周斎先生のお墓参り
甲州へ、隊士を三人送った。
慶喜公の警護が終わったあたりに、新選組は甲陽鎮撫隊と名前を変えて、今で言う山梨県の方まで、政府軍と戦いに行く。
それの下調べで送ったのだろう。
「新選組は、甲州へ行くことになるのですか?」
わかっているけど、土方さんに聞いてみた。
「まだわからんが、行くことになりそうだ。どうなんだ? 実際は?」
土方さんは、私が未来から来たことを知っているので、そう聞いてきた。
「行きます。甲陽鎮撫隊という名前になって」
「なんでまた、俺たちがそこへ行くんだ? 俺たちじゃなくても他にもいるだろう」
「これから江戸に西郷吉之助が来て、勝海舟と話をします」
「なんだとっ! 西郷が来るのかっ!」
土方さんは興奮して立ち上がった。
お、落ち着いてくださいと言いたいけど、江戸に敵の大将の一人がやってくるとなると、落ち着いていられないよね。
「なんで来るんだっ!」
「簡単に言うと、勝海舟と西郷吉之助で話し合いをするんですよ」
西郷吉之助の方は戦う気満々で来るんだけど、勝海舟が降伏の意思を伝えた。
その意思に納得した西郷吉之助は江戸城進撃する計画があったのだけど、京へ持ち帰って検討することになった。
これで江戸城は無血開城することになった。
「なんだとっ! なんで話し合いをするんだっ! もしかして、降伏するとかそう言う話か?」
す、鋭いなぁ……。
「そう言う感じの話し合いです」
「そうだろうと思った。慶喜公には戦う意思がなさそうだからな」
そうなのだ。
だから、寛永寺で自主謹慎をしている。
「その話し合いの時に、新選組とか、戦をやるぞっ! という人たちを江戸から出しておきたいのですよ」
降伏をするんだから、出来れば敵を挑発するようなことがあったら大変だからだろう。
最初は後日出来る彰義隊の方へこの話を持って行くのだけど、彰義隊の方は断ってくるのだ。
それで新選組にこの話が来る。
「なるほどな。お前の説明で納得できないことも分かった。そう言う事か」
なんか、納得できないことがあったらしい。
「まだ本決まりじゃねぇから下調べに送ったったんだが、決まりそうだな」
「できれば行かないほうがいいです」
甲陽鎮撫隊は、大敗して敗走する。
だから、出来ることなら行かない方がいいと思う。
「俺も、お前の話を聞いたら行く気がねぇが、近藤さんが断らねぇだろう」
ああ、多分。
武士だから、上の言う事は全部聞くと言う人だから、きっと引き受けてしまうのだろう。
「でも、美味しい話があっても断れるものなら断ったほうがいいです」
「美味しい話ってなんだ?」
美味しい話、それは……。
「甲州のお城に入って守ることが出来たら、その城をやるって話です」
「そんなうまい話があるわけねぇだろう」
でも、近藤さんはその気になってしまう。
「わかった。とにかく、断れたら断るように言っておこう。その前に、お前にも仕事があったんだ」
えっ、なんだ?
「近藤さんが、慶喜公の警護は終わったら、周斎先生の墓参りに行きたいと言っているから、その時は一緒に行ってくれ」
えっ、私がか?
「俺も行きたいが、仕事で行けそうにない。俺の代わりに頼む」
あ、そう言う事で私に頼んできたのね。
「わかりました。土方さんの分も、周斎先生のお墓の前で手を合わせて来ます」
「頼んだぞ」
慶喜公の警護が終わったらって、いつぐらいに終わるんだろう?
その慶喜公の警護も無事に終わった
私たちの警護が終わったというだけであり、慶喜公は相変わらず寛永寺で謹慎していた。
そしてその日はやってきたのだった。
警護が終わったその足で、周斎先生のお墓のある金地院というところに行くことになった。
護衛のために数名の隊士がついた。
そしてなぜか、この人もいた。
「勇はんの御父上が生きとるうちにお会いしたかったわ」
そう、楓ちゃんだ。
まさか、楓ちゃんが来るとは思わなかった。
でも、近藤さんが周斎先生に自分の一番大事な人を見せようと思ったのだろう。
そう思ったら、納得できる。
納得した時、近藤さんに
「蒼良、大丈夫だと思うが楓の護衛を頼む」
と言われた。
「わかりました」
楓ちゃんをしっかりと守ろう。
何もなさそうだけどね。
「おおきに、蒼良はん」
楓ちゃんは笑顔でそう言った。
楓ちゃんはいつも屯所で小姓の人たちと一緒になって近藤さんのお世話をしているので、あまり外に出る機会がなかったのだろう。
江戸の町をキョロキョロと見回していた。
「江戸にはそばの屋台があるってほんまなんね」
そばの屋台を見た楓ちゃんは言った。
「そうだよね。京はうどんが主だもんね」
そうなのだ。
京ではそばと言うよりうどんなのだ。
だから、土方さんとか江戸から来た人たちはそばが食べたいとかって言っていたよなぁ。
「おそばも美味しいよ」
この前斎藤さんと食べたら、美味しかった。
お酒も美味しかったけど。
「そうなん? 今度勇はんに連れて行ってもうわ」
うん、そうしてくれ。
って、近藤さん、楓ちゃんとおそばを食べに行く時間があるのかなぁ?
周斎先生のお墓に着いた。
周斎先生は、天然理心流の三代目の人だ。
近藤さんは、この人に気に入られて近藤家に養子に入る。
だから、周斎先生は近藤さんの義理の父親になる。
昨年、私たちが江戸に行ったときは具合が悪くてすでに寝たきりになっていた。
その姿を見て、周斎先生の時から天然理心流にいた源さんは周斎先生の手を握りしめて泣いていた。
そして、私たちが江戸を出るのを見届けるように亡くなった。
本当は近藤さんに会いたかったんだろうなぁ。
神妙な面持ちでお線香を供える近藤さん。
それに続くようにお線香をあげる楓ちゃん。
私たちも、順番にお線香をお供えし、手を合わせた。
簡単にお墓の掃除をしていると、
「あ、あなた……」
という声が聞こえてきた。
この声はっ!そう思って声のした方を見ると、片手に手桶を持ち、片手にたくさんの花をもっておつねさんが立っていた。
おつねさんとは、近藤さんの奥さんだ。
楓ちゃんがここにいるところを見つかると色々と厄介なんじゃないか?
そんな表情でみんなで近藤さんを見た。
「おつね。久しぶりだな」
近藤さんは私たちの心配をよそに笑顔でおつねさんにそう言った。
妾と正妻の対面なんだぞ。
大丈夫なのか?
「お仕事が落ち着いたらでかまわないので、家の方にも顔出してください。おたまが待っていますから」
「おお、そうだな。おたまは元気か?」
おたまちゃんとは、近藤さんとおつねさんの間にできた子供だ。
もう五才になるのか?
小さいときに近藤さんが京へ行ってしまったので、一時は別な人を父上様と言っていたこともあった。
「はい」
おつねさんは笑顔で答えた。
そして、楓ちゃんの方をチラッと見た。
ここで楓ちゃんのことを説明しないと。
近藤さんも察したのだろう。
楓ちゃんをおつねさんの前に出した。
「この女は楓と言って、京から江戸に一緒に出てきた。わしのめ……」
近藤さんは信じられないことに、楓ちゃんは妾だと紹介しようとしたらしい。
それを察した楓ちゃんは、近藤さんの話を止めるように、
「うちは楓と申します。い……近藤はんの身の回りの世話をしとる者どす。新選組は男所帯やから、女やないと世話できんことがたくさんあるんで、うちが世話をしとります」
と、自己紹介をした。
さすが楓ちゃん。
元芸妓だけあって機転がきく。
「近藤の妻のつねです。いつも主人がお世話になっています。本当は私がしないといけない仕事なのに、楓さんの手をわずらわせてしまい、申し訳ないです」
「ええんです。京は物騒やったし、そんなところにおつねはんと小さいお子をやるわけにはいかんと、近藤はんが思うたんでしょう。うちのことは気にせんといてください」
楓ちゃんのおかげで、どうやらここは修羅場にならずにすみそうだ。
みんなが肩をなでおろした時、
「せっかくここまで来たのですから、家の方にも顔出してください」
と、おつねさんが言いだした。
家に顔を出すのは近藤さんだけだろうと思っていたけど、
「みなさんも一緒に」
と、笑顔で言われてしまった。
ええっ、そうなるのか?
「そうだな。ここまで来たんだから、家の方にも顔を出すか。おたまの顔も見たいしな。よし、わしの家に行くぞ。みんなついて来い」
近藤さんがみんなに向かってそう言った。
せっかく修羅場にならずにすんだと思ったのに、家で修羅場をむかえそうだぞ。
近藤さんの家に着き、おつねさんがみんなにお茶を入れてくれた。
みんなでお茶を飲んでいると、
「蒼良お兄ちゃん」
と言って、おたまちゃんが飛びついてきた。
「おたま、行儀が悪いですよ」
おつねさんがおたまちゃんを叱った。
するとおつねちゃんはちょこんと正座をし、
「いつも父上様がお世話になっています」
と言って頭を下げた。
おたまちゃんも少し合わない間に成長しているんだなぁ。
挨拶をした後、私の隣にちょこんと座った。
「父上様の所に行かなくていいの?」
私の横より、近藤さんの横のほうがいいんじゃないのか?
「父上様は後で一緒になるので、その時に」
と笑顔で言った。
それを聞いた近藤さんは、
「おたま、わしはおたまとずうっと一緒にいたいが、仕事があるから今日は家にはいられないのだ」
「ええっ! また行っちゃうの?」
「すまない、おたま」
近藤さんが本当にすまなそうに頭を下げた。
「そんなら、家族の時間を大事にした方がええ。うちらは隣に控えとるんで、何かあったら呼んでください」
楓ちゃんがそう言うとみんなを立たせ、隣の部屋へ移動した。
「楓ちゃん、大丈夫?」
自分の好きな男性が、別な女性と一緒にいるのだ。
普通だったら、嫌だと思うんだけど。
「うちは大丈夫や。勇はんの家庭は壊したらあかん。勇はんの家庭を守るためならうちはなんにでもなれるんや」
そ、そうなんだ、よくわからないけど。
しばらくすると、おたまちゃんが部屋に入ってきた。
「あれ? 父上様に会わなくていいの?」
私が聞いたら、
「父上様は、母上様と話があるから、私はこっちに来たの」
と言って、私の膝の上にちょこんと座った。
おたまちゃんはあいかわらずかわいいなぁ。
そして、少し大きくなっている。
「大きくなったね」
「蒼良お兄ちゃんは、いつもそう言うね」
そうだったか?
でも、会うたびに成長しているんだもん。
「私、大きくなったら蒼良お兄ちゃんのお嫁さんになるっ!」
ゴホゴホゴホ。
隣で楓ちゃんがむせて咳をしていた。
「大丈夫?」
私が聞いたら、少し咳をしながら
「大丈夫や」
と言った。
そのやり取りを見ていたおたまちゃんは、楓ちゃんの顔をじいっと見ていた。
もしかして、子供なりに何か察するものがあるのか?
子供は意外と鋭いからなぁ。
「おたまちゃん、どうしたの?」
「このお姉ちゃん綺麗だね」
やっぱり何か察しているのか?
「おおきに」
楓ちゃんは笑顔でそう言った。
「このお姉ちゃんが私の母上だったらいいのに。そしたら毎日楽しいだろうなぁ」
と、おたまちゃんは言ってきた。
やっぱり、何か感じているのか?ばれているのか?
オロオロしていると、楓ちゃんが
「そんなこと言うたらあかんよ」
と、おたまちゃんに言った。
「おたまはんのお母ちゃんはええお母ちゃんやで」
「でも、綺麗やないもん」
近藤さんは美人じゃないから嫁にもらったと言っていた。
そう言う人は浮気とかしないで、旦那様一筋につくすらしい。
近藤さんは美人じゃないと言っているけど、私から見たらそんなことはないと思うのだけど。
「でも、おたまはんのことを今日まで一生懸命育ててきたのは、おたまちゃんのお母ちゃんやで。厳しいかもしれんけど、おたまちゃんはかわいくてええ子や。そんなええ子にしてくれたんは、おたまはんのお母ちゃんや。うちはおたまちゃんのようなええ子がおらんさかい、悪いお母ちゃんかもしれんで」
楓ちゃんはそう言いながら、おたまちゃんを捕まえてこちょこちょとおたまちゃんをくすぐった。
「お姉ちゃんはいいお姉ちゃんだよ」
楓ちゃんがくすぐるのをやめると、笑顔でおたまちゃんが言った。
その言葉に楓ちゃんの目がウルウルしていた。
楓ちゃん、泣いちゃうかも……。
そう思って心配していると、近藤さんとおつねさんが入ってきた。
「みんな、そろそろ行くぞ」
近藤さんがそう言ったので、あわただしく支度をした。
そんな中、おつねさんが楓ちゃんに近づいた。
もしかして、気がつかれたか?
「楓さん、うちの主人をよろしくお願いします」
おつねさんはそう言って頭を下げた。
「頭をあげてください。うちはおつねはんに頭を下げられることをしとらんさかい」
楓ちゃんはおつねさんの肩をさわって頭を起こした。
「わかってます。あなたが主人の妾だと言う事も。主人は手が早いから」
手が早いことはばれていると思っていたけど、楓ちゃんのことまで知っていたのか?
「なんで?」
「女の勘です」
恐るべし、女の勘っ!
「私は家にいる主人を支えることはできますが、新選組にいる主人を支えることはできません。だから、楓さん、よろしくお願いします」
おつねさんは再び頭を下げた。
楓ちゃんはしばらく驚いて何もできなかったけど、
「わかりました」
と、意を決した顔でそう言った。
「うちはおつねはんにはかなわんわ」
帰り道、楓ちゃんはこっそり私に言った。
「おつねはんはええ人や。あんなええ人にうちはなれんわ」
確かに、普通なら正妻と妾が対面したら修羅場になりそうだけど、おつねさんのおかげでそうならなかった。
それはおつねさんが出来た人だからなんだろう。
本当なら、近藤さんに文句の一つでも言いたいだろうし、言ってもいいと思うんだけどね。
「おつねはんを泣かせとうない」
楓ちゃんはポツリとそう言った。
もしかして、京に帰るとか言うのか?
そう思ったけど、
「だから、おつねはんを泣かせんよう、うちがしっかりと勇はんを支えるから」
と言った。
そうなるのか。
でも、近藤さんも楓ちゃんがいるのといないのとではきっと違うと思うから、これでいいのかもしれない。
「そして、うちもおつねはんのような人になるっ!」
今日のことで、楓ちゃんはおつねさんのファンになったらしい。
妾が正妻のファンってどうなの?と思うんだけど。
ま、それもいいか。
「ところで、蒼良はんはおたまちゃんと結婚するん?」
えっ?
「おたまちゃんがそう言うとったから」
確かに言っていたけど……。
「子供までだますとはあかんよ」
確かにそうなんだけど……。
この場合、私がおたまちゃんに女だとばらしたら、みんなにばれちゃうからダメだと思うんだけど。
「おたまちゃんまで泣かしたら、うちも許さんからね」
えっ、そうなるのか?