原田さんと浅草寺
土方さんと近藤さんは相変わらず忙しそうだ。
その他の人たちは相変わらず暇そうだ。
というのも、やることがないのだ。
京にいた時は京の治安を守るという仕事があり、隊務があって巡察をしたりしていたけど、江戸では特に仕事がない。
江戸の治安を守る仕事は新徴組という、私たちと一緒に京へ来たのだけど、帰れと言われて江戸に帰ってきた人たちがやっている。
だから、やることがないのだ。
沖田さんも暇なのはいやだみたいなことを言っていたけど、本当にその通りだなぁと思ってしまった。
「はあ」
やることがないって、本当に嫌なものだなぁ。
春に近づいてきた空を見上げてため息をついてみた。
屯所でも掃除するかな。
そう思ってほうきを取りに行ったけど、すでになかった。
誰かが掃除をしているのか?
新選組に、屯所を綺麗にしようという人がいるのか?
そう思い、見回してみると、小姓と呼ばれる男の子たちがお掃除をしていた。
この小姓とは、武将などの偉い人のお世話をする男の子たちのことを言う。
ちなみにここでは、土方さんと近藤さんの小姓がいる。
その小姓の中に鉄之助君もいて、せっせと掃除をしていた。
「鉄之助君、私が代わりにやってあげるから、休んでいいよ」
鉄之助君の持っていたほうきを持った。
「蒼良先生。これは私の仕事なので。蒼良先生こそ休んでください」
年齢にふさわしくない落ち着いた顔でそう言った。
「いや、鉄之助君こそ、毎日働いてえらいね。だから休んでいいよ」
もう、鉄之助君とほうきの取り合いだ。
「蒼良、何してんだ? 小姓に手を出して」
原田さんの声がした。
「手を出してませんよ」
なんか 私が悪いみたいじゃないか。
「なんか取り合いをしているからさ」
そうだ、ほうきの取り合いをしていたのだ。
気がついたら、鉄之助君がほうきを持っていた。
「あっ! ほうき」
「蒼良先生は他のお仕事をしてください。お忙しいのですから、ここは私がやります」
忙しくないんだよぉ。
暇なんだよぉ。
「それでは、向こうを掃いてきます」
鉄之助君は軽く頭を下げるとほうきを持って去っていった。
あ、鉄之助君、せめてほうきは置いて行こうよ……。
「蒼良、もしかして暇なのか?」
私の様子を見ていた原田さんがそう声をかけてきた。
「そうなんですよっ!」
もう、暇で暇で死にそうなのですよ。
ま、暇で死んだ人はいないと思うけど。
「そうだよなぁ。江戸に来てから仕事がないからな。新八なんかは毎日のように飲んで歩いているが、あいつもよく飽きないよな」
そう、永倉さんは幕府から出た手当てを毎日コツコツと使っている。
「俺は毎日はさすがに飽きるな」
そうか、だから原田さんは永倉さんと一緒じゃないんだ。
「俺も江戸はあまり詳しくないから、自称江戸っ子の新八に色々案内してもらいたいと思っていたが、無理そうだな」
そうなんだ。
「あいつ、飲み屋しか案内してくれなかった」
そうだったのか。
永倉さんのことだから、飲み屋しか知らないのかもしれない。
「もしよければ私が案内しましょうか?」
「えっ、大丈夫か?」
原田さんが意外だという顔をした。
失礼だなぁ。
現代もある建物なら、私だって案内できるぞ。
例えば……。
「浅草の浅草寺なんか案内できますよ」
「浅草寺か。賑やからしいな」
「行ってみますか?」
どうせ暇だし、浅草寺に行ってもばちは当たらないだろう。
「連れて行ってくれるのか?」
「もちろん。行きましょう」
と言う事で、原田さんと浅草寺に行くことになった。
浅草寺で楽しいのは仲見世と呼ばれるお店の並びだろう。
色々なお店があり、それを見るだけでも楽しかった。
その中にけん玉のようなものが売っていた。
今のような形ではなく、長い棒があり、片方は剣のようにとがっていた。
玉をさすようになっているのだろう。
その片方は皿のようになっていた。
ここに玉を乗せるのかな?
それを手に取ると、
「すくいたまけんだ」
と原田さんが言った。
「すくいたまけんというのですか?」
けん玉とは言わないんだ。
「ここに玉を入れて入らなければ酒を飲むんだ」
玉を乗せる方を指さして原田さんはそう言った。
えっ、子供の遊びじゃないのか?
「大人がやるのですか?」
「飲むときにそうやって遊ぶと楽しいんだ」
やっぱり、大人の遊びらしい。
でも、それなら逆に沖田さんに買っていっても、
「子供じゃないんだから」
と、言われないよね。
暇つぶしにいいと思うぞ。
と言う事で、沖田さんのお土産に買っていった。
「総司、それで遊ぶかな?」
原田さんは首をかしげていたけど、
「暇なら遊ぶでしょう」
「でも、一人でやるのはつまらないだろう」
そうかもしれないけど……。
「ここは沖田さんに色々な技を考えてもらって、私たちに披露してもらうって言うのはどうですか?」
それなら沖田さんだって頑張ってくれるだろう。
多分……。
「えっ、技? こんなものに技があるのか?」
えっ、逆にないのか?
現代だとけん玉でも色々な技があって、それを見せ合って技を磨いたりしている人がいるらしいけど。
いないのか?
「あるのですよ、色々と。沖田さんに考えてもらいましょうっ!」
うん、そうしよう。
「総司がそんなことをやるかなぁ……」
原田さんも言っていたけど、問題はそこなんだよね。
これで遊んでくれることを祈ろう。
浅草寺はたくさん人がいた。
幕末で色々大変な時期なんだけど、庶民には幕末とか関係ないのかもしれない。
でも、江戸でもこの後、上野戦争という彰義隊対政府軍の戦いがある。
上野に近いここもきっと被害が出るかもしれない。
そう思うと、この平和も今だけなんだなぁと思った。
「蒼良、悲しい顔して何かあったのか?」
それが顔に出ていたらしい。
原田さんにそう聞かれた。
「大丈夫です。行きましょう」
せっかく原田さんを案内しに来ているのだ。
今日だけは戦の話はなしにしよう。
浅草寺をお参りし、猿若町という歌舞伎小屋がたくさん並んでいる場所に出た。
そこに歌舞伎役者の市村家橘さんが来ていることに気がついた。
来ているというのか、ここが彼のいる場所なんだから、いると言った方が正しいのか?
家橘さんに初めて会ったのが京だった。
確か、牡丹ちゃんも彼のファンで一緒に話が盛り上がったよなぁ。
数年前の話なのに、何十年前のような感じがする。
私も、色々あったからなぁ。
「懐かしいなぁ」
思わずそう口に出していた。
数年前のことなのにね。
「ああ、市村家橘か。蒼良は好きだったよな。警護した時盛り上がってたもんな」
そ、そんなことがあったか?
「見たいか?」
原田さんが声をかけてくれたけど、歌舞伎を見るにはやっぱりお金がかかる。
この時代の最高の娯楽の一つだから、そう簡単には見れないのだ。
「金ならあるぞ」
えっ、そうなのか?
「ほら、幕府からもらったのがあるだろう」
「使っちゃったんじゃないのですか?」
だって、よごしの金云々って言うじゃないか。
「俺は新八と違うさ。新八はよごしの金は持たねぇって言っていたが」
あ、そうだ。
江戸っ子だ。
江戸っ子はよごしの金は持たないって言って、夜を越してお金を持つことはないらしい。
「で、見たいか?」
「はいっ! 見たいですっ!」
久しぶりに家橘さんが見れるのねっ!
「じゃあ行くぞ」
原田さんが私の手を引いて、歌舞伎小屋の中へ入って行った。
相変わらず、歌舞伎の中身はわからなかった。
ただ、舞台で変わらない家橘さんを見て、京にいた時のことを色々思い出した。
家橘さんが見たい一心で、島原に入ったこともあったよなぁ。
牡丹ちゃんと一緒に騒いだりしたことを思い出すと同時に、もう牡丹ちゃんに会えないと思ったら寂しくなった。
そして、家橘さんはこの先も変わらない私のアイドルだわと思った。
でも、現代に帰ったらこの人もおじいちゃんになっているんだよね。
って言うか、生きていないよね……。
ちなみに私がここで見ている家橘さんは、この後五代目尾上菊五郎になる。
九代目市川團十郎と初代市川左團次とともに、黄金時代を築くことになる。
さすが私のアイドル、家橘さんだわ。
女の子たちが
「家橘さんっ!」
と騒いでいたので、私も一緒になってキャーキャー言っていたら、
「蒼良、今は男なんだから、あまり一緒になって騒がないほうがいいと思うぞ」
と、原田さんに言われてしまった。
そうだった、男装中だった。
それに気がついた時は、もう周りの視線が痛かった。
男の家橘さんファンがいたっておかしくないだろう。
胸を張ってみたけど、逆に視線がさらに痛くなっていったのだった。
うっ、この時代、男と女の差がはっきりしているからなぁ。
浅草寺の帰りに沖田さんのいる和泉橋医学所に原田さんと寄った。
沖田さんはこの日も元気で、暇を持て余していたらしい。
私たちが来るとすごく喜んでくれた。
「総司、思っていたより元気そうだな」
原田さんは、沖田さんが元気なのを見て驚いていた。
本当ならもう体力も無くて寝たきりになっているのだろう。
でも、お師匠様が現代から持ってきた、結核の進行を止める薬を飲んでいるから元気だった。
そのせいか、毎日暇を持て余しているらしい。
「沖田さん、お土産です」
浅草寺の仲見世で買ったすくいたまけんと言うのか?それを出すと、
「蒼良は僕にお酒を飲ませたいんだ」
と言われた。
「やっぱりなぁ。それ、酒を飲むときの遊びで使うからな」
私の横にいた原田さんがそう言った。
「あのですね、お酒とか関係ないです。これで技を作って見せてください」
暇つぶしになるかな?と思い、そう言ってみた。
「技って具体的にどういうやつ?」
どういうやつと言われると……。
私が知っている技は……。
「玉をもってですね、このとがっている方を玉に入れるのですよ」
この時代のけん玉は現代のような形をしていないから難しいのだけど……。
もちろん、私はけん玉をできないので、手を使って棒のとがっている方を玉に刺した。
「それを手を使わないでやれって事ね」
沖田さんはそう言うと、私からすくいたまけんをとった。
そして練習もなく一回でその技を取得してしまった。
「す、すごいっ!」
「できちゃったよ。他に技はないの?」
まさかできちゃうと思わなかったから……。
もしかして、仕掛けがあるのか?
「沖田さん、私もやってみます」
沖田さんと同じように持ち、同じことをやってみたけど、棒のとがっている方が玉に刺さることはなかった。
なんでできないんだ?
「それは難しいぞ。俺でもできない」
横で見ていた原田さんがそう言った。
じゃあなんで沖田さんはできたんだ?
「蒼良、今度来る時までそれで練習してきて。出来たら僕に披露してね」
「わかりました」
あれ?なんか私が思っていたのと逆になっているような……。
気のせいか?
横に座っていた原田さんは、
「総司の暇つぶしに買ったのに、蒼良の暇つぶしになっている」
と、笑っていた。
絶対にできるようになるからねっ!
当分の暇つぶしになりそうだわっ!
って、なんかちょっと違うと思うのは気のせいか?