらいが周りにバレずにちょうどいいのかもしれないが……。でも、腹は見せるな!」

「はい、わかりました」

「ところで、切腹した跡があるって、お前、切腹したのか?」

「えっ、したことないですよ。盲腸の手術の跡です」

「はぁ? 盲腸の手術?」

 あ、この時代、手術が当たり前じゃなかったんだっけ?さっき原田さんの反応もそんな感じだったし。

「腸のここらへんが炎症して、お腹を切って取ってもらったんです」

 盲腸の手術跡がある辺りを着物の上からさすりながら私は言った。

「切って取ってもらったって、そんなこと簡単にできるのか?」

「結構簡単そうでしたよ。ちょちょいのちょいみたいな」

「ちょちょいのちょいって、痛いだろう、腹切るんだから」

「いや、寝ている間に終わったので」

「そんなことがあるのか……ちょっと見せてみろ」

「土方さん、さっき自分で腹は見せるなって言ったじゃないですか」

「いや、それとこれとは別だ。俺はお前のこと知ってるから、見せても減るもんじゃないだろう」

 確かに、減るもんじゃないわ。

 そう思い、見せようとしたら、

「あ、土方さん、ずるいぞっ! 俺が先に見せてもらう約束だったのに、勝手に連れていって隠れて見ようなんて」

 と、原田さんの声がした。

「なに言ってんだっ! 人の腹見て何が楽しいんだっ! 左之、お前、稽古が足りねぇようだなぁ。鍛えてやるっ!」

 ということで、原田さんは土方さんの稽古の犠牲になったのだった。

 ごめんなさい、原田さん。

原田さんの切腹

 原田さんが伊予松山藩の武家奉公人だった時、上官にあたる人と喧嘩になり、

「腹を切る作法も知らぬ下司め」

と、罵られた原田さんはカッとなり、本当にお腹を斬って見せた。

 幸い傷も浅くて命に別状はなかったのだけれど、おなかには一文字に傷が残り、天気のいい日には、その傷を日にさらしていたらしい。


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