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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応4年1月
392/506

富士山丸乗船

 大坂で乗船し、富士山丸は出港した。

 見送りの人はもちろんいない。

 楓ちゃんもいないのか。

 近藤さんと離れるのが悲しいから、見送りに来れなかったのかな?

 そう思っていたら、

「外は寒いさかい、中に入りまひょ」

 という楓ちゃんの声がした。

 ええっ、楓ちゃん?

 と思って声のした方を見ると、近藤さんと仲良く船内へ入って行く姿を見た。

 ええっ!

「楓ちゃんもいたの?」

 と、思わず言ってしまった。

「えっ、女は乗ったらあかんかった? あ、蒼良そらはんも女やんなぁ」

 楓ちゃんはそう言いながら近藤さんの腕をポンッとたたいてそう言った。

 なんで近藤さんの腕をたたくんだがわからないけど。

 いや、そうじゃない。

「楓ちゃんも江戸に行くの?」

「うん」

 楓ちゃんはあっさりとそう言った。

 そうなんだぁ。

 じゃなくてっ!

「ちょっと、ちょっと」

 近藤さんの前じゃあ言いづらいので、楓ちゃんを引っ張って誰もいないところに連れて行った。

「本当に江戸に行くの?」

 改めて楓ちゃんに聞いた。

「行くで。だからここにおるんやないの」

 本当にいいのか?

 だって江戸には……。

「近藤さんの奥さんと娘さんがいるけど……」

 そうなのだ。

 江戸には近藤さんの奥さんであるおつねさんと、娘のおたまちゃんがいる。

 楓ちゃんが江戸へ行くと、まさに本妻対愛人の戦いが繰り広げられるかもしれないのだ。

 ある意味、鳥羽伏見の戦いよりも身近で怖く思うのは私だけか?

「わかっとるよ。それでも、勇はんのそばにいたいんや。奥さんになりたいとか、そんな贅沢なことはのぞんどらんよ。ただ、そばにいたいんや。あかんやろうか?」

 そこまで言われると、だめだとは言えない。

 そばにいたいのなら別にいいんじゃないのか?

「勇はんと奥さんとの逢瀬は邪魔せえへん。勇はんも一緒に来てええよって言ってくれたさかい」

「そうなんだ、よかったね」

 うん、一緒に来れてよかった。

「蒼良はん、おおきに。これからもよろしう」

「こちらこそ」

 楓ちゃんはそう言うと、

「またあとでね」

 と言って、楓ちゃんは船内へ入って行った。

 うん、よかった。

 よかったんだよね?

「よかねぇだろう」

 土方さんがそう言って顔出してきた。

 そ、そうなのか?

「江戸には近藤さんの奥さんと子供がいるんだぞ。そこに妾が来るんだぞ。これはただ事じゃすまねぇだろう」

「で、でも、楓ちゃんは邪魔しないって言っているし……」

 土方さんは船と一緒にゆられながら私の方に来た。

「いいか、最初は誰でもそばにいるだけでいいって言うんだ。それが当たり前になってくると、自分を見ていてほしい、自分だけをって、だんだん思いが大きくなってくるんだ」

 要するに、だんだん要望が大きくなってくるってことか?

 それにしても、

「なんで、土方さんがそんなことを知っているのですか? まさかっ!」

 経験者は語るってやつか?

 誰に対してそんな思いをしたんだ?

 なんでそんなことを考えてしまうんだ?

 そんなこと知りたくないと思いつつ、知りたいと思ってしまう。

 なんだ、この気持ちはっ!

「まさか……何だ?」

 えっ、ここでふってくるか? 

 そう思っていると、土方さんが

「うっ!」

 と言って口をおさえた。

 そうだ、土方さんは船に弱いんだった。

 前に東海道で船に乗った時も酔いまくっていて、辛い思いをしていた。

「だ、大丈夫ですか?」

 私の声が聞こえたか聞こえなかったのかはわからない。

 土方さんはダッシュで船の端へ行き、海へ身を乗り出した。

 あっ……。

 背中をさすったほうがいいのかな?

 そう思ってみていると、なにごともなかったかのような顔をして戻ってきた。

 でも、顔色が悪かった。

「いいか、誰も俺には近づけるなよ」

 土方さんはそう言うと船内へ入って行った。

 船内は、個室が何室かあり、近藤さんと沖田さんと土方さんは個室だった。

 もちろん、私は土方さんと同じ部屋で、楓ちゃんは近藤さんと同じ部屋にいる。

「わ、わかりました」

 そう言えば、東海道の時も酔っている姿を隊士に見せたくないからって、船の一番前でたたずんでいたよね。

 はたから見ればたたずんでいたように見えるのだけど、実際はあおい顔してうずくまっていたのだけど。

 今回もそんな感じになりそうだな。

 とにかく、土方さんには誰も近づけるなってことになりそうだ。


 富士山丸は兵庫沖でいったん止まった後、紀州由良港と言うところに着いた。

「港に着きましたよ。いったん船から降りて体調を整えますか?」

 土方さんに聞いたら、

「船を下りても、江戸に着くまではまた乗るんだろ。一緒だ」

 と、あおい顔をして言われた。

 本当に大丈夫か?


 船酔いをしているのは土方さんだけではなかった。

 大部屋のようなところに入っている怪我をしている隊士たちも、ほとんどが青い顔をして遠い目をしていた。

 みんな、大丈夫か?

 近藤さんは楓ちゃんがいるから大丈夫だろう。

 沖田さんは大丈夫だろうか? 

 沖田さんの様子を見に行こうとした時、

「君は船は大丈夫なのか?」

 と、榎本さんの声がした。

 え、榎本さんが私に話しかけている?

 だって榎本さんと言えば偉い人だ。

 私なんかがこうやって普通に話が出来るような人ではない。

 もしかして、後ろに誰かがいてその人に話しかけているのか?

 後ろを振り向くと、

「君だよ、君」

 と言われてしまった。

 やっぱり私に話しかけていたのか?

「俺でも船に乗ったときは数日動けなかったが、君は平気なのか?」

 榎本さんと言えば、阿波沖海戦と言って鳥羽伏見の戦いの少し前に大坂湾沖で戦があった。

 もちろん相手は薩摩藩。

 その時に開陽丸に乗って、海戦に臨んだのが榎本武揚、榎本さんだ。

 その海戦は、鳥羽伏見の戦いとは反対で幕府海軍が勝利したのだけど、その後幕府は撤退したので、意味の無い物になってしまった。

 榎本さんがこの戦いで一番損をしているよなぁ。

 開陽丸は慶喜公たちにとられちゃうし、戦いに勝っても慶喜公たちのせいで意味の無い物になっちゃうし。 

「で、平気なのか?」

 そうだった、質問されていた。

「はい、へいきです。ちなみにお酒も酔いません」

 なぜか知らないけどこの二つは酔ったことがない。

「ハハハ。酒も強いのか。今度相手をしてもらおう」

 そ、そんなっ!恐れ多いっ!

「君は海軍にピッタリの人間だね。どうだい、海軍に入らないか? 俺と一緒に船に乗って回ろう」

 これって、誘われているんだよね。

 私には新選組があるしなぁ。

 断ろうと思い、口を開いたら、

「こいつはだめだ。新選組に入っているからな」

 と、土方さんの声が聞こえてきた。

 土方さん、船酔い大丈夫なのか?

 そう思って見て見ると、やっぱり青い顔をしてよろよろと立っていた。

 だ、大丈夫なのか?

 そのよろよろした状態で、私と榎本さんの間に立った。

「こいつは渡さねぇよ」

 土方さんは榎本さんをにらんでそう言った。

 そ、そんなににらんでいいのか?

「なんだ、新選組に入っていたのか。優秀な人材だと思ったのに残念だ。土方君、そんな顔しなくても大丈夫だ。俺は無理やりとろうとはしない」

 榎本さんがそう言うと、土方さんはにらむのをやめた。

「それにしても、土方君は船酔いがひどいようだね。大丈夫かい?」

 榎本さんは心配そうにそう言った。

「俺は大丈夫だ」

「それならいいが。一週間ぐらい船に乗っていれば船にも慣れる」

 そ、そうなのか?

 土方さん、一週間ももつのか?

「一週間も乗ってられるかっ! おい、行くぞ」

 土方さんはそう言うと、私の袖を引っ張って行った。

 榎本さんに挨拶しなくていいのか?

 そう思ったけど、土方さんは挨拶する様子がなかったので、私が頭だけ軽く下げた。

 榎本さんはニコッと微笑んで答えてくれた。

 怒っていないようだ、よかった。

「お前、のこのこと甲板を歩いているから声かけられんだ。大人しくしてろ」

 そ、そうなのか?

「でも、船内にいても暇なので。ほら、紀州に着いたことだし、ちょっと降りて観光しませんか?」

「お前、遊びで乗っているんじゃねぇんだぞ」

 そうなんだけど、せっかくの紀州だし……。

「部屋で大人しくしてろっ!」

 はい、わかりました。


 富士山丸は紀州を出てから順調に江戸に向かっていた。

 その間、怪我をしていた隊士が亡くなった。

 江戸に着いてから葬儀をしてやろうと、近藤さんとかが言っていたのだけど、榎本さんが、

「江戸に着く前にここで水葬にすればいい」

 と言った。

 初めて聞く水葬と言う言葉。

 なんだろうとみんな思っていた。

 榎本さんの指示で、隊士のほとんどが甲板に出た。

 そして、布団をまかれたものが戸板にのせられた状態で運ばれてきた。

 近藤さんが追悼の言葉を言い、終わると同時にその戸板が海の中に投げられた。

 戸板は波にもまれながら沈んでいった。

 それを沈んだ後も、近藤さんと土方さんは甲板に残っていた。

「水葬もいいものだな」

 近藤さんが土方さんにそう言うと、

「葬式にいいも悪いもねぇだろう。何にしても葬式は嫌なもんだ」

 と、土方さんが言っていた。


 水葬が行われたしばらく後のこと。

「そろそろだな」

 榎本さんが甲板に出てきてそう言った。

 何がそろそろなんだろう?

 私がそう思ってみていると、榎本さんと目があった。

 な、なんだ?

「ここから富士山が見えるんだ。ここから見える富士山もなかなかいい」

 そうなんだ。

「せっかくだから、みんなを呼んで見せるといい」

 そうだね、そうしよう。

 私はみんなを呼びに船内へ入った。


 しかし、ほとんどの隊士は船酔いの為そんな余裕はなかった。

 結局、甲板に来たのは……。

「本当だ。綺麗な富士山が見えるね」

 そう言いながら沖田さんは喜んで富士山を見た。

 まさか、一番来なさそうな人が来るとは……。

 って言うか……。

「沖田さん、大丈夫なのですか?」

「船酔い? 酔っているよ。船に乗ってから何も食べれないもん」

 そ、そうなのか?それは一番よくないじゃないかっ!

「食べないとだめですよ」

「無駄だよ。食べても全部出ちゃうし、食欲がないしね」

 そ、そうなのか?

「それなら、早く中に入りましょう。風邪でもひいたら困ります」

「大丈夫だよ。まだ富士山が見えるじゃん」

 そうなんだけど、病気が悪化したらどうするんだ?

「天野先生からもらった毒薬が効いているのか、最近調子がいいんだよね」

 だから、毒薬じゃありませんってっ!

「ほら、蒼良もゆっくり富士山を見ようよ」

 富士山、見えるんだけど、沖田さんが気になってゆっくり見ることが出来なかった。

 海の上は風が冷たい。

 冷たい風にあたりすぎて沖田さんが風邪をひいたら、それこそ命取りになるからね。

 そっちの方が心配だった。

「早く戻りましょうよ」

「ええっ、ゆっくり見ようよ」

 そんなやり取りを何回かした後、やっと沖田さんは自分の部屋に戻ってくれた。


 船での旅は早い。

 あっという間に横浜港に着いた。

 歩きだと二週間ぐらいかかるのに、まだ三日目だぞ。

 こんなことなら、毎回船を使って行き来すればよかったんじゃないのか?

 そう思っていたら、

「蒼良のことだから、今まで船で行き来すればよかったとかって思っているでしょう?」

 と、沖田さんに気がつかれてしまった。

 なんでばれたんだ?

「でも、潮の流れと言うものがあるからね。その流れに乗ると早いけど、乗れなかったら遅いからね」

 そうなんだ。

「それに、船は高いからね。今回は幕府の船があって幕府の人たちがいたから一緒にのせてもらえたけどね」

 そうなんだ。

 それが今まで船に乗らなかった一番の理由だろう。


 横浜港で怪我をした隊士たちは降ろされ、病院へ収容された。

「俺も一緒に降りるっ!」

 土方さんがそう言って降りようとしていたけど、

「歳、まだ江戸じゃないぞ。せめて品川まで我慢しろ」

 と、近藤さんに言われてしまい、横浜で降りれなかった。

 そして、一日我慢して品川で船を下りた。

 船から降りると、みんなゲッソリとしていたけど、ホッとした表情をしていた。

 沖田さんはすぐに和泉橋医学所と言うところに収容された。

 ここは種痘所と言って、天然痘と言う病気を治療するために作られた病院だったのだけど、私たちが行ったときは、西洋医学所になっていた。

「ここなら総司の病気も治るかもしれねぇぞ」

 土方さんはそう言ったけど、この時代、労咳は不治の病だ。

 だから、治ってほしいと思ってそう言ったのだろう。

「僕はそんな重症じゃないですよ」

「文句言わずにゆっくり休め。やっと船から降りたんだからな」

 土方さんは沖田さんにそう言うと、医学所を出た。

 私も後をついて行った。

「これから忙しいぞ。お前も覚悟しておけ」

 そ、そうなのか?

 とりあえず覚悟はしておこう。


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