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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
慶応3年12月
385/506

戦の前に

 年末も押しせまっていたある日のこと。

 土方さんがみんなを集めた。

「これから戦になるだろう。京にいつ帰れるかわからない。もしかしたら帰れないかもしれない。色々と思い残すこともあるだろうから、お前たちに時間をやる。戦になって、京に帰れなくなっても悔いのないような状態にしておけ」

 帰れないかもしれないって、もう帰れないんだけど。

 新選組も浪士組の時から数えると、京に来て四年ぐらいになる。

 四年も京に住んでいたら、知り合いもできるだろうし、行きつけのお店とかだってできるだろうし、好きな場所とかもできるだろう。

 それらにお別れして来いと言う事なんだろう。

 そう言えば、私も誰にも何も言わずにここに来てしまったのけど、京にいる牡丹ちゃんや牡丹ちゃんの置屋の人には、芸妓に変装するときにお世話になったけど、何も言わずに出てきてしまった。

 もう京には来ないだろうから、仲良くなった牡丹ちゃんとはお別れになってしまう。

 土方さんの言う通り、京へ挨拶に行ってこよう。


「なんだ、お前も京へ行くのか?」

 土方さんに報告するとそう言われた。

 えっ、いけないのか?

「いや、お前は京に用事がねぇだろうと思っていたからな」

「そんなことありませんよ。牡丹ちゃんに一言も挨拶しないで来たので、挨拶して来ようと思ったのですよ」

「なじみの芸妓に会いにか。新八も女に会いに行った」

 いや、永倉さんの場合と、私の場合は全然違いますからね。

「ほとんどの奴は女に会いに行っている」

 そ、そうなのか?

「お前もその一人になるとはな」

「私と他の隊士の人たちとは違いますよ」

 男が女に会いに行くのと、女が女に会いに行くのとはちょっと違うからね。

「で、ここから京までの行き方は知っているか?」

 あ、それを言われちゃうと……。

「自信ないです」

 一人で行ったことないもんなぁ。

「それでよく京に行こうって思うよな」

 す、すみません。

「土方さんはいかないのですか?」

 土方さんが行くなら、一緒に行こうかなぁと思っていたのだけど。

「俺は、仕事が忙しい。近藤さんがいないから、局長の仕事もある」

 数日前、

「局長の仕事なんて、くそくらえだっ!」

 と言っていたけど、あれは気のせいだったのか?

「一人で行けねぇのなら、あきらめろ」

 仕方ないよね、牡丹ちゃんに挨拶するのはあきらめようかな。

「失礼します」

 その時に山崎さんの声が聞こえてきた。

「どうした?」

 土方さんが聞くと、山崎さんは土方さんの前に座った。

「私も京へ行ってきます」

 そう言って頭を下げた。

「わかった。後悔のねぇようにしておけよ」

 土方さんがそう言うと、

「それでは行ってきます」

 と言って山崎さんは立ち上がった。

 あ、山崎さん、京へ行くと言っていたよな?

「ちょっと待ってくださいっ!」

 私は山崎さんを呼び止めた。

「どうしたのですか?」

 部屋を出て行こうとしていた山崎さんが振り返った。

「もし、支障がなければ、私も一緒に京へ行っていいですか?」

 けして、山崎さんのお邪魔しませんので。

「そう言えば、お前も京へ行きたいと言っていたな。山崎、頼んでいいか? こいつも一緒に行って、帰りも連れて帰ってきてほしい。山崎が良ければでいいぞ。こいつ、邪魔になるかもしれねぇからな」

 そうだよね。

 隊士のほとんどの人は、意中の女性に会いに行っている。

 山崎さんもきっとそうだと思うから、私が邪魔になってしまうかもしれない。

 でも、出来れば連れて行ってもらいたいなぁ。

 そう言う思いで山崎さんを見ていると、

「いいですよ」

 と、いつもの優しい笑顔で言ってくれた。

 わーい、京へ行けるぞっ!

「すぐに支度してきますっ!」

 私は急いで支度をした。

 そして、山崎さんと一緒に伏見奉行所を出た。


「山崎さん、すみません、お邪魔してしまって」

 京へ向かう道で、山崎さんにそう言った。

蒼良そらさんと京までご一緒できるのは嬉しいですよ。そんな気にしないでください」

 山崎さんは、いつもの笑顔でそう言う。

「でも、山崎さんの邪魔になりませんか?」

「邪魔?」

 私がそう聞いたら、山崎さんに聞き返されてしまった。

「永倉さんとか、ほとんどは好きな女性に会いに行っているみたいです。山崎さんもそうなんですよね?」

 私がそう聞いたら、山崎さんは立ち止まって、

「ええっ!」

 と言って驚いていた。

 わざわざ立ち止まって驚くとは。

 そんなに驚くことを聞いてしまったのか?

「私は違いますよ」

 えっ、違う?

「女性に会いに行くのではありません」

 え、そうなのか?

 じゃあ何しに行くんだろう?

 もしかして……

「京に観光に行くとか……」

 じゃないよね。

 でも、土方さんは観光してはいけないなんて言っていないから、別にいいのか?

 私がそう聞いたら、山崎さんは吹き出すように笑った。

「今更、京を観光してもねぇ」

 確かにそうだよね。

 特に山崎さんは大坂に住んでいたのだから、京も近いし、観光って感じじゃないか。

「そうですよね」

 笑っている山崎さんにそう言った。

 そんなに面白いことを言ったか?

「私は、ちょっと買い物へ行くのです。そのついでにお世話になった人に挨拶をしてきます。色々なところで潜入捜査をしたので、その場所で色々とお世話になった人も多いので」

 あ、そう言う事か。

「女性にあいにじゃなかったのですね」

「私の意中の女性には、いつでも会えるので」

 そ、そうなんだ。

 それって誰だろう?

 伏見の近くの人かな?

「蒼良さんは、何をしに行くのですか?」

 あ、言っていなかったか?

「友達で島原にいる牡丹ちゃんに挨拶しないで出てきちゃったので、一言挨拶して行こうと思いまして」

「それはいいことですね」

 山崎さんはニコッと笑顔でそう言った。

「ただ、やっていることは、他の隊士の人たちとあまり変わらないのですよね」

 そうなのだ。

 他の隊士の人たちも、きっと島原とかの花街へ行き、お気に入りの芸妓さんとかと会っている人も多い。

「他の隊士と蒼良さんは違いますよ」

 山崎さんはそう言ってくれた。

 そう思ってくれるのが、嬉しかった。


 京へ着いた。

 置屋の前まで私を連れてきてくれた山崎さん。

「私も用事が終わったらここに来るので、待っていてください」

「わかりました」

 山崎さんはそう言うと行ってしまった。

 私は置屋の中をのぞいてみた。

「すみません」

 中に向かって声をかけると、バタバタバタと走ってくる音が聞こえてきた。

 いや、そんなに急がなくても大丈夫ですから。

 そして、姿を現したのは、牡丹ちゃんだった。

「蒼良はんっ!」

 私の姿を見ると、牡丹ちゃんはそう言ってあわててぞうりをはいて出てきてくれた。

「伏見に行ったんやなかったん?」

「今、伏見から来たところ」

 土方さんから、思い残すことがないようにと言われたこと、それで牡丹ちゃんに挨拶していないことを思い出してここに来たことを簡単に言った。

「そんな、挨拶なんてえのに。中に入って」

 牡丹ちゃんは置屋の中に私を入れてくれた。

 そう言えば、芸妓になる時、ここによく来ていたよなぁ。

 つい最近までの話なのに、あまりに周りが変わってしまったので、すごく懐かしいものに感じた。

「で、どうなん? 新選組も今は、大変なんとちゃう?」

 牡丹ちゃんは心配そうに聞いてきてくれた。

「大変って言ったら大変かもしれないけど、いつものことだから、大丈夫」

 うん、いつも通り過ごしているから、大丈夫。

「そうなん? 京は、追放されてた長州の人らが入ってきて、島原もひいきにしてもろうてたお客はんが来てくれるさかい、賑やかになっとるよ」

 そうなんだぁ、それはよかったのかもしれない。

「あ、ごめん。新選組と長州は敵同士やったね」

 あ、そうだったか?あまり気にしていなかった。

「楓はんはどうしてる?」

 牡丹ちゃんは、一緒に仕事をしていた楓ちゃんのことを聞いてきた。

「楓ちゃんは、近藤さんと一緒に大坂城にいるよ」

 大坂城では、毎日のように軍議があるため、近藤さんもなかなか伏見奉行所に来れないでいる。

「危険やないの?」

 牡丹ちゃんは心配そうな顔で聞いてきた。

「大丈夫。大坂城は誰にも攻められないようになっているから、安全だよ。慶喜公もいるから、守りも頑丈だし」

 大坂城にいる限りは大丈夫だろう。

「そうなん? よかった」

 それから、楓ちゃんのことをいくつか話、二人で笑ったりした。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、気がつくと、山崎さんが迎えに来ていた。

 そろそろ帰らないと。

「帰るん?」

 牡丹ちゃんも山崎さんが来たことを知った。

 だから、そう聞いてきた。

「うん」 

 私はうなずいた。

 牡丹ちゃんは置屋の外まで私を送ってくれた。

「あのね、牡丹ちゃん」

 置屋の外に出て、もうお別れと言うときに、私は牡丹ちゃんの方を見て名前を呼んだ。

「何?」

「牡丹ちゃんは、京に来てからの数少ない女友達だから、このまま黙ってお別れするのは嫌だったから、今日は改めてお別れをいいに来たんだ」

「そんな悲しいこと、言わんといて」

 牡丹ちゃんの目には涙がたまっていた。

 私も悲しくなってきてしまった。

「牡丹ちゃん、色々とありがとう。牡丹ちゃんのことは一生忘れないからね」

 私は牡丹ちゃんの両手を手に取ってそう言った。

「そんなこと言わんといて。一生会えんようになるような感じやないの」

 だって、きっともう会えないから。

 でも、もうこれで最後と言う言葉は言えなかった。

 もしかしたら、どこかで会えるかもしれない。

 いや、どこかで会いたいという思いがあったから。

「さよならなんて言わんといて。悲しいやないの」

 牡丹ちゃんは泣きながらそう言った。

 そうだよね。

 また、どこかで会いたいから。

 そう言う願いを込めて、

「牡丹ちゃん、またね」

 と、私も泣きながらそう言った。

「うん、またね」

 牡丹ちゃんも泣きながらそう言ってくれた。

 それから牡丹ちゃんの手を離し、私は山崎さんと一緒に置屋を後にした。

 振り返ると、牡丹ちゃんはいつまでも置屋の外で見送ってくれた。

 小さくなって見えなくなりそうになっても、牡丹ちゃんはいつまでも見送ってくれた。


 泣き終わるまで、山崎さんはずうっと背中をさすってくれていた。

 落ち着くと、優しい笑顔でお団子を出してきてくれた。

「落ち着きましたか?」

 ひっくひっく言いながらもお団子を食べる私に向かって、笑顔で山崎さんは聞いてくれた。

「落ち着きました。ありがとうございます」

 お団子を食べている間に、すっかり涙も引いた。

「落ち着いたのなら、ちょっと付き合ってほしいところがあるのですが」

 えっ、そうなのか?

「どこですか?」

「とってもお世話になったところです」

 山崎さんがとってもお世話になったところなのか?

「そんな大事なところに私がご一緒して大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。蒼良さんもよく知っているところなので」

 えっ、それって、どこ?


「なんやあんたら。伏見にいたんちゃうん?」

 八木さんがそう言いながら出てきた。

 そう、山崎さんに言われてきたのは、八木さんの家だった。

「いよいよ戦になりそうだから、副長に言われ、挨拶をしに来ました。副長も、八木さんには感謝してもしきれないって言っていました」

 そ、そんなことを土方さんは言っていたのか?

「副長は、忙しくて来れないので、私が来ました。これ、少しばかりですが」

 山崎さんはそう言って、手土産を渡した。

 その手土産、きっと私が牡丹ちゃんと会っているときに用意をしたのだろう。

「そりゃおおきに」

 八木さんはそう言って手土産を受け取ってくれた。

「挨拶に来たと言う事は、もう京には戻って来んのか?」 

「はい」

「あんた、わからんのにずいぶんとあっさりと言うなぁ」

 あ、そうだよね。

 まだ先のことだから、京に戻ってくるかどうかなんてみんな分からない。

「あのですね、もう戻ってこれないかもしれないという覚悟をもって戦に臨むのですよ」

 必死でいた言い訳も、

「わけわからんけどそうなん?」

 と言われてしまった。

 わけが分からないのか。

「わざわざここに来んでもええのに、おおきに。あんたらがいた時は、うっとうしくて早うどこかへ行ってほしい思うとったけど、いなくなると寂しいもんやな」

 そうなんだ。

「なんなら、また来ましょうか?」

「来んでええ」

 冗談で言ったら、そう即答されてしまった。

 もしかして、嫌われてる?

「もう来んのなら、もう返してもらえんやろうなぁ」

 え、何をだ?

「なにか、お借りしたものがありましたか?」

 山崎さんがそう言うと、

「まず、火鉢と……」

 と言い、色々な物の名前が出てきた。

 で、最後に、

「これがあんたらが去った後に無くなったものや」

 ず、ずいぶんとあるよなぁ。

「すみません」

 山崎さんは申し訳なさそうに謝っていた。

「たぶん、返ってこないと思いますよ」

 私たちが京に帰ることももうないと思うから……。

「やろうなぁ。ま、期待してへんけどな」

 そ、そうなのか?

「ところであんさんら、この前餅つきしたさかい、餅を持って行き」

 八木さんはそう言って奥へ引っ込んだ。

 お手伝いしていないのに、申し訳ないなぁ。

 しばらくすると、八木さんがお餅を持ってきた。

「全員分はないと思うけど、どうせ伏見で戦の準備で忙しいんやろ? 食べれる人だけでもお正月はお雑煮を食べたほうがええで」

 そう言いながら、お餅をくれた。

「手伝っていないのに、すみません」

「あんさんらがおらんでも、何とかなったで。あんた、なに泣いとるん?」

 どうやら私は泣いていたらしい。

 これで八木さんともお別れだと思うと、悲しくなってしまった。

「別れに涙は禁物や。この別れがあんさんらにとってええものになるように、祈っとるで」

 八木さんも、私の方を見て目をウルウルさせている様に見えた。

「泣くんやないっ!」

「はい、すみません」

 山崎さんからは手拭いが出された。

 本当に、すみません。

「蒼良さんは涙もろいから、きっとしばらくは泣き止みませんよ」

「そう言えば、あんたが新選組で一番小さくて弱っぽくて、女みたいに見えたけど」

 そこで、もしかしてばれてたのか?と思ってドキッとした。

「あんたが一番頑張っとったな。なんでも真剣に取り組んどったしな」

「や、八木さんっ!」

 う、嬉しいですっ!

「ああ、だから泣くんやないって!」

 八木さんがなかせるようなことを言うからじゃないか。

 もう私の涙腺が大崩壊をしたのだった。


 八木さんからお餅をもらい、山崎さんと一緒に伏見へ向かって歩き始めた。

 もう夕方だから、着くのは夜になりそうだな。

 でも、ほとんどの隊士は泊まりに行っているので、遅く帰っても特に何もないだろう。

 そう言えば、

「土方さんに八木さんの所へ行けって頼まれていたのですか?」

 伏見奉行所のことを思い出していたら、さっきの八木さんの所での会話を思い出した。

「いいえ、頼まれていません」

 えっ?

「そう言っておいた方が、八木さんも新選組に対する思いが違うものになるでしょう」

 確かにそうだけど……。

 そうだよね。

 土方さんにしてはすごい気が利くなぁと思っていたんだよね。

 八木さんの所の火鉢を持って行っちゃうぐらいだから、そんなことに気がつくわけないよね。

「でも、行ってよかったでしょう? お餅ももらえたし」

 山崎さんの言う通り、行ってよかった。

 ところで、山崎さんの用事は、挨拶だけだったのだろうか?

 他にも何かあるような感じがしたのだけど。

 結局、それがわからないままだった。

 聞いてみようかなぁと思ったのだけど、聞くのも悪いかなぁという思いもあり、結局わからないまま、伏見奉行所に着いたのだった。

 

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