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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年2月
396/506

和泉橋医学所

 二月になった。

 現在で言うと三月の中旬から下旬あたりになる。

 この時期になると、だいぶ春めいてくる。

 春はすぐそこに来ているんだけど、新選組にとっての春は遠いものになりそうだ。


 秋月邸から酒井邸に移動をし、何とか落ち着いた私たち。

 しかし、横浜にはまだ怪我をしたり病気をしたりして入院中の隊士がいた。

「そっちを何とかしねぇとな」

 土方さんが毎日頭を悩ましていた。

 しかし、それも何とか解消しそうだ。

「入院している隊士たちは、和泉医学所に転院することになった」

 ある日土方さんが嬉しそうにそう言った。

 和泉医学所とは、沖田さんが入院している病院で、西洋の医術を導入している、この時代でも最先端の病院だ。

 ちなみに、現代の東京大学医学部の前身になるらしい。

「よかったですね」

 そんないい病院への転院が決まってよかった。

「いや、よくねぇんだ」

 えっ、そうなのか?

「どうやって移送するか考えてんだ。歩けねぇからな。横浜から船で来たほうがいいな」

 距離は近いけど、歩けない隊士がたくさんいて、その隊士たちを陸路で連れて行くとなると、かごをいくつか用意しないといけないし、もしかしたら戸板で運ぶかもしれない。

 船だと、一度にたくさん運べるから便利だ。

 しかし……。

「俺はそれを見届けられねぇけどな」

 見届けられないじゃなく、見届けたくないんだろう。

 土方さんはひどい船酔いになる。

 船に酔うから出来れば船乗りたくないというのが本音だろう。

「それなら私が見届けますよ」

 横浜に行けるなら、スカーフが買えるかもしれない。

 だって、外国人がたくさんいそうだもん。

 土方さんは洋装になったのだけど、襟元が少し寂しい。

 だからスカーフを買ってプレゼントしようと思うのだけど、江戸ではスカーフをうっているお店を見かけることがなかった。

 横浜ならあるかもしれない。

 それと、仕事ができれば一石二鳥だ。

「今回は左之も斎藤もいないから、お前に頼んでもいいかな」

 えっ?

「原田さんと斎藤さんがいると何かあるのですか?」

「いや、特に何もねぇ。俺が気にくわねぇだけだ」

 そ、そうなのか?

 ここで仲間割れされても困るんだけど……。

 大丈夫なのか?

「じゃあ、お前に頼んだぞ」

「わかりました」

「俺が仕事を頼んだ隊士と一緒に横浜に行って、入院している隊士を和泉医学所に運べ」

「はい」

「ところで、お前はここから横浜までの道を知っているのか?」

「知りません」

 うん、知らない。

「自信もって言うな」

 はい、すみません。

「知らねぇのなら頼みたくないんだが……」

 えっ、そうなのか?

「でも、頼んじまったしなぁ。よし、いいか、お前と一緒に二人の隊士が行くから、絶対にそいつらから離れるなよ」

「わかりました」

 はぐれたら連絡しますという手段がない時代だから、必死について行かないと。


 というわけで、横浜に着いた。

 入院している隊士たちに和泉橋医学所へ移動することを告げた。

 この日の仕事はこれで終わったので、横浜の町に繰り出したのだけど……。

 この時代の横浜は、まだ開港したばかりなので、現代のようににぎやかな街ではなかった。

 にぎやかになるのは明治に入ってかららしい。

 こんな静かな場所にスカーフなんて売っているのか?

 不安になったけど、横浜には居留地がある。

 居留地とは、外国人が住んだりするところで、この時代、開港した港のそばにあった。

 外国人がこの居留地の中でのみ家を建てて住んだり商人と貿易をしたりすることが許されていた。

 そこの近くならきっとスカーフの一つや二つ売っているかもしれない。

 居留地の近くに行ってみると、やっぱりあったっ!

 さすが外国人を相手にしているだけある。

 少し高かったけど、私にも幕府から手当てが出ていたので、それで何とか買うことが出来た。

 スカーフの横に綺麗なガラスでできたビードロがならんでいた。

 そう言えば、和泉橋医学所には沖田さんもいるんだよなぁ。

 沖田さんにお土産買っていこう。

 と言う事で、ビードロも買った。

 

 次の日、入院隊士たちを船に乗せた。

 横浜から品川まで運び、品川で一泊してから和泉橋医学所へ運んだ。

 そこで私たちの仕事は終わった。

 ここまで来ていて、沖田さんに顔を出さないと何言われるかわからないから、顔を出しておこう。


「沖田さん、いますか?」

 そう声をかけてから襖をそおっとあけた。

「いるよ。いるに決まっているじゃん」

 不機嫌そうな沖田さんの声が聞こえてきた。

「なんか、機嫌悪そうですが……」

 恐る恐る中に入り、沖田さんの布団が敷いてあるそばに行って座った。

 沖田さんは布団の上に座っていた。

 うん、元気そうなんだけど……不機嫌。

「何かあったのですか?」

 私が聞いてみると、不機嫌な声のまま、

「何もないよ」

 と言われてしまった。

 何もなければ平和でいいことじゃないかっ!

「何もないんだよっ!」

 それで怒っているのか?

「何もなくて暇なんだよっ!」

 そ、そうなのか?

「あのですね、沖田さんは病人なので、何もしないで体を休めたほうがいいと思うのですが……」

 病人なんだけど、元気な沖田さん。

 きっと、お師匠様が現代から持ってきた結核の進行を抑える薬を飲んでいるからだろう。

 歴史の中の沖田さんは、今頃は布団でずうっと横になっているはずだ。

「僕は元気なんだよ。これ以上体を休めていたら、暇すぎて逆に病気になるよ」

 そ、そうなのか?

蒼良そら、僕を屯所に連れて帰ってよ」

 そ、それは無理だっ!

「だめですよ。沖田さんは病人なんですからね」

 お師匠様の薬は進行を止めるものであって、治すものではない。

 医学の進んだ現代だって、結核になったら入院治療が必要なのだ。

 この時代ならなおさら入院しないとだめだろう。

「ずうっとここで横になっているのはつまらないもんだよ。蒼良も経験して見ればわかるよ」

 そう言う経験は遠慮したいなぁ。

 そうだ、ここは話題を変えるために。

「沖田さん、入院している隊士をここへ運んできたのですが、その時に面白いものを見つけたので、買ってきました」

 私は沖田さんにビードロを出した。

「これ、ぽぴんだよ」

 えっ、ぽぴん?

「ビートロと言わないのですか?」

「ぽぴんだね」

 そういうと、沖田さんはビードロを手に取って口に持って行った。

 沖田さんが息を吹き込むと、ぽこんっ!と音がした。

 使い方まで知っていたのか……。

「沖田さん、知っていたのですね。知らないかと思っていたから買ってきたのですが……」

「うん、知ってたよ。江戸でも売ってたし、これ、厄除けになるんだって」

 そうなのか?

 後で調べたのだけど、旧正月にこれを吹いて厄除けにしていたらしい。

「すみません」

 知っている物を買って来てしまって……。

 暇つぶしにもならないよね。

「なんで蒼良が謝るの? 悪いことしていないでしょう? それに、僕はこれが好きだよ」

 そうなのか?

「だって蒼良が買ってきたものだから。宝物にするよ」

 そこまで言われちゃうと恐縮しちゃうなぁ。

 後で、

「冗談だけど」

 なんて言わないよね?

 そう思って沖田さんを見ていたけど、ずうっと笑顔になっていた。

「本当に気に入ってくれたのですか?」

 いつ、冗談だけどと言われるかわからなかったので、思い切って聞いてみた。

「うん。なんで気に入ったかというと、蒼良が僕のことを忘れなかったことが嬉しかったんだ」

 そうなのか?

「だって、みんなここに来てくれないんだもん。暇だよ」

 そうだよね。

 みんな忙しいもんね。

 近藤さんと土方さんは毎日のようにあっちこっちへ行っているし、他の人たちも秋月邸に行ったり酒井邸に行ったりして忙しかったもんなぁ。

「でも、これからは他の隊士の人たちもここにいるので、大丈夫ですよ」

 入院している隊士たちをみんなここへ移した。

 だから、沖田さんも退屈しないだろう。

「蒼良、僕の病気は人にうつるものなんだけど」

 あ、そうだった。

 私はうつらないように小さいときに予防接種をしているから大丈夫だけど、他の人はうつってしまう可能性が大きい。

 免疫力が高ければ発病しないんだけどね。

 でも、病人や怪我人の前には行けないよね。

「すみません」

 私がそう謝った時、襖がスッとあいた。

「具合はどうだ?」

 襖の向こうには良順先生がいた。

 良順先生はスッと入ってきて、沖田さんの横に座り、診察を始めた。

「元気そうだな」

 診察が終わると良順先生がそう言った。

「ほら、僕は元気なんだよ。蒼良からも土方さんに言ってよ。いつまでもここに閉じ込めるなって」

 いや、それは無理だろう。

「病人なんだから、ここで大人しくしておくのが一番だ」

 ほら、良順先生だってそう言っているじゃないか。

「ちぇ」

 沖田さんはつまらなそうにそう言った。

「天野先生の薬のおかげだな。色々分解して調べてみたが、やっぱり同じものが見つからない。それが見つかれば、労咳の患者が減らせるかもしれないのになぁ」

 良順先生は前にお師匠様の薬を沖田さんからもらって分解したことがある。

 それで私が未来から来たことがばれたんだけど。

「すみません。私の時代でもこの病気は入院治療が必要なので、薬をたくさんここに持ってくることが出来ないのですよ」

 逆に、お師匠様がどうやって手に入れたのか知りたいぐらいだ。

「いや、いいんだ。気にするな」

 良順先生はそう言ってくれた。

「今はこの薬を作る時期ではないのだろう。ちゃんと時期が来たら、しかるべき人が見つけて薬を作ってくれるだろう。それまで我慢だな」

 良順先生にとって、病気が治らないと言う事は悔しいことだと思う。

 でも、そう言ってくれた。

「じゃあまた来る」

 良順先生はそう言うと部屋を出て行った。

「良順先生だけだよ。まめに来てくれるのは」

 良順先生はお医者さんだから病院であるここに来るのは当たり前だと思うんだけど。

 でも、そう言った日には沖田さんに何を言われるかわからないから、

「そうですね。私もまめにきますね」

 と言っておいた。

 言ったからには本当にまめに来ないと。

 そう思った。


「無事にみんなを和泉橋医学所に運びました」

「ご苦労だった」

 土方さんに報告したら、そう言われた。

 土方さんの洋装の首元はやっぱりなんか寂しかった。

「土方さんにお土産です。ちょっとこっちへ首を出してください」

 そのままだと届かなかったので、ちょっと首を私の方へ出してもらった。

「なんだ? まさか斬るつもりじゃねぇだろうな?」

 冗談でそう言ったみたいで、土方さんは笑っていた。

「斬りませんよ」

 私も笑顔で言いかえした。

 そして、スカーフを首元にまいた。

「なんだこれ?」

 首元のスカーフをつまんで土方さんがそう言った。

「スカーフです」

「それはなんだ? と聞いているんだ」

 あ、そうか。

「あのですね、土方さんの洋装は首元が少し寂しいのですよ。だからその飾りとしてこれを買ってきたのですよ。ほら、首元が寂しくないですよね?」

 鏡を出して土方さんに見せた。

「おお、これはすごいな。なかなかいいじゃないか。ありがとな」

 土方さんは鏡を見てそう言った。

 気に入ってくれたらしい。

 よかった。

「これからはずうっとこれをつけていよう」

 そこまで気に入ってくれたのか?

「たまには洗わないと汚れるともうのですが……」

「洗うのがもったいないと思うぐらい、ずうっと身につけておきたいな」

 そんなに気に入ったのか?

「じゃあ、洗い替えにもう一つ買ってきましょうか?」

 でも、この時代のスカーフって高いんだよね。

「一つで充分だ。二つもあるとありがたみがなくなる」

 そう言いながら土方さんは鏡を見て、スカーフをさわっていた。

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