王政復古の大号令
大坂から帰り、いつも通りの一日が始まろうとしていた。
はずだったっ!
と言うのも、朝からお師匠様が屯所に来たのだ。
「蒼良、お前、こんなところで何をしとんのじゃっ!」
何しているって……。
「屯所の掃除ですが……」
玄関を掃除していた。
小姓とかが増えて、まめに掃除をしているのだろう。
以前とくらべるとだいぶ綺麗になってきた。
しかし、しょせん男所帯。
だから、すぐに汚れるし、男臭い。
匂いを感じるのは、私だけかもしれないけど。
だから、たまに気がつくと掃除をしている。
今日も、玄関が何となく汚いなぁと思ったから、掃除をしていた。
そこにお師匠様が飛び込んできたのだ。
「のんきに掃除をしておる場合かっ!」
えっ、そ、そうなの?
「何かあったのですか?」
お師匠様がそうやってあせるって言う事は何かあったと言う事だろう。
「あったもなにも、これからあるかもしれん」
これから?
「なにもわからんのか? 勉強不足にもほどがあるじゃろう」
確かに勉強不足だけどさぁ。
「ほれ、早う来いっ!」
そう言って、お師匠様は私の手を引いて走り出した。
どこへ行こうって言うの?
「岩倉具視の屋敷だっ!」
えっ?
「あの人は、確か公家ですよ」
その人の屋敷に行って何をするって言うんだ?
「お前は、岩倉具視と聞いて公家としか思い浮かばんか?」
お師匠様は息を切らしながらも、そう言いながら私の手を引いて走っていた。
公家以外に思い浮かぶこと……。
「あっ!」
「思い出したか?」
そうだ、そうだったっ!
「出家して朝廷から出ていた人ですねっ!」
「そうだったのか?」
逆にお師匠様に聞かれてしまった。
確か、幕府派の人間だと勘違いされて、尊王派の人たちが朝廷に圧力をかけ、岩倉具視を追い出すように仕向ける。
幕府にこびを売る人たちの一人に名前があげられ、当時の孝明天皇にまで疑われ、出家してここから出るように言われてしまう。
さらに、尊王派の過激な人たちは、岩倉具視が京を出なければ、首を切ってさらすとまで脅され、隠れなければならなくなってしまう。
お師匠様は、そのことを知らなかったのか?
「蒼良、本当にそれしか知らんのか? ずいぶんとマイナーなことを知っとるわりには、肝心なことを知らんのか?」
えっ、マイナーって、これって有名な話じゃないのか?
もっと有名な話があるのか?
「大政奉還と来たら次は何が来る?」
お師匠さまは私に聞いてきた。
そんなことは決まっている。
「王政復古の大号令ですよね」
「それを知っていて、岩倉具視を思い出せんのか?」
王政復古の大号令と、岩倉具視……。
「ああっ!」
「やっと思い出したかっ!」
そうだ、岩倉具視が中心になって王政復古の大号令が出されたのだ。
五年ぐらい朝廷から離れて生活をしていた岩倉具視は、その間に倒幕派へと変わり、倒幕派の人たちと付き合うようになった。
おもに薩摩と協力関係にあり、長州征伐の時も征伐に反対をし、意見を出したりしていたらしい。
ちなみに、孝明天皇が病死ではなくこの人のに暗殺されたのではないか?という説も出ている。
「これから、岩倉具視邸に行って、王政復古の大号令を阻止するっ!」
ええっ!
お師匠様、普通のことのように言っているけど、そんなすごいことが出来るのか?
岩倉具視邸に着いた。
「で、ここからどうするのですか?」
ここまで走ってきたのだから、何か考えがあるだろう。
「蒼良、何か考えがあるのだろう?」
いや、それは私が聞きたいぞっ!
しかも、門の前には兵もいて、守りは頑丈。
忍び込むのも無理そうだぞ。
「いきなり連れてこられたのですよ。あるわけないじゃないですか」
「こんなに守りが固くては、縁の下にも忍び込めないな」
お師匠様も同じことを思ったらしい。
「おい、ここで何をしている?」
門を守っていた人に声をかけられた。
ものすごく強そうだ。
「な、何でもないです。ただの通りすがりの者です」
ね、お師匠様。
同意を求めたら、
「岩倉具視がおるじゃろう。わしが会いに来たと言ってくれ」
えっ?知り合いなのか?そんな、まさか。
やっぱりボケたのか?
「ほら、お師匠様。こんなところを徘徊していないで、帰りますよ」
お師匠様の手を引いて行こうとした時、
「ああ、天野先生」
門を守っていた兵がそう言った。
えっ、知り合いなのか?
「岩倉様は朝議に出ております」
「遅かったかっ!」
そ、そうなのか?
「蒼良、急いで御所に行くぞっ! わしらの行動が遅かったのじゃっ!」
私は再びお師匠様に手を引かれて御所へ向かっていた。
「あのですね……」
御所へ向かう間、疑問に思っていることを聞いてみることにした。
「もしかして、岩倉具視を知っていたとか……」
「おう、知り合いじゃ。わしは顔が広いからの」
そ、そうだったのか。
「それなら、こうなる前にお師匠様が王政復古の大号令を阻止できたんじゃないのですか?」
「なんでわしが阻止できるんだ?」
岩倉具視と知り合いだったら色々とできるだろう。
「例えば、岩倉具視を再び幕府派の人間にするとか、薩摩との接触を阻止するとか……」
「おお、そう言う手があったかっ!」
もしかして、思いつかなかったのか?
「まったく考えつかなかったわ。そうか、その手もあったな」
ほ、本当にボケたんじゃないか?
御所に着くとたくさんの兵がいた。
「これはいったい……」
何があったんだ?
「やっぱり、遅かったか……」
お師匠様がそうつぶやいた。
遅かったのか?
「なにがあったんだ?」
聞いたことがある会津の方言が聞こえてきた。
「会津の方ですか?」
思わず声をかけた。
何か知っていることはないかと思って。
「私は新選組のものです。ここへきたらたくさんの兵がいるので何があったのかと思って」
私が聞いたら、この人も何も知らないらしい。
「俺もいつも通りここに来たら、ここにいる藩兵に追い出された。いったい何があったんだ? これじゃあまるで、だいぶ前の政変の時と立場が逆じゃないか」
だいぶ前の政変とは、八月十八日の政変のことだろう。
もう四年ぐらい前の話だ。
あの時は、会津藩と薩摩藩が仲が良く、一緒になって長州とそこと仲のいい公家の人を追いだしたんだよね。
その逆と言う事は、今度は私たちが追い出される番なのか?
「蒼良、のんびりしとる場合じゃない。今は情報を収集することが大事じゃ。新選組の屯所に行った方が情報が入るかもしれんぞ」
そうかもしれない。
中に入れないこの後所の前でうろうろしていても仕方ないもんね。
「お師匠様、戻りましょう」
私はお師匠様を連れて屯所に帰った。
「おい、大変なことになったぞ」
屯所に帰ると、土方さんがそう言った。
その間にも隊士たちが色々な情報を土方さんに話して行った。
確かに、ここにいる方が、情報が入りそうだ。
「なにがあったんじゃ?」
お師匠様がそう聞いた。
って言うか、あなた新選組の人じゃないからねっ!ここにいるの、おかしいでしょうっ!
と思っていたのだけど、土方さんはお師匠様に色々話し始めた。
それによると、長州藩主の官位が戻された。
そして、京に入ることが出来なかったのに、京に入っていいという許可も下りた。
それと、追放されていた岩倉具視が許され、天皇の所に行ってもいいという許可も下りた。
って、追放されていたんだよね。
だから、あの時の兵から
「朝議に出ている」
と言われた時におかしいと思わないといけないんだよね。
全然気がつかなかった。
これで、岩倉具視は天皇の前に出て王政復古の大号令を発することが出来る。
あと、八月十八日の政変の時、七卿落ちと言う、公家の七人が長州と一緒に京から追放された。
その人たちも許された。
これが今の体制での最後の朝議になった。
「なんだって? 朝廷の首脳陣も御所から出されただと?」
報告を聞いた土方さんがそう言った。
「これは、近いぞ」
お師匠様がそう言った。
それからしばらく報告が途絶えた。
次の報告は、もう報告ではなかった。
「新選組は本日から新遊撃隊御雇となった」
土方さんが道場にみんなを集めそう言った。
王政復古の大号令は出されてしまったらしい。
阻止する間もなかった。
王政復古の大号令の内容は、まず幕府の廃止。
これは、すでに大政奉還で慶喜公がやっているので、それをこのまま行うと言う事になるのだろう。
そして、京都守護職、京都所司代の廃止。
ここは、私たちの上司にあたる会津藩と、その実の弟にあたる人がいる桑名藩の職がなくなったと言う事だ。
一時期、慶喜公と会津藩と桑名藩が中心となって政治を動かしたことがある。
それを一会桑政権と言うのだけど。
そう言うことが二度とないようにするために廃止にしたのだろう。
後は、摂政や関白の廃止。
摂政とは、王様とかが幼かったりした時に代わりに政治を行う人のことで、関白とは、天皇の代わりに政治を行う職だ。
この場合は幕府にあたるのだろう。
最後は、新たに三職と言う職を置くと言うもの。
この三職に任命された人の中に慶喜公の名前はなかった。
この大号令は完全に幕府の力をなくすものだと言う事は分かった。
さらにこれに追い打ちをかける出来事は、慶喜公に官位官職を返納し、領地もすべて返せという命が下された。
これで慶喜公が持っていた物は全部無くなることになる。
誰もが慶喜公はこの決定を無視するか、拒否するすると思っていた。
しかし、慶喜公は全部受け入れた。
そして、まるで退職金のように給金が3千両出た。
もちろん、この三千両は先日借りた鴻池家を初めとする大坂の商家の人たちに返した。
「借金返したのって、初めてじゃないですか?」
思わずそう言ってしまった。
「お前は鴻池家で、絶対に返ってこねぇみたいなことを言っていたよなぁ」
そ、そんなことを言ったような気がする。
「だって、返すあてがないのに借りるからですよ」
「そんなものがあれば最初から借りねぇよ」
そ、そうなのか?
それから、慶喜公は大坂へ行くことになった。
私たちは慶喜公がいた二条城を警備することになった。
二条城へ行くと、会津藩や桑名藩の兵がたくさん詰めかけていた。
この決定が出て、黙っていられなかったのは、幕府についていた人たちだろう。
その怒りがここで吹き出しているという感じだ。
所々で、
「挙兵すべきだっ!」
「薩摩を討つっ!」
という声が聞こえてきた。
「幕府には兵力もある。今は一万ぐらいいるんじゃないのか?」
段々声が大きくなる兵たちを見て永倉さんが言った。
「そうなのですか?」
そんなに兵がいるんだ。
「大坂湾には、榎本艦隊もいる。挙兵しても負ける戦にはならないだろう。なんで挙兵しないんだ?」
永倉さんたちから見れば、ここまでされて大人しく大坂へ行く慶喜公に不満があるのだろう。
「挙兵はしないほうがいいです」
私がそう言うと、
「なんでそう思うんだ? ここは挙兵すべきだろう」
永倉さんも怒り心頭なんだろう。
怒鳴るようにそう言った。
「相手には天皇がいます。天皇が私たちを討つようにと命令したら、私たちは逆賊になるのです」
私たちの方が悪くなるのだ。
「お前にしては鋭いことを言うな」
土方さんが後ろからやってきてそう言った。
「新八、そう怒るな。とにかく、今はこの二条城の警備だ。これだけ兵が集まっているから、問題を起こさねぇように見張っていろと言う命令だ」
ポンポンと土方さんが永倉さんの肩を叩いた。
「あ、それと、二条城警備の命を受けるときに、新遊撃隊御雇なんて慶喜公が言ったらしいが、近藤さんはうちは新選組です。そんな名前じゃないですって、言ったらしいぞ」
そ、そうなのか?
「だから、俺たちはこれからも新選組ってわけだ」
土方さんは楽しそうにそう言った。
「そうか。新遊撃隊御雇なんて変な名前つけやがってとは思っていたんだ。そうか、俺たちは変わらず新選組か」
永倉さんも楽しそうにそう言った。
そうだよね。
新遊撃隊御雇より、新選組の方がいい。
「新選組の方が、名前がかっこいいですもんね」
私がそう言うと、二人とも驚いた顔で私の方を見た。
な、なんか変なことを言ったか?
「お前のことだから、新遊撃隊御雇になっていたことを知らないと思っていたが、
知っていたか?」
と、土方さんに言われた。
ええっ!と思って隣にいる永倉さんを見ると、永倉さんもうんうんとうなずいていた。
私だって、それぐらいは知っていたぞ。
そこまでわからないほどばかじゃないぞっ!
二条城に集まった兵たちは、相変わらず怒りくるっていた。
この兵たちの怒りをしずめることってできるのか?
そう思っていると、慶喜公からのお言葉があり、とりあえず大坂に行くかという空気になった。
徐々に兵は減っていった。
私たちは最後に残って、二条城を見廻ってから大坂に行くと誰もがみんな思っていた。
しかし、同じことを思っていた人たちは他にもいた。
水戸藩だった。
「俺たちが命を受けたんだから、お前たちも早く大坂に行け」
「なにをっ! 俺たちだって命を受けたんだっ!」
一部の隊士と一部の水戸藩士で言い合いになった。
どうなっているんだ?
「すまない、すまない」
言い合いになっている私たちの間に入ってきた人がいた。
「永井殿、これはどういう事なんですか?」
近藤さんが間に入った男の人を捕まえてそう言った。
この人が若年寄りの永井尚志と言う人らしい。
「どうやら混乱していて、水戸藩と新選組に同じ命を出してしまった。いや、すまない」
永井さんは何回も近藤さんに謝っていた。
「ここは水戸藩に任せてもらって、新選組は伏見奉行の警備をお願いしたい。ここの警備を同じく重要な仕事だ。引き受けてもらえんか?」
永井さんがそう言うと、
「わかりました。我々は伏見に行きましょう」
と、近藤さんがはりきって言った。
それから私たちは二条城を後にした。
次の日、不動堂の屯所を出ることになった。
「ここに戻ってこれんのだな。本当に半年もいなかったな」
荷物をまとめた土方さんが、部屋を見回してそう言った。
「せっかく新しい屯所だったのに、残念ですね」
現代でもここはもう残っていない。
「そうだな。せっかくいい場所だったのにな」
広くて大名屋敷のようなところだった。
今まで住んだところで一番よかったんじゃないのか?
これから先、ここよりいい場所に住むことはないよなぁ。
「行くぞ」
土方さんにそう言われても、なかなか腰が上がらなかった。
「お前だけここにいてもいいんだぞ」
最後にはそう言われてしまった。
ひ、一人でいるのは嫌だなぁ。
「そ、それは遠慮します」
「なんだ、なかなか動かねぇから行きたくねぇのかと思ったぞ」
ニヤリと笑いながら土方さんが言った。
「ほら、行くぞ」
今度腰をあげなければ、本当に置いて行かれそうだ。
「はい」
私は意を決して立ち上がった。
短い間しかいなかったけど、楽しかったよ。
最後に心の中でそう言って、不動堂の屯所を後にしたのだった。