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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年1月
395/506

秋月邸へ

 源さんが、なぜか大福を持って立っていた。

「あれ、源さん。どうしたのですか?」

 源さんは、私たちの時代へと行ったはずなんだけど……。

蒼良そら、そんなことは気にするな。ほら、蒼良の好きな大福だぞ。これは美味しいと評判の店から買ってきたんだ。美味しいぞ」

 そう言いながら、源さんは大福を私に出してきた。

 大福、美味しそうだなぁ。

「いただきます」

「おお、食え食え」

 源さんもそう言って私に大福を差し出してきたから、私も手を伸ばした。

 しかし、大福に手が届かない。 

 源さん、もしかして、意地悪をして大福を引っ込めたりしてる?

 でも源さんを見ると、いつもの笑みを浮かべている。

 源さんが意地悪するわけないよね。

 じゃあなんで大福に手が届かないんだ?

「いただきます」

 もう一回、そう言ってから大福に手を伸ばす。

 やっぱり届かない。

 届かないどころか、だんだん遠くに行ってしまうような感じがした。

「だ、大福がっ!」

 自分から去っていくなんて、あるのか?

 大福が自分で去るなんてありえないだろう。

「大福っ! 待って私の大福っ!」

 そう叫んだ時、土方さんの顔が上に見えた。

 あれ?土方さん?

「お前、毎回大福の夢を見ているが、そんなに好きなのか?」

 えっ?夢?

 気がつくと、ちゃんと布団の上に寝ていた。

 あれは夢だったのか?

「大福以外の夢を見たことあるのか?」

 土方さんがあきれながらそう言った。

 すでに雨戸は開けられていて、明るい日ざしが入り込んでいた。

「毎日、大福以外の夢を見ていますよ」

 寝言を言うときが、大福の夢を見ている時というのが多いのだ。

 大福の夢しか見ていないと思ったら、大きな間違いだからね。

「おはようございます」

 私はそう言って起き上がると、自分が寝ていた布団をたたんだ。

「おう、おはよう」

 土方さんはそう言ったけど、不機嫌そうに言っていた。

 何かあったのか?

 よく土方さんを見みると……。

「土方さん、頭の毛が立ってますよ」

 そうなのだ。

 土方さんは洋装にしたのと同時にまげも切った。

 だから髪の毛が短い。

 寝ぐせがつきやすい長さなんだろう。

 今日は特に寝ぐせがひどかった。

「お前、俺が寝ているときに何をした?」

 ええっ!なんか、私、疑われてないか?

「何もしてませんよ」

「じゃあなんで俺の毛がみんな立っているんだ?」

 もしかして……。

「寝ぐせを知らないのですか?」

「寝ぐせだと?」

 やっぱり知らないらしい。

 よく考えたらこの時代、ほとんどの人はまげを結っているから、寝ぐせなんかつかない。

 結ってなくても、髪が長いから寝ぐせがつかないのだ。

「寝ているときに髪に癖がついちゃうのですよ」

 原因は、寝方とか頭洗って乾燥させないで寝たとか、寝汗をかいたとか色々ある。

「そんなものがあるのか」

「土方さんはまげを切ってしまったので、寝ぐせもつくようになってしまったのですよ」

「そうか。そんなこともあるのだな」

 土方さんは自分の立った髪の毛に手をあててそう言った。

「で、直す方法があるのか?」

 もちろんある。

「寝ぐせ直しウォーターが……」

 それはこの時代にないか。

「一度ぬらして、ドライヤーで……」

 ドライヤーがない。

 この時代、寝ぐせを治す方法がない。

「おい、なにわけのわからねぇことを言ってるんだ? 早く直す方法を教えろ」

 そう言われても……。

「一度ぬらしたら、元に戻りますが……」

 一応まだ冬だし、暖房設備もそんなにないから、朝から髪の毛ぬらしたらとっても寒いと思うし……。

 そんなことを思っていると、

「ぬらせば直るんだな」

 というと、ねまき代わりに来ていた浴衣を抜き捨てた土方さん。

 ふんどし姿になって外に出て行った。

 な、なにをするんだ?

 心配で後をついて行ったら、土方さんは井戸の前に行った。

 井戸から水をくむと、頭からその水をかけた。

 ええっ!寒いのに、頭から水をかぶったよ、この人はっ!

 体から湯気を出しながら手ぬぐいで体を拭く土方さん。

 水から湯気が出るってことは、土方さんの体温の方が温かいって事と、それだけ外が寒いって言う事だ。

「だ、大丈夫ですかっ!」

 思わずかけよってしまった。

「お前がぬらせば直るって言ったからぬらしたんだろう。お前の言う通り直ったようだ」

 土方さんがぬれた髪の毛に手をやってそう言った。

 確かにぬらせば治りますよ。

 でも、頭からかぶることないと思うのは私だけか?

「よし、今日は話があるから、急ぐぞ」

 そう言うと、土方さんは部屋の中に入り、洋服に着替え始めた。


「秋月邸へ移動することになった。当分の間、そこが我々の屯所となる」

 広間に隊士を集めると、近藤さんがそう言った。

「もちろん、怪我人も治り次第、秋月邸に移動させる」

 近藤さんの横で土方さんが言った。

 朝、寝ぐせが直らないって騒いでいた人には見えない。

 きちっと洋服を着てばっちりと決まっていた。

「秋月邸って言われても、どこにあるんだ?」

 原田さんがそう言った。

「鍛治屋橋門外にある」

 土方さんがそう言ったけど、そこってどこなのさっ!

「ああ、あそこか」

 原田さんはそれでわかったらしい。

「蒼良は分かったか?」

 首をかしげていた私に原田さんが聞いてきた。

 私は首をふった。

「そうか。でも、俺が連れて行ってやるから安心しろ」

 そうなのか?それなら安心しよう。

「俺も知っているから大丈夫だ」

 おお、斎藤さんも知っているなら心強い。

「こいつは俺が連れて行くから、お前らは自分たちのことをやれ」

 土方さんは、みんなの前で私の方を指さしてそう言った。

「土方さんこそ、仕事があるだろう?」

 原田さんは立ち上がってそう言った。

「俺は大丈夫だ」

 土方さんも近藤さんの横で立ち上がって言った。

「それなら俺が連れて行く。他はそれぞれ自分のことをすればいい。俺は荷物も少ないからな」

 今度は斎藤さんも立ち上がってそう言った。

「荷物って言っても、着の身着のままでここに来たからな。俺も少ないぞ」

 原田さんが斎藤さんに向かってそう言った。

「俺だって荷物はねぇぞっ!」

 土方さんも前からそう言った。

「蒼良は人気者だなぁ」

 近藤さんにこの状態を止めてほしかったのに、近藤さんはニコニコ笑ってさわやかにそう言った。

「わかりました。みんなで仲良く行きましょうっ!」

 私は立ち上がってそう言った。

 それなら喧嘩のようなことにもならないだろう。

 それにしても、なんでこんな状態になるんだ?

 私は誰と一緒に行っても変わらないと思うんだけどね。


 それから、土方さんと横浜の方へ行くことになった。

 というのも、横浜には怪我をした人たちがいるからだ。

 富士山丸という船で大坂から江戸へ行ったのだけど、怪我人や動けない人たちは横浜でおろされ、そのまま病院のようなところへ収容された。

 今回は、その中からどれぐらいの人たちが秋月邸にこれそうか様子を見に行く。

「前回より怪我が治っている隊士が増えていればいいがな」

 ん?前回より?

「前回よりって、土方さんは何回かここに来ていたのですか?」

「あたりめぇだろう。隊士が怪我してんだぞ。気になるだろうが」

 そ、そうなんだ、知らなかった。

 土方さんは鬼副長とかって言われているけど、本当は隊士のことを大事にしているんだよね。

 それがわかってなんか嬉しかった。

 

 この日は、横浜で近藤さんも一緒になった。

「なんだ、来てたのか」

 土方さんが近藤さんを見つけるとそう言った。

「怪我をした隊士たちをほっとけんだろう」

「でも、それは俺の仕事だ。あんたは釜屋でかまえてればいい」

 釜屋とは、私たちが止まっている宿だ。

「じっとして居れないんだ。幕府もなくなり、これから先どうなるか不安だ。わしでさえそうなのだ。ここにいる隊士たちはもっと不安だろう」

 近藤さんたちは怪我をした隊士たちを見ながらそう言った。

「ま、それなりに脱走したものもいるがな」

 えっ、そうなのか?

「意外に思ったか?」

 土方さんに聞かれ、コクコクとうなずいた。

 怪我をしているのに脱走する元気はあるのか?

「怪我が治ったと思ったら逃げ出すんだ」

 あ、治ってから逃げるのか。

「もしかしてお前、怪我人が足を引きずって脱走するとでも思ったのか?」

「いいえ、そんなこと思いませんよ」

 本当はそう思ったのだけど、そう言った日には何を言われるかわからないので、ごまかした。


 横浜にいる隊士たちにも手当は出ていた。

 それを配り、秋月邸に来れそうな人たちを確認した後、近藤さんと一緒に横浜を後にした。

 それからいつもなら釜屋に帰るのに、この日は秋月邸へ行った。

「秋月邸って、秋月さんって人のお屋敷なのですよね?」

 前から気になっていたんだけど……。

 そう思いながら土方さんに聞いてみた。

「あたりめぇだろう。だから秋月邸なんだろうよ」

 そうだよね、そうだよ、私だってそう思ったわよ。

「秋月さんって誰なんですか?」

 問題はそこなのだ。

 秋月さんって誰?

「お前、知らねぇで秋月邸に行こうとしていたのか?」

 そうなんだけど、いけなかったか?

「歳、そう言うな。うちの隊士の中でも知っている連中は少ないだろう」

 近藤さんがフォローをしてくれた。

「蒼良、秋月殿は幕府の若年寄なんだが、先月に辞任したんだ」

 若年寄か。

 いまいちピンと来ないんだけど、そうなんだよね。

「お前、若年寄りを知らねぇなんて言わねぇよな?」

 な、なんで土方さんはそんなことが分かったんだ?

「若年寄りとは老中に次いでえらい人で、仕事は簡単に言うと老中の補佐だな」

「近藤さん、そんなことまでわかるのですか?」

 いつの間に?京へ来たばかりの時は、そんなこと知らなかったと思うけど。

「わしも、幕府にかかわってきたからな。これぐらいならわかるようになってきた」

 そう言いながらあははと近藤さんは笑った。

「お前も下らねぇことばかり言ってねぇで、秋月邸に行くぞ」

 土方さんにポンッと頭をたたかれた。

 うっ、くだらないことじゃないぞ。


 秋月邸はお屋敷だったから、八木邸や西本願寺の屯所より広いけど、やっぱり不動堂の屯所には負ける。

 不動堂の屯所は最高の場所だったもんなぁ。

 しかし、そう思った私がいけなかったのか、この時期にこうやって住むところを得られてありがたいと思わなかったのがいけなかったのか。

 数日後、近くにある酒井邸というお屋敷に移動することになった。

 これといった理由はない。

 ただ、秋月邸と酒井邸に共通して言えるのは、その持ち主は最初は幕府の人間だったけど、薩摩を中心としている政府軍へ味方することになると言う事だった。

 きっと幕府の都合なんだよね。

 移動するのに、荷物なんてない。

 だって、鳥羽伏見の時から着の身着のままで移動してきたのだから。

 私だけでなく、みんなそうだった。

 身軽で移動できるのは嬉しかったけど、同時に寂しさも感じたのだった。

 

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